IS -Rachedämonin Silber-   作:名無し猫

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生きてます。詳しいことはあとがきにて。


真実への選択

「元の、現実?」

 

 何を言っているのか私はよくわからなかった。しかし、目前のハルトさんは冗談を言っているそぶりは一切なくて。ただ、真剣な目で私を見ていた。

 

「そうだ、元の現実だ。君が復讐鬼になり、金色のIS……俺を探して、その過程で篠ノ之束に保護され、IS学園に通っていた現実。銀の福音と亡国機業の差し金の化け物と戦っていた、現実」

 

 ……そうだ。私は、福音の停止作戦のためにみんなと二部隊編成で出撃して、それであの鳥の化け物に落とされそうになった。

 

 何もかも駄目だと思った瞬間、金色のISが現れて、化け物と戦闘を開始して。それで……ただわけがわからなくなって私は立ち尽くしていたら、

 

 変な音が聞こえて、意識が遠のいたのだ。

 

 つまり、これは現実ではない?で、でもそれはおかしい。この世界ではパパもママも生きていて、一夏もいる。みんないて、平和で。"そうあってくれればよかった"と思うことばかりなのだ。

 

 ならば向こうの現実こそが夢ではないだろうか。向こうでは、パパとママは殺されていて、理不尽な現実や辛いことだってある。

 

 心を殺して他人を殺した。生きるために。

 生きるために、誰かを犠牲にした。自分の目的のために。

 ISという存在を、自分の都合で人殺しの道具として利用した。

 

 向こうの世界では何度も辛いと感じた。泣きたいのを我慢した。一夏に負けてからは、付き合ってからは減ったけど自分に嘘をついて無理をした。

 

 辛いことばかりのあの世界が、本当に現実なのだろうか?

 

「はは……。ハルトさん、冗談が過ぎませんか?あの夢が、現実?そんなこと、あるわけ――」

 

「……これは、君の脳の記憶を基に作り出された夢なんだ」

 

信じたくない言葉をハルトさんは言った。思わず嫌になって、耳をふさごうとしたが……ハルトさんに強引に手をつかまれて、できなかった。

 

「聞くんだ。これは、君がそうであればよかったとおもう夢であり……そして、現実でもある」

 

「現実であり、夢である?」

 

「君があの世界、鳥の化け物から受けたのは……『偽楽園』と呼ばれる、脳に作用する神経毒だ。オカルトなことを言うが、体の自由を奪い精神と脳を毒で侵略する。そして……人の精神、魂と呼ばれるものに対して"夢"を見せる」

 

「それが、私が今いるこの現実、ですか?」

 

「ああ、そうだ。奴等もとんでもないものを作ったとは思うがな。……だが、これはまだ未完成で不安定なものだ。だから、俺がこうして介入できた。この君が見ている今のこの現実は、夢であり現実。それは……君の魂が見ている夢だから、ということなんだ」

 

 意味がわからない。魂が、夢を見ている?

 

 確かにSFドラマではよくある話だ。肉体を捨てて精神が別の世界に転生する。けどそれはあくまで物語だ。現実にそんなことがあるなんて、聞いたことがない。

 

「魂がある場所が、その存在にとっての現実であるとでもいえばいいのか。亡国機業が作り出した偽楽園と呼ばれる毒は、感染者記憶や存在に干渉して夢を見させる。そして……その感染者に、理想の世界を見せるんだ」

 

 理想の世界。確かに、その通りだろう。

 

 この世界は私にとっての理想だ。幸せで、満たされていて、辛くもない。

 

「そしてもし、感染者が作り出された理想の世界を選べば……もとの世界、つまりこの場合元の世界の君は、死ぬ」

 

「え――」

 

「死に対して抵抗をさせない、抵抗を選択させない。そうやって邪魔な感染者を殺して、排除していく。それがこの偽楽園さ」

 

 私の死。その言葉を聴いて私は、固まってしまった。つまり、もしハルトさんの話が本当ならば元の世界の私、向こうの私は死ぬということだ。

 

「で、でもそうなったら今の私も……ハルトさんの言う楽園の私も死ぬんじゃ」

 

「……この毒のえげつない点は、そこにある。結論から言うと君は死なない。もし、向こうの世界を選択した場合この世界の君が死に、この世界はなかったことにされる。そして、その逆もまた然り。『死なない』という結果を選択肢の中に与えておいて、感染者に選ばせる」

 

「それって、」

 

「君が選んだほうが現実になる。そういうことさ」

 

 

 その言葉を聴いて、私は迷った。

 

 この世界は理想であり、楽園だ。パパもママもいて、みんなもいる。一夏と私は付き合っていて、関係も良好。元の世界のように殺し合いとか、そういうことなんてなくて。きっと私は、ここにいれば幸せになれるのだろう。

 

 きっとこの世界にいれば、毎日パパとママにあえて、他愛ない家族の幸せを享受できる。私が、一番ほしくて奪われたそれを。

 

 もしかしたら、この幸せな世界で。その……一夏と結ばれることも、あるかもしれない。そうしたらきっとこの世界の根本に基づいて、幸せな未来があるのだろう。

 

 夢を追うことだってできる。宇宙を目指したいだとか、研究者になりたいだとか。そんな夢を追える。もう二度と自分の手を血で汚すこともなくて、自分に嘘をつかなくてもいい。

 

 

 "この世界は、まさに楽園だ。"

 

 

 けど、どうして。どうして幸せなことばかりなのに……私の心はどこかで、それを否定しようとしているんだろう。信じたくない、受け入れられないと言っているんだろう。

 

 どうして一番好きな一夏や、大切なパパやママの言葉より。ここにいるハルトさんの言葉が私の心に響くのだろう。

 

「……個人的なことを言うなら。俺は君に戻ってきてほしい」

「え――」

「もう二度と、いや――すまない」

「ハルト、さん?」

 

 今、ハルトさんは何を言おうとしたのだろうか。途中で止めたその言葉。その時ハルトさんはとても辛そうで、懇願するようで。なんでハルトさんがそんな顔をするのかって、気になった。

 

「……金色のISは、俺だ」

「ッ……」

 

 言い直して返した言葉は、それだった。

 

 そうだ、私のずっと探してきた存在。金色の、IS。

 

 あの日のすべての元凶であり、すべてを知る存在。私から、すべてを奪ったかもしれない存在。

 

「汚いかもしれないが、これは俺からの提示案だ」

「提示案って、」

「……もし元の世界に戻ることを選んでくれるなら、俺は甘んじて君の糾弾を受けよう。話せることは、話そう」

 

 衝撃が走った。つまり、ここでハルトさんと元の世界に戻れば全てがわかる?そう思って私は思わず、叫びそうになったが……ハルトさんは、それを制止した。

 

「けど、もし全てを知ったら君は……いや、君達は巻き込まれる。本当の絶望に行き当たり、知らなければよかったと後悔するかもしれない。君は、知ることになる。君が見ようとしているものが何か、過去の中にある真実が何なのか」

 

 だから、とハルトさんは続けた。

 

「選んでほしいんだ。か――すまない、エーヴェルリッヒさん。この世界で幸福を選ぶのか、それとも元の世界で真実と絶望を選ぶのか」

 

 ……え?

 

 今、ハルトさんは私のことをなんて呼ぼうとしたのだろうか。

 

 しまった、というようにハルトさんが少しあわてて『エーヴェルリッヒさん』と言い直した。そのときの姿は……見た目や声もあってか、どことなく一夏と重なった。

 

 なんで、どうして?ハルトさんは一夏じゃないのに、どうして。どうしてこんなにも……同じに見えるの?

 

 確か、ハルトさんは二十歳だった筈。パパとママが殺されたのは三年前。つまり、ハルトさんが十七歳の頃から、少なくとも何かがあったということだ。間違いなく私の過去に関係しているのは明白、そして……過去に一夏を救ったのもハルトさんだとしたら。

 

「1つだけ、教えてください」

 

 私は、選択の前に聞こうと思った。

 パパとママのことでもない。一夏のことでもない。

 

 先程から気になっていること。それが、何かとても大きなことに思えて仕方なかったから。だから私は、意を決して聞いた。

 

 息を吸う。そして、ハルトさんの目を見た。きっと手は震えているかもしれない。でも、気になったのだ。

 

「ハルトさん、あなたは……一体、何者なんですか」

 

 目前。ハルトさんが困ったようにした。

 

「俺は、織原ハルト。……ただ一人を選んで、その一人すら守れなかった人間の残滓だよ」

 

 その時のハルトさんは、とても辛そうで。後悔しているようで。

 守れなかった?それは、一体何を……

 

「その一人も、大切な人たちも。誰一人として守れなかった。失って、奪って。全部終わった先にあったのは、何もない虚無感だけだった。」

 

 『だから』と続けた

 

「……少なくとも俺は、君の敵じゃない。仇、ではあるかもしれないが」

「パパとママを殺したのは、ハルトさんですか」

「……ああ、そうだ。結果的に殺したのは、俺だ」

 

 その言葉を聴いた瞬間、私は頭が熱くなった。けれどハルトさんは、そんな私を意に介さずに言葉を続けた

 

「だから君は、俺に復讐する権利がある。……俺を殺したいなら、そうすればいい。俺は、"君には剣を向けられない"。そして、選ぶこともできるんだ」

「……それは、」

「俺を殺して、この幸福の世界に留まるのか。それとも――絶望の真実が待つ現実に戻るのか」

 

 そんな選択を迫られて。私は――迷うしかなかった。

 

 仮に、ハルトさんが言うことが全て真実だとして。今私が居るこの世界は全て幻だったとしても……私は、それでもいいと思えていた。

 

 ハルトさんは言った、"選んだほうが現実になる"と。この世界には何もかもがある。パパにママ、皆が居て、一夏も居て。もう誰かを殺さなくてもいい。自分を殺さなくていい。理想の現実がここにはあるのだ。

 

 ……私は、この現実に居たい。だって、ここには全てがあるから。

 

 この世界に居たいとは思う。でも、それを即断できない自分も居た。幸福で暖かくて、幸せで。でも……この世界では感じないのだ。言葉や、存在の重さを。

 

 例えば、一夏だ。この世界の一夏に優しい言葉や態度をされたとしよう。それで私は嬉しいとは思う。

 

 けれど、何かが足りないんだ。決定的な……私が一夏を好きになった、選んだその何かがこの世界にはない。

 

 それはパパやママ、みんなにも言えることだ。私が他人に対して感じていたり、思っていたりするその重さがない。その重さがない現実が、私に対して違和感を感じさせていた。

 

 ……でも、この現実が幸福であるのは事実で。だからこそ私は、迷っているのだ。

 

 真実を聞かされて、その中で私が出した決断は――

 

「――選べ、ません」

 

 そんな。そんな逃げの答えだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「どうした、威勢のよさがなくなってんぞガキ」

 

「……くっ」

 

 海とは別の場所。人気のない山岳地帯の上空では、既に一方的に近い戦いが繰り広げられていた。空に舞うのは2つの影。片方は黒であり、もう片方は紅と黒の機体だ。

 

 優勢なのは、巻紙礼子。オータムだった。といっても、決め手に欠ける状況であり黒の少女は致命打を的確に回避してくる。しかし、状況は時間の経過につれて礼子の優位に傾いていた。礼子はそれほど息を切らしていないのに対して、少女の息は上がっている。

 

「テメェ、その機体はなんだ? それに、わざとこの私と一騎打ちなんて何考えてやがる?」

「……さて、どうしてでしょうね」

 

 礼子は疑問を持っていた。それは、対峙する少女の行動についてだ。

 

 亡国機業に属する彼女はドールと呼ばれる無人機を従えていた。それも複数だ。もし自分を誘き寄せたり、旅館の襲撃が目的だとすればもっと効率のいいやり方があったはずだ。

 

 例えば、分散せて旅館を襲わせる。

 例えば、己に対してウィルスを持たせて特攻させる。

 例えば、同時に己を攻撃する。

 

 なのに少女は、とても効率の悪いどころか亡国機業にとって利のない行動をするにとどまらず、自分に対して一騎打ちを仕掛けてきた。理解できない。何か狙いがあるのかと思考する。

 

「何考えてるか知らねぇが……だったら、その仮面を剥ぎ取って、撃墜して話を聞かせてもらおうか」

 

 轟。と、大気が割れた。それは礼子の加速が原因であり、彼女の持つ紅のバスターソードが神速で振るわれる。

 

 それは、恐らく織斑千冬クラスでなければ目視できない速度。その加速も、その太刀筋も。二重、三重瞬時加速の速度を超えた規格外の一撃。更に言うなら、彼女の機体の武器もまた"絶対防御を破壊する"。故に、もしこの一撃を直撃すれば少女は間違いなく死ぬだろう。

 

 しかし礼子は迷わない。迷わず、その神速の一撃を叩き込んだ。"違和感を確かめるために"。結果としてそれは、成功した。ガキィン、という鈍い音と同時、刃が止められた。

 

 少女の両手には、銃剣が握られていた。礼子は理解する、今の一撃を少女は見切り、銃剣で受けきったのだと。

 

「ッ……同じだ。テメェ、本当に何者だ」

 

「受け止めたのが、そんなに意外ですか?"礼子さん"」

 

「な、に――がっ!」

 

 油断した。鍔迫り合いの状況から、腹部に強烈な蹴りが入った。

 

 彼女に名前を呼ばれた瞬間、よく知る少女と重なった。機体といい、さっきの言葉といい。どうして彼女は、こんなにも似ているのか。

 

「……ここまでにしましょう」

 

 突然。黒の少女はそんな言葉を放ち、後ろへと下がった。 

 

「どういうつもりだ」

 

「目的はどうやら達したみたいですので。それに、今の私ではまともに貴女と戦って勝てない」

 

「はっ、逃げるつもりかよ? この私が逃がすとでも?」

 

「どう捉えていただいても結構です。お詫び、ではないですが――貴女にヒントと、忠告を」

 

「何?」

 

 少女は武装を解くと、そのままクスリと口元が笑い――そして、

 

「私を追っている余裕があるのでしょうか? さて、今頃海はどうなっているでしょうね」

 

「どういう意味だ――『緊急事態です、巻髪先生!』この声……オルコットか?」

 

 突然礼子の回線に飛び込んできたのは、セシリアの声だった。その声は完全に動揺しており、いつもの冷静さも欠いていた。

 

『後方部隊は壊滅、私は利き腕をやられました。そして、私以外の全員が現在意識不明……!正体不明の化物と、リィスさんが戦闘中です!』

 

「なっ……意識不明だと!?それに、化物に襲撃された?」

 

『……見たこともない、巨大な身体におぞましい見た目でした。撤退の際にリィスさんが、真っ先に巻髪先生に連絡しろと』

 

「ッ……オルコット、交戦地域の座標を今すぐ送れ!それから、お前は待機。他の奴等を見てやれ」

 

『わ、私も戦えます!ですから――』

 

「利き腕が使えない狙撃手なんぞ案山子にしかならねぇよ!いいから黙って下がってろ!」

 

『……わかり、ました』

 

「私に任せとけ。なんとかしてやる」

 

 無理に通信を切る。そして、対峙する少女を睨みつけた。

 

「……どうやら、私はテメェを追えないみたいだな」

 

「ご理解頂けたようで。さて――忠告します、このまま行けば貴方達は、絶望に行き当たります」

 

「絶望、だと?」

 

「はい。私は、それをさせたくない。それは私達にとっても本意では無いのです。 そして私の目的は――」

 

 空で大きく紅の翼を少女は広げた。そして、空へと飛びながらその言葉を言った。とても、とても冷たい。けれどどこか寂しげな眼で。

 

 

「来るべき時にリィス・エーヴェルリッヒを殺すこと、それが私の目的」

 

 

 そんな言葉を言われて、礼子はただ信じられなかった。

 それだけではない、別の理由が彼女を困惑させていた。

 

 最後の言葉、それを言う時の少女は――電子的な機械音声ではなかったのだ。口調も、声のトーンも、雰囲気も違いすぎるが……決定的なところが己のよく知る少女の声と同じだった。

 

 リィスの声と、少女の声。それが、同じに聞こえたのだ。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 海上での戦い、福音と海の中に存在する巨体。神話に出てくるリヴァイアサンを思わせる化物との戦いも大詰めに入っていた。

 

 巨体、魚竜の化物は切断されていないまだ無事な箇所にある武装からひたすらに攻撃を継続する。ミサイル、レーザー、ワイヤーブレード。戦争を思わせるその弾幕が襲うのは二人の少女。マドカと、エクスカリバーという少女だ。

 

「……ふっ!」

 

 マドカはビット兵器による射撃と雪片・天を振るうことによりミサイルだけを的確に迎撃する。そして、レーザー兵器だけをわざと受けた。

 

 彼女に対してレーザー兵器は意味をなさない。大出力の法撃でもなければ機体の特性によってそれを吸収する。

 

「奴をぶった切れ!エクゥ!」

「……ん、行く!」

 

 弾幕の中。その一部に穴が空いた。魚竜はすぐにその開けられた弾幕の穴を埋めようとするが、既に遅い。

 

 銀の騎士。その騎士が持つのは少女の身体より遥かに大きい漆黒の大剣。それをエクスカリバーは最大の加速を以て接近。振りかぶり、振り下ろした。

 

 魚竜の頭部。二人はそこが弱点だと推測した。一度エクスカリバーは漆黒の大剣、アロンダイトを以って胴体の一部を両断した。にも関わらず、相手はまだ平然と動いている。

 

 ダメージを一切感じさせない動き。それを見て思ったのだ、この魚竜は弱点以外がトカゲの尻尾のようなのではないのかと。

 

 いくら弱点以外を破壊しても動きは鈍らない。むしろ、胴体を切断された相手は身体が軽くなったというように動きを早くしている。弱点が何処かにある。そう考え、恐らくそれであろう部位はすぐに見つかった――頭部だ。

 

 魚竜の頭部には生物、恐らく人だと思われる脳が蠢いている。もし、それが稼働して魚竜の身体を制御しているのなら。恐らく、それを潰せば止まると考えた。人も同じだ。頭を潰されれば死ぬ。文字通り即死だ。故に、二人はそこに攻撃を集中した。

 

 最大の加速、相手は巨体で俊敏な動きはできない上に手負いである。恐らく決まったと二人は確信した。

 

 

 しかし、

 

 

『グォォォオ!』

 

「な、にッ――」

 

 振り下ろされた漆黒の剣。それは確実に魚竜の頭に対して直撃した。そしてその一撃は"頭を叩き斬るはずだった"。しかし、現実は違う。超大なその刃が――すり抜けたのだ。

 

 同時、マドカとエクスカリバーの周囲に濃霧が発生し……全てのレーダー探知を止めた。エクカリバーは即座に攻撃が失敗したことを悟ると撤退、すぐに距離を置いて構え直したが、追撃がこない。

 

 時間にして10数秒。二人を覆うようにしていた霧は晴れ、先程まで戦っていた化け物の姿は……消えていた。そして、同じ頃。福音と一夏、箒の戦いも終盤戦へと入ろうとしていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 世の中には天才という人種が居る。そして、織斑一夏という人間は自身の周囲にそういった人間が多いと感じていた。

 

 代表候補生、国家資格持ちといった人間が周囲には多く存在していて、そんな中で彼は彼なりにやれることをやろうとしていた。

 

 強くなろうと決めた。守りたい相手ができた。たった一人、隣に立ちたいと望む存在が出来た。

 

 努力はしているつもりだった。そして芯の強さだけなら誰にも負けない気持ちもあった。

 

 しかし今、改めて近くで天才という人種を見ると……やはり凄いものだと感じた。

 

「紅椿ッ!」

 

 迷いのない目で箒は敵対者、福音を補足し放たれる雨のようなレーザーに対して二振りの日本刀を斬り払うようにする。一振りでレーザーの雨に対抗するようにレーザーブレードが福音に対して飛んでいった。それを何度も、何度も箒は続け、時には直接レーザーの雨を切り払う。

 

 福音との空中戦は高速戦闘といってよかった。常に加速状態にある福音、そしてそれに追従するように追う一夏と箒。

 

 前衛を勤めているのは箒だ。現在、福音からの攻撃の殆どを箒1人で捌き切っている。

 

 一夏は思う、箒もまた天才という人種なのだと。

 

 元々箒には剣の道の才能があった。しかし、ISという分野についてはお世辞にもいい才能は持っていなかった。入学段階での判定は適正C。低い分類であり、量産機とのシンクロ率も伸び悩んでいたくらいだ。

 

 恐らく、一年生の中ではその適正値は低い部類に入るだろう。更に言うなら適性だけではなく機体に対する伝達速度、シンクロ率の方もあまりよくはなかった。

 

 が、事実は少し異なる。箒の適性はたしかに低い。そしてシンクロ率も大抵の機体では適合しない。しかし彼女にあわせて制作、調整された機体ならどうだろうか。

 

 逆なのだ。世間一般においては適正が低く、シンクロ率も悪いという評価だが、実際のところは機体が彼女についていけていない。量産機では篠ノ之箒という人間と同期することはできず、適正値についてもそれを誤魔化すために束が箒のバイタルに細工をしていた。

 

 つまるところ、箒もまた天才という部類の人間であるのだ。

 

 そんな箒が今、紅椿という力を迷いなく、躊躇いなく振るう。その太刀筋には迷いがなく、意思が存在している。紅椿の制御にも箒が徐々に慣れていき、状況は優勢に傾きつつあった。

 

 

 一夏と箒の暴走状態の福音に対する勝利条件。それはあまりにも厳しいものだ。福音の暴走を止めて、かつ機体の損傷を少なくし、操縦者の人命を確保すること。最初、魚の化物の介入により不可能に近かったその条件もエクスカリバーという米国最強の参戦により、可能性が見えてきた。

 

 魚の化物が抑えられれば、一夏には勝機があったのだ。

 

 通常、暴走状態のISを停止させるには機体の破壊か機体のオーバーヒート、つまり強制停止しかない。基本的に操縦者がいる場合、どちらでも人命はほぼないといっていい。

 

 しかし、それは一般的な話だ。要するに、一般的な方法でなければいい。この場合、束によるコアに対する強制介入という手段もあるが、これが不可能。福音のコアに対して束はアクセスできなかった。結果として戦闘における停止方法しか残されていない。そこて立案されたのが、ワンアプローチワンダウン。最初の接触による停止作戦だった。

 

 が、これは失敗。福音には感づかれ化物に介入される。一度悟られてしまえば一撃必殺など決まる可能性は極めて低くなる。

 

 その発想を逆転させた。つまり、通常戦闘において一撃必殺を叩き込む。それによって福音を停止させることを一夏は考えた。

 

 だがこれは1人では不可能な作戦だ。故に、箒の力とその才能が必要だった。"今の箒"の力が。

 

「……はぁッ!」

 

 高速での加速。そして、至近距離で箒の刀が振るわれた。その刃の狙いは胴体ではない、"翼"だった。

 

 福音の加速源は光の翼と、それを発生させているジェネレーターである。福音の停止について最も邪魔だったのが福音の加速性能だった。

 

 いくらチャンスを作れても、恐らく福音はその無理矢理な加速で対応してくる可能性が高い。故に、箒はその可能性を予測して一夏から『福音を消耗させてくれ』という言葉だけからそれを推測、翼を切り裂いた。

 

 予想通り、大きくのけぞった福音の加速度は低下した。そしてそれは、二人のハイパーセンサーでも余裕を持って追えるほどにまで低下したのだ。

 

 更に言うなら、福音は手負いである。先程の一撃で箒は第二の太刀を福音が逃げる間際に叩き込んだ。それにより、のこつた光の翼の半分も消し飛ばした。かつての箒ならば、ここで追撃をかけただろう。しかし、今の箒はそれをしない。それは己の役割を理解しているからだ。故に、

 

「チャンスは作った、行け!一夏ッ!」

「応!」

 

 悪あがき、というように福音が残った半分の翼と残存火器から弾幕を展開してくる。が、それは最初ほどのものではなく、一歩下がっていた箒がその弾幕を赤椿の火力をもって押し返した。

 

 最大の加速、それと同時。箒によって打ち消された弾幕の穴をくぐり最大の加速で一夏は雪片を白雪に納刀したまま加速した。

 

 篠ノ之流剣術奥義『散桜』。もはや人外といっていい反射神経を持つリィスですら対応できなかった神速の一撃。その一撃は単純明快であり鋭く、疾い。零落白夜発動のエネルギー全てをその一撃だけに込めた刹那必殺。

 

 これならば期待を破壊することもなく、機能停止に追い込める。そう判断して一夏は迷わず一撃を叩き込んだ。

 

 

 が、しかし

 

 

「な――」

 

 鍔迫り合い、それが結果だった。

 

 一夏の一撃は確かに福音に命中した。しかし、その一撃は残った半分の翼を前面に展開した福音に防がれており、僅かに届いていない。血の気が引いた。今の自分は無防備である、そして零落白夜の発動も後数秒で切れるだろう。

 

 どうする。そう考えた一夏は、

 

 

「――撃てッ!箒!」

 

 ただ、そう叫んだ。その声を聞いた箒は一瞬戸惑ったようにしたが、すぐに2本の刀を構えると、レーザー刀を一夏へと飛ばした。それを一夏は一度無理矢理福音を弾き飛ばし、回転の動作で箒の放ったそれを雪片で切りつけた。

 

 そして、もう一撃。第二の斬撃を回転の加速をも乗せて再度福音へと叩き込んだ。

 

「これで、終わりだぁぁぁぁぁああ!!」

 

 再度輝きを取り戻した雪片の第二撃。それが福音へと振るわれた。

 

 零落白夜という単一仕様は相手のシールドを無力化する。しかし、雪片にはある特性がある。それはエネルギー兵装の吸収という特性である。しかし、マドカのようにこの特性をいつでも使えるわてけではない。"単一仕様発動時にのみ"この特性が発動する。

 

 本来なら通常展開で10数秒、白雪からの一撃なら5秒もないそれは欠陥特性といってもいいだろう。しかし、今の状況ではそれが生きる。放たれた第二撃は福音へと再び叩き込まれて――福音の動きが停止した。

 

 そしてすぐ。福音の機体から溢れていた光は輝きを消し、ISの展開が解除される。展開が解除され、空から落ちそうになった気を失っている女性。ナターシャ・ファイルスを箒が受け止めた。

 

 作戦は成功した。見ればエクスカリバーとマドカもこちらに向かってきており、魚の化物も撃墜、もしくは撤退したものだと伺える。

なんとかなった、が……今回はかなり危うかったと一夏は冷や汗と同時にホッと胸をなでおろした。

 

 そういえば、リィス達は無事なのだろうか。救出したパイロットの安否を確認して、コアも待機形態で緊急停止していることを確認した一夏は作戦の結果を本部、千冬に連絡しようとした。

 

 

『きっ、緊急事態なんです!お願いします、応答してください皆さん!』

 

 

 不意に。山田先生の慌てた声が通信に木霊した。

 

 ただごとではない、そう思った一夏達は通信に出て、無事であることを報告する。

 

『よかった、無事なんですね……通信が今までずっとジャミングされてて、繋がらなくて。――それより緊急事態です!』

「落ち着いてください、山田先生。ナターシャさんは救出、機体も無事です。あの化物も、東雲とエクスカリバーって子のお陰で撃退できたみたいです。一体何が、」

 

 

『――正体不明の金色のISが現れました、そして……エーヴェルリッヒさんが意識不明の状態で不明機に捕まっています。現在、巻紙先生が状況に対して対応中です!』

 

 

 目の前が真っ白になって、理解できないという感情が押し寄せてくるのを一夏は確かに感じ取った。

 

 




 生きてます。

 そんなこんなで第43話 真実への選択 をお送りしました。大体2ヶ月ぶりくらいの投稿、作者自身多忙かつ色々あったというのはありますが本音を言うと雑な出来だったかもしれないと感じては居ます。

 というのは、話長過ぎる感でプロット書き直したり表現やら展開一部削ったりやらで違和感あるところは多分あります。しかしこのまま引きずると時間取れないわ先進まないわストックだけ貯まるわでエタる未来が見えたのでかなり無理矢理な話にしての進行。いつか書き直したい感はある。

 話としては大体これで起承転結の起が終わるかなくらいの状況。先は長い、しかしテンポよく話の内容できるだけ簡単にっていうのは中々難しいと実感。

 さてさて、リィスどうするのかなとか金色と亡国の少女は何が目的なのかなとか考えながら、なんとか生きてますという生存報告も兼ねた作者のあとがき。

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