IS -Rachedämonin Silber-   作:名無し猫

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青年と少女

「夏だ!」

「ウェミダー!」

「戦場だ!」

 

 臨海学校当日。宿泊先である旅館へと向かうバスの中。一組と二組生徒が乗る車内でクロエ、清香、ラウラはとてもテンション高めに、それもバスの中でリアクションつきで叫んだ。それと同時。前方にある教員席から『ギュン!』という音が三度鳴り、まだ移動中にもかかわらずバスの中で立ち上がった三人の頭にゴンッ!という音とともにヒットし、座席へとダウンさせた。

 

 とてつもない速度で投げられたのは三本の缶ジュースだ。それは緑茶であり、日本が誇る優良企業が自販機やホームセンターで格安にて販売している"葉っぱしか使っていない"お茶。投げたのは千冬であり『煩いぞ三馬鹿!』と座りながら怒鳴る。

 

「だ、大丈夫かなぁ……すごい音したけど」

「俺は何も見てない聞いてない」

「君もそうやって一組に順応していくのやめようよぉ!?正気保ってるツッコミがどんどん減っていくとかなり辛いんだよ!?」

「許してくれリィス、生きるためなんだ……」

 

 自身の彼氏に対して助けを求めるが、彼も現実逃避したいらしく窓の外の海を眺めながら見て見ぬふりをしている。だから今度は反対側の席に座っている鈴へと助けの視線を送ると、何やらボストンバックの中を漁っていた。不意に取り出されたのは、古い布によって刃を巻かれた包丁のようなものだ。それを見て鈴は『よし』と何やら頷いている。

 

「り、鈴……なにそれ?」

「ん?包丁よ? ああ、すぐ片付けるから ――はい収納完了」

「無造作にボストンバックに投げ込んだよね今!? な、何に使うの?」

「現地での調理器具よ?何かさっきダウンさせられた三人、海で魚とるとか言ってて。クロエがテレビ番組"いきなり狩猟伝説!"に出てくる芸人とか、なんか島を開拓したりする男性アイドルユニットに影響受けたらしくて、そういうのやるために準備してたって聞いたんだけど」

「この前の『いんすぴれーしょんが湧きました』ってそういうことかぁ……」

「それに清香とラウラが賛同。ラウラは軍でサバイバル経験あるみたいだし、清香は銛をIS用になんかするとか言ってたりしてたわね」

「……臨海学校だよね、これから始まるの」

「諦めなさい。ここは一組よ」

「二組の生徒も居るんだけど」

「既に汚染されてるしモーマンタイ。あなたはそこにいますか的なあれで既にひとつになってるし一組よ」

「一夏ぁ!鈴がおかしいよぉ……」

 

 流石に必死に言われ、見てみぬ振りに良心が痛んだ一夏は現実逃避をやめて対面の席に座る鈴に言葉を投げ、話し相手になる。

 

 それを見てリィスはまだまともな身内は居ないだろうかと周囲を見渡す。マドカは熟睡中、箒は先程ダウンしたラウラの介護、セシリアは席が離れすぎていて確認できないが後ろから本人の悲鳴が聞こえる。視線を自分達が座る対面含めて4人がけの座席を再度見て――見つけた。恐らくまだ汚染されていないであろう人物が。

 

「シャルロット……もう私ダメかもしれない」

「大丈夫だよリィス、僕はまだ正気だから。元気出して?ね? ほら、まだ本音とかもいるし大丈夫だよ」

「本音は絶対汚染されないと思うの私だけかな」

 

 ふと、二人で車内を再度見渡せばそこには混沌とした空間が。一組生徒だけならよかった、しかし二組の生徒までそこに加わり不穏な『かっぷりんぐ』とやらの話や携帯端末ゲーム『あいえすっ!』を死んだ魚のような眼でやっていたり。不思議な振り付けとともに『あ ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう――』などと儀式をしている生徒が居たり。

 

 そんな混沌とした車内。リィスとシャルロットは眼をあわせて同時に頷く。

 

「う、海が綺麗だねー」

「そ、そうだねシャルロットー」

 

 駄目だった。一夏に全てを投げて、二人は現実から逃げた。数十分後、現地にバスは到着したのだが既にそこには完全に疲れ切った一夏の姿があったということを記述しておく。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 合宿先である花月荘という旅館へと到着して、荷物を割り当てられた部屋へと運んで。初日は自由時間ということで、各々自由に過ごしているみたい。そんな中私も持ってきている私服に着替えると旅館内を散策している。

 

 旅館の部屋はクロちゃん、マドカと同じだった。やはりというかなんというか。予想はしていたので私は驚かなかったが、他の生徒。主に一組からは別の方向で意見が出た。要するになんで私と一夏が同じ部屋じゃないのかという話だ。……学園で同じ部屋になっていて言うのはおかしいのかもしれないけど、不味いでしょ。それに一夏だって1人でゆっくりしたい時くらいあると思う。

 

 残念なことに、一夏は千冬さんと同じ部屋だったけど。ごめん一夏、私には君を救えそうにない。

 

 散策の途中、旅館の中に作られた和風庭園を見つけ、縁側に座るとその景色を眺める。本当和風っていいなぁ……日本文化は所々おかしいところがあるみたいだけど、こういうのは長い歴史を経て受け継がれているもので、本当にいいものだと思う。

 

「……どうなってるんだろ、本当」

 

 静かな空間。多くの生徒は今海に出ており、クロちゃん達が何かやるとか騒いでたこともあって多くがそちらに流れている。千冬さんや礼子さんも反応は違っていたけどそちらを見に行っている。だから、旅館内に人は少ない。そんなせいもあってか、とてもこの庭園は静かで、鹿おどしの音色が心地良い。天気も晴れていて、夏ということもあって少し暑い。座る縁側は丁度日陰で、旅館内のエアコンの空気も流れてくるので心地が良いくらいの気温。

 

 ……そんな中で考えるのは、あの金色のことだ。

 

 あの金色のISは一夏を助けたという。しかも、話を聞く限り、その動きは完全に亡国機業とは敵対しているように見える。

 

 しかし、私のパパとママが殺されたあの日――あの場に金色が居て、血塗れの剣を持っていたのも確かだ。

 

 一夏が金色に助けられたのも、私の全てが変わったあの日も三年前。そして、丁度その年はモンド・グロッソの開催年度だった。金色はモンド・グロッソに何か目的があった?そしてあの日の惨劇も、まだ見えない何かが関係してる?

 

 それに、どうしてパパとママは――この子を、ヴァイスを私に渡したのだろうか。結局私は、お義父さんの所に行くまでこれがISであることなんてわからなかった。

 

 わからないことが多すぎる。だけど……金色の手がかりは確かに掴んだのだ。だから、見つけて、捕まえて。真相を知りたい。なんでパパとママは殺されなきゃならなかったのか、私の幸せが奪われなきゃならなかったのか。本当に、あいつがパパとママを殺したのか。

 

 進展はあった。けど、そこまでだ。今はスコールさんの言う情報というのを待つしかない、か。

 

 そこまで考えて、『いけない』と思う。どうにもネガティブな思考になりがちだ、一夏にも気をつけろって言われたのに。思えば今は自由時間で、明日からは色々と忙しい。なのに私はなんでぼーっとしているんだろう。

 

 ……でも、何をしようか。今から海の方面に行ったら間違いなく何かしらの騒ぎの餌食だ。いつもそれを沈静化したりツッコミを入れたりする役回りになる以上、たまにはというか休息が欲しい。マドカ程ではないけど最近は色々大変だったんだ。

 

 一夏は――ああ、調理担当とかでクロちゃんに連行されてたっけ。一夏は家事全般できるし、私も楽させてもらってるなぁ。流石にクロちゃんに連行された時は災難だとは思ったけど。

 

「――どうしよう。 あれ?」

 

 これからどうするか、そう考えていた時。私の視界にある存在が映った。そして、その存在と目があった。人ではないので、目が合うというのは違うのかもしれないけど。

 

 それは、鳥だ。やや茶色がかった鳥。しかし鳥にしてはやや大きく――その見た目から、ある種の鳥類を想像する。

 

 鷹だ。茶色がかった羽に、紺色の目をした鷹。鷹は中型種では50-60センチほどになると以前束さんから雑学として聞いたことがあるけど、それより小さい。多分だけど、まだ成長しきっていない子なのかな。

 

 その鷹はじっと私を見ており、私も目があったまま固まってしまった。な、なんで鷹がこんな所に?どこからともなくてくてくと歩いてきたその鷹と目が合い固まること数秒。こっちへと歩いてきた。

 

 歩いてきて、縁側に座る私の目の前で止まった。相変わらずその紺色の目は私をじっと見ている。

 

「え、えっと……」

 

 どうしよう。というか、なんで鷹がこんな所に。この子の足をふと見れば、タグ?のようなものが付けられている。誰かのペットだろうか、それともただの野生?

 

 鷹というのは猛禽類であり、種類によっては凶暴だったはず。今は私も固まったままでこの子も何もしてこないが、動けば何をしてくるのかはわからない。

 

 IS展開して逃げる……なんていうのは論外。なんで鳥相手にIS持ち出してまで逃げる必要があるのか。というか、そんな発想を一瞬でもした自分を殴りたい。しかし、困った。恐らくこの状態で数分が経過してるように思えるけど、ずっとこの子は私を見ているままだ。

 

 でも、猛禽類って言うけどこうして近くで見てみるとかわいいかもしれない。丸い目にもふもふしてそうな羽やその身体。時折目をやれば首を傾げるような素振りをしており、やっぱりかわいい。う……ちょっと、触ってみたい。

 

 いや、何考えてるんだ私。猛禽類だよ?鷹だよ?かわいいけどその凶暴な嘴で突かれた日には大怪我だろう。

 

 ……だめだ、かわいい。

 

 誘惑に負けて恐る恐る右手をその子に伸ばす、つつかれないか心配だったけど――特にこの子は抵抗することなく、首下あたりを撫でさせてくれている。人に慣れているのだろうか。先程までとは違い、どこか楽しそうに羽を広げたりしてこちらを見ている。

 

「わ、かわいい。 なんで君はここに居るの?飼い主さんとかいるのかな?」

 

 などと言っても言葉が返ってくるわけもなく。その子は『ピィーピィー』となんとなくだけど機嫌良さそうな鳴き声を返すだけ。うん……かわいいなぁ。猛禽類って凶暴なイメージあったけど、イメージだけで物事決めちゃいけないって再認識。

 

 暫くさわっていたいという気持ちもあるけど、流石にこの子を放置するわけにはいかないだろう。タイミングを見計らって旅館の人に報告すべきかな。こんな時、身内の誰かがいると助かるんだけど今は全員出払ってる様子。"兎鯖"にはクロちゃんやラウラから『とったどー!』などというコメント付きで魚を獲っている画像が貼り付けられたりしている。うん、忙しそうだ。マドカの反応は一切なく、恐らく旅館の部屋で寝てるかなぁ……最近お疲れだったし。

 

 今の状態だと、スマホとか取り出すとこの子変に警戒しそうだし、どこかに行ってからっていうのがいいか。と、そんなことを考えながらもこの子を撫で続ける。いいなぁ、かわいいなぁ、学園……ペット禁止なんだよね。

 

 

「おーい、"コン"。どこいったー? 後探してないのってここの庭くらいか。タグの反応は旅館内だから居るはずなんだが……」

 

 

 不意に。男性の声が聞こえた。私は鷹―――この子を見ていたから背後からの声だけが聞こえた。一夏の声?でも、一夏はクロちゃんに連行されたはずじゃ?

 

 戻ってきたのかな。つまりこの子は、一夏のペットか何か?でも学園ではペット禁止だしそんな話一度も聞いたことないし――

 

 だから私は、事情を聞こうとして『ごめんね』と一言言ってその子を撫でるのをやめると振り向きながら言葉を投げる。全く、どういうことなのかな一夏。君が鳥を飼ってるなんて初耳――

 

「ああ、一夏?この子君の知り合いだったんだ。詳しいこと教えてくれると――」

 

「――え?」

「……え?」

 

 振り向いて、"その人"と声がシンクロした。

 

 そこに居たのは男性だ。年齢は多分二十歳くらいで、大学生にも見える。何より驚いたのが、一夏とよく似ていたということ。だから最初は一夏かと思った。けど違う、見た目が大人びており背も一夏より高く見える。つまり私は、勘違いをしてしまったということになる。

 

 ……ただ、その声はとても一夏と似ていて、声だけ聞いたらそのものといってもよかった。

 

「あー……ええと?今名前を呼んだか?だとしたら、人違いじゃないかな」

「え、ええとごめんなさい!声が知人によく似てたものでつい……」

「ああ、なるほど。こっちも驚いただけだから気にしないで。 っと……"コン"、此処に居たのか。探したぞ」

 

 "コン"。それがこの鷹の名前なのだろうか。その人は此方に歩みを進めると、その名前を呼ぶ。すると、その子はより一層大きな鳴き声で『ピィー!』と鳴くと突然飛び、綺麗に爪を立てないようにその人の肩に止まった。

 

「その子の飼い主さん、ですか?」

「ん?ああ、飼い主だ。悪いな、コンが何かしなかったか?」

「いえ、最初は驚きましたけどとてもおとなしくていい子でしたよ。人に慣れてるんですね、その子」

「……もしかして、コンに触れた?」

 

 そんなことを聞かれて、私は頭の上に疑問符を浮かべながらも肯定の返答として頭を縦に振った。するとその人は驚いたようにした後に笑って

 

「こいつ、凄い気性が荒いんだよ。だから手を出してたら暴れられたりしたとでも思ったんだが……驚いたな」

「や、やっぱり猛禽類だから凶暴なんですか」

「ああ、すごく。一応しつけはしてるんだが、変に機嫌損ねたりすると多分暴れる」

 

 内心で冷や汗をかいた。しかし、この子は終始大人しかったし――運が良かっただけなんだろうか。縁側から立つと、ちゃんと振り返りその人に向かい合う。

 

 改めて見ると、やっぱり一夏にそっくりだ。髪型といい、見た目といい。身長はやはり一夏より高く、雰囲気は落ち着きと大人びた感覚を覚える。もう一度人違いをしたことを謝るべきだろうか。そう考えていると、

 

「もしかしてIS学園の生徒さんか?」

「はい、IS学園の生徒ですけど……」

「ああ、やっぱりか。今ここに泊まってるのってIS学園の生徒さんと、一部の宿泊客だけだからもしかしてと思ってさ。 ――いきなり失礼だったな、俺は怪しい者じゃない。 はいこれ、身分証だ」

 

 ポケットから取り出された、ケースに入った身分証を見せられて私は驚いた。それは学生証だ。それも"IS学園と関係のある"。

 

「IUI……だ、大学の方でしたか! 本当にごめんなさい。私、大先輩に大変失礼なことを――」

 

 IUI。正式名称は International University of IS 。名前が長いため、IUIやIS大学とよく省略される。IS学園は基本的に高等科からのISに関わる教育機関であるのに対して、その上位機関。つまりは大学にあたるのがこのIUI。千冬さんや山田先生もここを出ており、IS学園卒業者といえど合格率は非常に低く、また世界中から志望者が集まるため、まさにISの技術研究兼教育機関と呼べる場所である。

 

 IS学園と違って、様々な学科やカリキュラムに研究の関係上IS大は男性も在籍している。施設自体は人工島であるIS学園から直通のモノレールに乗り、下りた先の別の人工島にあるのだけどIS学園生徒の殆どはIS大の人とは面識がない。曰く、施設内部だけで生活がほぼ完結するのだとか。

 

「お、おいおい頭上げてくれよ。むしろ俺は礼を言いたいくらいなんだ、丁度こいつ……コンを探してて、もし気まぐれで何処かに飛んでいかれたら旅館の外まで探さなきゃならなかった。ありがとう、お陰でそんなことにはならなかった」

「そうなんですか――駄目だよ君、あんまり飼い主さんに迷惑掛けちゃ」

 

 肩に止まるこの子、コンに対してそう言うと此方の言葉を理解しているのか『ピィー……』と若干沈んだように鳴き声をあげる。それに対して『反省してるみたいだ』とその人は苦笑しながら言う。

 

「学生証にも書いてあるが、IS大の織原 ハルト(おりはら はると)だ。此処にはちょっとした旅行できてる」

「ご旅行、ですか? 大学の夏休みって早いですね」

「あー……いや、その。なんというか、」

「え?」

「ぶっちゃけサボりだな、うん。……いや、単位とか足りてるからいいかなってことで、今年は研究室とか以外授業入れてないんだ」

「つまり暇人、という奴ですか」

「中々抉る後輩だなぁ……」

「あ――ご、ごめんなさいつい知人に対してのノリで…… えと、私はリィス・エーヴェルリッヒといいます。IS学園の一年生です」

 

 私の名前を聞いた瞬間。この人――織原さんはほんの一瞬だが固まったように見えた。再度見れば変わらず落ち着いたような好青年といった表情を浮かべている。気の所為だったかな。

 

「エーヴェルリッヒさんね。この時期に学園の団体さんってことは、臨海学校か。そういえば、大学の方にも学園の予定表みたいの出されてたな ――しかし、間違えるほど似てたのか?その知人さんと、俺」

「大変言いにくいんですが、とても。最初声だけでその知人かと思っちゃいまして……」

「あー……もしかして、"一夏"って織斑一夏君か?IS学園に居るっていう。よくそのネタでからかわれるよ、うちの研究室のやつにも。IS動かせるか試すから人体実験させろとか、遺伝子おいてけとか冗談半分によく言われる」

「既にネタにされてたんですか。なんていうか、IS大って魔境なんですね……」

「いいところだぞ?生活には不便しないし施設も文句の付け所がない。 ――魔境なのは否定しない。是非大学への進学をお考え下さい命の保証はしない」

 

 真面目にIS大には進学を考えていたけど、そんなにとてつもない所なんだろうか。それとも、一部がそんな感じなだけなんだろうか。……なんにせよ、一応覚えておこう。

 

「さて、コンも見つけたし。ちょっと用事があるんでこれで失礼する。再度になるけどありがとう、助かった」

「いえ、私も貴重な体験もできましたし、大学の方とお話できて光栄でした」

「抉るけど礼儀正しくていい後輩だなぁ……!うちの奴等にも見習わせたい。 それじゃ、大学に来る用事があったら是非声かけてくれ。多分名前ですぐ見つかると思うから」

 

 そう言って、肩に大人しくしているコンを乗せ来た道を戻りながら、背後であるこちらに対して手を振る織原さん。しかし、大学の人って珍しいし一夏に似てるし、不思議な人だったなぁ。

 

 そして改めてやることがないと考える。

 ……仕方がないから、海の方にでも今から行こうかな。

 

 スマホ型の携帯端末を取り出して通知を見てみれば、一夏やシャルロットからのSOSチャットが。どうやら、何を血迷ったのかセシリアに釣った魚を料理させたらしい。それが発端になって大惨事になってるんだとか。

 

 ため息をつくと、私は海へと向かうために旅館の出口へと向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 静かな夜がある。空には月が輝き、夏の星座が夜空を彩る。

 

 月の光に照らされ、水面が光を反射する。幻想的、とも呼べる光景。その光景が見える浜辺に一人の人間が存在した。

 

 それは、男だ。背はやや高く、年の程は見た目から二十歳程。

 

 彼が歩く浜辺からは、遠くにリィス達が宿泊している旅館が見える。昼間であればこの浜辺も人で賑わうのだが、今はその姿も一切ない。

 

 そんな中、彼は浜辺を1人で歩く。

 

「皮肉なもんだ」

 

 呟いたのはそんな言葉だ。

 何に対して、というのはわからない。

 だが、その表情は嫌なものではなかった。

 

「けど、生きていてくれて良かった」

 

 笑う。青年は笑い、星空を見上げる。

 見上げ、ポケットに突っ込んでいた右手を星空に対して――掲げた。

 

 チャリ、という鉄同士が触れ合うような音が聞こえた。

 

 それは青年の掲げた右腕からだ。

 

 そこにあるのは黒に黄色のラインが入った紐のようなものであり、

 その音は剣と翼を象ったような、その紐に付けられている装飾物の音だった。

 

「……大丈夫さ、全部俺がなんとかする。それが約束、それが誓い。それが、俺の願いだ。その為に俺は生きている」

 

 青年の表情から笑顔が消えた。

 

 彼の視線は夜空の星ではなく"夜"に対して向けられており、呟くように。覚悟の篭った言葉を言った。

 

 

 

「君は俺が護る。 ――その為に、何度だって滅ぼしてやる」

 

 

 




 そんなこんなで第35話 青年と少女 をお送りしました。海に来ても一組は平常運転。大体鈴が原因で二組も順調に汚染中。そしてマドカはやっと得た休みだと言わんばかりに休暇を満喫中。

 引き続き色々アレの回。学園も魔境だったら大学ももっと魔境だった。果たして進学希望のリィスに学生生活的な意味で安息が約束された未来はあるのか。

 さて、何が起こるのかなぁとかそんなことを考えながらの作者のあとがき。

 感想などお待ちしております。

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