IS -Rachedämonin Silber-   作:名無し猫

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愛しき想いよ、さようなら

 

「いやぁ青春してますねぇ、私こういうの大好きです。というか今回のトーナメントなんて青春バトル物そのものじゃないですか?あっでも個人的に一番嬉しいのはリィスの変化だったりしますが」

 

 第三アリーナ管制室。そこには本来なら居ない姿が存在する。クロエと、そして清香だ。何故この二人がここにいるのかと言えば理由がある。それは大体、千冬のせいである。

 

 以前、何度かクロエに対して千冬はデータの採取などを依頼したことがあった。そのせいでクロエ自身の本来の才能、というのが学園全体にバレることになった。篠ノ之束に娘同然に育てられ、その元で直接ISについてや多くのことを教えられて育ったのだ。無論篠ノ之束に育てられたということは一部の人間しか知らないが、その才能は隠せない。彼女の才能に目をつけた整備科の生徒や教員に以降絡まれるようになり、頻繁にこのような手伝いをしている。これについて、本人としては別に嫌ではないようだ。むしろ、楽しんでやっている節もあるくらいである。

 

 清香が居るのにも理由がある。そしてこれについても、クロエと似たような理由ではあるが。清香は国家IS整備技師資格二級という、IS業界ではとてつもなく凄い資格持ちである。そして彼女の才能についても、整備科からこれまた目をつけられていた。彼女の機体メンテナンスに関しての能力はとてつもないもので、本来一日かかるものを数時間でやってのけたり、メンテナンス時にデータ解析と同時に作業をやったりととんでもない才能の持ち主なのだ。そして、彼女はリィスの専任整備士でもある。そのことからクロエ共々、一緒によく駆り出されるのだ。

 

 学園では一年のこの二人のことを、情報のクロエと技術の清香と呼ばれ将来有望。絶対に整備科に来させると心を決める先輩生徒達がいるとか。

 

「まぁ織斑君がリィスに告った時はびっくりしたねー……何も進展なかったからそのままかなって思ってたら、まさかの」

「織斑さんは男見せましたよ。不肖このクロエ、思わず惚れそうになりましたもの。 惚れませんけど」

「知ってる。というか、クロエは昔からリィスと知り合いなんだよね? どんな感じに変わったか聞いても?」

 

 その質問に対してクロエは若干迷ったようにして、投影キーボードを叩きながら言葉を返していく。

 

「そうですね。極端に言えば、リィスは誰も信じてないんですよ」

「誰も信じてない?」

「言葉通りです。彼女のお義父さんも、周りの友人も。そして私も、信じられてなんて居ないんです。 ああ、誤解しないで下さいね?人に対しての信頼、という意味ではなくて根本の問題なんですよきっと」

「……えっとつまり、自分以外誰も信じてないってこと?」

「大体は。リィス、いつも1人なんですよ。1人でなんでもやろうとして、抱え込んで、それをバレないようにして。 ……そんな弱音を誰にも打ち明けないんですよ。それって、他人は信用されてないってことじゃないですか?」

 

 クロエは投影キーボードを叩きながら、モニターに目をやる。そこには既に試合を開始した一夏達の映像が流れており、それを見て苦笑した。

 

「けど、そんなリィスがIS学園に来て少し変わったんです。雰囲気も落ち着いたようになって、よく笑うようになって。そして……本人気がついてるのか知りませんけど、少しづつ他人に心を許すようになったんですよ。 私、凄く嬉しかったですよ」

「その言い方だと、まだまだ問題があるように聞こえるけど」

「ありますよ。だって、リィスはまだ誰にも心を許してないんですから。弱音は誰にも言わない、辛いことは、苦しいことは全部抱え込もうとする。 ……きっと、言わないだけで織斑さんとのことだって、悩んで。また無茶してるに決まってます」

 

 だから、とクロエは言った。

 

「私は、リィスに負けてほしいと思ってます。そして織斑さんの言葉がどうかリィスに届きますようにって、そう思ってます」

 

 ふと、清香に対してこぼしたその言葉はきっと彼女の切なる願いだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「くっ……やり辛い!」

 

 レールカノンと高射砲。合計4門の連射砲撃を受け、それを回避しなながら一夏はぼやく。

 

 加速し、風を切り、空中の特定の位置で固定状態になりながら砲撃を放ってくるラウラに対して接近を試みる。だが、

 

「させん!」

「また箒か!一々カバーが的確すぎんだよ!」

 

 ラウラへの一閃。それを阻むように箒が前えと出て"鞘ごと"で雪片を受け止めた。その動作が何を意味するのかを一夏は理解していた。だからこそ、そのまま無理に踏み込まずに下がることを選択した。

 

 それは正しい選択だった。次の瞬間、それまで一夏がいた位置には『ブォン』という無理に風を切ったような音が響いたのだから。雪片を受け止めた鞘、そこから引き抜かれた長刀での一閃だ。

 

「……なんでその技術を、なんて聞くのは野暮だよな?」

「ああ。もしかしたらお前も千冬さんから教えてもらっているかもしれないな? ――元々これはうちの流派の技術だ。私が知らない訳がないだろう?」

「だよな、っと!」

 

 箒がやっているのは一種のカウンターだ。相手の攻撃に対して反応し、その動作の硬直に対して致命打を入れるカウンター。篠ノ之家とは、束が有名になりすぎていて忘れられがちではあるが元々は名のある剣術道場だ。その技術は先祖代々受け継がれる程の。箒もまた、その家系の1人であり継承者でもある。篠ノ之流という剣術について皆伝しており、その技術は剣技というだけで見れば日本有数と言っていい。

 

 そして、一夏や千冬もまたこの道場の門下生でもある。千冬の技術の多くは篠ノ之流という剣術をISに応用したものであり、それによって最強の座まで上り詰めた。一夏はその千冬を師とし、技を教えてもらっていた。それはISを使っての技術であり、かつて世界最強にまで上り詰めた技術だ。しかし、それを幾ら応用しようと、ルートは同じ。篠ノ之流である。つまり根本は変わらず、その千冬の技術に似たようなことを箒も再現できるのだ。

 

「というか、俺が言うのも何だけど本当セコいよなそれ!防御してるのにシールド減らないんだからさ!」

「負け惜しみか一夏? ……実は私もちょっとセコいとは思ったが」

 

 この試合三回目。どこかから声が聞こえた気がした。今度は管制室からのものであり、それを宥める生徒の声も聞こえた気がした。

 

 競技ルールにおいては、様々な特殊ルールが存在する。そのうちの1つが、防御しても減衰を適応したダメージがシールドから差し引かれるというものだ。しかし、例外というか穴がある。それは"防御した場合"であり"弾いた"場合は減衰が発生しない。箒は一夏の攻撃を鞘で受け止めて、刀で反撃した。これは判定上防御機構での防御ではなく武器で弾いたという判定となり、シールドが減衰されない。

 

 一夏が撤退したのを確認して、それに合わせるようにしてシャルロットが前に出てきた箒へと弾幕を形成しようとした。が、

 

「その武器は邪魔だな、うむ」

「なッ……ワイヤーブレード!?こんな距離まで!?」

 

 銃を構え、撃とうとした瞬間。シャルロットに対して高速で迫る存在があった。それはラウラの機体"レギオン"の肩と腕部から放たれたワイヤーブレードであり、射撃の際に視界に箒を捕らえていたシャルロットはそれに反応できずに居た。

 

 結果として、ワイヤーによって両手に構えていたガルムを捕獲されることになる。捕縛され、それは空中へと投げられるとワイヤーブレードによって切断された。

 

「まずは2つだ。さて、後どれだけ残っているシャルロット」

「――なるほど、僕を直接狙わなかったのはそういうことか」

 

 ラウラの狙いは、射撃体勢に入って隙が出来た彼女ではない。彼女よりもっと優先すべき攻撃対象がいると判断したからだ。

 

 それは武器。シャルロットの持つ武器だ。ラファール型の最大の特徴は大容量の拡張領域にある。そこに事前に武器をインストールしておくことで、自由にその武器の展開と収納が可能になる。どんな状況においても一定水準以上の動きができるようにするための仕様だ。

 

 そして恐らく、彼女の三世代機"ウェンティ"も機体データから見てそれを継承しているとラウラは考えた。三世代機にしてラファール型の特性を受け継ぐというのは敵にするととても厄介。故に、その特性を最優先で潰そうと考えた。

 

 限界があるのだ。記憶できる武器や兵装には。無尽蔵に武器を格納できるわけではなく、機体のキャパシティや競技ルールにおいての制限。それによって保有できる武器は多くても10種類程度。つまり、シャルロットの機体もこの試合形式ではその莫大な記憶領域を完全に活かせないのだ。

 

「確かに速い。速く、そしてお前からの伝達速度もほぼラグがないのだろう。攻撃が的確で全く武装の展開や収納にラグがないことからそれは理解できたよ。ああ、とても驚異的だ。1人で全ての戦況に対して的確な対応を可能とする機体なのだから。  だが、」

 

 ラウラが右腕を前に出して、それをシャルロットへと向けた。距離にして中距離。つまり――ラウラの射程内だ。

 

「動けないっ……AICか!」

「先に休んでいるといいシャルロット。何、痛くはないから安心しろ」

「それ凄く誤解されそうな発言だから言葉選んでー! ああもう!一夏!」

 

 AICで動きを封じられ、ラウラから4門の砲塔を向けられた状況。普通に考えればこれはほぼ詰みである。AICにより動きを完全に封じられ、その状況では武器の展開もできない。だが、そんな状況で彼女は笑っていた。

 

 それを不審に思い、ラウラは警戒を強める。そして、大至急シャルロットを落とさなければという結論に至り、空中で動きを止めてレールカノンをチャージし始めた。

 

「待ってたぜ、それを!」

 

 声が響いた。それは一夏からのもので、彼は戦っている箒を専用機と量産機の出力差で無理矢理押しのけると、本来彼が持たない物を展開した。銃弾が連射される音、それが一夏から響いた。それに対してラウラは驚くしか無かった。

 

 白式には遠距離武装が搭載されていない。にも関わらず、ラウラが聞いたその音は間違いなく銃声。そして、それにより驚いてしまうことでAICを解除してしまった。

 

 ラウラの専用機、レギオンには弱点が幾つかある。どうしようもなく、仕様上仕方のないといっていい弱点が。それが重武装である。レールガン2門に高射砲イグニスが2門。これを展開した状態で移動することは不可能で、特定の位置で機体を固定しなければ連射砲撃ができない。だからこそラウラは、開幕からずっと箒の後方。一夏達から見て常にバックアタッカーの位置を保ち続けていた。砲撃兵器を展開しなければ高機動型としての動きも可能である。レギオンにはワイヤーブレードにプラズマ手刀も搭載されているのだから。

 

 しかし、この試合においてそれは悪手になる。箒は完全な近接型であり、相手チームの一夏達も近中距離の構成。この状況で自らも火力の低い武器を持って近接戦闘行くのは愚策だった。だから、ずっと後衛に回った。

 

 それが裏目に出た。重武装を展開したままでの不意打ち、それに対してラウラは見えていても機体の反応が追いつかなかった。結果として一夏が放った銃弾の全てを直撃として受けることになる。

 

「やっぱりな」

 

 一夏が笑った。それは、あることを確証したからだ。

 

「ラウラ、お前のその中距離まで届くAICは確かに驚異的だ。捕まったら身動き取れなくされて、そこに砲撃ドン、だもんな?」

「……ふん、言いたいことがあるなら言えばいいだろう織斑一夏」

「"そのAICは連射できない"。そして発動には莫大なエネルギーを消費する、違うか?」

 

 開幕でシャルロットの弾幕を止め、先程もシャルロットの動きを止めた。そして、試合開始20分が経過する現在までラウラがAICを使用したのは全部で3回だけ。流れ弾やラウラに対しての攻撃の多くは箒がフォローに入るか、彼女自身が無理矢理防御していた。もし、無尽蔵にAICを撃つことが出来るなら物理兵器しかないこの場においてまさに無敵の筈なのだ。にも関わらずそうはならない、むしろラウラは極力AICを撃ちたくないように立ち回っている。

 

 その違和感に一夏は途中で気がついた。だからこそ試合中何度もシャルロットに頼んで箒とラウラ、交互に対しての制圧射撃を頼んだ。結果としてラウラにもシャルロットの専用機の弱点に気が付かれてしまうことになったが、一夏は確証を得ることが出来た。

 

「中距離に対してまで届くAIC展開能力。それを無尽蔵に撃てるなら対物理兵器最強のはず。にも関わらずお前は最初から撃ちたくない、というように動きをしている。そこから考えれば予想はつくさ。お前、シールド残り少ないだろ」

「……ふん。さて、どうかな?」

 

 ブラフだった。実際にラウラのシールドは開幕830と他の機体より遥かに多い数値だったのにも関わらず現在は300。既に半分を切っており、その多くの消費原因が砲撃とAICによるものだ。それを見透かされないように最初からラウラは常に後衛に専念した。が、それもバレてしまった。

 

 それを予想したからの一夏の行動と指示は早かった。

 

「シャルロット!」

「任せてっ!」

 

 AICの拘束から開放されたシャルロットは、再び両手にアサルトライフルとショットガンを展開。そのうちアサルトライフルのほうをラウラへと連射した。結果、アリーナの空での戦況は2つに分断されることになる。一夏と箒、シャルロットとラウラ。ふたつの戦場が出来上がった。

 

「ちっ……!分断されたか!」

「君の相手は、僕だよ」

「……不本意だが、いいだろう。だがシャルロット、お前の武器は後何本だ?"既に3本は見ているぞ"」

「――さて、何本かな? 悪いけどまだ弾切れじゃないよ」

「生憎こちらもまだ弾はあるのでな ――すまない箒!後は頼む!」

 

 逆側の空。そこで一夏と対峙する箒に対してラウラは叫ぶ。それに対して箒は返答として、力強く頷いた。

 

 ラウラはシャルロットと対峙し、展開していたイグニスを解除すると不敵に笑い、何かの真似をするように言った

 

「見せて貰おうか、フランスの第三世代とやらを」

「それ、赤い人の台詞だからラウラが言ってもあんまりあってないと思う……」

 

 『なんと!?』とラウラは驚く。それを見てシャルロットは既に何度目になるのかわからないことを思う。ドイツは一体どうなっているのか、と。

 

 黒と橙の射撃戦が、開始された。

 

 

    ◆     ◆     ◆

 

 ラウラとシャルロット。二人の戦いが開始されたのを確認した俺は、再び対峙し箒と視線を交わした。雪片を正眼に構え、対しての箒は長刀を鞘に入れたまま腰に。だが、右手はその柄を握っていつでも抜刀できる態勢。

 

「こうして試合をするのは、いつぶりだろうか一夏」

「多分小学生の時以来だ。あの頃は一度も箒に勝てなかったな、俺」

 

 昔を懐かしむように言われた言葉で思い出すのは、小学生の頃の話だ。

 

 あの頃俺は、箒が虐められているのを助けたのを切っ掛けに箒と知り合った。そして、それから篠ノ之神社によく行くようになり、今は行方がわからなくなっている柳韻さんに剣道を習うようになった。

 

 懐かしい、思えば全てが懐かしかった。剣道を習い、束さんと出会い。本当にいろんなことがあったと思う。

 

「私に負けてはいつも悔しそうにしていたな、一夏は」

「そりゃ悔しいだろ。だって、俺男だぜ? 勝負するなら勝ちたいに決まってる。だからあの頃、ただ悔しかったさ」

「……何度も何度も私に挑んできたのをよく覚えているぞ。負けても、ヘトヘトになっても。何度も何度も挑んできては、私に負けていた」

「うっ……結局、そのまま箒が転校することになって一度も勝てなかったな、俺」

「私の勝ち逃げだな? けど――そうやって何回も立ち上がろうとする一夏を見て、かっこいいと思ったよ」

「そう思ってくれたなら嬉しいな。 男としては、ダサいの一言だったんだが」

「そんなものなのか?」

「ああ、そんなものだ」

 

 ISの事があって。それで箒は転校することになってしまい、学園で再会するまでは疎遠となってしまう。結局、一度も勝てなかったな。けど……それは、今までの話だ。

 

「けど、」

「む?」

 

「もう負けない。俺は、お前に勝つよ箒」

 

 あの頃、弱い自分が嫌だった。千冬姉に憧れて、強さに憧れて。同じ年齢で自分より遥かに強い箒に憧れて。強くなりたかった。強くなって、何もかも守れるくらいの力が欲しいと望んでいた。

 

 だけどそれは、今までの話だ。俺は――誰かのためにではなく、自分の為に。自分が"誰か"を護るための強さがほしいのだ。

 

 ここで負けられない。俺には、絶対に勝たなければならない相手がいるんだ。とんでもなく強くて、だけど自分に対して嘘吐きで、意地っ張りのあいつに。

 

「私は、小学生の頃のがむしゃらな一夏に心惹かれた。そして……学園に来て、ただひたすらに抗おうとするお前に、もっと惹かれた。けれど、お前には私ではない誰かがもう心の中に居たんだな」

「……すまん」

「謝るな一夏。私とて、ケジメをつけにきた。だから、言わせてくれ ――好きだったよ一夏」

 

 箒が姿勢を低くして構えるのが見えた。その目はただ俺を捕らえていて、どこか泣きそうだった。

 

「……ありがとう、箒。俺を好きになってくれて。 それと、ごめん」

「もう、言葉はいらない。この試合で全部終わりにしよう」

「ああ、全部終わりだ。箒」

「――伝えたい気持ちがある相手がいるのだろう。なら、私くらい倒していけ。 往くぞ」

 

 そんな言葉とともに箒が踏み込んできた。

 

 箒の機体は打鉄のカスタム機。機動力では白式に劣り、出力でも劣る。

しかし俺は、その打鉄から繰り出された一閃を受けて大きくのけぞることになった。

 

「ッ……重いな!」

 

 その一撃が重い原因はひとつ。箒のあの構えだ。抜刀術と、その弱点を補うための太刀筋。篠ノ之流のルーツは俺も聞いたことがある、『最大の力を最高の速度かつ最善のタイミングで繰り出す』というものだ。

 

 だからこそ、その抜刀されての一撃はとてつもなく鋭く重い。専用機と量産機であったとしてもこれだけの衝撃なのだ、これが専用機同士と考えるとぞっとする。

 

 踏み込まれ、そして下がった俺に対して更に踏み込まれる。このままでは一方的。だから、

 

「おぉ……ッ!」

 

 ガキィン、という鈍い音が聞こえる。それは俺の雪片と箒の抜刀された長刀がぶつかる鈍い音。鍔迫り合いの状況に持ち込み、そのまま専用機の出力で無理押ししていく。

 

 抜刀の一撃はとても鋭く、驚異的だ。ISに乗って尚その技術を再現する箒は、やはり剣道において全国最強というだけあると思う。俺が今恐れるのはその抜刀術だ。そしてその技術は、俺も知っている。だからこそ――対策が取れた。

 

 剣を抜かせればいいのだ。抜かせてしまえば立て直すまで抜刀術は使えない。

 

「くっ……出力差が!」

「卑怯、とか言うなよ箒?」

「誰が言うか、馬鹿者」

 

 箒の鞘は左腰に固定される形で構えられている。そして、姿勢を低くして右手が柄に添えられている。なら、無理矢理な態勢に持ち込んで左からの攻撃に移せばいい。そうすれば、箒は刀を抜かざる得ない。抜かなければ雪片の一撃を貰うからだ。

 

 だからこそ無理矢理抜刀させた。そして、もうこれ以上鞘には刀を戻させない。そうすれば、またあの鋭い攻撃が飛んでくる。何度も雪片の斬撃を箒へと繰り出す。休むことなく、無理矢理距離をとられそうになってもそうはさせず、ただ連続で斬撃を繰り返す。

 

 しかし、雑な一撃ではない。その一撃一撃には意識を集中させる。俺だって篠ノ之流という剣術を習っていた人間だ。だからこそ、その極意は知っていた。疾く、鋭く。それを意識した連撃。重さを捨て数を増やし、鋭さを追求した剣技――それが、俺が千冬姉から教えてもらった技術の1つだ。

 

「つぁっ――」

 

 何度ぶつかったかはわからない。その中で、箒が苦悶にも似た声をあげて、体勢が崩れた。それを見逃さない。すかさず踏み込んで、下段からの切り上げ。それによって箒の長刀を弾き飛ばした。

 

「しまっ、」

「――終わりだ、箒」

 

 弾き飛ばされた刀に対して箒の注意が逸れた。それは、きっと数秒の時間。けど、この距離でならそれは十分過ぎる時間だ。

 

 そのまま俺は、白式の単一仕様を発動させる。発動すると、すぐさま雪片の刃が変形して光の刃が形成される。

 

「……見事だ一夏。流石、私が好きになった男だ」

 

 零落白夜が発動している雪片をそのまま振りかぶり、無防備になった箒へと振り下ろした。そして、振り下ろす直前に聞いたのはそんな言葉で、箒は――笑っていた。

 

 

『篠ノ之箒"打鉄"、シールドエネルギーエンプティ! 及び、シャルロット・デュノア"ウェンティ"、ラウラ・ボーデヴィッヒ"レギオン"共に戦闘継続不可能! よって一回戦第1試合、勝者織斑一夏&シャルロット・デュノアペア!』

 

 

 

    ◆     ◆     ◆

 

 試合終了後、一夏は箒に話をしようとした。

 

 何を話せばいいのか、なんてことはわからなかった。けど――もう一度ちゃんと話せればと、そう思った。だが、それは叶わなかった。第二ピットゲートの選手控室。そこにシャルロットと共に行くと、そこに箒の姿はなくラウラの姿だけがあった。箒は何処に行ったのかと、慌てた一夏に対して言葉を投げたのはラウラだった。

 

『織斑一夏、箒から伝言がある』

『箒から?』

『少しだけ1人にして欲しい、だそうだ。少々疲れていたようなのでな。私からも今は箒を休ませてやってほしい』

『……そっか。わかった』

『先程の試合、いい戦いだった。シャルロットとの戦いが不完全燃焼なのは不満だがまぁいい。 ――さて、』

『何だよ?』

『私の勝手と八つ当たりだ、許せ』

 

 パンッ、という乾いた音が木霊した。それはラウラからのものであり、小さな手で頬を叩かれたのは一夏だ。

 

『これは、私の分と箒を泣かせたお前への八つ当たりだ』

『――ああ、すげぇ重いなそれは』

『私は敗者であり、お前は勝者だ。 ……だが、敗者の私から貴様に頼みがある』

『頼み?』

 

『姉様に勝ってくれ。 箒を振って、私にも勝ってみせたのだ。 ……だから、少しだけ私も期待させてくれ。姉様を、倒してくれ』

 

 ラウラから出た言葉に対して一夏は驚くしか無かった。ラウラはリィスを敬愛しており、同時に強者でもあると思っているのだ。そんな彼女からでたのは"リィスを倒してくれ"という頼みだった。その言葉に驚いている一夏に対してラウラは続けて言葉を投げた。

 

『……姉様には、必要なのだ。頼れる誰かが。私ではそれになれなかった、頼って貰えなかった。 だから織斑一夏、お前に託す。お前の、可能性に』

 

 それだけ言うとラウラは『さて、私は箒のところに行く』とだけ言って控室を出た。一夏は思う。重い物を託された、と。だが――それは当然だとも思った。自分はそうするために此処に居るのだから、倒すべき相手がいるから此処に居るのだからと。

 

 トーナメントは順調に過ぎていく。リィスとマドカのペアは丁度トーナメント表で言う反対位置であり、もし闘うとすれば決勝だった。一夏とシャルロットも順調に勝利を重ねた。重ね、そしてたどり着く。

 

 個別トーナメント一学年タッグ部門、それももう大詰め。決勝戦と表示されるカードに表示されていたのは『織斑一夏&シャルロット・デュノア VS リィス・エーヴェルリッヒ&東雲マドカ』という文字だった。

 





 そんなこんなで第29話 愛しき想いよ、さようなら をお送りしました。各々の戦いその1終了。正直、変に歪んだ想いとか慢心捨てた箒の力量はとんでもなかったり。専用機同士ならどうなってたかわからないくらいには力量が高かったり。

 作者的余談で言うと、この話最初書くと2万字超えました。なので大幅カット。ラウラとシャルロットの戦いもちゃんと書きたかったけど割愛。長過ぎる。

 さて、とうとう本命対決。気合い入れるぞ―!とか意気込みながらの作者のあとがき。

 感想などお待ちしております。

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