IS -Rachedämonin Silber-   作:名無し猫

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――往こう。抗いの先を知りに


引越し前のせめてもの連続更新。


抗いの選択者

 夜。とても静かな夜。既に6月後半で季節は既に夏が近く、初夏と言っていいくらいの気候。

 

 IS学園は人工島である。周囲は海に面しており、屋上からは夜の街が放つ光や、その光に照らされる海がよく見えた。

 

 学園の屋上。正確には職員棟屋上に彼は存在した。

 

「…はぁ」

 

 ため息。それは、最近の自分に対するものだ。

 リィスと喧嘩して、日課や訓練にまで支障を出して。

 色んな人に心配かけて、どうしようもなく調子が悪い。

 

「"君に何がわかるんだ"…か」

 

 最近ずっと考えているのは、リィスのことだった。あの時はあんな強気に返答したが、自分は彼女のことについて何も知らないのだ。

 

 ただ…少しの間同じ部屋に居て、話して。それだけの関係。そんな相手のことを全て理解しているのかと聞かれればNOだ。そんな関係をおかしくしてしまった出来事に心当たりはある。あの対抗戦での事件だ。

 

 無機質な言葉、感情のない目、慈悲すら一切ない…あの態度。

 響く銃声と、躊躇いなく引き金を引く彼女。

 人を殺そうとしているのに一切の迷いがなかった。

 

 あの日、己が見たものをすべて信じたくなかった。否定したかった。

 

 "あれはリィスではない"と。思いたかった。

 

 自分が知る彼女は、あんなに…冷たく、無慈悲ではなかった。よく笑って、人をからかうのが好きで、いつも苦労人のような役回りにため息をつきながらもこなしている、そんな少女。あの日、あの出来事で理解した。"自分は何も理解していなかった"と。

 

 思えば、一度もリィスは弱音を吐いたことがなかった。正確には、"人前で"だが。たった一度だけ聞いたことがあった…リィスの、弱音を。

 

 

 『パパ、ママ…ごめん…なさい』

 

 

 とても弱くて、辛そうで。そんな言葉を一度だけ聞いた。今まで見てきた彼女でそんな言葉も声も聞いたことがなくて…驚いた。

 

 思う。きっと自分は"護られていた"のだと。

 

 自分一人の力なんて言うのはとても無力なもので、何かに護られなきゃ何もできなかった。姉、政府、学園…リィス。そんな存在にただ護られている自分に対して腹が立った。無力だと、そう実感させられた。

 

 だからなのか、あんな言葉が出たのは。

 

 全部自分でやって、一人で傷ついて、何かを護ろうとしてるように見えて。一人でそんな"強がり"をしているリィスが嫌だった。けど実際は…自分にそんなこと言う資格なんて無かったんだ。"自分は護られている立場なんだから"。

 

 そう、"られている"という考え方をちゃんと認識していなかった自分にはわかるわけなかった。言う資格もなかった。安全な立場からただ言葉を並べているだけ。そんな口だけだったのだから。

 

 ――"君はそのまま護られていればいい"

 

 あの時のリィスの言葉。あの言葉だけは許せないと思った。自分にあの日…初めて会った日にあんな質問をしたお前がそれを言うのか、と。

 

 だが…冷静になってみれば、最低なのは自分だった。対抗戦の日、間違いなく自分は護られているだけの存在だったのだ。抗いたいと、貫き通したいと願ってもそうするだけの力がなければ…それはただの願望だ。

 

 もっと言うべき言葉があったんじやないのか。

 もっとうまくやる方法はあったんじゃないか。

 

 …そう、思えて仕方がなかった。

 

 自分が知らないリィスが居た。無慈悲で、無感情の彼女が。

 自分が知らないリィスが居た。とても弱々しくて、辛そうな声を出していた彼女が。

 

 わからなくなっていた。自分の彼女に対する感情が。ただ…知りたいと思った。あいつのことを。放っておけなかった、例え自分にその資格がなくても、自分を追い込んでいくあいつを。

 

 今後、リィスとの関係をどうしたらいいのか。それを迷っていた時だ

 

 

「こんな時間にこんな場所で夜遊びか青少年。 …一人で黄昏て、まるで中年のおっさんのようだぞ」

 

 ふと。振り返ればそこにはよく知る姿があった。

 

「織斑先「今は勤務時間外だ。いつも通りでいい」…千冬姉」

 

 スーツ姿。手には二本の缶コーヒーを持っており、千冬はそのうち一本を一夏に対して投げた。

 

「まだ就寝時間前とはいえ、寮から離れたこんな場所にいるとはな …更識から聞いた時は、少し驚いたぞ」

「へ?最後の方なんて言ったんだ千冬姉」

「気にするな。それより…こんな所で一人でどうした。まさかそこのフェンスから飛び降り自殺でもなんて考えてなかったろうな」

「少なくとも俺はまだ生きていたいよ。 ちょっと、考え事というか…一人になりたかった、というか…」

 

 千冬はそれに対して『ふむ』と呟いて、

 

「女か」

「んなっ!?」

「しかも誰のことか当ててやろうか。 ――リィスだろう」

 

 その通りだった。しかしどうしてわかったのか、自分の姉は世界最強であると同時にエスパーでもあるのか。

 

「で、どうなんだ」

「…まぁ、うん。  なぁ千冬姉、リィスと知り合い――なんだよな?」

 

 思い出したのは、学園に来てすぐのリィスの言葉。かつて千冬に色々教えてもらっていたという言葉だ。つまり、自分の姉とリィスは知り合いだったということになる。なら…何か、知ってるんじゃないかと思った。

 

「…誰から聞いた」

「学園来てすぐの時に、本人からだけど…。昔、千冬姉がドイツに来たことがあってそれでその時に知り合った、って」

 

 勿論これは嘘。実際には、千冬とリィスは知り合いではあるが…師弟関係であると同時に、過去に殺し合った関係でもある。それを一夏は知るわけもなく。また、千冬もそれを話すつもりは毛頭なかった。一夏の返した言葉に対して千冬は『まぁな』と呟いて肯定として、首を縦に振った。

 

「…あいつのこと、教えてくれないか」

「一夏、お前の今の発言は…土足で他人の心を荒らしているのを理解しているか?」

「――え?」

「他人に対して、別の他人について教えてくれというのは…人の心に勝手に踏み入ることと同義だ。もし、知りたいと望むなら…知りに行け」

 

 言われ、その通りだと気がつく。また自分はやってしまうところだったのか。と、己への嫌悪感が湧いた。しかし、知りに行けと言われてもその方法がわからない。どうすれば、リィスについて知ることが出来るのかが、わからなかった。

 

「まぁ、いい。そういう過ちは若さゆえの特権だ、悩め」

「なんだよ千冬姉、まるで自分が年取ったみたいに――いてぇっ!」

 

 バシン!という音が頭から響いた。打撃されたのは一夏であり、千冬の手にはどこからともなく取り出した出席簿が存在した。痛みと衝撃から目覚め、顔を上げれば…そこには、ジト目の姉が存在していた。

 

「私はまだ二十代だ。次に同じようなことを言ったら…そうだな、実家のお前の部屋にあるあのノートを一組に投げ込むぞ」

「なッ…!ひ、ひどすぎるぞ千冬姉!あれを他人に…それも一組に公開されたら俺は生きる道がなくなっちまう!」

「なんだったか…"闇夜ヲ切リ裂ク光ノ翼"だったか、そういえばよくわからない絵なんかも――」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

 悶え、そして声は震えながら懇願するように言う一夏を見て千冬は『気をつけろよ』と言葉を放ち、

 

「…どこまで知っている」

「え?」

「あいつについて、どこまで知っている」

 

 聞かれ、一夏は答えた。対抗戦でのことを。自分が見たものを。そして、自分と喧嘩をした時のリィスについて。そこまで聞いた千冬は一切何も反応しなかったが……あの寝言、彼女が一度だけ吐いた弱音について一夏は話す。

 

 己の姉ならもしかしてと思っての行動だった。そして、それを聞いた千冬は目を伏せて、言葉を紡いだ。

 

「…そうか、"やはりな"。 一夏、あいつのことをどう思っている」

「どうって、何が」

「リィスのことを、一人の女としてどう思っているかということだ」

 

 沈黙した。

 

 織斑一夏は鈍感な人間ではない。小学生の頃に知り合って再会した箒からの好意にも、中学時代に鈴から好意を持たれていたことも知っていた。だが、そのどれもが一夏にとっては"恋愛"に結びつくものではなかった。

 

 箒に対しての感情は、恋愛ではないと理解していた。これは、幼馴染に対する感情だと。

 

 鈴に対しての感情も、恋愛ではないと理解していた。親友と思ったからこそ、その想いに対して決着を付けた。

 

 では、リィスはどうなのか。そう考えた場合――答えはすぐに出なかった。"わからない"、そんな思いが…一夏を支配していた。

 

「わからない、と思う。あいつの傷つく所を見て、一人でなんとかしようとするのを見て、腹が立った。とても嫌だった。"護られてる"って感じて、とても嫌だった」

「…なるほど。一夏、お前とリィスは真逆だな」

 

 放たれたその言葉。その言葉に一夏は目を見開いた。

 

 ――『私と君は、真逆だ』

 

 あの時。リィスが震える声で言った言葉をよく覚えている。その意味がわからなくて、ただ迷い続けた。が、今それと同じ言葉を姉は言ったのだ。

 

「真逆だよ、お前とリィスは。一夏、お前は…護られている。護られて、その中で"誰かに頼る"事を知っている。それは、お前が弱くて自分の力量を理解して弁えているからだ」

 

 そして、と続けて

 

「リィスはその逆だ。一人でなんでも出来る。だが"誰かに頼る"ことを知らない。そして…そんな中で更に自分を犠牲にしようとする。身を削ってでも"強くなろうとして"な」

 

 それが、恐らく止めになった。

 真逆という意味の答え。見えなかった何かが、見えたからだ。

 

「簡単に言ってやろう。本当の意味で心を開いてないんだよ、あいつは。そして一夏、お前は開いている。その差は"頼る"ということだ。」

「心を、開いてない?」

「そうだ。心を開かない、ということは"信用していない"とも取れる。その心の根本で、お前とあいつは真逆だ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、心の中の何かが晴れた気がした。同時に、湧く感情があった。怒りだ。どうして信じてくれなかったんだ、そんなに自分は弱かったのか、という感情が。

 

 理解する。自分がリィスに求めていたのは"頼って欲しい"という感情だったのだと。一度も弱音を吐かなかったのは、一度も欲張らなかったのは、一度も此方の言葉を見てくれなかったのは、

 

 

――全部、信用されてなかったからだ。

 

 

 ああ、そうかと理解する。

 真逆の意味が、自分のこの違和感が、この気持ちが。

 

「もう一度聞くぞ一夏、あいつを…リィスをどう想っている」

 

 雲は晴れた。答えも見つかった。

 

「――リィスなんて、大嫌いだよ。何もかも"ひとりぼっち"で片付けようとしてさ、そんなに俺って信用無かったかよ。不甲斐なかったかよ」

 

 一夏は、"頼られたかった" だが、頼られたかった本人から向けられたのは"護られる"という行動だった。

 

 リィスは、"頼りたかった" だが、そもそもそれがどういうことなのかわからなかったと同時に、関わることで他人が傷つくことを恐れた。

 

 故に、真逆。その根本は真逆であり、"一夏は信用されていなかった"。

 そしてリィスもまた、根本では"頼りたいのに頼れなかった"のだ。

 

 弱みを見せなかったのも、弱音を吐かなかったのも、全部一人でやろうとしたのも。全ては心を閉ざし、根本でリィスが一夏を信用していなかったからだ。

 

 だからこそ一夏は、決める。

 抗いの、答えを。

 

「…よく言うぜ、リィスも。不甲斐ないのはどっちだよッ!信用されてなくて、頼られなくて、不甲斐ないのは俺だろう!」

 

 腹が立った。あの言葉は…あの『不甲斐なくて申し訳なかった』という言葉は、自分を擁護するものだ。同時に、自分を追い詰める言葉でもあった。ああそうか、己はあの少女に…頼って欲しいのだ。信じてほしいのだ。心を開いてほしいのだ。

 

 思い出すのは、あの日の言葉。”カラスと書き物机が似ているのはなぜ?”という言葉。――その答えとして、抗うことを己は望んだ。では、彼女は?"彼女はどんな答えを出した"?

 

 まだ聞いていないと思った。ずるい、とも。

 だからこそ、確かめようと。どんな答えを出したのか確かめようと思った。

 

 

「"自分を、可能性を殺したリィスなんて嫌いだ"。 …千冬姉、決めたよ、俺は」

「ほう?何をだ」

「俺、行くよ。あいつに抗って、答えを知りに。 本当はどう思ってるのか、それを確かにめに。後悔とか挫折とか、そういうのはそれを知ってからでいいと思ったから」

 

 息を吸う。そして、形にする。

 

「"何がわかるんだ"そう言うなら、知りに行くさ。拒絶するなら、もう一度、何度でも知りに行ってやる」

 

 もし理由を聞かれれば、こう答えるだろう。『真逆だったから』と。

 だからこそ意識したのだと。だからこそ、共にありたいと願ったのだと。

 

 だからこそ、抗いたいと望み。彼女に"抗って欲しい"と、そう思った。

 

 告げる。わからず屋で、ひとりぼっちの少女に対しての――答えを

 

 

「俺、告るわ千冬姉。 …あのわからず屋に、頼らせてやる」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ただいまー、って…シャルル?いないのかー?」

 

 屋上での一件。自分に対しての答えと今後について答えを出した俺は寮の部屋に戻っていた。ふと、1023号室の前を通る時に足を止めそうになったが――やめた。きっとまだだと、そう思ったから。

 

 時間を見れば既に消灯時間が近い。それに気がついたのは千冬姉だった。

 

 

『"よい答えを"、青少年。だがもう時間が危ないな?粛清準備でもしておこうか』

 

 

 そんな言葉を受けて猛ダッシュ。流石に粛清は受けたくない。そして、急いで戻り寮の扉を開く。が…そこには居るはずのルームメイトの姿がない。

 

(おかしいな、出かけてるのか…? って、ん?)

 

 部屋に入り、見渡すがベッドや机周辺にシャルルの姿はない。が…音が聞こえた。水の、流れるような音だ。

 

「なんだ、シャワーか。って…そういえば、ボティーソープ切れてたんじゃないか?」

 

 そう思い、備品が置いてある棚からボディーソープ『泡嬢』を取り出す。ネーミングセンスで購入を戸惑ったが、聞くところによるととても評判が良いんだとか。セールス文句は『清潔という極上の快楽と満足をアナタへ』。色々アウトだと思う。相変わらず風呂場からはシャワーの音が聞こえる。しかし……どうしたものか。

 

 流石に男同士とは言え、いきなり風呂場に入る訳にもいかない。そんな趣味もなければ性癖もない。普通に考えれば、もしこのまま『シャルルー、ボディーソープー』なんて言って風呂場に突入なんてすれば勘違いされる可能性は大きい。

 

 一声かけて置いておくか、そう考えて、俺はシャワールームの扉へと声をかけようとして、

 

 

 ガチャ

 

 

 ガチャ、という扉が開く音がした。それは近くからのもので、水音が大きくなったことからシャワールームの扉だと理解する。なんだ、丁度取りに来たのか。そう思って俺はボディソープのボトルを持ったまま、扉の方向を向くと――

 

「い、いち……か……?」

「へ?」

 

 脳の思考が停止した。そして恐らく、俺の身体も時間が停止したように固まっていただろう。声がした、間違いなくシャルルのものだ。目前に居るのは、金色の髪に紫の瞳。間違いなく、シャルル・デュノアだと理解する。

 

「な、なんでここに?帰りまだ遅くなるとか言ってなかった?」

「い、いや……修羅に急かされたというかなんというか――」

 

 だが、決定的に違うことがある。目前に居るのは少年ではなく少女なのだ。胸があり、男性独特の特徴がない。ま、まさか――

 

「シャルル、お前……男性と女性が入れ替わるのか?」

「そんな訳ないよ!?なんで一夏はそういうアッパーな思考するかなぁ!?  ……って、きゃあッ!」

 

 鋭いツッコミの言葉の後。悲鳴をあげてシャルルがシャワールームに逃げ込んだ。いや、その判断はありがたい。というか俺も男なので、色々不味かった。何がとは言わないけど。

 

 とにかく、今は――当初の目的をとりあえず果たそう。

 

「ボ、ボディソープ……ここに置いておくから。あ、後……その、悪い!」

 

 それだけ叫ぶように言って、ボディーソープを置くと脱衣所から出た。

訳がわからない、そう思う。というか、今日は変なことばかり起こるのか。

 

 リィスに告ろうと決めて、知りに行こうと思って。

 それで、どうすればいいかって考えようと思ったら――これだ。

 

 ということは、シャルルは女の子で男装していた?でも、何で?

 

 思考して、考え、思い当たる。そして思い出す、"自分がどういう存在なのか"を。

 

(狙いは、俺か……?)

 

 とてつもない面倒事に巻き込まれた気がする。

 

    ◆     ◆     ◆

 

 気まずい、そう感じてしまうのはきっと間違いではないだろう。

 

 先程のシャワーの後、シャルルはぎこちない動作で脱衣所から現れて、俺が今腰掛けているベッドの隣。いつもシャルルが使っているベッドに腰掛けた。そのままずっと沈黙状態だ。俺としても聞まずいという思いはあったし、どう言葉を投げていいのかわからない。

 

 時間を確認するためにチラリ、とベッドに存在しているデジタル時計を確認すると……この状態で1時間が経過していた。俺としてはまだ5分とか10分のつもりだったんだが、もしかして本当に思考している間は時間の流れが変化するとかそんな力があったりするのか。

 

 いや絶対にない。現実逃避はやめよう。さて――

 

「あー……茶でも飲むか?」

「お、お願いできるかな」

 

 彼……というより、彼女の肯定を確認して俺はそのまま立ち上がり台所へ。備え付けの電気ケトルでお湯を沸かして、いつも通り……リィスに淹れていた時と同じ手順で準備を進めていく。

 

 ふと、いつも使っている譲り受けた湯呑みが目に止まった。そういえば、喧嘩してから一度も使っていない。

 

 最も手近なところにあったのがそれだったからか、俺はそれに手を伸ばそうとしたが――やめた。これは、アイツの湯呑みだ。勝手に使うわけにもいかない。そう思って、手間ではあったが台所の収納扉。そこにある備え付けのマグタイプの湯呑みを手に取ると、お茶を淹れる。

 

「ほい、緑茶だ」

「あ、ありがとう――きゃっ!?」

 

 お茶が熱かったからか、それとも別の理由なのかはわからないが突然シャルルが手を引っ込めて、湯呑みを落としそうになる。慌ててそれを俺は受け止めたが――非常に熱い、できたてのお茶がそのままこぼれて手にかかってしまう。

 

「あつっ!」

「ご、ごめん!大丈夫?」

「あつつ……大丈夫、ちょっと熱かっただけだから。 ――それより、その」

「……?」

 

 言いにくい。慌てて湯呑みを左手で受け止めて、なんとか地面にぶちまけるという大惨事だけは避けたが――今度は別の問題が発生する。

 

 今のシャルル、彼女はスポーツジャージ姿。そして既にバレたから隠していないのか、その胸には女性特有のふくらみがある。それほど大きいわけではない、という印象を抱くのは失礼だろうが――その胸が、僅かに開かれているジャージのファスナー部分から見えてしまっている。更に言うなら、此方を心配するようにお茶がかかった俺の腕を心配そうに見ている。胸に抱き寄せて。

 

「離れてくれると、ありがたいんだが。 胸が、さ」

「ッ――!?」

 

 キャッチした湯呑みをそのまま受け取ると、一歩慌てて下がり身を隠すように身体を抱く。……こういうのをラッキースケベというのだろうか。リィスとはそういうことは一度もなかったし、こういった部屋トラブルは恐らく初めてだ。

 

「い、一夏のえっち……」

「そこはかとなく冤罪だと思うんだが。はぁ……それで、」

 

 本題を切り出す。要するに、男装とかの目的だ。

 

「男装していたのは、何でだ?」

「……実家から、そうしろって言われて」

「実家っていうのは……デュノア社か?あのIS量産機シェア世界第三位の」

「うん、あってるよ。そこの社長が僕のお父さんなんだ」

 

 そこから、話を聞かされた。自分が愛人の子供であること。経営危機に陥って、イグニッション・プランから除名されたこと。そして、その経営危機解決とデュノアの広告塔としての役割のため男装をさせられて……俺の白式と、世界ただ一人の男性操縦者のデータを盗もうとしたのだと。

 

 イグニッション・プランについては以前、訓練の時にセシリアに教えられていた。正式名称は欧州連合統合防衛計画。当初からトライアルで参加しているのはイギリス・ドイツ・イタリア・フランスの全部で4カ国。だが現在は、そのうちフランスが離脱。そしてドイツも離脱している。その二カ国の離脱理由は不明だったが……今ので理解した、フランスは除名されたのだと。

 

 このまま行くと、フランス。つまりデュノア社はISの開発権利や諸々の支援をカットされて会社として存亡が怪しくなる。故に、今回広告塔として、スパイとしてシャルルを送り込んだ。

 

「それ、親父さんに言われたのか?」

「うん、"命令"された。……すごく、辛かったよ」

 

 辛かった、とはどういうことだろうか。

 

 聞く限り、シャルルは愛人の子供で、父親であるデュノア社社長がまるで道具のように彼女を扱っている――そういうように取れたのだが。

 

「お父さんね、凄く忙しい人なんだ。でも……愛人の子供だからとかそういうのは気にしない人で、こっそりとよく僕とお母さんに会いに来てくれたんだ。誕生日には絶対会いに来てくれて、表面上誤魔化すためキツいことも言われたけど、すごく大事にしてくれた」

「……いい、親父さんだったのか?」

「うん。僕もお父さんが大好きだった。けどね……お母さんがいなくなってから、おかしくなっちゃったんだ。何かに取り憑かれたみたいにISの研究を続けて、それで――結構強引に僕を本社に連れてきて、適性検査とかを受けさせて。その結果適性が高いことがわかったからっていう理由で候補生にされてね、それからは、優しい面影なんてなくなって。本当の道具みたいに扱われた」

 

 正直、わからなかった。父親に命令されたと言っているが、話を聞く限り父親はいい人のようにも思える。

 

 違和感を感じる。"まるで親父さんは焦ったようにしている"ようにも聞こえた。それは、経営危機からか?それとも何か別の理由なのか――

 

 "それに、ただの広告塔というだけでは男装についてが説明がつかない"。

 

 もし、そんなことをしていたのが公になったら?一発で会社としてはおしまいだろう。そんな博打、それも無理を通すような博打に出たのは何故だ?

 

「でもね、一夏」

 

 思考という沼に嵌りそうになった時。俺はシャルルに呼び戻された。ふと、顔を上げれば目の前にシャルルが存在しており――そのまま俺はベッドへと押し倒された。

 

 『何をするんだ』、と拒絶の声をあげようとした。だが……それはできなかった。シャルルの目には涙が浮かんでいた。そして――その目には、色が存在していなかった。病的なまでの何か。強迫観念とも感じる何かを、俺は感じた。

 

「……一夏のデータと、白式のデータを持ち帰れば、きっとお父さんは元に戻ってくれるんだ」

「ッ!お前何言ってんだ!いいからそこをどけ!」

「"男装を絶対に続けろ"って言われてたけど、バレちゃったなら仕方ないよね? だから一夏、君にお願いがるんだ」

 

 嫌な予感がした。とてつもなく、恐らく本日最大級の嫌な予感だ。

 

「既成事実、って言葉があるよね。ねぇ一夏――僕を助けると思って、そうなってくれないかな?」

「お前何言って、」

 

「"甘えさせてくれないかな"?一夏」

 

 甘く、蕩けるような言葉で言われた。

 

 もし、俺が今の俺じゃなかったら、答えを決めてなかったら、きっと抗えなかったと思う。その言葉を聞いた瞬間、浮かんだのはアイツの姿だった。アイツはそんなこと一度も言わなかった、ずっと傷ついて、すべてのことに対して『ごめん』と言ってなんとかしようとした。一人で、たった一人で。

 

 これは、"甘え"じゃないと。"利用"だと……そう感じた俺の行動は、早かった。

 

「ふざけんなッ――くっ……」

 

 跳ね除けようとする。だが、その華奢な手から信じられないような力で抵抗されて、何故か身体に力が入らなくてそれはできなかった。ふざけるな、"それは甘えではない"。そんなものを俺は受け入れるつもりなんてない。

 

 そう考え、再び抗おうとした時。

 

 

 

「話は聞かせて貰いました!  やっと尻尾出しましたね泥棒猫。あ、リィス抑えて下さいね?なんで不機嫌なのかは予想がつきますが抑えてください」

 

 

 バンッ!と部屋の扉が開かれた。

 

 部屋には鍵がかかっていた筈だ。そしてここはIS学園、かなり厳重なセキュリティの鍵だった筈だ。にも関わらず、それが呆気なく開いた。そしてそこに存在したのは――『大成功!』と書かれた扇子を持つ更識楯無生徒会長と、何やらポーズをとるクロニクルさん。

 

 

 そして、

 

 

「……ッ」

「リィ、ス――」

 

 

 明らかに不機嫌なオーラを纏い。紅の瞳をジト目にしてこちらを睨む、リィスだった。

 




――抗いの先に、真逆の答えを求めて少年は往く

 そんなこんなで第22話 抗いの選択者 をお送りしました。一夏君覚悟を決める回。つまり『オメーのこと知りに行って、それで俺のこと信じさせてやるからな!後告る!』という感じ。二人の関係というのは実はかなり難産でした、その中で出した答えが対極。真逆。故に惹かれ合い惹かれたという結構複雑かもしれない答え。

 シャルロットの話は一部回答。展開の中に答えがあったりなかったり。ファザコンじゃないよ親孝行なだけだよ、ハニトラかと思ったらド直球でしたというオチ。実はこれには理由があったり。

 さて、彼は抗ってどう彼女に歩み寄るのかなぁとか、そんなことを考えながらの作者のあとがき。

 あ、活動報告でも少し書きましたが引越しやら身の回りの関係で若干更新停滞します。落ち着き次第再開予定、本当引越しは地獄のイベント。

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