IS -Rachedämonin Silber- 作:名無し猫
正直に言って最悪だ。と、一夏は思う。
傍から見れば今の状況はまさに男女のソレだったのだから。
寮の部屋、鍵は掛けられており、ベッドの上には男女二人。
そして己がベッドに押し倒されており、スポーツジャージが開けて見えるものが見えているシャルルには馬乗りになられている。
そんな状況でのこの展開。しかも――よりによって、一番誤解されたくないような相手に見られた。ジト目つきで。
「……会長、私帰っていいですか」
「え、えっとねリィスちゃん?気持ちはわかるけど、お願い落ち着いて。ね?」
「何故かとても気分が悪いので、是非とも帰りたいんですがダメですか」
「お願いだから我慢して、ね?」
『はぁ』、とため息をついた後に再びジト目でこちらを見るリィスを見て、一夏は気が気ではなかった。
「さて、シャルル・デュノアさん。いいえ――"シャルロット・デュノア"さん。ようやく捕まえましたよ、こうしてそちらから出てきてくれるのを今か今かと待っていました。あっ、ちなみに今この辺にはジャミング張ってあるので騒いでも無駄です」
ビクリ、と。己の体の上にいる彼女が震えた。クロエ達はそのまま部屋の中に入ってくると、鍵をかけなおしてこちらへと歩いてこようとして――
「こ、こないでっ!」
カチャリ、という音がした。それは己の近くからであり、馬乗りになっている彼女からだった。
冷たい何かが肌に当たった。冷たくて、鉄のような冷たさ。同時に人の命を奪うことが出来る冷たさを持つモノでもあった。拳銃だ。目を見開く。が、このまま暴れたら確実に己は撃たれるだろうという確信があった。故に、抵抗はできなかった。
シャルロットはといえば、焦ったようにして銃を一夏に突きつけながらクロエ達を見ている。
『やれやれ』といったように三人が足を止めた。そしてその中でリィスは――先程より更に嫌悪感を露わにしていた。
「おっと、困りましたねこれは。もしかして私達がこれ以上動くと織斑さんを撃ちますか?」
「……そうだよ。それ以上こっちにきたら、一夏を撃つ」
「それは大変です。 ――リィス、いいですよ」
クロエのその言葉の後、リィスの姿がシャルロットの視界から消えた。彼女は動揺した。が、"消えた"と認識した瞬間からの行動は早かった。安全装置を解除、そしてそのまま一夏へと突きつけた銃の引き金を――
「私ね、今すごく気分が悪いんだ」
瞬間。声が聞こえたと思ったら腕への痛みと同時にシャルロットの見ている世界が回った。いつのまにか自分の背面に居たリィスに腕を捻られ、構えていた拳銃を落とす。そしてそのまま――部屋の床へと叩きつけられた。彼女は見た、とても不機嫌そうで。今かもこちらを殺すのではないのかという程に冷たい、リィスの目を。
「……なんだろうね。一夏に銃を向けられてすごく嫌だった。君にも色々事情はあるみたいだけどね」
事情、という言葉に一夏は疑問した。それは男装のことやデュノア社から言われて自分のデータをとろうとしていたことなのかと。そんな疑問に答えるかのように、クロエと楯無が歩み寄ってきて、クロエが言葉を紡いだ。
「リィス、ちょっとやりすぎです。彼女の腕折れますよ、それ以上したら」
「――銃を向けたのは相手からだよ」
「不機嫌なのはわかりますが落ち着いて下さい、お願いですからその『やっぱりすげぇよリィスは!』みたいなことやめてください」
「ラウラだったら『流お姉』とか言いそうだねそれ」
「いいからもう離してあげてください」
クロエになだめられて渋々、といったようにシャルロットを解放するリィス。そして、解放してすぐに拳銃を回収する。
「では答え合わせと疑問の解決と行きましょうか」
「っ……僕を、どうするつもり?フランス本国に突き返す気?それとも、脅迫?」
「ですから言ったじゃないですか、答え合わせと。 まぁ強いて言うなら――会長、どうぞ」
そこで楯無は再び扇子を広げて『待ってました!』という文字をシャルロットに見せながら言う
「答えから言うと"どちらでもない"わ。というより……私は貴女の味方よ?シャルロットちゃん」
◆ ◆ ◆
リィス達三人が一夏とシャルルの所に現れて暫く。一夏とシャルロットはといえば、寮のテーブルに座らされており、三人は立った状態でその前に立つ。そして、リィスと一夏といえば目を合わせることすらしない。リィスはそっぽを向いており、一夏は気まずそうに視線をそらしている。更に言うなら、最初の突入でのリィスの行動が効いたのか、シャルロットもリィスとは目を合わせそうとしなかった。
そんな中、最初に口を開いたのは楯無だった。
「シャルル・デュノア、いいえ、正確には"貴女はシャルロット・デュノア"ね?」
「……はい、そうです」
「単刀直入に聞くけど、"弟"さんの名前を名乗ったのは貴女の父親の指示ね?」
弟、という言葉に対して一夏は思わず驚きの声をあげる。それを気にしないように楯無は続ける。
「リィスちゃんから相談受けた時は驚いたわ。けど……もっと驚いたのはその後。話された事情でなーんか色々おかしいと思って、うちでも色々調べてみたのよ。そしたら――なんか変な噂、掴んじゃったのよね」
この噂、というのはセシリアも掴んでいたものである。そして……セシリアは事情を知らなかったためそれは関係ないものだと判断していた。
だが、しかし。この噂こそが全てに対するファクターだったのだ。
「"デュノア社が第三世代ISを完成させた"。こんな噂よ。何も知らなかったら気にしないわね?フランスは既にイグニッション・プランからは除名、そしてデュノア社は経営危機状態でそれどころじゃないんだから」
「ッ……」
「けど、おかしいわよね?なら貴女をIS学園に送り込む必要がない。ましてや二人目の男性操縦者として男装させてまで一夏君に近づく理由がない。じゃあ、なんで? って疑問したの」
フランスとデュノア社の根本的な理由は第三世代型の開発とイグニッション・プランにある。もしそれが事実なら、問題は解決されていることになる。ならば第三世代ISをシャルロットか誰かに持たせて女性としてIS学園に入学させたほうがメリットはある。
にも関わらず、"わざわざ男装させた"。それも、とんでもなく杜撰な。書類も楯無が確認すれば完璧な偽造ではなく、穴がある。それはまるで準備もなしに準備したかのような、そんなものだ。
「つまり、もしその噂が本当で今こうしているのは……別の理由。ねぇシャルロットちゃん」
「なん、ですか……?」
「なんでさっき脅されると思ったの?」
楯無のその言葉。それによってシャルロットは目をそらしてしまった。そして、それはあることに対する肯定だ。一夏はどういうことかわからない、というようにしている。そしてそんな一夏に対して楯無はわかりやすく説明を始める。
「一夏君、私が誰か知ってるわよね?」
「は、はい。二年生の更識楯無生徒会長……ですよね?」
「うわやっだ私一夏くんに名前覚えられてた!凄い嬉しい! お願いリィスちゃんその目で殺すような視線やめて。クロエちゃんもドン引きするのやめて、傷つくから」
コホン、と咳払いをして続ける。
「私は更識楯無。一夏君、生徒会長が意味するのは何?」
「それは――学園最強、ですか?」
「そうよ、大正解。悪いけど、私の名前を知らない生徒なんて学園には居ないわ。そしてこのシャルロットちゃもそれは理解している筈」
更識楯無。その名前を知らない生徒はIS学園には居ない。学園最強の異名持ちであり、ロシアの代表操縦者。そして――
「じゃあ一夏君。"生徒会長の役割は?"」
「それは、学園最強であり続け、有事の際には学園と生徒を護る―― あっ」
そこで楯無は『満点!』と書かれた扇子を一夏に見せる。そして一夏もまた、その意味が理解できた。
「"脅す必要がない。というより脅すわけがない"のよ。私は学園の味方であり生徒の味方よ?それはつまり、"貴女の味方"ということ ――シャルロットちゃん。貴女、誰に脅されてるの?」
その言葉に対してシャルロットは、迷いという返答を返した。
無言ではあるが、視線は楯無を見ており、その挙動も安定していない。
「クロエちゃん、バトンタッチ」
「はいはいクロエです。シャルロットさん、貴女の行動や存在には色々おかしいところがありました。一番不審だったのは、杜撰過ぎる男装でした。正直、転校初日から女性だということはわかってたんですよ。でも、その理由がわからなかった」
クロエは投影ディスプレイとキーボードを操作すると次々にウィンドウを作成し、それを室内の空中に展開した。そこにあるのは、デュノア社のデータだ。取引内容から動向まで、細かく分析されたデータ。
「私達も貴女についてや会社については調べました。でも、何も出てこなかった。 ……ですが、貴女のその杜撰な男装とある情報のお陰で掴みましたよ。事の真相を」
最後に。クロエが投影したデータでシャルロットは明らかな動揺を見せた。そこには――"シャルル・デュノア"について報告書と書かれていた。
「シャルル・デュノア。デュノア社の社長であるアルベルト・デュノアとその本妻、シャーリィ・デュノアの間に生まれた実子。ですが数年前、貴方で言う所のお母様が亡くなった年に死亡している。死因は――あえて伏せます。これはちょっと、酷すぎます」
「なんで――」
そこでシャルロットは初めて行動を見せた。それは――怒り、怒りであり慟哭だ。
「なんであの子の事を知ってるのッ!」
「ちょっとした協力者が居ましてね。幾ら隠蔽して誤魔化しても"社内での情報は隠しきれませんよね"? なーんでこれだけ完璧に隠せたのかはわかりませんが……貴方、恐らくこの関係のことで脅されてましたね?」
「ッ……」
「図星ですね。実はとある知り合いの情報では、デュノアの評判は最悪最低なんです。拉致に薬物、人体実験なんてやってるって聞きましたが……ぶっちゃけこれ本当ですか?」
「違うッ!お父さんはそんなこと――」
そこでシャルロットは気がつく。自分が釣られたことに。
急いで口を閉ざすがもう遅い。クロエは『なるほど』と言って続けた。
「今この部屋、ある種の隔離空間なんで大丈夫ですよ? ……つまりこういうことですよね。噂は本当だけど"やっているのは違う人間"。そして貴女はその人物に脅されていた」
一夏は息を呑んだ。クロエがここまで話せば一夏でも理解はできたのだ。そしてシャルロットはといえば――暫く項垂れ、震えていたが息を吸い、そして。
「……全部、話すよ」
観念した。
「シャルルは、ある実験の犠牲になったんだ。それのせいで……死んだ。デュノア社、正確には開発陣の一部は――禁忌に手を出したんだよ」
「その禁忌とは?」
「人の意思をコントロールする実験。僕やお父さんはこれをこう呼んでた ――脳変性接続(マインド・ディネイチャー)って」
脳変性接続。つまり、人の意識そのものを変化させる研究。
人の脳とは、即ちその人間の存在をも表す。そのことから、脳については昔から議論が続けられていた。シャルロットが言ったのはつまりこの脳を人の意志でコントールし、変化させるという研究である。これは、ある種の到達点であると同時に悪魔の所業でもあった。
「……脳変性接続。この研究によって、デュノア社は"男性操縦者"を生み出そうとした」
「そんなことが可能なの!?」
驚き、言葉を上げた楯無に対してシャルロットはどちらでもない、というように首を振った。
「僕が知る限り、不可能です。 ……シャルルはその脳変性接続の実験の被験体になって死にました。それがあの日の、お母さんが殺された日です」
「殺されたというのは?」
「詳しくは僕にもわからないんです。公式には病死で、実際僕もそうだと思ってました。だけど……遺書があったんです。その遺書の内容は、シャルルの死亡原因である研究についての存在が書かれていて、お父さんとシャーリィさんはそれに関与していない、と」
「会社のトップに黙っての研究とは……思い切ったことをしますね」
「それからです、お父さんが狂ったようにISの研究をするようになったのは。その後のことは一夏に話した通りです」
つまり、まとめるとこうだ。
シャルロットの母親が亡くなった日に、シャルル・デュノアも死亡。そしてそのどちらに対しても人的要素が関与していた。シャルロットの母親については病死に見せかけた殺人。シャルルは研究の被験体となって結果死亡。その後、デュノア社長が狂ったようにIS開発をするようになって、その過程でシャルロットのIS適性が判明。候補生となり、今に至る。
「でも、それだと脅されていたっていうのが説明つかないわね」
「本題はここからです。デュノア社の一部の行き過ぎた研究……脳変性接続。これについて、どうやって知ったのかは知りませんが知る人物が現れたんです」
「その人物とは?」
「……僕も、盗み聞きみたいな形でお父さんとの会話を聞いただけなのでわかりません。でも、相手はこう名乗ってました ――ファントム、と」
その言葉に対して反応する存在が居た。リィスとクロエだ。ファントム。それは直訳すれば亡霊や幽霊、影という意味である。そして――
「亡国機業」
先程までの不機嫌な眼ではなく、殺意と敵意が篭った眼でリィスが呟いた。
「……なるほど、そういうことですか」
「とんでもない面倒事みたいね、これは」
クロエに続き楯無も、軽口を叩いているが深刻そうな口ぶりで言った。その中で一夏だけが何のことかわからない、という表情をしていた。
そんな中、リィスはため息の後、
「――デュノアさん。真面目な話をしよう」
「な、何かな」
「何でそんなに怖がってるのかな君は。 ……シャルルさんは脳変性接続の被験体に選ばれた。もしそれに何かの理由があるとすれば、全部推測ができる」
「推測?」
「"もしかしたら次の被検体は君だったのかもしれない"ということだよ。もしそう考えるなら、あの杜撰な男装も、穴だらけの書類も、無理矢理二人目の男性操縦者と公表したのも予想ができる。 君を、護るためだ」
もしもシャルル・デュノアが被検体に選ばれたことについて何らかの理由があるとすれば。そして、彼女の母親が殺害されたことがそれに関係しているとすれば。あくまで可能性の話ではあるが、次の被検体は彼女だったのかもしれない。
男性操縦者を作り出すために、最初は男性であるシャルル・デュノアを被験体とした。そして、ISを両性で使用可能にすることを目的として女性の被検体を欲していたとしたら? 最もシャルル・デュノアの被験体データと比較しやすく、またやりやすいのはデュノア関係者。
つまり、シャルロットである。
それをもし、デュノア社長がが知っていたとすれば?そして、本当に社長が彼女を大切にしていたとすれば?護るだろう。どんな手段を使ってでも。"研究者や亡国機業でも簡単には手を出せない方法で"。一夏のデータ採取も、白式のデータについても。全てが男装を誤魔化すための建前。
無理矢理な方法で二人目の男性操縦者をでっちあげ、それを世界に公表すればどうなるか?間違いなく世界の注目は彼女……いや、"彼"に向くだろう。
「――そんな。じゃあ、お父さんは ッ!?お父さんが危ない!」
もし、その全てをデュノア社社長が独断でやっていたとしたら?……その結末は、予測がついていた。だからこそ、既にクロエは手を打っていた。
『マドカだ。聞こえるか』
部屋の中。突然通信ウィンドウが展開された。その中に居たのはマドカだ。ISスーツ姿で、右手にはアサルトライフル。室内にいる彼女の映像が映し出された。そんな彼女に対して言葉を投げたのはクロエだ。
「どうでしたか、マドカ」
『――キツいかもしれないが、映像を送る』
送られてきた映像。それを見て全員が言葉を失った。そして……シャルロットだけが、言葉にならない声をあげていた。
『見ての惨状だ。施設内部の研究者は全員死亡している』
送られてきた映像。そこには ――頭のない遺体と、下半身が存在していない遺体が存在した。
"同じだった"。あの日の、裏で起こっていた事件と。
――それは、影と真相への 答えへの道標
そんなこんなで第23話 シャルロット・デュノア をお送りしました。とうとうシャルロット捕まる、でも楯無が出てきて保護宣言と諸々の回答開始回。ぜってぇに許さねぇぞ亡国機業。
シャルロットに捕食されかけてるのを見て不機嫌オーラ全開のリィス。本人はなんでそんな気持ち抱くのかをわかってるのかわかってないのか。
何はともあれ影が見えてきましたよ、と。
結局まだまだバタついてて更新は不安定に。ダンボールって便利であったかいんだなぁと、そんなことを考えながらの作者のあとがき。
感想などお待ちしております。