IS -Rachedämonin Silber- 作:名無し猫
海上の空で逃げる存在があった。そして、それを追う存在も。
追われる側は十数メートルの巨躯の、鳥のような何かだった。認知されているという前提で現存するISでは常時その加速を出すことは不可能な速度で加速し、逃げる。
それを追う存在は、金色だ。金色と黒の全身装甲に、狼にも龍にも見えるようなフルフェイス。マントのような黒い翼を広げ、その鳥のような何か以上の速度で追いかけている。
『……どけ』
金色が発したのは、そんな言葉だった。機械音声に変換された性別が判別できないマシンボイス。しかし、リィスは知っていた。一夏の話から、金色の正体が男であるということを。
変換されたマシンボイスは、どこか苛立っているようにも感じられる。鳥の化物に対して敵意と殺意を向け。振るわれた一撃は神速。その速度は、異常な反射神経を持つリィスでさえ殆ど見えなかった。
『ッ――!?』
鈍い音同時、空中に刃が舞った。それは折られた刃であり、ガキィンという鈍い音は鳥の化物からだった。金色の一閃。直撃すれば間違いなく即死コースのそれを鳥はその異常な加速で無理矢理かわした。しかし、躱しきれなかった。結果として金色の一撃で"左腕と爪"を持っていかれたのだ。
無人機である鳥は即座に判断をする。搭載された人の脳と直接リンクしたAÌで思考する。状況的に言えば、鳥の状況は最悪といっていい。リィスやセシリア達であればたとえ全員同時でも、鳥の優位は揺るがない。
何故なら、彼女達はこの鳥の手品に気がついていないからだ。そして、性能差もある。絶対防御を無視する武器に、通常のISからは考えられない性能。例えリィスが専用機の制限解除をし、リンドブルムと呼ばれる武装をフルバーストしたとしても恐らく鳥の絶対的優位は変わらない。
しかし、その状況を一瞬で覆す存在が居た。そしてそいつは、鳥にとってもイレギュラーだったのだ。
金色のIS。
その力は絶対的だった。専用機持ちに、四世代相当の性能を持った専用機を保有するリィス。全員であたっても恐らく勝てないだろう相手をいとも容易く押しており、追い詰めている。装備は金色の剣のみであり、遠距離兵器のたぐいは見受けられない。剣一本、たったそれだけで化物と称される無人機は押されていたのだ。
鳥は思考する。己が与えられた特殊なAÌと、接続されている他人から奪い取った脳によって。
状況を分析する、最悪だろう。
あの金色は何者なのか。不明、同時に戦闘力も未知数。
此方は金色に対して勝てるのか。現段階では対抗すらできないだろう。
ならばどうするか、最大加速で金色の追撃を回避しながら鳥は思考した。そして、人の脳で思考し……ある方法を思いついた。
現在リィスは金色と鳥の戦闘空域の空で滞空している。ISの操縦者保護が作動し、残ったエネルギーを全て彼女の治療にあてている。そして金色は、動けない彼女よりも前で彼女を護るように、近づかせないように鳥と戦っている。
その状況を見て鳥はあることを思いつく。恐らくAÌならば思いつかず、人の脳だからこそそんな考えができたのだろうということを。
『――!』
『なにを――』
鳥はその巨大なクチバシを思わせるそれを開いて、鳴き声にも思える音を大音量で流した。金色が警戒するが、すぐにそれは己への攻撃ではないことを理解する。なぜなら、金色にとってはただの不快な音だったからだ。
だからこそ、足を止めてまでのその行動の意味が理解出来なかった。この行動は金色に対しては意味がない。実際鳥が発したのはただの特殊な音であり、攻撃ではないからだ。
そう、"金色には"意味がない。しかし――
「ぁ……れ、」
金色は後ろを振り返り、見た。後方、そこに居たリィスがISを展開状態のまま海へと堕ちたのだ。それを見た瞬間、金色の動きが変化した。
『彼女に、何をしたッ!』
マシンボイス越しにでも感じられる怒気。それだけではない、機械である鳥ですらその思考回路と脳で恐怖という感情を感じるほどの威圧感。それを纏った金色は鞘へとロングソードを戻すと、そのまま"居合"のような構えで鳥に対して一閃した。
その一撃。それで残っていた片方の腕と、そして左足が消し飛んだ。しかし背部の翼は健在である。だから鳥は、行動を取った。加速。残っているエネルギーをすべて使っての加速。つまり撤退だ。
鳥の下した判断はこうだ。金色の介入は完全にイレギュラーであり、戦闘する限りでは己では金色には勝てない。鳥にとっての与えられた目的を果たした今、IS学園の専用機持ちやリィスを始末できればいいと考えていたがそれはあくまで第二目的だった。
だから鳥は撤退を選んだ。目的を果たした今、己は創造主の元に戻る義務があったからだ。しかし、恐らく金色はそれを許さないだろう。思考した、金色を振り切って撤退する方法を。
直接戦闘での撤退は不可能だろう。だから、金色の動きを見て思考した。そしてそこからあることを見つけたのだ。"金色はリィスを護りながら戦っている"。ならばチャンスを作るしかない。そう判断した鳥は、創造主から"まだ早い"と使用を禁じられているある兵装を使用した。
結果としてリィスは意識を失い海に落ちた。金色の最後の覇気には鳥は搭載されている脳で恐怖という感情を覚えたが、それよりも優先すべきタスクがあると判断して撤退。そして予測したとおりとも言うのか、金色は追ってこなかった。
対して、金色はそのままリィスが堕ちた場所へと加速しすぐに海へと飛び込み彼女を抱きかかえる形で引き上げる。
意識は、ない。しかしバイタルチェックを走らせる限り死んでは居ない。怪我をしているようだが、そちらについては専用機の保護のお陰で治療が進んでいる。
鳥に何かをされたのは明白だろう。だが、何をされたのかがわからなかった。
『……』
迷う。彼女の意識を確かめるためと言え、ましてやマシンボイス越しとはいえ自分が彼女に対して言葉を投げていいのかと。
しかしそんな思考も一瞬、今は個人的なそれを考えている場合ではないと判断する。
『――しっかりしろ、"リィス・エーヴェルリッヒ"!』
が、反応がない。ただの昏睡状態というわけではないようだ。そこで金色は、彼女を助けるために止む得ないと――ある手段を取った。
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「……ん」
頭がぼーっとする。まるで寝起きみたいな感覚で、徹夜した後のような疲労感も身体にある。
私は、どうしたんだっけ。ッ……そうだ、福音は、あの化物は、それにあいつは、金色のISは!?
はっきりしていない頭を無理矢理回転させて横になっている身を起こす。起こして……私は、硬直してしまった。
「あれ、」
どうして私は、横になっていんだろうか。周囲を確認すれば……自分はベッドの上で寝ていたことを理解する。自分が寝ていたのは少し大きめのセミダブルのベッド。部屋を見渡せば、机やパソコン、本棚。そして――写真立てなどが目に入る。
「えっ……あ、あれ?」
ここは、何処だろうか。見る限り誰かの部屋のようだけど――それにしては随分と馴染みがあるような、日常的というか。
私は寝ていた……と思う。着ているのは寝間着であり、時間を見れば朝の7時を指している。
7月7日。ベッドに備え付けてあるデシタル時計を確認すればそんな日付であり、同時に天気や交通情報なども告知してくる。
……あれ、私は。
理解が追いつかず、ただぼーっとしていると
コンッ、コンッ。
部屋の扉がノックされた、そしてその後――声が、聞こえた。
「リィスちゃん?もう朝よ? 今日は珍しく随分と寝坊助さんなのね」
「え――」
ガチャリ、と扉が開かれた。そこに居たのは、絶対に忘れることのないであろう人で。
金色のロングヘアを後ろでまとめており、瞳の色は紅。私よりも背が高いその人を私は、一度だって忘れたことがない。
「……ママ?」
「何死人が生き返ったみたいな顔をしているの? 起きてたのね、ご飯できてるから早めに着替えて――リィスちゃん?」
理解が追いつかない頭が完全にフリーズした。嘘、どうして?だってママは、あの時――あの日に、殺されて。
では今目前にいるこの人は、誰?声も、姿も、そしてその仕草も。全てが私の記憶の中のママと同じだ。
ベッドの中に潜ったままの手を動かしてみる。感覚は、ある。つまりこれは夢ではない?あぁ、そうか。夢なら感情を感じることなんてない。感覚も感じない。それに――
「どうしたの?……何か、変な夢でも見たの?」
涙だって、出るわけがないんだから。
これは夢ではないのだとしたら。現実だとしたら。ママは、生きている。……じゃあ、あれは何?福音や、鳥の化物。金色のISや、私の学園での日々は。あれが、夢だった?それにしては、あまりにも鮮明すぎるような――
「――ぁ、ごめんママ。 ちょっと、嫌な夢見ちゃって」
「大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。 ……すぐ着替えて降りるから」
「なら、いいのだけど。パパも驚いてたわよ?『いつも一番早起きのリィスが今日は寝坊助だ、何かあったに違いない』って」
パパも、生きてる?パパもママも生きていて、一緒に暮らしている?
私の中で何かが蠢いた。これが、現実だったら――ううん、これが現実なのかな。
◆ ◆ ◆
とても、幸せだと感じた。
あれから着替えて下に降りて、それでパパを見た時はちょっと驚いて顔に出ちゃったんだけど……それをパパが見て『娘にすごい目で見られた、これが反抗期か。年頃だもんなぁ……』などと言って落ち込んだのを慰めたり、その途中でママがパパに追い打ちをかけて更に面倒なことになったり。朝からとても慌ただしく、賑やかで。でもとても幸せで。
朝、ご飯を食べている時にニュースを見て気がついたことがある。
この世界にはISは存在していないのだ。
とはいっても、ISに似たようなものは存在していた。"量子展開装甲衣(クアンタムジャケット)"、簡単に言うと個々にデザインされた装甲能力を持つ衣類であり軍や警察関係では犯罪者などの制圧を目的として使用される。対して、スポーツや医療分野などあらゆる分野においてこれは利用されておりその分野ごとに特化したものがデザインされているらしい。
ISと違うのは、明確な線引がされていることだ。軍事目的なら軍事目的と明確にして制作され、医療なら医療、スポーツならスポーツといったように明確にされている。アラスカ条約のように曖昧な条約などはないということ。男女に関係なく使用できるということ。そして私は、量子展開装甲衣について学ぶ専用学校に通っているということ。
更に言うなら、この世界にはみんな存在していた。クロちゃんは科学、清香は技術、セシリアは経営方面、鈴は教師、シャルロットは技術と開発、箒とラウラは軍の教導部指導員。みんな存在していて、それぞれの夢に向って量子展開装甲衣について学んでいる。
今の社会のそれと、夢?だったあの世界のそれを比べると驚くことばかりだった。そしてそんな社会の中で、私は研究者を目指して"いたという"。パパとママが研究者で、量子展開装甲衣の基礎理論を作ったのが二人。そしてそれを形にして普及させたのが、束さんとスコールさん。私は、そんな身近な研究者の人達に憧れた。だから、自分も何時かそうなりたいと望んで、その道を選んだ。
日曜日、ということもあってか。私は私服である人物と歩いている。それは……一夏だ。この世界?では私と一夏は付き合っているらしくて、実際に話してみても――私が好きになった、あの世界の一夏と同じだった。
つまるところ、デートで。私と一夏は他愛のない話をしながら、喫茶店とか映画館とか。買い物とかで歩いていた。
……あれ、おかしいな。
あの世界って、何?どうして私は今のこの現実のことを"この世界"って思ったの?この世界は、ううんこの現実は――とても暖かくて、幸せで。"そうであってくれればいい"と思うこと、ばかりじゃないか。
なのに、どうして。どうして、私は――
ピキリ、と何かにヒビが入ったような気がした。それに気がついた私は、それを否定しようとした。違う、あの世界は現実だけどこの世界も現実なんだ。わけがわからなくなっている所に、
「リィス、大丈夫か? ……なんか顔色悪いぞ」
「え、あ――大丈夫だよ一夏、ごめん。折角の休みなのに」
「なんか今日は変だぞ。 ……なんかあったら相談する、1人で抱え込まないって約束だろ」
「あはは、そんなんじゃないから安心してよ。心配症だなぁ君は。 ――ちょっと、嫌な夢?見ちゃって」
「リィスがここまでになる夢って気になるが怖い気もするな。でも、なんで疑問形なんだ」
「なんていうか、すごく現実味があったというか。夢だと思えない、というか。 ……ごめん、何言ってるんだろう」
そうだ、何を言ってるんだ私は。あれはきっと夢で、質の悪いってだけだったんだ。現にいま私はこうして一夏と一緒に居て、それに――パパやママだって存在したんだ。
だとするなら、"きっとこれが今の現実なんだ"。
私の言葉を聞いてか、一夏が『あんまり気にするなよ、夢だろ』と言って私の頭に手を載せてくる。ああ、やっぱり一夏だ。こうされると、私は――とても安心する。福音の騒動の前にも、こうして貰って。夜にまた話そうって約束して、凄く安心して。
あ……れ?福音?福音って、一体何――
福音を、止めなきゃ。みんなが、一夏が――あれ?なんで、
一夏に対する笑顔の下、私はそんなことを考える。けどそのことを考えようとしただけで、ノイズが走る。そして、走ったと思ったら……また、忘れている。
本当どうしたんだろう、今日の私は。こんな姿もし皆に見られたら心配されるだろうし、笑われもするだろう。駄目だな、と考えていた時――
「……え、」
道路を挟んだ反対側の歩道。その人混みの中に、知る人物が居た。それも、最近知り合った人物、ハルトさんだ。派手すぎず、黒と灰色を基調とした夏服でハルトさんは、誰かと歩いていた。
それは――とても、綺麗な人だった。銀のロングヘア、優しそうな"紅"の瞳。背は多分私より高く、スタイルもかなりいい綺麗な人。
その人と親しげに話していると思われるハルトさんは、そのまま私に気がつくことなく私達とは進行方向が反対の方向に歩いていく。
綺麗な人、だったな。ハルトさんの彼女さんかな。
「リィス?どうかしたのか?」
「えっ?あっごめん。ちょっと、知り合いが向こうの歩道に居て、それで」
「知り合い?箒とかクロニクルさんとかか?」
「ううん、ハルトさん――IUIの学生さんで、」
……待った。
なんで私は、ハルトさんのことを知っている?この世界にあの夢のISという存在はない。にも関わらず今、私の口からは自然にIUI、あの世界で言うIS大という言葉が出てきた。では、この"現実"でのハルトさんはどんな人だっただろうか。思い、出せない。
「IUIって、どこかの学校とか企業とか何かか?あんまり聞かない名前だけどさ」
「えっと、そんなところ。あんまり知名度がない大学の人で、私も顔見知り程度なんだけど」
「そうなのか。 ……名前からして男の人っぽいけど、どんな関係なんだ?」
「一夏?ハルトさんは普通の人だよ? うーん……私が後輩、あの人が先輩。それだけの関係だよ?」
「……悪い、変なこと聞いた」
「むくれてる一夏がとてもかわいかったので満足です」
その言葉に対して一夏が顔を真っ赤にしたりして、それをまた私がからかって。その後も色んな所に行って、時間も遅いということで――私は、一夏の家に泊まっていくことになった。
勿論パパやママには連絡済み。電話先でパパが暴れていた気がしたけど、ゴンッという音の後聞こえなくなった。大丈夫かな。
一夏の家は結構大きな一軒家。千冬さんと一夏、そしてマドカの三人暮らしなんだけど、千冬さんは海外に行っておりマドカは知人の所でホームステイしているのだとか。なので、家には一夏だけということになる。……まぁ、必然的に二人きりで今の関係を考えるとドキドキするものは、ある。
家で私が御飯作って、一夏とそれを食べて。話をして。とても、幸せだった。
ふと、冷蔵庫の中にも飲み物がないことに気がつく。
「ちょっと行ってくる、すぐ戻るから」
「俺が行くぞ?時間ももう遅いし」
「私、一応ドイツの国家代表なんですけど? 大丈夫だよ、代わりに一夏。片付けお願いできるかな?」
「……まさか片付けを押し付けるための口実、」
「いってきまーす」
「はぁ……了解。気をつけろよ」
ちょっとした冗談のつもりで、片付けも私が戻ってからやろうと思ってたんだけどおふざけが過ぎただろうか。そんなことを考えながら、一夏に申し訳ないと内心で思いながら夜道を歩く。
一夏の家からスーパーまではそんなに遠くない。少し暗い道、といっても車通りがそこそこある所の歩道を歩いて5分くらい。夏ということもあってかやはり暑さは感じる。けど、少し妙だ。
いつもなら、夜でも蝉の声とか虫の声が聴こえるはずだ。なのに、聞こえない。珍しくこの道も車通りが皆無で、街灯や建物の光だけが道を照らしている。
いつもは、こんな感じだっただろうか。何度も一夏の家にはお邪魔している、いつもはこんな感じでは――
いつも?
いつもって、いつのこと?
「……ぐぅっ」
思わず頭を抑えた。ふらついて、近くの街灯に手をつけて倒れないようにした。頭が痛い。割れるように痛くて、何かを考えるのを否定しようとしている。
けど、何を?何を否定しようとしているんだろう私は?
ダメだ、早く買い物だけ済ませて戻ろう。なんだかとても、気分が悪い。
思わず私は、首元に手を伸ばした。
そう、いつもここに私の大切なあれが――
「――あれ、」
無いのだ。何がないのかというのさえもわからない。だけど、無いという事実を知った瞬間私は動揺した。無いのだ。私の、大切なものが――けど、大切なものとは何だっただろうか。
また同じように、"はやく済ませて戻ろう"という気持ちが湧いてくる。しかし、先程よりも弱い。何か大切なもの。誰かに託されたとか、そんなくらいに大切な何かがあったような気が。
「痛いッ……いたい、痛い――ッ」
頭痛が更にひどくなった。そして私は立っていられず、その場に座り込んだ。まずい、頭がぼーっとして……あれ、なんで私ここにいるんだっけ。
どうでも、いいか。早く用事を済ませて一夏の所に――
「大事な物、落としたぞエーヴェルリッヒさん」
声が、聞こえた。それは聞いたことがある声で、最近知り合った人の声。なのに、私がこの現実で聞いてきたどの声よりも力強くて、一番大切な人や家族の声よりもその声は――私の心に、染み込んだ。
頭痛が、引いていく。顔をあげるとそこには一人の男性が居た。そしてその人は――私に向かって、右手で何かを投げた。チャリン、という音がその人の腕から聞こえた。見れば、右手には腕輪のようなアクセサリーがあって、その装飾物同士が触れた音だと理解する。
「ハルト、さん?」
「こんばんは、エーヴェルリッヒさん。 ……それ、大事なものだろ?落としたぞ」
投げられたものをキャッチした右手の手のひらを開くと、そこにはネックレスが存在した。剣と、翼。それを象ったような銀色のネックレス。
「それを見れば、思い出さないか?」
「……えと、仰る意味が」
「――やっぱり、不安定といえど相当に強力なものか」
不安定?強力?ハルトさんは、何を言って、
「あんまり、こういうやり方はしたくなかったしできれば君には、知られたくなかったが――」
ハルトさんが私を見た。それは、とても優しい目で。だけど……とても申し訳無さそうな、泣きそうにも見える目だった。
少し歩けばすぐ傍まで行ける距離。そこまでハルトさんは歩いてくる。街灯に照らされて、姿がよく見えた。
そのままハルトさんは、右手を前に突き出した。同時にまた音がした。チャリ、という音が。そして、私は見た。ハルトさんの右手のアクセサリー、その装飾は――私のこのネックレスと、同じだった。
「荒治療になる。それに……できればこのまま黙っておきたかったが、仕方ない。 ――君の、命には代えられない」
「ハルトさん、さっきから仰る意味が――私、一夏を待たせてるので行かなきゃならないんですが」
「――これを見ても、そう言えるか?」
瞬間、ハルトさんが光に包まれた。
光が収まり、彼を見れば――そこには、ある姿が存在した。
金色の鎧にも似た、全身装甲に狼にも龍にも見えるフルフェイス。黒いマントを背中に、左手には納刀されたロングソード。
それを見た瞬間、思い出した。あの日のこと、パパとママが殺されたあの日のことを。あの世界での、私の根源だった出来事を。
全部、思い出した。不思議にも頭痛はなかった。でも私は……ただ目前のことが信じられなくて、立ち尽くすことしかできなかった。
金色のISの正体は、ハルトさんだった。それを知らされたと同時に、頭の中にはいろんな感情が交差した。
疑問。敵意。殺意。
そして、信じたくないという想いが――私には、あった。
ISをハルトさんが解除した。その場に立つ彼は息を吸い、言ったのだ。
「……言いたいこととか、思うことはたくさんあると思う」
「――私は、でもどうして。なんで、ハルトさんがッ」
ハルトさんが、私の前まで歩いてきた。そして……少しためらった後、私の頭の上に優しく手をのせた。
「……ぁ」
「悪い、嫌だったか? 昔、こうしたら安心する子がいてさ」
……なんか、私の一夏に頭を撫でられたら落ち着くそれと、同じなのかな。でも、決して嫌ではなかった。
「……少し、歩かないかエーヴェルリッヒさん。もし、俺の話を聞いてくれるならその上で考えて欲しい」
何を?と思う。私は、聞きたいことに言いたいことは山ほどあるのだ。
「"この現実に残るか"、それとも――"元の現実に戻るか"」
急展開。
そんなこんなで第42話 幸福/邯鄲の夢 をお送りしました。亡国の化物鳥の切り札発動、なお未完成。そしてリィス、ついに金色のISの正体を知る。色々伏線回と急展開でやらかしまくって駆け抜けた感は否めない。金色のISもハルトも何者なんだよって。
と、別の話。最近書いてて『1つの展開引っ張り過ぎなんじゃねこの駄目作者(そらねこ)』とか思ったり。見直したら福音編の話で既に7話使ってるんですよね、しかもプロット見ると殆ど進んでなくて原作基準だとどんだけ引っ張るんだよって思えてならない。一部削るべきかとか短くすべきかとか、色々考える始末。
後私、半月ほど社畜で出張が決定。宿泊先にノートPCとかは持ち込む予定なんですが多分書き手溜めになる。ストックが増えるよ!やったねそらねこ! ……ほんまもっといい出張環境が欲しかった。
さて、対峙と真実の果にリィスはどんな答えを出すのかなとか、そんなことを考えながらの社畜の後書き。
感想などお待ちしております。