IS -Rachedämonin Silber-   作:名無し猫

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平行線上の想い人

 時刻は既に夕方。個別トーナメントの中には数日掛けて開催されるものもあるが、一学年生のタッグ及びトリプルス部門のトーナメントは初日で終了する。1週間も掛けて行なわれる理由、それの多くは2年生と3年生の評定の為だからだ。故に、一学年は初日で終了。

 

 これについて一学年生はとても楽だとかで歓喜の声をあげていたが、上級生は違う。『ああ、自分も一年の時ああだったな』などと考えつつ残り6日間あるトーナメントや評価のことを考えつつげっそりしている。そして同時に思う、来年からはお前達の番だぞ一年生と。

 

 そんな一学年生のタッグ部門は現在盛り上がりを見せていた。決勝戦は一夏シャルロットペア対リィスマドカペア。一夏のチームは初戦からラウラのチームと当たり、最終的に勝利したことで注目を増した。

 

 ラウラはドイツの代表候補生、更に言うならシャルロット共々新型機を持ち出しての参戦となり初戦から激闘を演じた。その様子に観客の多くは息を呑み、中にはドイツに対して恐怖した人間やデュノア社との再契約を考えた人間も居たとか。

 

 その後も息の合ったチームワークで順調に勝利を重ね、決勝へと上り詰めた一夏達。一夏は男性操縦者であり、短期間で代表候補生にまで匹敵する成長ぶりを見せ、同時に努力も知られている。だからこそ各国関係者の注目は増した。

 

 対して、リィス達のチームの注目されていた。一回戦を開幕2分以内に"両機撃墜"という形で勝利を収めたことで、観客を驚かせた。それだけではなく、決勝戦まで全ての試合を5分以内に両機撃墜とう形で勝利しておりマドカとリィスのコンビネーションも完璧といってよかった。観客からはリィスについてドイツの代表なのではなどと噂されたり、マドカに対してブリュンヒルデの再来とまで称された。

 

 実力的には圧倒的な力を見せつけているリィスペアが優勝だと言われた。しかし、観客の中には一回戦であれだけの活躍を見せ、短期間でこれだけの成長を見せた一夏のペアの可能性もあると意見が割れ、決勝戦は特に注目されていた。観客についても一回戦の時点でまだ多少空きがあった自由席や来賓席も詰めなければ座れないというほどに人が集まっており、会場に入れなかった観客は臨時で設置された外にある大型モニターでの観戦となった。

 

 この戦いは一夏にとっても、リィスにとっても大きな意味があった。一夏はリィスを倒して、自分を認めさせるために。話をするために。リィスは一夏を拒絶するために。自分に関わらないようにさせるために、もう自分の都合に巻き込まないようにするために。

 

 一夏の受容と、リィスの拒絶。正反対の二人の決着の時が、遂にやってきた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……本当、ここまで来るなんてね」

 

 第一ピットゲートの選手控室。モニターに表示される対戦カードを見ながらそんなことを呟いた。日本には有言実行、という言葉がある。正直に言えば私は、一夏ではラウラ達には勝てないと思っていた。

 

 一夏の才能と成長速度は天才を通り越して異常だ。たった数ヶ月で代表候補生とまともに戦えるくらいに成長するなんて言うのは、普通に考えればありえないことだ。

 

 けど、ラウラは候補生の中でもかなりの異質。その才能、技術、何より軍での実戦経験。他の候補生にないものをあの子は持っていた。にも関わらず、結果として負けてしまった。試合を見れば一夏とシャルロットの作戦勝ちだった。

 

 今回のトーナメント、出場している生徒の多くはレベルが高い。にも関わらず一夏は、ここまで全ての相手を倒して決勝まで登ってきてみせた。"絶対に負けない"、大会前に他の生徒に対して言ったように、本当にここまでは負けずにいるのだ。

 

 けど、それもここまでだ。……私は、一夏に勝つ。勝たなきゃならない。一夏がこれ以上私に関わること、それは亡国機業や世織計画。そして――私の醜い復讐に関わることになる。

 

 そんなことはさせちゃだめなんだ。彼は織斑一夏。世界唯一の男性操縦者で、こっちの世界とは関係のない普通の世界で生きている人なんだから。鈴に言われたあの言葉。人を好きになるとか頼るということを考えてみろという言葉を自分なりに考えたけど、まだ答えは出ていない。

 

 一夏に告白された時、感じたことがない気持ちがあった。それは嫌なものではなくて、どこか安心するようなものだった。けど、私はそれを殺した。それを受け入れてしまうと一夏を巻き込むと思ったから。

 

 ――本当の、復讐をしたいと望む私を彼に曝け出すことになると思ったから。

 

「さて、どうするリィス」

「決まってる。全力で、完膚なきまでに叩き潰す。 ……二度と起き上がれないくらいに、あきらめがつくくらいに」

「――ふむ。もう一度聞くぞリィス、いいのだな?」

 

 それはきっと、一夏についてだろう。私はこれでいいと、最初から決めている。一夏が自分から言いだしたこの勝負。これに一夏が負ければ大恥であり、きっと私に関わってくることはもうないだろう。だからこその全力。私の今出せる全力を以て一夏を墜とす。私の想いとか気持ちの問題ではない。大事なのは、私とこれ以上関わることによって生まれる問題だ。

 

 "巻き込みたくない。関わらせたくない"。だから、私は――

 

「……愚問だよマドカ。最初から答えなんて、決まってる」

「そうか、わかった。 ――だが、問題があるな」

「シャルロットの専用機?」

 

 シャルロットの専用機、フランスの第三世代型IS"ウェンティ"。そのスペックデータを一回戦でマドカは確認して苦い顔をしていたのを思い出す。想定していたより遥かに分が悪いのだ、マドカとシャルロットでは。

 

 機体上の話をするならマドカの黒式のシールドエネルギーは400。対してウェンティが520。ラウラのレギオンは大型ジェネレーター搭載の重量機ということもあって830という破格のシールド値を保有しているがあれは例外。黒式は性能の殆どを攻撃と機動力に回しているため、シールド値がほぼ最低値の状態である。実戦ならともかくとして、多くのルール下でシールドの減衰という概念が存在している中でのマドカはかなり不利なのだ。

 

 防御してもシールドが減る、かといって無理に加速してもシールドが減る。当然ながら攻撃を受けてもシールドは減る。減衰というルールの中ではマドカは致命打になるようなダメージは一度たりとも許されない。だからマドカはここまでの試合、"被弾を一度もしていない"。全てを技量で回避し、黒式の持つ"雪片弐型・天"で切り伏せてきた。

 

「個別トーナメントの競技ルール上、最大で持込可能な武装はジェネレーターや外付け等を除いて全部で10種類まで。そして恐らく、一回戦を見る限りウェンティには上限までの武装が搭載されている可能性が高い。 ……ここまでの試合で確認できた武装はまだ4種類だ、何を隠しているのかわからん」

「マドカの黒式はビーム系の攻撃に対しては反則染みた性能だけど、物理兵器にはあまり強くないもんね」

「ああ。今まではリヴァイヴや打鉄だからなんとかなったが……今度は専用機だ。今までのようには行かず予想より相性が悪い。恐らく何か隠し玉があるのだろうが、それにすら見当もつかない」

「……どうする?私がシャルロットの相手しようか?」

 

 それは私にとってある種の提案だった。勝つために提案した、作戦。マドカとシャルロットの相性は最悪だ。だからこそ私が彼女の相手をすればいいと考えてのことだった。

 

「――いや、リィス。お前は織斑一夏と戦え」

「でも、相性面で問題が、」

「そういう問題じゃない。 ……勝ち負けの問題じゃない、ちゃんとお前は奴と決着を付けてこい」

「っ……」

「お前も奴も、そのためにここにいる。結果はどうなれ、ちゃんと相対すべきだと私は思う。 お前は、勝負を受けたのだから」

 

 マドカの言いたいことは理解できた。相性の善し悪しに関係なくシャルロットは自分がなんとかするから、一夏との決着を付けてこいということだろう。彼女は『任せておけ、私を誰だと思っている?』といった後に言葉を続けた

 

「さて、最後の確認だ」

「……確認?えっと、作戦の?」

「そうじゃないさ。作戦なら最初からあってないようなものだろ。近づいて斬る、対戦相手は叩き落とす。 ――もう一度聞くぞ? 個人的な想いだけではお前はどう思っているんだ」

「だから、私は――」

「真剣に答えろ。 ……それによって、私は覚悟を決めなければならん。リィス、織斑一夏が好きか?」

 

 返答できなかった。なぜなら、どうしたらいいのかがわからないからだ。個人的な想い、それだけで言うとすぐには返答できない――だって、

 

「私は――」

 

 マドカに対して返答を返した。それに対して彼女は満足気に笑うと『わかった』とだけ言って

 

「……シャルロットは任せろ。だからお前は、全てに対しての決着を付けてこい。 何、私もフリーパスのために精々頑張ってみるさ」

 

 そう、返した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 第三アリーナの観客席。既に入り口には『満員』と表示された電光掲示板が設置され、会場内部にも立ち見が出るほど人が溢れかえっていた。

 

 決して他学年の競技に人が居ないわけではない、実際楯無が出場している二年生の競技部門のトーナメントも似たような状況であり、来賓関係者の多くは三年生の競技会場に居る。

 

 一年生の第三アリーナは特に注目されている、というのもあったが別に理由もある。既に競技を終えた一年トリプルス部門の出場生徒やその会場の観客がこちらに流れてきたのだ。多くは来年IS学園を受験しようと考える学生であったり、その保護者であったり。また、外国からIS学園を志望する生徒やその保護者も一年生はどれだけのものなのか、という興味本位で流れてきているのだ。

 

 そんな満員の会場。学園関係者席には数人の影がある。鈴とセシリア、そして彼女達とトリプルスに出場した簪だ。

 

「うひゃー……すっごい人、癒子達に席譲ってもらえてラッキーだわこれ」

「入り口にも人が溢れかえっていましたから……反対側の一般席を見るととんでもない人ですものね」

「あたし、学園生徒でよかったと今思った。 ――ああ簪、これお茶。あたしの秘蔵品だからありがたく飲みなさい!」

 

 手持ちのスーパーの袋から取り出した一本300円もするお茶。『厳選茶葉100%まロ茶』のペットボトルを取り出すとそれを簪に渡す鈴。セシリアは受け取っていない。本人曰く、どうしても緑茶の苦味にまだ慣れないのだとか。だから会場に来る前に学園内にあるカフェでアイスミルクティーを購入してきている。

 

「あ、ありがとう鈴……」

「いいのよ。しかし簪、あんた本当に勿体無いわ。  ――倉持は何してんのよ本当」

「鈴、そのことはもういいよ。 ……私は、自分でISを組み上げるって決めたから」

 

 鈴達のチームは一夏達と同じ時刻から開催されていた一学年個別トーナメントトリプルス部門にて優勝を既に収めている。決勝のチーム、一組の鷹月 静寐、四十院 神楽、夜竹 さゆかのチームには独特の作戦を取られてかなりの苦戦を強いられてしまったが最終的には勝利。そのトリプルス部門において、本来専用機保有者である簪は諸事情から射撃型の打鉄で出場している。

 

 これには複雑な事情がある。彼女の専用機は元々日本のIS開発研究機関『倉持技研』が行うはずだった。が、その開発は無期延期となってしまう。日本政府が男性操縦者である一夏を発見した当時、専用機を作らせるために無理矢理倉持に依頼をしたのだ。倉持も予算は日本政府から出ているということもありそれを断れず了承。また、開発中の第三世代よりも男性操縦者のデータと、その専用機を天秤にかけた場合後者のほうがメリットが大きいと判断したのだ。

 

 これについて倉持技研の第一研究所所長に若くしてなった『倉持 玲奈』は簪の専用機を担当していた第二研究所の『篝火 ヒカルノ』に対して尋常ではない怒りを露わにした。"人の期待を背負っておきながら金とデータに欲が眩んでましてや開発延期とはどういうことか"と。最初は簪の専用機開発を玲奈が引き継ぐという話も出たが、それも結局揉めているうちにやらせてもらえないこととなった。

 

「それに、玲奈さん。倉持の第一研究所所長の人にはすごくよくしてもらってるから。私の専用機についてもすごく謝られて、個人的に開発支援してくれるって言ってくれて。むしろ私は倉持、というよりは玲奈さんには感謝してるよ」

「でも、あんたは自分で組み上げたいんでしょ? ……あんまり理由、聞かないほうがいいわよね」

「ごめん。 強いて言うなら、私の意地なのかな ――コンプレックス、というか」

 

 どこか寂しそうに言う簪を見て鈴はそれ以上聞かなかった。ただ一言『がんばりなさいよ』とだけ言葉を返すとアリーナの大型モニターに表示されているトーナメント表に目を向ける。

 

「一夏とリィス、か。本当どっちも不器用よね」

「……私、四組だからよく知らないんだけど織斑君とエーヴェルリッヒさんって、なんか似てるなって思う」

「簪、それはきっと一組の殆どが思ってることよ。あたしも二組だけど一組にかなり毒されてるし、あんたもこっち方面の人間だったのかもね」

「凄い不名誉なことを言われた気がするんだけど、気のせいだよね」

「気のせいよ。まぁ――似てるわね、あの二人は。ねぇセシリア?」

 

 不意に話題を振られ、アイスミルクティーを飲んでいたセシリアは少し呆けた後に慌ててその容器を置く

 

「そうですわね、似ています。ですけど……その根本が全く異なるようは私は思います」

「根本? えっと、それは何?セシリア」

「私、これでも人はよく見てますのよ? 一夏さんは、周囲に対してよく頼んだり、助けたりしています。努力にしても勉強にしても、些細な事にしてもそれが必要なら誰かに対して"協力してくれ"とか言いますわ」

「それって、普通のことじゃないのかな」

「ええ、そうですわよ簪さん。ですが――リィスさんは、ほぼそういうことを言わないんです。弱音を吐かず、他人に対して頼ろうとしない。全部自分でやろうとして、迷惑かけないようにしている。 ……バレバレですわよ、本当。私達ってそんなに信用ないんでしょうか」

 

 リィスのその根本。誰かに頼らず、全部1人でやろうとするというのは本人は気が付かれていないと思っているが、周囲の。特に親しい人間にはバレバレだった。他人に対して弱みを見せない、頼らない、相談しないというのは完璧主義者の特徴だ。そしてそういった人間の多くは、無理をする。

 

 リィスはその典型だった。3年間、誰にも頼らず生きてきた。両親を亡くし、復讐のためだけに生きて、生きるために何度も手を汚した。その結果として彼女は慣れた。その完璧主義に、自分を殺すことに。そんな生き方が変化したのはIS学園に来てからだった。学園に来て、友人が出来た。仲間ができた。幸せというものを噛みしめることが出来た。それは、幸福なことなのだろう。しかし、同時にそれは彼女のその根本を変化させた。

 

 『迷惑がかかるから絶対に頼ってはいけない。必要以上に自分に関わらせてはいけない』そんな考え方が生まれてしまった。そんな姿を他人が見ればどう思うのか、きっと信用されていない、と思うだろう。

 

 だからこそ、セシリアも鈴も腹がたっていた。特に鈴としては、あれだけ言ってもまだ無理をしようとしているその姿を見て、本当なら叫びたい気持ちだった。そんな中で、一夏が行動した。告白という行動を。結果としてリィスの心はそれで動いたのだ。

 

 だから――期待していた、誰もが織斑一夏という人間を。

 

「だから、あたしは一夏とリィスはさっさとくっつけばいいと思ってる。一夏が勝ってリィスが負ける。そしてリィスが一夏の言葉にもう一度耳を傾けてくれたら、それでいいと思ってるわ」

「でも、エーヴェルリッヒさんって相当強いんだよね? ……それに、東雲さんも」

「ぶっちゃけ一年生最強の二人よ?対単体ならマドカ最強、対集団ならリィスが最強。その二人が組んだんだから相当に凶悪よ」

「その、勝てるのかな? 織斑君達は」

 

 二人を知る生徒からすれば、この二人に勝つなんてことは普通に考えれば一夏達には不可能だ。技量だけなら既に千冬に及ぶとまで言われているマドカに、対単体・対集団共に高水準の才能を持つリィス。二人が組んだ時は実際に『ムリゲー』などと抗議が出たほどで、その実力は学園内部でも最上位とまで言われた。曰く、この二人を倒そうと思ったら楯無とサラ・ウェルキンのペアを連れてこいと言われるほどだ。

 

 楯無とサラ・ウェルキン、サラは二年生においてチームを組んでいる。そして名実ともに言われているのが『学園最強タッグ』というものである。楯無の実力は周知の事実であるとおり、学園最強の実力者であり生徒会長。同時にロシアの代表操縦者でもある。しかし、二年生のサラについてはあまり知られていなかった。

 

 サラ・ウェルキン。IS学園二年生であり、イギリスの代表候補生。専用機は保有しているが、諸事情で使用していないため影も薄い。彼女が知られることになったのは楯無が一年生の時。サラにタッグを申込んだことから始まる。昨年時の秋に行われる学年後期タッグトーナメント。それにおいて二人は上級生をものとせず見事優勝、そこでサラの才能が露見した。

 

 率直に言うとサラ・ウェルキンという人物はバケモノであり天才なのだ。射撃戦においては無類の強さを誇り、相手を感覚だけで補足して相手を見ずに狙撃が出来る程の異常であり天才。セシリアに対して戦術指南や射撃と狙撃について教えた人物でもあり、セシリアからしても彼女の才能は恐ろしいの一言。

 

 もし、マドカとリィスの二人を倒すならこの二人だと言われていた。そして、楯無とサラを知る人間からすれば流石のマドカとリィスもこの二人には勝てない、という評価だった。

 

 そんな一年生最強と称される二人に挑むのは、一夏とシャルロット。二人の相性は悪くない、機体のバランスも取れている。しかし、多くの観客は勝つことは難しいだろうという結論になっている。そんな中、この四人を知る人間達はといえば――"どうなるのかわからない"という評価を下していた。

 

 一夏には一発逆転の切り札がある。零落白夜だ。それを当てればどんな相手だろうと一撃でシールドをゼロにされるというのもあるが、彼の努力と異常なほどの知識吸収速度。何より――その"抗い続ける想い"が、彼を知る人間達に期待をさせた。

 

 "一夏ならきっとやれるかもしれない"、と。

 

「かなり厳しいわね。だってリィスとマドカ、一年最強だし」

「それじゃあ、」

「でもそうじゃない。そうじゃないのよ簪」

「え?」

 

 鈴が不敵に笑った。それはまるで、きっと一夏達が勝つだろうと。そう思っているような笑みだった。

 

「一夏の言葉を借りるならね、やれるやれないじゃないのよ。やるのよ、あいつは。 まぁ――よく見ておきなさい簪、一夏の戦いぶりを。 惚れちゃ駄目よ?もうあいつには、相手がいるんだから」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 時刻は夕刻。晴れた空は夕日によって朱の色に染まっている。その景色に対するように、会場。第三アリーナの熱気は更に加速している。夕日に照らされるアリーナの空、そこの待機位置には四人の姿がある。一夏とシャルロット、そしてリィスにマドカだ。

 

 対峙する各々表情は違う。シャルロットは緊張したような面持ち、マドカはかなりリラックスしているようにも見える。そして、一夏はリィスに対して不敵にも笑っており――リィスは浮かない表情をしていた。

 

「よう、来たぜ」

「……やぁ。本当に君が来るとは思わなかった」

 

 いつか交わした言葉と同じ言葉。かつて相対した時は一対一で、一夏は為す術なくリィスに敗退した。あの時から暫くの時間が経過した今。一夏は再び、リィスの相対者として前に立った。相対する者として、そして想いを持つ者としても。

 

「――試合前に、一夏に言っておきたいことがあるんだ」

「俺に? 何だよ?ちゃんと俺はこうして勝ち上がって、勝負のためにここまで来て――」

「違うんだ。 ……ちょっと、マドカに色々言われてね。鈴に言われたことも思い出して。それで 言っておきたいことがあるんだ」

 

 思う。言っておきたいこととは何なのかと。ふとマドカを見れば楽しそうに笑っており、その眼はまるで『頑張れよ』と一夏に対して言っているようにも思えた。

 

 目前。一夏の前でリィスが息を吸った。何かの覚悟を決めたように、決心したように。一夏はその言葉を待った。そして、それを聞いて――驚くことになる。

 

 

「私は、個人的な想いだけで言うなら……一夏が好き、なんだと思う」

 

 

「――え?」

 

 思わず一夏が返答したのはそんな呆けた言葉だった。固まったままの一夏を意に介する事なくリィスは言葉を続けていく。その姿は、その表情は相変わらず沈んでおり、どこか辛そうでもあった。

 

「私も、ちょっと自分の気持ちに素直になろうと思った。君はさ、とても優しくて。努力家で、諦めなくて。 ……一緒に居て楽しいとも思ったよ?」

 

 一夏が何かを言おうとした。だがリィスはそれをさせない。まだ言うことがあるというように、言葉を続ける。

 

「私と君は正反対だ。それは、在り方だけの問題じゃない。何もかもが、君と私では違いすぎる。 ――私は、君に相応しくないよ一夏」

 

 リィスの個人的な想いだけで言うなら、一夏に対しての感情は考えた末に『好きなのだろう』という気持ちだった。一夏と己の真逆さ。正反対については彼女自身自覚していた。本来なら反発する筈なのにそれでなお、自分を受け入れてくれる。見てくれる一夏を見て、感じたことがない感情があった。それが『好き』という感情だった。

 

 だが、一夏は自分の根本を。本来の自分を知らない。だからこそ、それを受け入れてはいけないと考えた。

 

 怖かったのだ、本当の自分を知って一夏が自分を嫌いになるのではないのかと。

 恐れていたのだ、自分や自分の目的に関わることで彼が傷つくことを。

 

 既に関わっている人なら良くて、これから関わる人が駄目。という訳ではない。織斑一夏という人物はリィスにとって特別な存在だったのだ。だから、"関わってほしくない"と望んだ。だからこそ拒絶しようと決めたのだ。

 

 大切だと思うから、好きだと思うから自分には関わってほしくない。関われば傷つくから、好きな彼が本当の自分を見てしまうから。だからこそ、リィスは決めたのだ。

 

 ――好きだからこそ、拒絶しようと。好きだからこそ、自分を殺そうと。

 

「今まで幸せをありがとう、温かい気持ちをありがとう。 でも、私は負けないよ一夏。君に勝って全部終わりにする。 ――それが、君のためなんだ」

 

 言った。己が出した、勝負の果ての答えを。拒絶の意を。

 

「そっか、ああ――安心したよ」

 

 返されたのは、そんな言葉だった。俯く顔を上げリィスは一夏を見れば、そこには先程よりも笑みを強くした。安心したような彼が居た。

 

「ずっとさ、嫌われてたかと思ってた。喧嘩したのも俺が悪いしさ、きっと嫌われたと思ったよ ――けど、安心した。そうじゃなかったんだな」

 

 彼は息を吸った。今度は、自分の番だと言うように息を吸った。

 

「何だよ、両想いだったのかよ。……なんていうかさ、恥ずかしいな」

「そう、かもね。でも私は ――君を、拒絶する」

 

 向けられたのは敵対の意思だ。覚悟を決めた敵対の意思。そこにあるのは拒絶であり、覚悟だ。絶対に己を倒すという、そんな意思。それに対して一夏は相も変わらず笑って返してみせる。

 

「言いたいことは、それだけか?」

「っ……」

「俺からも言っとくぞ。俺は……もうとっくにお前に関わる覚悟なんて出来てる。最初からお前は変なやつだったんだ、今更何を知ったとしても俺は驚かない。動じない。 ――絶対に、逃げない」

「変って。流石にそれは、傷つくな」

「事実だろ? 俺はお前に勝って、そしてもう一度俺を見させてやる。俺のことを信用させてやる、頼らせてやる。言いたいことなんて山ほどあるさ、けどそれは後だ。今は……リィス、お前を倒す。約束のために」

 

 試合開始前のカウントダウンがスタートした。カウントは120を表示しており、それを確認した一夏は雪片を構えて言葉を続ける。

 

「望み通り決着を付けてやる。俺は負ける気なんて無い、勝つつもりで此処に居る。 ――決着をつけようリィス。一対一だ、それで一度全てに決着をつけよう」

「……言い切るね?君じゃ、私には勝てない。私だって負ける気なんてない。ここで君を拒絶する、それで全部終わりにする」

 

「違うな、これは始まりだよ。俺と、お前の」

「違うよ。これは終わり。私と君の、全てに対しての終わりだ」

 

 そんな二人のやり取り。それを見たシャルロットとマドカはそれを見て呆れつつも会話を開始する。自分達は自分達で戦おう、という会話を。

 

「平行線だな、リィス」

「そうだね、一夏。じゃあ約束通り――決着をつけよう」

 

 リィスが両腰のホールドされている2本のバルムンクを引き抜いた。そしてそのうちの片方の切っ先を一夏へと向ける

 

「私が勝ったら、もう君は私に関わらないで。絶対に」

「俺が勝ったら、もう一度チャンスを貰うぞ。その上で、話も聞いてもらう」

 

 カウントダウンが5秒を切った。同時に、一夏とリィスが構えた。そして、同じタイミングで言葉を互いの相対者へと放った

 

「勝つのは俺だ!勝ってわからせてやる、この分からず屋!」

「それはこっちの台詞だよ。勝つのは私で、私は君を拒絶する!」

 

 銀と白。ふたつの色がが激突した。

 




 そんなこんなで第30話 平行線上の想い人 をお送りしました。リィス、少しだけ自分に素直になるの巻。それでなお彼女は拒絶を選んで、終わりにさせようとする。対して一夏はそれを望まず関わることを望む。果たして本当の頑固者で分からず屋はどっちなのかなぁとか考えたり。

 ということで決戦開始。さて、一夏君はリィスに対しても、彼女の想いに対してもどう闘うのかなとか考えながらの作者のあとがき。

 感想などお待ちしております。

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