IS -Rachedämonin Silber- 作:名無し猫
その朝の私は、自分でも上の空だったと思う。ずっと考え事をしていて、朝クラスメイトに話しかけられも『ああ、うん…』とか『そうだね…』という言葉しか返していなかった。
考えるのは、先日のホテルでの話だ。
金色のIS…あいつが、この前の対抗戦の件に関わっている。ずっと追い続けてきた。あの日からずっと、ただあの金色のISだけを探して。そんな存在の、手がかりと言っていいのかははわからないけど…姿が少し見えたのだ。
やっと見つけた。そう思った。だけど…思ったのだ、"あの金色のISは何者なのか"と。
私が3年間、ずっと世界中を回っても何も見つからなかった。束さんが全力で探しても、今の今まで何もわからなかった。…協力者のイワンさん、会長、束さん、お義父さん。お義父さんの部下のエージェントの一部の人も協力してくれている。正直に行って、我ながらこの情報源は全て過剰といっていいほどのものなのだ。下手をすれば、大国を相手にもできるほどに。
なのに、何も出てこない。"まるでそこには存在していないみたいに"。
あの対抗戦は恐らく全て仕組まれたもの。それも、犯人の何もかもが計算の内だったんだろう。目的はわからない、なんで襲撃を掛けたのはわからないし…どうしてわざと勘繰られるようなことをしたのかも。
にも関わらず、手がかりはない。まるで――あの金色のISみたいだ。
世織計画。亡国機業。それに金色のISは関わっていると聞いて、歯車が噛み合った気がした。仮に。亡国機業と金色のISが何らかの関係性が存在していたとして、それは何?
「…デウス・エクス・マキナ」
「は?どうしたんだよリィス」
「――え? あ、ごめん。ちょっと考え事してて」
「…そっか」
朝のSHRの前。ちょっとした用事で私と一夏は用務員室に用事があり、顔を出していた。発端は今朝だ。『そういえばあの急須のお礼ちゃんと言ってない』と一夏が言い出して急遽顔を出しに行った。
轡木さんはほぼ一人で学園全体の用務をされているらしく、日中は忙しい。それはそうだ…一夏は知らないみたいだけど、あの人は学園長だ。用務に加えて学園の運営管理。本当頭も上がらないし色んな意味で怖いし。でも感謝もしている。
と、そんなお礼から教室に戻る途中。歩きながらに私は…独り言のように呟いてしまった。デウス・エクス・マキナ。機械仕掛けの神、絶対的存在、ご都合主義の神様。何もかもの因果関係を全て無視して解決する、絶対神。
機械の歯車が噛み合って動くように。対抗戦とあの金色のISは繋がっていたとしたら。きっと何か…もっと複雑で、暗い深淵なんじゃないかと思えて仕方なかった。
…いけない。
何をしてるんだろう。私は…一夏の前ではいつも通りでいると決めた筈だ。彼は、この件には関係がない。私がやっているのは下手をすれば命に関わることなのだ。そんなことに、彼を巻き込む訳にはいかない。私の目的に彼を関わらせるわけにはいけない。
一夏は優しい。努力家で優しくて、正義感が強い。
…嫌だった。彼を巻き込むのが。どうしてなのか、わからなかった。対抗戦の時私を見る一夏の目を見て感じた、あの違和感が。あの痛みが何なのか、わからなかった。
「一夏」
足を止める。まだSHRまでは多少時間があり、別にゆっくりでも問題はない。
「どうしたんだよ」
「この前は五反田君とか蘭さんと遊んだりしてたから、買い物あんまりできなかったでしょ」
「あー…そうだな、ってそうだよ――織斑先生に頼まれてたの、買い忘れてる。これは煩そうだなぁ…」
「それって緊急の物?」
「いや、そこまで急がない物だけど、」
「だったら…今度は私に付き合って貰っていいかな?」
…きっと、逃げだったんだろう。
亡国機業、世織計画、金色のIS。そのどれもが、関わろうとすれば命に関わることだ。それを知って尚、今後一夏に対してどうすればいいのか。みんなに対して、どうしたらいいのか。それに対しての答えが出せない…自分への逃げ。日常という、温かい日溜まりへの逃げ。
「今度でいいよ。私の買い物に付き合ってくれないかな?」
彼への違和感、感情。今までそんなことなんてなかったのに、ただ自分を殺してきたのに。
それができなくて…私は、逃げた。
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「転校生ねぇ…」
転校生。もし普通の学校であれば転校生が来るだとかそういう噂や話題が出れば盛り上がるだろう。
『男の子かな?女の子かな?』と妄想を膨らませる女子、『可愛い子がいいな、ちなみに俺のタイプは――』などとどうでもいい己の性癖を暴露する男子。そんな淡く苦い思い出を思い出して悶死しそうになった天の声がいるとかいないとか。
閑話休題。
残念ながら、ここは普通の学校でもなければ男なんて一夏しか居ないIS学園。更に言うなら転校生の噂が立っているのは一組である。
悲しきかな、この一組の生徒達の大半は既にある意味歴戦の戦士であり、よく訓練されている猛獣なのだ。つまり、どういうことかと言うと
――ここで教室内の風景を見てみよう
「転校生?そうなんだ。 ナギー、光パ主指定お任せでいい?」
「今更転校生が来ても…ねぇ? ああうん。指定ちょっと待って。って光パ完成してるの? うわぁ剣染…清香半端ない…」
「ナギも闇パ完成してるでしょ。私からすればそっちやりたいよー… あ、リィス整備データ後で出してね。定期メンテやるから」
転校生については知ってはいるものの全く興味のない清香とナギ。
「おりむーおりむー、珍しいお菓子手に入ったのー、あげるー」
「へぇ、変わったグミだな。なんて言うんだこれ?」
「えーっとねー…最近発売されたグミタイプ『俺の汗 塩味』」
平常運転だが、そもそも話題にすら出さない本音。尚、一夏はSHR前に関わらずはこの後全力ダッシュで自販機まで走った。
既にそんな転校生なんてイベントはこの一組の中では慣れてしまったことなのだ。特に5月後半でマドカが転校してきて、それがあまりにも衝撃的だったということもあり既にこの兵どもは並大抵のことでは動じなくなっている。
そんなクラスの中、比較的まだ常識人である専用機持ちと愉快な仲間達はといえば。
「ですからマドカさん、貴女はもっと服装に気を使ってですね…」
「何を言う、服装には気を遣っている。セシリア、衣料量販店とは素晴らしいな…あの価格で多くの機能的な服が揃っている」
「で・す・か・ら! もっとお洒落な服とか、お店とかに行ってください! 今のマドカさんは衣料量販店に踊らされてるだけの人形ですわよ!?」
「なっ…衣料量販店を侮辱するか! お前こそ、あんな高価で派手な服を大量に買って、それを私服として頻繁に使用するのか!? それこそ、コストの無駄遣いだとは思わないのか!?」
…こちらも順調に染まっているようだった。
色々おかしいいつも通りのクラスを見て苦笑いしながら、リィスとクロエはその風景を眺めていた。そんな中、クロエが小声で。更に言うなら周辺への盗聴防止までつけて言葉を紡いだ
「所でリィス、お話する案件が2つほど」
「…とてつもなく嫌な予感がするのはもういつものことかなぁ。 何、クロちゃん」
『失礼ですね、1つは真面目な話です』とむっとしながらクロエは言った。1つはとはどういうことだと思うが。
「束様が新しいISを制作されているそうです。 …現状の『白式』、『黒式』に並ぶ最後のISを」
「いいとも悪いとも言えないねそれ。 …というか、最後ってどういうこと」
「"現行で束様が制作れた規格外扱いのIS"ということらしいです。束様も制作は本意で無いそうですが」
「…だろうね。詳しいことはまた改めて聞くけど、何かモチーフとかあるの?」
気になった。一夏の白式とマドカの黒式。それは既に存在していたコアを使用したISであり黒式についても束が制作したものだ。
白式には展開装甲というものが武装に使われていて、一次移行でありながら零落白夜という単一仕様を持つ。そして黒式にもある欠陥があった。白式と…ある意味よく似た欠陥が。
安全性という面での意味もあるが、明らかにオーバースペックの機体性能を制御するという意味合いである程度の安全制御はされているが、それでも規格外。そんな規格外の二機、それに並ぶ最後の機体について、制作理由にリィスは心当たりがあった。故に、ふと気になったのだ。
「確か…錬金術らしいですよ」
「それって、黒化(ニグレド)・白化(アルベド)・赤化(ルベド)? なら、最後に来るのは赤だけど…その機体、誰が乗るの?」
「そこまではまだ。ただ…束様、かなり悩んでいました」
クロエのその答えに対してリィスは深刻な表情で『…そっか、わかったよ』と返して言葉を続ける。
「それで、もうひとつの話は」
「実はよくない噂が流れていまして… 話せば長くなるのですが…」
「できるだけまとめてお願いできるかなクロちゃん」
「今月末の学年別個人トーナメント。優勝したら織斑さんと同室になれるという噂が流れてまして」
「まーたその類…なんなら今すぐにでも代わる?というかクロちゃんと早く同室にしてくれって先生に、「問題はここからです、リィス」…どういうこと?」
リィスとしても、学校側都合といえどいつまでもも一夏と同じ部屋というのは不味いだろうとは考えていた。だからこそ、そんな噂が立つなら直接先生と話をすると考えたが、その言葉は途中で途切れた。
「それにあたって、色々関係が噂されてるリィスと一緒の部屋になれるという話がですね」
「どうしてそうなったの」
頭を抱えた。どんな理屈で考えればそうなるのか。仮に、噂が事実だったとして自分なんかと同室になっても特に何の意味もない――と、リィスは考えていたのだが
「いや、それがですね。実は1年生にはリィスのファンも多く、同好会があるくらいでして」
「あの話本当だったの!? いやまって、色々おかしい」
「主に一組の生徒が半数を占めているようですが。で、是非とも同じ部屋になりたいという人がたくさんいまして」
頭を抱えた。つまり、今もこの瞬間、飢えた野獣(クラスメイト)に見られているということだ。普段、普通に接して問題なく会話をしていたのにどうしてこうなった、羊の皮でもかぶっていたのか。
「…ドイツ帰っていい?」
「しょうがないにゃぁ… だめです」
「もう一週間くらい入院してきたい。はぁ…」
朝からストレスと疲れで心労が限界に来そうになって項垂れていると、丁度時間となり教室には千冬と真耶が現れる。そしてSHRが始まるやいなや、クラス全員が静まり返り真耶へと注目する。
「え、ええとですね…今日はなんと転校生を紹介します。しかも二人です!」
と、普通ならここで歓声とか驚きの声なんてものが上がるんだろうが一組生徒は表情をほぼ変えずに真耶への注目を続けている。
「え、えーとぉ…」
涙目になっている真耶を察したのか、クロエがクラスメイトにだけわかるように、スッとサインをして一言。
「せーの」
『えええええっ!?』
それと同時。教室内には『転校生だって!』『どんな子かな!』などという歓声が。それを見た真耶は涙目のまま
「お、お気遣いありがとうございます皆さん…。では、入ってきて下さい」
山田先生の合図で転校生が入ってくる。それまで転校生なんてどうでもいいと考えていた一組生徒達だったが…この後の出来事で、それは『やらせ』ではなく『驚愕』に変わることとなる。
「なん…だと…」
クラスの誰かか呟いた。転校してきた生徒。そのうち一人は――男子生徒だったのだから。
◆ ◆ ◆
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなこともあるかと思いますがよろしくお願いします」
『クロちゃん、マドカ』
その転校生が教室へと入り、自己紹介をした。そしてその後、皆に質問攻めされている間に通信を飛ばした。
最近、この身内限定の回線もリニューアルされた。より秘匿性を高めて、利便性を高めた…だったか。それが束さん制作、個人間秘匿回線通信サーバー、通称『兎鯖』。
今までは個人間秘匿回線で直接やり取りをしなければならなかった。更に、回線使用時にはハイパーセンサーを起動しなければならないという手間があった。それをより簡略化させ、第三世代のイメージ・インターフェースを利用・応用することで、日常生活の中で伝えたい言葉やデータのやり取りを簡略化させるというものがこれだ。
会話もチャット方式で表示され、ログも残る。そしてその会話は利用者にしか見えないチャットウィンドウとして展開できる。 …本当束さんは天才か。こっちの方面でもこれ、特許とか取れるんじゃないかな。
フリーチャンネルという場所は束さんに利用許可を数日前に貰ったので、今後の利用方法とかも考えよう。鈴とセシリアにも後日教える。
"【ルーム参加者 "通信兎" "エム" "栗鼠" 】
【通信兎】『はいはいクロエです。 あれ女ですよ、バレバレです変装舐めてるんですか』
【エム】『あれは女だな。…歩き方、体の振れ、それにあの胸。全てに違和感がありすぎる』
【通信兎】『マドカは胸あんまりないですもんね』
【エム】『黒式で今夜のおかずの材料にされたいかクロエ、そういう貴様もないだろう"私より"』
【通信兎】『従順な野獣をそちらに差し向けて今夜のおかずにしましょうかマドカ?』
"
『ははは、こやつめ』と同時に二人が言う。あの…二人共、私の通信…。
"
【栗鼠】『満足したかな君達。私もあれ女の子だと思うけど…そんな情報とかあった?』
【通信兎】『例の件で立て込んでましたから見逃した…かもしれませんね、探り入れてみます。マドカ、そっちはどうですか』
【エム】『聞いてない。こちらもスコールに問い合わせてみる』
"
そこで丁度騒がしさが落ち着きを見せて、先生が『落ち着け馬鹿者共!』という声が響く。どうやら、次の転校生の自己紹介に入るようだ。
「では入ってきて下さい。 "ボーデヴィッヒ"さん」
そうして二人目の転校生が教室に入ってくる。
あれ、待って。今とても聞き覚えがある名前が――
"兎鯖"を確認すると『すごく聞き覚えがある名前が…』『ああ、聞こえたな…』というログが。そうして教室に入ってきた二人目は…私がよく知る人物だった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ。出身はドイツ、一応代表候補生だ。好きな食べ物は芋羊羹と信玄餅、純度100%葉茶も好きだ」
多分、私達全員自分の席で真顔になっていたと思う。そんな私達の状況も知らず、"ラウラ"は質問される内容に対してスラスラと答えていく。
"
【通信兎】『リィス…ドイツに帰りましょう』
【エム】『とても嫌な予感がするので私も厄介にならせてくれ』
【栗鼠】『君達現実逃避して私に丸投げするの止めない!? 待って、聞いてないんだけど』
"
聞いてないのだ。確かに私は束さんと環境上頻繁に連絡取れないし、お義父さんへの連絡も定期的だったのは事実だ。けど、何で。どうしてあの子がここに居るんだ。
生徒からの質問に答え、一言断った後ちらり、と私の方向をラウラは見た後…一夏の所まで歩いて行く。一夏とラウラは面識がないはず、なんで?そしてどうしてこんなに嫌な予感がするの。
「貴様が、織斑一夏か」
「へ…?あ、ああそうだけど――」
「ふむ。なるほど…本来なら貴様には色々言いたいことがあるのだが、そうすると姉様に迷惑がかかる。貴様は私の"未来のお義兄さん"になるかもしれないのだから」
問題発言が聞こえた。それはどういう意味かなラウラ。なんで一夏がお義兄さん?
「姉がいつもお世話になっております。これはツマラナイモノですがどうぞ受け取って下さい。 ――後、今日からお義兄様(おにいさま)と呼ばせて下さい」
そうして、どこからか取り出したどこぞの優良企業が出しているお茶葉と洋菓子詰め合わせセット『昇天』を差し出した後…日本人も大満足なお辞儀で爆弾を投下した。
…勿論、この後大騒ぎになり私は捕まり一夏やラウラも包囲され。恐らく女性だろうシャルルさんが先生の隣で引きつった笑顔を浮かべていたという大惨事。とにかく、後で諸々事情を聞かせて貰おう。私はそう心に決意するとともに、黒板に手をつきながら俯きため息を吐く先生に同情していた。
――それは、機械の歯車。真相という、機械の歯車。
そんなこんなで第18話 黒兎、来る をお送りしました。ドイツ勢ということもあってもしかしたら予想していた人もいるかもしれません。残念ラウラも色んな意味で手遅れでした!というよりドイツという国が既に手遅れになっている気がする。きっと今後色々やってくれるでしょう。
マドカとクロエは胸が控えめ。つまりどんぐりの背比べ…おっと、誰か来たようだ。
さて、結局胃薬が一番欲しいのは誰なのかなって。そんなことを考えながらの作者のあとがき。
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