IS -Rachedämonin Silber-   作:名無し猫

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形成す歯車

「……何考えてるんだろう、束さんは」

 

 専用機持ちと、一部の人間だけが居る浜辺。そこに突如現れ、『紅椿』を箒に渡すと言った束に対して思うのはそんな言葉だった。

 

 紅椿。知る限りでは白式と黒式に並ぶ最後の機体であり、束の手製なのだ。だから、破格の性能だろうというのは感じ取れた。しかし、彼女はとんでもないことを言ったのだ。『第四世代』と。

 

 現在、各国のISは第2世代機が現役であり各国代表や候補生の専用機が第3世代機のデータ収集を行っている段階である。最近になって、公式上第三世代の量産化に着手したデュノア社でもシャルロットの専用機"ウェンティ"でデータの収集を行っている段階であり、今の世界では『進化しても第三世代』という認識であった。

 

 第二世代は『外部要素による機能の多様化』。つまり、後付で機能を多機能化させるというのがコンセプトである。ラファール・リヴァイヴなどはその代表的な例であり、現在量産化されている主流機体の殆どはこの第二世代である。

 

 第三世代は『イメージ・インターフェースを用いた特殊機体』。未だ量産化には至っておらず、最近になってデュノア社がこの世代の量産機開発に乗り出した。それに合わせるように世界的ISシェア一位の『ネクスト・インダストリアル社』がデュノア社との協力を申請。が、まだ問題点も多く特に燃費の問題などが大きいことから、機体数はそこまで多くはない。

 

 そして先程束が言ったのは『第四世代』という単語である。四世代型のIS、つまりこれは…現段階では存在していないISなのである。

 

「気になりますか、リィス」

 

「クロちゃん……。気になるよ、だってあれは――今後の対策のための、世織計画や金色に対するためのの機体だよ? どうして、箒を巻き込むようなことを」

 

「リィス、織斑さんと付き合うようになって治ったと思いましたが……まだ治ってなかったんですか」

 

「……え?」

 

「巻き込む、巻き込まないの問題ではないのだと思いますよ。きっと束様には何かお考えになることがあるんでしょう。だから――託すと言ったのでしょう」

 

「あ――ごめん、クロちゃん。またやっちゃったね……信じようって、頼ろうって決めたのに」

 

「織斑さん聞いてたら怒ってましたよ?駅前の@クルーズのクレープで手を打ちましょう」

 

 現金だな、と思いつつリィスはクロエに感謝した。きっと、その茶化すような言葉も含めて自分を思ってくれてのことだと思ったから。

 

 しかし、これで三機が揃ったことになる。スペック上だけで見れば白式と黒式は三世代の中でも最高峰の性能。そして紅椿は四世代というのだから、それを凌駕する性能なのだろう。礼子も学園に来て、此方の戦力は万全と言っていいとリィスは思っていた。万全の態勢、だが……気になることがあった。

 

 あの対抗戦での一件以降、亡国機業は自分たちの前に姿を表していないのだ。そして束やスコール、礼子の捜索にも引っかかっていない。何もなければそれでいい、だが――それが逆に、不穏にも感じた。

 

 何かがあるとすれば、この臨海学校。もしくは近く行なわれるという、銀の福音の稼働実験だろう。無論そのための対策はある、が……何をしてくるのかが予想できない。

 

 警戒しすぎだろうか。そう考えて、溜息をつくとクロエへと言葉を作っていく。

 

「……一夏に怒られるのは、やだな。心配もするし。高いのは駄目だよ?」

 

「流石ですリィス、そんなリィスが大好きです。 ところで、昨日どうしてたんですか? 海に来るの遅かったですし結局泳がなかったじゃないですか ――織斑さんに選んでもらった水着、着ないんですか?」

 

「う……いや、その。見られるの恥ずかしいっていうか。えっと、ちょっと旅館のほうで変わったことがあって」

 

「かーっ!惚気、惚気ですよ!海水が甘くなります! それで、変わったことというのは?」

 

 思い出すのは、昨日のあのコンという鷹の子と、織原ハルトという人のことだ。思えば、鷹に触るなんて経験初めてだったし大学の人と話すのも初めてだった。大人びた、落ち着いた人だったなぁと思い出す。一夏に似ていた、ということもあってもし一夏が彼くらいの年齢になったらあんな感じなのかと考える。

 

「鷹と遊んでたり、その飼主さんとお話したり。IS大の人らしくてね、ちょっとびっくりした。織原ハルトさん、っていう男の人で。どことなく一夏と似てたかな」

 

「鷹って猛禽類ですよ、大丈夫だったんですか。なるほど……ナンパされていたと。リィス、かわいいですもんね」

 

「そんなんじゃないよ、鷹の子が迷子?でさがしてたらしくて、それで偶然私がその子の相手してるところに鉢合わせただけ。学園の子かって聞かれて、それでそうですって返してそこから雑談してただけ。でも、学園の日程って大学の方にも張り出されるんだね、私知らなかったよ」

 

「……え?」

 

 突然、雑談程度の話をしていたクロエが固まった。不思議に思いリィスはクロエへと顔を向ければ、そこではクロエが固まっていた。

 

「どうしたの、クロちゃん。鷹の子は大人しかったよ?大丈――」

 

「違います、リィス。 ――学園の日程は大学には掲示されません」

 

「……え?」

 

「IUI……IS大には男性も在籍しています。そして、IS学園以上に多くの方が通われています。ですから機密保安の関係上、IS―――特に専用機などが関わるような訓練が行なわれるものについての情報規制という意味合いで、"学園外部"には公開していません」

 

 リィスの心臓が跳ねた。公開されない?そんな馬鹿な。昨日会ったあの男性は間違いなくIS大の生徒だと名乗り、そして顔写真までついた正真正銘本物の学生証を提示してきた。IS学園やIS大の学生証の表面には特殊な電子コードが印字されており、それの複製は不可能だ。そしてそれは、彼の学生証にもあった。つまり、学生であることは間違いないのだ。

 

「……嘘。でも、間違いなくあの人の学生証は本物だったよ?」

 

「何故IS学園、それも一年生の臨海学校の日程を知っていたんでしょうか――ちょっと、怪しいですね」

 

「あの人、旅行で花月荘に泊まってるって言ってた。……戻ったら、あの人探してみる」

 

「一応、先生達にも話しておきましょう。亡国機業なんてことはないと思いますが、学園の日程を知っていたのはちょっと気になります」

 

 そんな疑念を抱いているうちに、どうやら箒と紅椿のフッティングとパーソナライズが終了。武装テストも終わったようで、地上に降りてきた箒が展開状態を解除。機体のことについて何か疑問でもあったのか、千冬と会話を始めた。

 

 束の手が空いたため、リィスは話を聞こうと思った。金色についてと、その――織原ハルトという人についてを。ニコニコしながら頷く束に歩み寄ると『束さん、ちょっと』と小声で言う。それに気がついたのか、束はリィスと共に他の人間と少し離れた場所まで歩いて行く。

 

「そうだ、リーちゃんにも渡すものがあったんだ!ヴァイスの追加武装なんだけど――」

 

「ヴァイスの新武装、ですか?」

 

「うんうん。その機体について色々わかってきたから、開放できる範囲で武装や性能を強化しようと思ってね……まぁちょっと、話もあるんだけど」

 

「……私も、伺いたいことが幾つか」

 

「んじゃ丁度いいね。ヴァイスを展開してくれる?」

 

 言われ、首のネックレスに一瞬意識を集中してヴァイス・フリューゲルを展開するリィス。それを確認した束は、移動型ラボ『吾輩は猫である(名前はまだ無い)』を展開すると、IS専用の接続コードを機体へと繋ぐ。それが終わると投影キーボードを8面展開して、目にも留まらぬ速さで作業を開始した。

 

「……えっと束さん、いいですか」

 

「ん?いーよいーよ、作業しながらでも会話できるし。むしろリーちゃんとの会話ならウェルカム!」

 

「は、はぁ……。ちょっと変なこと聞いてもいいですか?」

 

「んー?何かな何かなー?」

 

「IS学園とかIUI……IS大の学生証に刻まれてるあの識別コード。コピーとか偽造ってできます?」

 

 まず最初に聞いたのは、先程のクロエとの会話についてだった。自分が見たものは恐らく本物だろう。しかし、リィスは念のために確認をしたかった。

 

「んー……無理じゃないかな。束さんならできるけど、有象無象じゃ無理だと思うよ?リーちゃんとかが持ってる学生証のそのコードね、ちょっと特殊なインクと金属を使ってるんだ。そして、その中にナノチップを混ぜてるんだけどその金属っていうのが複製不可能なんだ。その印字する際に使うコードっていうのも、特殊な貼り付け方するから普通の所じゃ絶対作れない。だから、正規に発行されたもの以外は即バレするよ。認識できないからさ」

 

「――そう、ですか。実は昨日、IUIの男性の方にあったんです。……その人が学生証見せてくれて、それが本物だとは思うんですけど、」

 

「は?何?うちのリーちゃんに手を出そうとしたナンパ野郎がいるの?リーちゃんはいっくんのでしょ? 誰だよそいつ、束さんが消してやる」

 

「本気でやりかねないのでやめてください! ……その人、IS学園の日程を知ってたんです。クロちゃんに聞いたら、学園の日程は外部に対して直接的な公開はされないって。でもその人、大学の掲示で見たって言ってたんです」

 

「……そいつ、名前は?覚えてる?」

 

「"織原ハルト"という人だったと思います」

 

 束の表情が更に険しくなった。数秒間束は投影キーボードを叩くのをやめると、先程までとは違う叩き方でキーボードを叩き始めた。束の前に投影ウィンドウが展開される。それは、3つのウィンドウだ。1つはヴァイスとの接続データと、アップデートに関わるもの。もうひとつは、何かの報告書だ。そして3つ目は――IUI、IS大のシステムにハッキングを行っているウィンドウだった。

 

 突然無言になった束に対して言葉を投げられず、返答を待つこと数十秒。ハッキングをかけていたウィンドウに『complete』と表示され、データベースが展開される。そこに束はすかさず"織原ハルト"と打ち込み、検索をかけた。

 

「――あった。こいつで間違いない?」

 

 束がリィスの前までウィンドウを移動させ、確認するように促した。そこには、間違いなく己が昨日会った男性の写真が写っており、その下には経歴をはじめとした個人データが記載されている。

 

 織原ハルト、20歳。IUI宇宙工学研究科とIS技術応用研究科の2つの学科に所属する2年生。IUIに来る前は地元の総合高等学校『藍越学園』の理工科を卒業。他の経歴を見ても疑わしいものはなく、普通の学生のようにリィスには見えた。

 

「間違いないです。昨日会ったのはこの人です」

 

「……ただの有象無象っぽいけどなぁ。確かにいっくんに似てるけどさ。 これ追加の経歴表かな?どれ、覗いてみよう」

 

「束さん!流石にそれは失礼というかなんというか……」

 

「私は篠ノ之束だよ?これくらいへーきへーき、どうせ足なんてつかないし ――おんやあ?」

 

 そこで束は手を止めた。ある疑問を抱いたからだ。流石に人のプライベートな情報をこれ以上覗くのは失礼だと思い止めようとしていたリィスだが、突如動きを止めた束に対して疑問する。

 

「……10年前に両親が他界。その後IUIの理事長が籍をおく『倉橋家』に引き取られる。3年前にはドイツに一度留学、そこで天体工学について学ぶ。んん?」

 

「どうしましたか束さん」

 

「――いや、どうでもいいか。なーんでもないよ!ごめんねリーちゃん、ちょっとくっだらないことで考え事しちゃってさー!」

 

 所詮は有象無象だ。特に目を留める必要もないだろう。それに、こいつについてはリィスが言ったから調べた訳であって個人的にはどうでもいい。そう考えて束は"くだらないこと"と判断してウィンドウを閉じると『さて、』と続けてリィスを見る。

 

「ヴァイスのアップデートおーわり!機体データ見てみてよ!」

 

「……機体スペックが跳ね上がってる?それに、多機能自動反応兵装(マルチロール・アクティブウェポン)"リンドブルム"?」

 

「ふっふっふ……それはね、"進化した"ヴァイスが自分から作り出して、それを束さんが形にしたものなんだよ。ヴァイスには背面浮遊固定部位として、3対6翼のエネルギーウィングがあるでしょ?これはスラスターの機能と自動防御機能を兼ねてたんだけど、それに攻撃性能が追加されたんだ。具体的には、拡張領域に新しく搭載されているエナジージェネレーターから生成されたエネルギーを翼から弾丸として打ち出せるって感じかな?ただ、限りがあるのと限界超えるとシールドを消費し始めるから注意ね。弾速が早いマニュアルモードと、弾速そこまで早くないけど高出力レーザー弾が相手を追尾するオートモードがあるから使い分けて」

 

「なんか私のヴァイスがとんでもなくゲテモノになった気がするんですけど、束さんドイツにいる間何かありました?」

 

「えっ何もないよ?凄いねドイツ!束さんが夢中になるくらいのエナジードリンク作ったり、日常的に束さんに"挑戦"って形でラボにハッキングしかけてきたり。いやぁ、向こうのラボの所在がドイツにバレちゃってヤバイと思ったんだけど、なんか定期的に子猫が送られてきたり『先日は挑戦を受けて頂きありがとうございました』ってコメント付きで詰め合わせが送られてきたり。毎日退屈してないよ! あっ、後束さん猫飼い始めたから!」

 

 どこから突っ込もうか。そう考えながらリィスはスペックデータに目を通していく。IS学園はペット禁止、なのでかわいいものが好きなリィスとしては少し束を羨ましく思った。自分も猫飼いたいと。

 

 そんなことを考え、ペット飼いたいという欲を抑えつつデータを見ていたリィスであったが先程の束の言葉で気になることがあった。

 

「束さん、そのリンドブルムっていうのは束さんが作ったんですよね? 紅椿といい、これといい無理してたんじゃないですか?」

 

「ん?違うよ、"リンドブルムを作ったのは束さんじゃないよ"」

 

 スペックデータを見る手が止まった。

 作ったのは束ではない?では、誰が?

 

 そういえば先程束は――自ら作り出した、とか言っていたような気もしたが。

 

「形にしたのは束さん。だけど、"その兵装はヴァイスが作ったもの"だよ」

 

「――え? ち、ちょっと待って下さい。それどういう、」

 

「んー……コア・ネットワークに登録したでしょ?ある日束さんのところに、ヴァイスから同調率のデータと、リンドブルムの開発状況のデータが送られてきてね。私も訳わからんちんだったんだけど、どうやらその兵装を安定させるためのものが欲しかったらしくて。だから、エナジージェネレーターと機体との調整は私がやった」

 

「ヴァイスが自分で開発した?確かに、オリジナルコアには個々に意識があるとか言われてますけど、実例なんて――」

 

 

「……ないことも、ないかな? 暮桜とか」

 

 

 束はその言葉を呟くように言った。驚きのあまりその言葉をリィスは聞き取れておらず、誤魔化すように束は言葉を続けた。

 

「それからもうひとつ。ある意味……これが一番大きいかもしれないね。 ――"セラフ・システム"、リーちゃんこないだ無断で使ったでしょ」

 

「それは、その。 ――使いました、ごめんなさい」

 

「あれがどれだけヤバイ物かってわかってるよね?どれだけ心配したと。前もかなり怒ったからもうこれ以上言わないけど……その話っていうのが、セラフについてなんだ」

 

 束は周囲を確認した。千冬達からは自分たちが距離のある状態で、他の人間の視線が箒と千冬に向いていることを確認しこちらに対して誰も意識が向いていないのを見る。そして、あるウィンドウを自分とリィスにしか見えない"秘匿状態"で展開するとそれをリィスに見せた。

 

 そこにあったのは、ヴァイスの稼働データと機体の変化についてのデータだ。そこに書かれていたのは――

 

「開放状態……? これって、」

 

「その機体が進化した。簡単に言えばそういう事かな。……リンドブルムの開発によって機体への負荷とか諸々変化があってね、どうやらヴァイスはリンドブルムを応用してセラフの負荷をある程度まで完全に消したみたいだ。――"セラフ・システム"の第一段階。全三段階あるうちの第一段階までであれば、リーちゃんへの身体への負荷なく、問題なく使えるようになってる」

 

「あ、あれの負荷を消す!? それに機体が進化した?さっきもリンドブルムについての説明で同じこと言ってましたけど、ISが自己進化するなんてこと……実際にありえるんですか?」

 

「――言い切るよ、"それは有り得る話"なんだ」

 

 束のその言葉に対してリィスは目を見開いた。信じられない、と思った。自己進化するISなど聞いたことが無い。確かにラウラの持つレギオンに搭載されている搭乗者補助ロボット"黒兎"と"灰兎"という例はあるがあれはロボットだ。形態移行とはまた違う、自ら何かしらの変化を生むISなど……教義の中で存在しても、実際には"存在していない"という認識だったのだ。

 

「話がある、って言ったでしょ。そのうちの話のうちの1つを話すね。 ――ヴァイス・フリューゲルに世代がない、っていう話は前したよね」

 

「はい、データ上の分類がされておらず、識別不可能だったから。でしたっけ」

 

「……それ、誤りなんだ。正確には"世代が存在していない"んじゃなくて"分類できない"んだ」

 

「分類ができない? えっと、仰る意味が」

 

「落ち着いて聞いて、リーちゃん。 ……その機体のフレーム全てには、展開装甲っていう束さんが最近開発したものと似た何かが使われてる」

 

 目前。束の顔にはふざけた笑みはなく。真剣な表情で、そんな言葉をリィスに言った。

 

 




 そんなこんなで第37話 形成す歯車 をお送りしました。リィス専用機強化回、と前回に引き続き色々アレ回。いつもより若干短め。

 大体これで色々アレは終わったかなぁという感。戦力的にも信頼的にも万全のIS学園勢ですが、果たしてどうなることやら。

 さて、次回から本格的にやらかしますよとか思いながらの作者のあとがき。

 全く関係ないんですが、ちょっと多忙とかリアルでやるタスクが出来てきたとかで執筆時間がまた減衰気味。某ノベル作者さんじゃありませんが一日30時間労働もとい、活動できる力がほしい。勿論冗談ですが。

 感想などお待ちしております。

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