IS -Rachedämonin Silber-   作:名無し猫

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モッピー、箒になる


信頼 『ともだち』

 一夏の告白騒動。それが原因で、動きを見せる存在が居た。

 

 IS学園の道場、現在は部活停止期間ということもあってか二人しかその場に居ない場所で竹刀を振るう存在が居る。箒だ。

 

「……ふっ!」

 

 一心不乱に、まるで何かを振り払うようにひたすら素振りをする箒。そんな彼女には考えることがあった。

 

(どうして、何故だ。何故私ではない? 一夏、お前のことを一番理解しているのは私だ。一番好きなのも私だ。なのに、どうしてなのだ!)

 

 本来、こういった竹刀の素振りや座禅などは雑念を捨てて集中してやるべきものである。でなければ、その動きに鈍りが生じるからだ。箒の現在のそれは、本来の彼女のそれではない。力が入りすぎており、振るわれている竹刀も勢いが強くブレている。まるでそれは、今の彼女の心のようであった。

 

(私は一夏より強い。一夏より強くて、一夏と付き合いが一番長い。なのに、どうして――どうしてあいつなのだ!)

 

 箒が考える、というより蝕んでいるのは先日の一夏の告白騒動だった。あの一件はある種、全ての終止符になったのだから。

 

 一夏がIS学園という環境下で選んだのは、リィスだった。そうだろうという予測を立てていた生徒や、既に諦めをつけていた生徒も居たが、先日の騒動はまだ諦めていなかった生徒達に対してのとどめとなった。

 

 そして、箒もまたその一人である。一夏はリィスに対して告白。実際の所、彼女はその告白に対して拒絶を示していたがある約束を承諾。結局の所、返事は持ち越しになった。

 

 理解できなかった。どうして自分に対しての告白でなかったのかと。

 理解したくなかった。自分ではなく、一夏は他人を選んだのだと。

 

 一夏がああしてリィスに想いを告げた以上、もう己が告白しても無駄だと思った。実際、今の一夏にはリィスしか見えていないのだから。

 

 一夏は悪くない。悪いのは誑かしたリィスだ。そうでなければ一夏が自分を選ばないはずがない。だが、そんな酷く醜い想いを抱くと同時に箒は理解もしていた。

 

 一夏は悪くない。悪いのは――想いを告げず、向き合わなかった自分だと。

 

 それを認めたくなかったのだ、箒は。

 

 鈴は全てに対しての清算という形で、一夏は親友であるという答えを出した。その上で一夏と正面から相対して、全て終わらせた。箒にはそんなようなことができなかったのだ。それは、怖かったからだ。認めたくなかったからだ。

 

 そう思っていた中で、とどめを刺された。それも、一夏から。結局の所、いくら箒が想っていても一夏はその想いには応えない。気がついていても応えないのだ。既に彼は、別の答えを出しているのだから。

 

(違う。違う、違う、違う。違う違う違う違うッ! あんなの一夏じゃない、私の知っている一夏はあんな一夏ではない。あれは、私が知らない一夏だ。だから、あれは一夏ではない!)

 

 否定する。現実を、全てを。

 そんな箒に対して、言葉を投げる人間が居た。

 

 その人物は、道場の中で正座しており、制服姿でずっと箒の素振りを見ていた。

 

「――剣が鈍っているのではないか、箒」

「……!? ラ、ラウラ? いつから居たのだ」

「む?失礼だな。"最初から居たぞ"。道場での練習を見学していくと、そう話したではないか」

「そう、だったな。すまない――ちょっと、呆けていた」

「疲れが見える。一度休むといい。 ほら、茶だ」

 

 そう言ってラウラは自販機で販売されているお茶、『ロイヤルまロ茶500ml』を箒へと手渡す。箒はそれを受け取り、開封して飲むと息を吸い、

 

「すまない、ラウラ。大分落ち着いた」

「冷静さを忘れるなと、私は父上に教わった。 少し冷静になるといい、箒」

「……すまない」

「ふむ。何か悩み事か? 私で良ければ聞くぞ? 私は日本については副官から教わっていてな、大抵のことは覚えているのだ」

「その副官、色々間違ってるから代役探したほうがいいと思うぞ」

 

 箒とラウラの関係は悪くなかった。最初こそ突然押しかけてきたラウラに困惑した箒であったが、打ち解けるのに時間はかからなかった。更に言うなら、シャルロットの件で部屋割りが一部変更。その影響で箒のルームメイトがラウラに変更となった。箒からすれば、猫を飼っている感覚というか、手のかかる妹のような感覚であった。

 

 つまるところ、箒としては"妹が居たらこんな感じ"という状態だった。ラウラはとても自由で、色々間違っていて正しい日本の知識が豊富である。故に、放っておけない相手だった。

 

 余談ではあるが、箒が習字を教えた所短時間で上達。見事なまでの果たし状を作成し、血判を押そうとナイフで指を切ろうとして全力で箒が止めたのは別の話である。

 

「ラウラ、聞きたいことがあるのだ」

「何だ?私で答えられることならなんでも答えるぞ?」

「……エーヴェルリッヒは、どんな奴なんだ?」

 

 その言葉に対してラウラが返したのは、考えるというアクションであった。

 

「……優しく不器用な人だよ、姉様は」

「どういう意味だ、それは」

「詳しくは話せない。人のことだからな。ただ――そうだな、どこか箒と似ているかもしれないな」

 

(似ている? 私とエーヴェルリッヒが?)

 

 疑問する。自分と、自分の恋敵といってい存在の何処が似ているのかと。同時に思う、似ているのなら何故私が選ばれなかったのかと。

 

「箒も優しいだろう?現に、私にとてもよくしてくれている」

「そ、それは。お前は同室で……タッグのパートナーだからであってだな、それに――危なっかしくて見てられん」

「失礼だな箒は。私が危なっかしい?ちゃんと日本については学んできているぞ?」

「いや本当副官とかそのあたりまともな人探せないか」

 

 『ドイツはみんなあんな感じだ!』と返すラウラを見て箒はため息。順調に自分も一組に感応してるなと思うのはもう手遅れなんだろう。

 

「そして箒、お前も不器用だ。 箒、一度手合わせを願えないか」

「手合わせ、だと?だがラウラ、お前剣道というのは――」

「うむ!箒のを見学していたくらいでサッパリわからん!」

 

 だから、とラウラは続けて

 

「通常戦闘方式でやろう。武器は近接武器……そうだな、使用していいのは竹刀などの競技武器のみ。地面にダウンするか相手が降参のサインを出したら終了。どうだ」

「……いいだろう。ちょっと待て、今切り替え操作をする」

 

 道場にある管理装置を操作して、一部の床を畳に変更。それを確認して、箒とラウラはその上に立つ。

 

「では、行くぞ。怪我をしても知らないからな」

「安心しろ、これでも軍で訓練は受けている。遠慮なく来い」

 

 箒は竹刀。ラウラは無手。一見無防備に見えるラウラに対して、箒が踏み込んだ。

 

 

    ◆     ◆     ◆

 

 手合わせを開始して既に10分近く。箒、ラウラ共に息は多少あがってきており、汗も見えた。しかしラウラは疲れを見せながらもまだ余裕、というように箒の射程へと踏み込んだ。

 

(ッ……やり辛い!)

 

 一気に懐まで潜り込まれて、鋭い拳や足技を入れようとしてくるラウラを捌きながら、箒は思う。相手は無手、此方は竹刀。その時点で射程の差があるということを理解できない箒ではない。

 

 レンジ差。それを考慮すれば優位なのは箒である。だが状況は違う。圧倒的にラウラの優位だった。

 

「私の目は少々特殊でな。姉様程ではないが、人並み以上の反応は出来るぞ ――例えば、こんな風に」

 

 パシンッ!という音がした。

 

 それは箒の持つ竹刀が何かにぶつかる音であり、ぶつかったのはラウラの掌だ。振り下ろされた竹刀。それをラウラは最低限の動作で回避しつつ、片腕で掴んでみせたのだ。そのままラウラは無理矢理竹刀を己側へと引き寄せようとする。これは、自分にとって一方的に優位な距離を確保するためだ。

 

 竹刀というものは射程距離がある。振るわれる剣筋は鋭く、隙がない。かつて剣道で全国優勝を果たしただけはある実力が、そこにはあった。故に、ラウラはその剣筋の"適正距離"に入ることを警戒した。そして至る。剣筋が振るわれない、振るえない距離に行けばいいと。

 

 だからラウラはあえて踏み込んだ。一定以上の距離を保ったままにしていると、距離から逃れていても箒の太刀には補足され続ける。そうすれば、いつかは捕まる。ならば、"補足できない距離"に入り込んでしまえばいい。

 

 逆に捕まえ、引き寄せる。ゼロ距離ならば竹刀は振るえないからだ。

 それは箒も理解していた。だから――

 

「させん!」

 

 竹刀を無理矢理振るようにして、小柄なラウラの身体を揺らす。揺らされ、僅かにできたそのふらつきを箒は見逃さない。そのまま無理矢理竹刀をラウラから振り払い、再度距離を取ると構え直す。

 

「ふむ。今のはいけたと思ったのだが 日本で言う所の、肉を切らせて骨どころか相手も真っ二つ。 だったか」

「ず、随分物騒な諺だな。それもドイツの副官の受け売りか?」

「うむ!日本には敵対する相手に対してもオモテナシの心とアイサツを持ってバクサツすると聞いている」

「なぁラウラ、冗談抜きで部下は選ぼうな? 後……今度の休みに正しい日本について私が教えてやる」

「本当か!私は和菓子がいいぞ!信玄餅食べよう信玄餅! ――おっと、隙があるな」

 

 箒の隙をついて距離を詰めると、そのまま鋭い横蹴りが箒へと繰り出される。それを箒は後ろに後退することで再び回避する。

 

「鋭く、正確で、そして落ち着いた剣だ。本当に日本のケンドーとは美しいな。だが――ふっ!」

「な、しまっ……ぐぅ!」

 

 箒の竹刀での振り下ろし。それを回避するとすかさず懐へと入り込み、ラウラの拳が箒の腹部に入った。鈍い痛みを箒は感じる。だが、その痛みに身を任せればこのままラウラの連続攻撃の餌食だと判断して、無理にでも竹刀を振るう。

 

「"その中には迷いがある"。やや太刀筋も力んでいるようにも感じるし、ブレも見える」

「ッ!?私は、」

「もらうぞ」

 

 一瞬の迷い。たったその数秒、箒の動きが鈍った。そして、ラウラはそれを逃さない。そのまま竹刀を掴み、抵抗する暇を与えずに引き寄せると、竹刀を持つ腕を掴んで――

 

「そぉい!」

 

 背負投をした。そのまま箒は畳へとダウンすることとなり、勝敗は決した。

 

「……しまった、ここは ソイヤッ! だったか」

「いや、両方違うから安心しろ」

 

 畳から起き上がり、冷静なツッコミを箒は入れる。それに対してラウラは『なんと!?これが日本のカラテワザと聞いたぞ!』と驚いている。

 

「悩み事か、箒」

「――そうだな、悩み事だな」

「私で良ければ聞くぞ?さっきも言ったが」

「……言えないさ。ラウラはエーヴェルリッヒと仲がいいのだろう? なら、尚更だ」

「それとこれとは別問題ではないか?確かに私は姉様を敬愛しているが、箒のことも少なからず他人ではないと思っているぞ? それとも、私はまだ信用がないか? ちょっと悲しいぞ」

 

 そのまま畳の上に体育座りをして、畳に"の"を書きながらしょぼくれるラウラを見て、慌てて箒は『そ、そうではなくてだな』と返す。

 

「――聞いてもらってもいいか、愚痴だし、酷い内容だぞ。きっと、軽蔑するぞ」

「それは聞かないとわからないだろう。聞こう」

 

 箒はラウラの隣りに座ると、道場の天井を見上げ、息を吸う。

 

「……一夏の告白騒動については、知っているな」

「ああ、この前の。まったく織斑一夏め、よくも姉様に手を出したな。やはり果たし状を叩きつけて倒した後に拷問にかけようと思うのだ。きっと3秒位で更生してくれる」

「落ち着こうなラウラ? 後、電圧は考えろ ――あれ、私は今何を」

「むっ……そうか電圧か。ふむ、強すぎず弱すぎずというのは難しいからな。 それで、なんだ」

「い、今のはなしで頼む。コホン――」

 

 そうして箒は再び息を吸い、

 

「私はな、一夏が好きなのだ。誰よりも、あいつが好きなのだ」

「おお、恋か!私はまだしたことがないから羨ましいぞ!」

「お、怒らないのか?」

「何をだ?」

「私は――お前の敬愛しているエーヴェルリッヒに告白した一夏のことが好きだと言ったんだぞ」

「誰を好きになろうと自由だと副官から聞いた。箒は織斑一夏が好きなのだろう? 別にいいのではないか? それで、続きは」

 

 箒は、自分の毒気を抜くようにラウラへと話をしていった。自分が一夏が好きということ、付き合いが長いこと、色んな面を知っていること。小学生の頃、こういうことがあって好きになったということ。それをラウラは逃すことなく真剣に聞いていた。

 

「なのに、一夏は私ではなくエーヴェルリッヒを選んだ。憎いのだ、あいつが。殺意にも近い憎悪が抑えられんのだ。 軽蔑したろ?これが、私だ」

「――憎悪というものは、誰でも持つものだ。私も、その経験がある。そして、今もなおその憎悪を持っている」

 

 返されたのは肯定の言葉だった。それに対して驚いたのは箒だ。てっきり、自分の醜さを暴露して嫌われるだとか思っていたからだ。それをラウラは"当然のこと"と、受け止めた。

 

「……私はな、ちょっと経歴が特殊でな。そのせいで少し前までは荒れに荒れていたのだ」

「ラウラがか?信じられないな」

「力を信じ、溺れ、過信し。敬愛する人達の言葉すらも私は耳を傾けなかった。ただひたすらに憎悪を抱き、力を振るおうとした。そのせいで、惨事になりかけたのだ」

 

 それは、かつてのラウラの後悔。千冬と出会い、ドイツ軍IS配備部隊のトップにまで上り詰めた後の話。その後、ラウラはある事件が原因で荒れた。荒れて、憎悪を根本として力を振るった。

 

 諦めかけた、『生まれてこなければよかった』と思い、生きる事を。

 

「箒、聞いてもいいだろうか」

「何だ?」

「織斑一夏には想いを告げたのか?」

「なっ、ななななな――」

 

 その質問に対して慌てふためく箒。対してラウラはキョトンとしており、言葉を続ける

 

「私は恋をしたことがないからそれがどういうものかはよくわからない。だが、言いたいことを言わなければ相手には伝わらないし、わかりもしないだろう?」

「そ、そんなことをしなくても一夏は私の気持ちを理解してくれる。態度で、きっと見てくれ、」

「流石にそれは無理があると思うぞ。"態度で理解しろ"というのは相手に対する命令だと、理解しているか?」

 

 言葉を返せなかった。その通りであり、自分もなんとなくそれを理解していたからだ。だが、それをやめることはできなかった。怖かったのだ、想いを告げることで関係が変わることが。拒絶されるのではないのかという恐怖があったから。だからこそ、己の心の中に"勝手な理想の織斑一夏"を描き続けた。そして何かあるたびに、その周囲と本人に対して憎悪した。

 

 醜悪である、と理解してしてもそれをやめることができなかった。

 

「では――では私はどうすればいいのだッ! 一夏はエーヴェルリッヒが好きなのだぞ!?今更、今更私にどうしろというのだ!」

 

 そう、今更だった。箒の一夏に対する好意というのは昔から持っていたものだ。それがより強くなったのは、IS学園で再会してから。学園で毎日、教室で顔を合わせたり、朝に共に訓練をしている時にでもチャンスはあった筈なのだ。なのに、箒はそれを"理解しているもの"だと解釈した。都合のいい織斑一夏は自分を見ていると、自分の気持ちを理解していると。だから、自分を見てくれると思ってしまった。

 

 現実にはそうではない。一夏はリィスが好きであり、箒本人からすれば鈍感だとか唐変木だとか思っていた本人が大衆の中で告白をした。それが原因で、都合のいい織斑一夏という存在が崩れた。箒を現実へと引き戻した。結果として、憎悪し、妬んだ。一夏を、リィスを。

 

「……箒、織斑一夏が好きなのだな?」

「ああ、私は一夏が好きだ。だが、もう今更だ」

「まだ好きか?」

「好きだよ、ああ一夏が好きだ。諦めたくなんて、ないさ」

 

 その言葉を聞いてラウラは『ならば、』と言葉を投げ、ある提案をした。

 

「私と一緒に果たし状を叩きつけよう、織斑一夏に。そしてその場で全て吐き出せ、箒」

「……吐き出せ、だと?」

「そうだ。織斑一夏は箒からすれば鈍感であり唐変木なのだろう?なら、言わなければわかるまい。だからこそ、全部叩きつけるのだ」

「だ、だが。一夏はもう答えを出した、あいつの眼には――私は映らない」

「最初から諦めるのか?随分と意気地がないのだな?  "織斑一夏に対する想いや憎悪はその程度か?"」

 

 挑発するように、呆れたようにラウラは言った。対して箒はそれに明らかな怒気を見せていた。

 

 違う、と思った。一夏が好きというのは本気であり、誰よりも好きだという自負もある。だからこそ箒はラウラのその言葉に対して憤慨したのだ。己が一番であると、考えていたから。

 

 

「私には恋なんてものはわからん。だが……気がかりなことを抱えたまま、ずっと気にしていくつもりか? そんなもの、辛いだけというのは私は知っている」

「――それは、経験談か」

「うむ、そうだ。やってみなければわからないという言葉もあるし、それに ――ちゃんと、清算したほうがきっと楽だぞ」

 

 ラウラの言葉は正しい。箒としても、もう結果が見えている可能性が高いそれに対しての想いをいつまでも引きずれるとは思わなかったからだ。いつかはケジメをつける時が来る。遅かれ早かれ、だ。それが――今になっただけだと思った。

 

 ふと思えば、これほど親身になってくれる相手は今まで居なかったと感じる。過去のクラスメイトはどこか余所余所しく、今まで関わってきた人の多くは自分を"篠ノ之束の妹"としか見なかった。

 

 剣道の全国大会決勝でも、とても醜い勝ち方をした。結果として、相手のスポーツマンとしての心を折り、涙を流させた。それに対して言われたことも――また、己の姉の関わることだった。

 

 誰もが親身になってくれなかった。いや――関わろうとしてくれなかったのだ。箒自信も不器用なところがあり、学園に来るまでは友人も少なかった。一組の生徒が少々特殊で親しみやすいというだけで、そんな親しい人間は今まで居なかったのだ。だから、面として真面目な話や相談をできる相手も殆ど居なかった。毒を吐けるような相手も、心を見せられる相手も。

 

 ラウラがここまで親身になってくれているのは、己を心配してくれているからだ。そして、"一人の友人"として見てくれているからだ。

 

(……ああ、本当。馬鹿なのは私か)

 

 友人、それも親身になってくれる友人。それができて理解できた。結局自分は全てを都合よく解釈し、自身が嫌っていた姉を都合よく利用していただけなのだと。姉の存在を無意識に利用して、都合が悪いことは聞かないふりをするか言えなくした。思う、自分は予想以上に醜悪だったのだと。

 

 そんな自分に対して歩み寄ってくれた――この無垢で、常識が色々とおかしなルームメイトであり友人がどれだけ貴重な存在なのか、再認識した。だからこそ、箒も覚悟を決める。せめて、無駄かもしれないが全ての想いを清算するために。

 

「ラウラ」

「む、何だ」

 

「"力を貸してくれるか"」

 

 頼った。初めて誰かを、信ずる誰かを頼った。

 

 一度素直になってしまえば、篠ノ之箒という人間の心という刃は鋭かった。ただ信ずる、決めたことに対して全力で挑む――まさに、武士そのものでもあった。そんな箒の言葉に対して、ラウラは嬉しそうに笑顔を浮かべて、言葉を返す。

 

「勿論だ。とりあえず果たし状だな!血判がやはり必要か!?ナイフあるぞ!?」

「お、落ち着け。後ナイフは危ないから仕舞え ――そうだな、果たし状。もう一通作るか」

「やるからには盛大なほうがいいな、うむ」

「それも副官の受け売りか」

「いや。父上の部下の方の受け売りだ!ドイツ最強のIS乗りだと聞いている。『情熱の炎で総てを焼き尽くせ』という言葉をよく聞いていた」

 

 箒は思う。最近色々変な方向に認識が偏ってきている変態国家ドイツにおいて最強のIS乗りとはどんな人物なのかと。聞く限り、とんでもない大火力持ちの専用機なのかとか色々考えるが、考えて恐ろしくなったので途中でやめる。恐るべしドイツ。

 

「では、まず果たし状を作ろう。そして作戦会議だ!」

「だ、だが……私は専用機を持っていないぞ? きっと、ラウラの足を引っ張る」

「何、案ずるな箒。力を貸すと言っただろう? 織斑一夏、奴には私も用がある。だから――道は私が作る、障害は私が全て排除する。だから箒、」

 

 それは、ラウラの箒に対しての願いの言葉。

 同時に、自分の分も頼んだという――託しの言葉でもあった。

 

「全部ぶつけて、ぶん殴ってこい。言っておくが ――私は強いぞ?」

 

 そこにあったのは自信だ。自信と、嬉しそうな笑顔。

 そんな表情をして胸を張るラウラがそこには居た。




 そんなこんなで第26話 信頼『ともだち』 をお送りしました。いつから箒が不遇だと錯覚していた。モッピーもとい箒はメインヒロインの一人である。とはいったものの、彼女自身の境遇や性格から色々難産だったのは事実。

 篠ノ之箒という人間を見た時に一番必要なのは理解者であり、例えば鈴のように遠慮のない友達だったんじゃないのかなと。一夏には弾や鈴が居たけど、箒にはそんな友人は居なかった。明らかな差が出たとすればここじゃないのかなぁという考えでした。更に、個人の性格も中々に癖があり、姉の存在もあって多くは関わろうとしてくれない。一度そんな遠慮のない友人が必要で、かつ一夏と接点がない。そう考えた時に出てきたのがラウラでした。色んな事情を言うとキリがなく、またお話の根幹にも関わってくるので割愛して一言で言うなら

 純粋無垢天使ラウラちゃんによって覚醒した箒。

 ある意味、箒とリィスは似ている。ただ、箒にできてリィスができないこともある。その逆もまた然り。

 さて、個別トーナメントのお膳立ては大体終わり。存分に殴り合って貰い、いろんなことに対してのケジメをつけてもらいましょう。

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