IS -Rachedämonin Silber- 作:名無し猫
世界初の男性IS操縦者、織斑一夏。
ISを世界で初めて動かした男性と言う事で、その話題は一瞬で世界中に飛び火した。
マスコミは騒ぎ立てて、政府は慌てて彼を保護しようとした。
だがそれはあくまで建前上。日本で世界初の男性操縦者が見つかったのだ。当然だが、日本政府はそれをキープしてモルモットか、首輪をつけたい筈だ。
――思えば、どうしてこうなったんだろうな。
ふと、己の現在の状況を振り返り、不幸だと感じる。
振り返ってみれば本当におかしな話だ。自分は確かに藍越学園の受験会場に向かっていた。
ちゃんと場所も確認したし、時間も前日に確認済み。試験会場は市営のそこそこ大きな会館で、注意書きとして『同会場でIS学園の試験も実施する』と書いてあった。だから俺は、男の自分には関係ないと思いつつもそれを頭に入れて、会場を間違えないようにも注意していた筈だ。
試験当日、俺はちゃんと時間に余裕を持って会場に到着して、藍越学園の試験会場に向かった筈だ。
思えばあの時おかしいと思うべきだったのだ。
『えーっと……試験会場はこっちか。時間もまだ余裕あるし、試験前にもう一度予習くらい出来るか…………よし、それじゃあ気合入れて――』
『ああ、君。そこの君ー。試験会場はそっちじゃないよー、あっちこの曲がり角左に曲がって突き当たり』
『あの、俺藍越学園の受験生なんですが…………向こうってIS学園の、ですよね?俺男ですよ?』
『知ってるよ、会場変更になったの聞いてない?ちょっとトラブルがあってねぇ――実は受験生の待機室は変更になったんだ』
『……? そうなんですか、わかりました』
『いえいえ、それじゃあ頑張ってね。――織斑一夏君』
もし、事前に変更があったなら事前に告知が郵送なりなんなりで連絡されている筈だ。
なのにそれが無かった。当日にいきなり変更になりました、というのは無い話では無いのだろうけど……おかしいと思うべきだった。その後はもうなるがままだった。言われたとおりに俺はその部屋に入ってしまい、真っ暗な部屋の中に――量産型IS、打鉄を見つける。
やはり違うじゃないか、ではあの人はなんだったのかと思ったが……俺は、興味本位でそれに触れてしまう。理由は単純だ、我ながら馬鹿だったと思う。佇むように置かれていたそれの周囲には、『立ち入り禁止』『触れるな』というテープが張られていたのだ。そんな事を書かれていれば、触りたくなるのが常というもので、それでつい……どうせ意味無いだろうと思って触ってしまう。
それがいけなかった。見事ISは起動、起動して何がなんだか分からなくなっている所にIS学園の関係者の人達が現れて、そのまま後はなるがままだ。
結果として俺は、世界初の男性操縦者という事で……藍越学園ではなくIS学園へと通うことになる。
「どうして、こうなったんだろうなぁ……」
災難だ、そう思う。
IS学園への進学に当たって学費やその他の費用の全ては政府が負担してくれるという話で、しかも返還も必要ないという話であった。
普通に見ればこれほどおいしい話はないだろう。IS学園は俺でも知っているが、超一流と言っても過言ではないほどの学園であり、何より世界各国が関る世界的にも有名な学校だ。
当然だが、学費だって馬鹿にならない。それこそ、一般家庭の親がそれを見たらまず金額を疑うレベルだ。IS学園が推進している奨学金制度や、もしくは金持ち、何かしらのバックアップがないと到底払える金額ではない。そんな自分でも桁がおかしいとしか思えない金額の修学費に、その他費用まで無償で出してくれる――ただの馬鹿なら美味い話だと思うだろう。
だけど、タダほど怖いものは無いと言う。
要するに、政府は俺にモルモットになれといっているのだ。モルモット、もしくは飼い犬になれと、そういうことなのだ。
考えても見れば、世界初の男性操縦者で、俺はただの一般人で後ろ盾なんて無い。そりゃあ……千冬姉という人間が居るが、あれは別だ。
千冬姉は凄いと思うし、尊敬もしている。だけど――常識的に考えれば、一個人が一人をもし政府や世界から守るとしたら、きっと一人の力では無理だろう。
もし、政府が俺を捕まえておいた場合のメリットは?対して、デメリットは?そう考えた場合……恐らく、俺に対して支払うと言っていたあの金額以上の元は取れるのだ。
例えば、諸外国への発言権。
例えば、世界初の男性と言う希少性。
例えば、極上のモルモットという存在。
恐らく、このまま政府の言うとおりにして、IS学園へと仮に進学したとして……卒業すれば、最高のキャリアが俺を待っているだろう。
きっと就職に困ることもないし、超エリートとしての人生街道を歩むことが出来るだろう。
そうすれば、千冬姉にも、もう苦労を掛けることはないんだろう。
いい事ばかりじゃないか、なのに――なのに。
どうして俺は、今こんなに苦しいのかな。
ふと思い出すのは、少し前……まだISなんてものを動かす前の出来事だ。
――『このオジサンに、身体を触られました』
店内にはそんな大声が木霊した。
深夜帯ということもあってか、客は疎らであったが居なかったわけではない。店内に居た客は野次馬となり、女性と男性のところに集まってきていた。
そこからは、女性客がただ大きな声で喚き散らして、男性客は意味の分からないというような表情でそれを見ていた。そして、それに対して反論しようとしなかった。
当然だろう。いや、現代社会では当然だろう。IFの話をするなら、もしここで男性が彼女に対して反論していたら、そこで女性客が『この人を捕まえてください』と言えば、男性は逮捕される。そう考えれば、何も反論しなかった男性客の対応は正しいと言える。だが、結局の所反論しなくても女性客が一方的に言い散らして言論を通せば、彼は捕まるのである。つまり、どう足掻いてもなんともならないのだ。
俺はそれを見て……ホール担当で立ち回っていた作業を止めて、一連の全てを見ていた立場から二人のやり取りに割り込みを掛けてしまったのだ。
そして、第三者としての立場から言ったのだ『この女性の言ってることは言いがかりです』と。俺としては己の正義感から出た行動だったし、少なくとも男性客は助かったと言うような表情をしていた。
しかし、その正義感は裏目に出ることになる。自分が陥れようとしていた男性に対して、織斑一夏というイレギュラーが現れたことで女性客は激怒して、そのまま女性客と睨みあいとなってしまう。
結局、今にも喧嘩でも始めるのではないかという空気を破ったのは、店のオーナーだった。オーナーは女性客に対して必死に謝罪して俺に対して怒鳴ると、己も頭を下げて俺にも頭を下げさせた。
女性客は興が削がれたのか、それで満足したのかはわからないが、そのままオーナーと俺に対して罵倒を浴びせると店を出て行った。
男性客には一言だけありがとうと言われたが、俺はバイト終了後にオーナーにこっぴどく怒られる事になる。そして自分がやったことに対しての落し前として、バイトの終了後にも仕事をさせられた。
自分がやったことを、間違いとは思えなかった。実際あの時の男性は何もしてなくて、一方的に女性が立場を利用して言いがかりをつけていたのだから。
間違った選択ではなかったと思う。けど……同時にとても理不尽だと、そう思ってしまった。
夜道を歩く、思えば散歩程度の気持ちだったのに結構遠くまで歩いてしまった。ふと見れば、自分の今歩いている海沿いの道からは……人工島でもある、IS学園が見えた。
自分が通うことになる、監獄とも言える場所。
ため息をつく。帰ろう、そう思った時――
「…………きゃっ!?」
「っと、うわッ!」
人工島を見て余所見していたせいなのか。視線を道路に戻して歩き出そうとした瞬間……誰かとぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい!ちょっとぼーっとしてて……怪我とか無いですか!?」
セミロングの銀髪。そして紅の瞳に、冬服姿。外人さん、だろうか。
「いたた……あ、いえいえ大丈夫です。私もちょっと考え事してて不注意でした。――って、あれ?」
目前の少女が服を払うと立ち上がり、こちらを見ていた。なんというか…外人の知り合いは居なくて、紅の瞳でこちらをジッと見られると緊張にも似た感覚がある。
「――織斑、一夏さん?」
何で俺の名前を知っているんだろうか――ああ、世界的にニュースであれだけ報道されれば知られていてもおかしくないか。むしろ、今まで過度な奇特の目で見られなかったのが運が良かったのかもしれない。
「えっと、なんで俺の名前を?」
テレビで見たからとか、そんな返事が来るだろうと思った。
だけど……相手の少女からは全く違う返答が返ってきて、
「まぁ、それもありますね。世界的な有名人ですから。ウーパールーパーもパンダもびっくり」
「ウーパールーパーにパンダって……いつの時代だよ、かなり昔の覚えがあるんだが」
「あはは、気にしない気にしない。実は、――君のことはある人から聞いてるんだ」
……ある人?
「でもまさか、こんな所で会うとは思わなかった。所で……何か悩み事? 私も人のこと、言えないけど」
何だろう、初対面のはず……だよな。俺は、どうして彼女とこんなにも普通に話せるんだろうか。
昔会った事は……ない筈だ。というか生まれてから外人さんになんて会ったことほぼないし、恐らくヨーロッパ方面だろうか、その方面の知り合いも居ない。
……完全にペースに飲まれているような。けどまぁ、
なんだろうな――今の俺は本当に、よく口が滑る。
「俺さ、知っているかもしれないけど……ISを動かしたんだよな」
「……知ってるよ。私はニュースを見た時一緒に見てた人と驚いてたから」
「ISじゃなくて、触れたら自販機が動いた――とかだったら良かったんだけどな」
「それは冗談か何かかな?あまり面白くないジョークだね」
「ああ、今時分で言って後悔したよ、はは」
暫くの沈黙が流れる。き、気まずい。
そもそもの話、なんで偶然会ったこいつに対して……俺は愚痴ってるんだ?
そんな事を考えていると、彼女は思い出したように持っていたスーパーの袋からホットコーヒーの缶を2本取り出すと、そのうちブラックのほうを俺に手渡してきた。
「……えっと、いいのか?」
「まぁ、これは貰い物だし。ただちょっと量が多くて。飲むの手伝ってくれるかな」
本当に初対面なのか、と思うくらいに会話ができる。
受け取ったブラックコーヒーは、既に寒さのせいで温いという状態になっていた。だけど、今の俺にとっては……それが、暖かく感じた。
「……愚痴っぽくなるんだけどさ、いいか」
「構わないよ。それに私は急いでいるわけではないし。実は妹……みたいな子が自宅で待ってたりするんだけど、ゲームの罰ゲームで買い出しになったんだし待たせておけばいいと思う」
「中々酷いな、お前」
「褒め言葉をありがとう」
隣に立ち、サムズアップして返す少女を見て苦笑いするしか無かった。
「……たまにさ、理不尽だって思うことがあるんだよ。俺は――自分は正しいと思ったことをして、誰かを助けたつもりなのにそれを否定されて、護ったと思ったのにそれをまた否定されて、そして……自分の人生の道すら、なんか否定された気がしてさ。そう考えると、たまに自分がわからなくなる。俺ってなんなんだろうな、とか……自分が目指そうとしたものは何だったのかな、とか……何もかもが理不尽に思えてしまうんだよ」
前の、バイト先でのこと。女性のやった行為を糾弾したこと。
自分が藍越に行こうとしていたのに、IS学園に行くことになったこと。
自分の人生は今、誰かに……誰かに首輪をつけられようとしていること。
その全てが……俺は、理不尽だと思った。
正義ってなんだろうな。
正しい事と正しくない事の境界線とは、なんだろうか。
幸福と不幸の判断の基準は、何なのか。
正直……俺は参っていたんだと思う。
数年前のある一件、俺はあの一件で……護りたいと思った。護るために強くなろう、そう思った。
だけど――その護るという意味合いは、一体何に対してだろうか。千冬姉か、自分の周り全てか、それとも大切なもの何もかものなのか。
俺は、全てを護りたい。大事なものは失いたくないし、護りたいから強くなる。強くなれればそれができると、思っていた。
「”カラスと書き物机が似ているのはなぜ?”という言葉を知っている?」
「……え?」
自身の言葉に、言葉を返してきた彼女に対して――俺は意味が分からず、疑問する。
「……いや、知らないな」
「うーん。そっか……これはね、イギリスの数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンがルイス・キャロルの筆名で書いた児童小説――分かりやすく言えば『不思議の国のアリス』の物語の中で狂った帽子屋が言った一種の問いかけのようなもの。そして、その答えは『どちらも“notes(泣き声、覚書)”が出せて、どちらもとても“flat(平板、退屈)”』というのがよく知られている」
「……なんか、深いな。その言葉」
「おお、君には分かるのか。私はこれは、人の人生そのものを表しているのではないのかと思う。書物や書き物というのは、人生という物語。泣き声とは表現の方法。平板と退屈は、まさに人生そのものだと私は思う」
「……その、さ。俺は頭よくねぇから上手く言えないけど――”人生は作り物の物語みたいに、つまらないもの”って事か?」
「え、すごい頭回るように思えたんだけど。そうだね――人生とは、ただ歩むだけではつまらないもの。ただ歩けばそれは物語に沿って進むだけの、つまらない物語。じゃあどうすれば、退屈ではなくなると思う?」
難しい問いかけだ。考えながら俺は思った。
不思議の国のアリス、というのは俺も少しくらいは知っている。そしてその中でも、狂った帽子屋というのはある意味では有名だ。奇妙な言動でアリスを困惑させる、というのは……まるで今の彼女みたいだと思った。
……そういえば、友人の弾がたまにゲームセンターでやっているゲームに登場する帽子屋の瞳も、この少女のように紅だったか。
「そうだなぁ……自分の意思を貫き通したり、何かを成し遂げたりすること、抗うこと、かな。だってそうすれば――少なくとも、人生は退屈じゃない」
そう解答すると、ふっと隣の彼女は笑った。
「何だ、君はもう答えは出ているじゃないか」
「――答えは、出ている?」
彼女はそのままフェンスに寄りかかっていたのをやめると、再び歩き出した。
「そこまでわかってるなら、後は……自分次第じゃないかな?……ま、私も人のこと言えないけど」
最後の言葉だけが聞き取れなかった。
答えは出ている、それは……どういう意味だろうか?
考えていると――彼女はそのまま歩き出して、去ろうとした。
「ま、待ってくれ!」
「うん?」
足を止めて、こちらを向く彼女に対して問いかける。
君は、何者なのかと。
「俺は――織斑一夏って言うんだ!お前は!」
彼女が目をパチクリとさせて、笑うのが見える。
それはどこか楽しそうで、切なくも思えて――
「変な人だね、君は。名前はさっき聞いたよ」
「む……だがお前にだけは変とか言われたくな――」
「リィス。リィス・エーヴェルリッヒ」
振り返った少女は笑顔で、そう返してきた。
「その、また会えるか?」
「……会えるよ。必ずね」
その言葉に対して、俺は頭が困惑して……どういうことだ、そう問いかけようとしたときには、彼女はもう遠くまで歩いていた。
後に思えば、とても奇特な出会いだったと思う。
そうして、時を流れる。とうとう俺が、IS学園に入学する日がやってきたのだ。