IS -Rachedämonin Silber- 作:名無し猫
『とまぁ、こっちの情勢はそんな感じだ。 …嬢ちゃん、大丈夫か?』
画面の中。"イワン"と呼ばれるサングラスにスーツ姿。明らかにマフィアやその類の人間に見える男性は、通信相手である学園の女子寮1023号室に居るリィスに言った。イワンと通信をしているリィスの雰囲気は、本人以外が見れば明らかにおかしいと感じ取るほどに…どこか沈んでいた。
「…大丈夫です」
『そうは見えないがな。 …何だ、彼氏と喧嘩でもしたのか』
「私にはそういう人は居ませんよ」
『こりゃ重症だ… まぁ個人的な話はこれくらいにしよう。 ――頼まれていた事について報告させて貰いたい』
その言葉の後、リィスの通信ウィンドウの横に別のウィンドウが展開される。それは複数のデータグラフと、ある調査報告書。
題目は『デュノア社に関する調査報告書』だった。
『わかってると思うがオフレコだぞ?デュノア社だが、実は俺達も裏取引って形で商品を卸したことはある。つまり、この事実が何意味するかわかるな?』
「…デュノア社は武器や弾薬を会社として購入していた、ということですか」
『名目上は実験とか研究の為だが…IS関係の商品、それも"制御装置なし"のものを買ってる。だがこれはかなり前の取引データだな…嬢ちゃんが欲しいのは、最近のだろ?』
リィスが欲しいのは最近のデュノアについてだった。だが、オフレコとして今聞かされた話は非常に興味深いものでもある。"制御装置なし"のIS用品…これは、量産品装備に存在する安全装置を排除したものにあたる。
一般的なISは、アラスカ条約で軍事利用が禁止。そして生産される量産機体や装備品には競技用としての調整が施される。これが、制御付きと呼ばれるものだ。マドカやリィスなどのISには束の手が入っており、場合に応じてその制御が取り外せる。しかし、このような例外がない限り一般的に量産されている量産装備の制御装置は簡単には外せないようになっている。
もし、無理矢理制御装置を外すと自動的に信号が送信されて一発でバレる。だからこそ裏での取引がされるのだ。特殊な方法を用いるとは言え、この制御装置は外せるのだ。非常に高いコストと手間を必要とするが。その制御なしの装備について過去に取引があった。それを知れただけでもリィスにとっては収穫だった。
「はい。最近のデュノアについて、何か変わったこととかありませんか?」
『そりゃあ、ありまくりだぜ嬢ちゃん…』
「それ、どういう――」
画面の中。イワンが額に皺を寄せて、サングラス越しでも明らかにいいようには思っていない、という表情で言葉を続けた。
『詳しいことはさっきの報告書にも書いてあるが…そうさなぁ、これはサービスでちょっとした話をしてやろう』
「いつもサービスしてくれますよね、イワンさんは」
『お得意様で更に恩人だからな嬢ちゃんは。サービス精神溢れてるだろ? …まず結論から言うと、デュノア社はうちの界隈だと評判最悪なんだよ最近。なんでも、外道の道に堕ちたとか』
「何かをやった、ということですか?」
『証拠も確証もないただの噂だよ。誘拐をやったとか薬物実験を裏でやってるとか、人体実験に手を染めてるなんて話もあったな』
「ッ…!それって」
『恐らくクライアント、篠ノ之束が探してるものの可能性はあるかもしれない。なんせデュノアといえばISの量産機シェア世界三位。 …あくまで噂だよ』
制御なしの量産機装備、黒い噂。怪しさを疑うならこれ以上のものはないだろう。しかし、まだ足りなかった。疑う、というだけではだめだったのだ。それだけでは、リィスにとって彼女を疑うには足りなかった。
「クロちゃん、あのデータ…イワンさんに送れる?」
「いや送れますけど…リィス、かなりギリギリの橋ですよ? これ一応学園の機密情報なんですから」
「今更気にするのクロちゃんは。第一…"会長に許可は取ったよ"」
「うわぁ。ならいいですね、はいポチっとな」
送信されたのは、"学園側が保管するシャルル・デュノアのデータ"と、教室での写真。送信されたデータを画面の中で興味深げに目を通したイワンは『ふむ』と呟いて、
『…なるほどな。二人目の男性操縦者、ね。ニュースで見てはいたがそういうことだったのか。 デュノア社も思い切ったことをしたな』
通信先。そこでイワンが『ちょっと待ってろー』という言葉の後何かをゴソゴソと探し始めた。そして、戻って来たイワンの手にあったのは…古い、ボロボロのファイルだった。
『嬢ちゃん、知りたいのはもしかしてこのシャルルって子の情報か?』
「は、はい。そうですが――」
『これもまたサービスだ。それも…本当なら大金でも貰いところなんだが、どうにもきな臭いからタダでいい。嬢ちゃんのお陰でコネができたドイツ軍にもいい思いさせてもらってるからな』
イワンは情報通の男であり、武器商人である。故に商売の話には煩く妥協を許さない。そんな商売においては金の亡者とも言える男がそこまで言うものとは何か、リィスとクロエはそれが気になった。
『結論から言うぞ。このシャルルって子は確実に実在している。 …が、"シャルル・デュノア"という人間はもうこの世に存在してないんだよ』
そんな、とんでもないことをイワンは言った。
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「…で、何があったのよリィス」
「何がって、特に何もないよ鈴」
6月。既に中旬過ぎに入るのではないかという時期、私の部屋は鈴の部屋にある。土曜日ということもあり、他のメンバーも各々の休日を満喫している。
セシリア、マドカ、クロちゃんの三人は学園から少し離れたショッピングモール『レゾナンス』に。暴れながら逃げようとするマドカを拘束して私服で外出する姿を私は見ている。先程から"兎鯖"ではマドカからのSOSのような文章が飛んでいるがきっと気のせいだろう。
ラウラとはいえば、転校当日の一件がいい方向に転んだのか、クラスの友人と茶道部の見学に行った。『おいしいお茶が飲めるよ』という言葉に食いついて目を輝かせていたと、一緒にいるナギから連絡があった。そこには和服姿で目を輝かせながら和菓子を食すラウラの写真が。これ、クラリッサに送ったら喜びそうだなぁ。
「大アリでしょ。 …あの話、本当なんでしょ」
「私と一夏が喧嘩して、それで部屋移ったって話? 一部間違ってるけど…大体はあってるよ。事実」
…喧嘩、と言っていいんだろうかあれは。今思えばやってしまったとは思うけど、言いたいことを全部言えたのは良かったのかもしれない。
あれ以来、私は一夏と会話をしていない。学校で会っても話す気もなかったし、違和感も感じなくなった。これでよかったんだと思う。
「あの馬鹿、一体何やったのよ…」
そんな鈴の呟きが聞こえたけど、私は聞かなかったことにした。…個人的な事情もあるし。
「でも、丁度よかったのかもしれないね」
「部屋の移動?そういえば、あたしが押しかけた時もすんなりとOK出してたわよね。結局あの時は先生に却下されて粛清されたけど」
あの時。対抗戦の前に鈴が押しかけてきた際、私はそのまま手続きが問題なく進むなら部屋を移動してもいいと考えていた。結局あの時は先生が却下して無かったことになったけど…こんなことになるなら、あの時代わっておいたほうが良かったのかな。
「…で、あたしの部屋に来たのは」
「暇だったから。皆各々どっかいっちゃってて」
「さいで」
鈴の部屋の本棚。そこに存在する、分類上はライトノベルというカテゴリーの本。鈴イチオシの作者さんということで、その人が比較的昔に出されたという作品の第二巻に手を伸ばす。
この作品は1~7巻までで全14冊のへビィノベルと読者の間では呼ばれているらしい。日本にはたうんぺーじと呼ばれる住所録や、こうじえんという辞書があるそうだが、それを彷彿とさせる厚さ。
最初はその厚さを見て正直言って引いた。『これ、鈍器?』と思わず鈴に言うほどに。でも意外や意外、これがどうして、中々に面白い。曰く、どうやらこの作者の作品に魅せられ、中毒患者や末期患者と呼ばれる人種がいるらしいけど、それについてはよくわからない。
だが確かに、この面白さなら魅せられるのも仕方ないのかもしれない――うん、気がつけば1000ページ程度なら普通と思える。どこもおかしくは無い筈。読みきれなかったら鈴に借りよう。そして次はこの作者さんの新シリーズや他の作品も是非読んでみたい。おっと、こんなところに純度100%茶が。
「あぁー!それ…私が飲もうととっておいた純度100%茶…」
「ふぇ?あ…ごめん鈴。えっと、新しいの買ってくる?」
「いいわよ、こんなこともあろうかと箱買いしてあるからそっちの冷蔵庫にまだあるし。 …上の空になってるわよ、リィス」
"いつも通り"のつもりだったんだけど…そんなに、おかしいかな。
クラスメイトからも元気がないと言われた、私らしくないとも言われたし、今みたいにどこか抜けているとも言われる。おかしいな。一夏と別々の部屋になって、違和感も感じなくなって。 …それで、いつも通りだと思ったんだけど。
どうにも調子がおかしい。そう思いつつ私は、飲んでしまったペットボトルのお茶を引き続き口に運ぶ
「リィスってさ、一夏のこと好きなの?」
「ごほっごほっごほっ…な、なんて?」
咽た。思いっきり。下手したら鈴の本にお茶がかかっていたかもしれないが、今確認したらセーフ。
「いや、だからさ。一夏のこと好きなの? って」
「…どうなんだろう、あっ」
無意識…だったんだと思う。鈴のそんな質問に対して、以前のような否定ではなく"どうなんだろう"と返してしまった。けれど、私は一夏を好きという感情がない。故に、友人だと…喧嘩をするまでは思っていた。
鈴をみればとても悪い笑顔でニヤニヤしていた。そして満足気に頷きながら、ベッドの横にあるダンボールからお茶を取り出す
「"どうなんだろう"ね。ちゃんと聞いたわよ? そのお茶、無駄にしちゃったからこれあげるわ。特別よ?」
スッ、とテーブルの上に差し出されたのは『厳選葉純正100%茶』。まさか、こんな所でお目にかかれるなんて…。販売開始から数量限定で限定販売され、怒涛の速さで売り切れ。その存在の話を聞いた時には既に販売を終了しており、残念に思ったが――実在していたなんて。
「しかも緑茶タイプよ。まぁそれ飲みながらちょっと聞かせなさい ねぇリィス、あんたさ…人を好きになったこと、ある?」
…人を好きになったことなんていうのは、多分ない。
幸せだったあの頃、小学生の頃に誰かを好きになったことなんてのはなかったし、全部失ってからは…ただ、復讐だけを考えた。束さんに保護されてからもずっと、復讐と束さんやお義父さんへの恩返しだけを考えて、
――ただ、"強くなろうとした"。
「…ないと、思う」
「――でしょうね、あんた不器用そうだもの」
とても心外なことを言われた気がする。これでも、作業などをする際に器用さは自信があった。だから私はむっとしたようにして、言葉を――
「自分に、他人に、周囲に。そういうのに対して不器用よね、あんたは」
返せなかった。
「…リィス、対抗戦のこと少し話してもいい?」
「――聞かれても、答えられないよ」
「わかってるわ。そこの話じゃない。 私があんたに言ったこと…覚えてる?」
――あんたが傷ついたら、辛いじゃない
覚えている。だからこそ、私は強くなりたいと思った。
復讐のために、不甲斐ない自分のせいで心配されないために。
…だから、もっと自分を殺そうと思った。
甘さがあったからああなったんだ。油断があったから、情けがあったからああなったんだ。なら、そんなもの捨ててしまえ、と。少なくともあの3年間はそうしてきた筈なのに…それが、此処に来て緩んだ気がした。
「…不甲斐なかったとは思う、ごめん」
「あんたね――それ、一夏に同じこと言ったの?」
言った。喧嘩した時…対抗戦のことを聞かれて、全く同じ答えを返した。
「…言った」
「なるほど。そりゃ…一夏怒るわ、納得した」
鈴が私を見て、呆れたように溜息をついた。どういう…ことだろうか。
「あたしはね、あんたのこと友達だと思ってる。一組は愉快な生徒が多くて、正直あたしは羨ましいのよ。そんな…そんな楽しくて、愉快な友達が一人でも居なくなったり、怪我したりしたら寂しいじゃない。辛いじゃない」
「私は、"みんな"が無事なら、それでいいって思って――」
「その中に、あんたは居るの? "みんな"の中に、あんたはいるの?」
言い返せなかった。そう聞かれてしまったら、答えは決まっていた。その中に…きっと自分は居ない。一夏や鈴の手を汚すから、経歴に傷がつくから。でも、自分ならいいと思った。今まで、そうしてきたのだから。
「…あたしさ、一夏が好きだったのよ」
「――え?」
突然、鈴がそんなことを言った。
「でもね、フラれちゃった。 …一夏にとってあたしは『親友』なんだって。それ聞いた時は嬉しかったけど、悲しくもあったわ。きっと一夏には、別に好きな人とか、気になってる人が居るんだなって…そう感じた」
「…鈴、その」
「リィス。あんたはもっと誰かに甘える事を、頼ることを覚えなさい。そうね、試しにこのあたしに頼ったりすることからはじめてみなさいよ」
む、無茶苦茶だと思う。
それに、頼ったりと言っても――
「じ、じゃあ」
「ん?なになに?この鈴さんに任せなさい!」
「…このお茶、わけてくれないかな」
沈黙。
なんだろう、真面目な話をしていたつもりだったんだけど…この瞬間鈴が固まった。そしてフリーズすること数秒。いきなり鈴は『あー…うぅい?…あちょー!』などと言いながら頭を抱えて、よくわからない動きをした後再び席について
「に、二言はないわ!」
「声震えてるけど…。無理ならいいよ?」
「任せなさい!もっと頼っていいのよ!」
「いやだから声――うわぁ!」
次の瞬間。ビニール袋に複数詰められたペットボトル茶を渡される。えっと…本当に貰っていいんだろうか。
「貰わないと怒るわよ」
「ええっと…」
「本当に特別よ?それ…結構するんだから」
知っている。確か1本300円位したと思う。流石に後日何か返そう。鈴は『まぁ』と私に言って、
「人を頼るとか、好きになるとか…ちょっと考えてみなさい。今はわからなくてもゆっくり答え出せばいいわよ ――"わからない"。それに気がつけただけでも、いいじゃない」
「…その、ごめ」
『ごめん』と。そう言いそうになった。
だけど鈴は私に対して手を前に出して『違うでしよ』と言って
「"ありがとう"よ、リィス。…それからもっとあたしの部屋に来てもいいのよ? どうせ、一夏と喧嘩したのだって別の原因がまだあるんでしょ。中学の時も大体いつもあいつがやらかしてたんだから。時間がある時はきなさい、個室だから暇なのよ」
「…うん、ありがとう」
「いいのよ」
人を頼る、甘える、か。具体的にどうすればいいのかなんていうのは…まだ、よくわからない。
好きになる、という気持ちもどういったものなのかはわからなくて、一夏に対する感情がそれなのか、というのも…正直わからない。
けど、今日鈴といろいろ本音を話せてよかったと思う。…少なくとも、私はその"わからない"ということに気がつけたと思うから。
「鈴ってさ」
「ん?何よ」
「いいお嫁さんになりそうだよね」
『あんたが言うなぁ!』と鈍器のような小説で頭にツッコミを入れられた。な、なんで…理不尽じゃないかな…。
そう思って頭を擦っていると、コホン という咳払いが聞こえた。
「当然よ。あたしを誰だと思ってんの? 料理もできて気配りもできる頼れる存在。 凰 鈴音よ?」
――気づいたそれは、やがて"想い"へと変わる
そんなこんなで第20話 迷い路の導き手 をお送りしました。鈴ちゃん活躍回。想いや恋、そういったものがわからない相手に対して、経験して自分なりに答えを出した彼女がそれを解るように諭す、といったお話。正直、作者としては一夏とは多分こういう展開は無理だったんじゃないかなぁとか思ってます。
話の最初のアレは、ちょっとしたファクター。色々やらかします。
さて、その気持ちをどう形にして考えていくのかな。と、そんなことを考えながらの作者のあとがき。
感想などお待ちしております。