IS -Rachedämonin Silber-   作:名無し猫

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白銀の断苅者

「リィ――」

 

一夏の呼び声は最後まで続くことはなく、彼女はその呼び声に反応せずただ加速した。

 

次の瞬間、リィスの姿は『異形』の正面にあり、彼女に対して反応できずに居る異形に対していつの間にか腰の鞘から引き抜いた両手に持つ機殻実体剣 『バルムンク』の斬撃を叩きこんだ。

 

「…硬い」

 

胴体。人間で言うところの心臓あたりに斬撃を受け、異形は初めて"自分が攻撃された"と認識した。同時に、その瞬間はじめてリィスの存在を認識し、対応を開始する。

 

ゼロ距離の状態。異形はそのまま追撃をかけようとするリィスから距離を取ろうとするが、それは許して貰えなかった。巨大な胴体の背部に存在するブーストを吹かせようとするが、彼女はそれをさせない。

 

ブーストで逃げられる前に、彼女は異形を地面への落下という形で加速させた。そして、そのまま反応できずそのままアリーナの地面。未だに燃え盛る業火の中へと叩き込まれた。

 

「――逃がすわけ、ないでしょ」

 

まるでゴミでも見るかのような眼。感情がない眼でリィスはそう呟いてまだ落下状態にある対象に対して、瞬時にバルムンクを即時量子収納(クイッククローズ)して同時に大型ライフルソード『シュツルム』を展開。抵抗できない相手に対して弾丸を叩き込んだ。

 

「リィス、なのか?」

 

恐る恐る、一夏が言葉を投げる。

 

戸惑いと、動揺が混じった表情を浮かべる二人に彼女が返したのは…人形のような、笑みだった。

 

「ごめん。一夏、鈴。遅くなった」

「な、なんでリィスが此処に?どうして避難してないんだ!」

「私が正義の味方で、友達を助けるために現れた ――なんて言ったら信じる?」

「なッ――」

 

リィスは『冗談』と短く言う。

 

状況が状況であるが、一夏には何がなんだか理解できなかった。

どうしてリィスがここに居るのか、何故"あんな威力の装備を使っているのか"。

 

何故、自分の知らない――無機質な冷たい眼を、しているのか。

 

「…鈴」

「ひ、ひゃい!?」

 

突然呼ばれた鈴は、呆気にとられていたのか突然呼ばれて驚いたように声を上げる。それに対してもリィスは表情を変えずに『落ち着いて』と言った。

 

「状況は暫定危険度A。 …委員会はこの事態に対して、『学園側での状況対応』の命令を下したみたい」

「冗談でしょ…!?あんなの、あたしや他の候補生じゃ時間稼ぎがいいとこよ!?」

 

リィスが現地で行動を開始した後、管制室の千冬の元にはある連絡が来ていた。それは…『事体に対しての学園側での対応要請』であった。

 

IS学園特記事項第21項にはこうある。"本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない"、と。これは生徒に対するものであるが逆に言えば…『学園内部で発生した問題については、各国がその対応や責任を負う必要はない』とも取られる。

 

学園において"予測外事態の対処における実質的な指揮"というのは、すべて千冬に一任されているということもあってか、委員会は各国からの要請を受けて事態に対する学園での対処を決定したのだ。

 

「だから、私が来た」

「――え?」

 

リィスの言葉に対してどういうことかわからない、というように返答する鈴。そしてそれは、一夏もまた同じだった。

 

「あいつは私が"殺す"。だから、二人はもう大丈夫」

「あんた、何言って」

 

その時。それまで地面に叩き落されて沈黙していた筈の異形が再起動し、三人に向かって闇雲な砲撃を開始する。大出力のレーザーガトリングに砲台。流れ弾がアリーナの防壁や壁に直撃して瓦礫に変えていく。

 

「…天井の破壊されたバリア部分。さっき壊してもう修復始まってるけど、あそこなら通れるから。私がアレの相手をはじめたら、すぐに脱出して」

「な、何言ってんだよ!リィスだけ置いていける訳が、」

 

「アイツを殺すのに邪魔なんだ。キミ達は」

 

恐らくその言葉は、リィスにとっては優しい言葉だったんだろう。異形の搭載している武装は全てが明らかなレギュレーション違反の武装。兵器としての目的を想定されているのは明白だった。

 

だから、自分が殺す。

今まで自分が散々そうしてきたように、ただあれを消せばいい。

一夏や鈴が手を汚せば、経歴に傷がつく。戦うことで命を落とすかもしれない。

 

けど、自分ならいい。

今まで散々そうしてきたし、こういう状況にも慣れている。

 

それが――リィスが出した『答え』だった。

その答えが周囲に対してどう思われるかも考えずに。

 

異型が砲撃を放つ。既に周囲に対しての乱射になっているそれを回避しては斬撃を叩き込む。戦闘開始から僅か5分。一夏と鈴では足止めが精一杯という状況だった異形の至る所には、ヒビや損傷が見えていた。

 

「…もう一度言うよ、邪魔なんだ」

「ッ――俺は、」

 

迷う一夏の近くに鈴が来て、肩を叩いた。

 

「撤退するわ。一夏、それでいいわね」

「鈴ッ!?」

「…私達はリィスの足手まといにしかなってないのは、十分に理解したわ。この5分でね。だから撤退するのよ」

 

それは事実だ。異形は、周囲に対して無差別の砲撃を行っている。それは意味がないことではなく、三人に対しての攻撃だからだ。威力と物量に物を言わせた、飽和攻撃。

 

そんな攻撃が行われる場所に、既にシールドがエンプティ近い二人がいれば答えは明白。掠めれば、死ぬのだ。

 

「納得できない気持ちはわかるわ、でも今は行くわよ一夏」

「…ッ、分かっ――」

 

『わかった』。一夏は、渋々そう返答しようとした時だ。

 

 

「一夏ぁ!」

 

 

その場の全員が、見た。

 

突然、声が響いた。その姿を見たリィスは、予想外の事態だからか無表情な目が見開かれていた。

 

一夏も。鈴も。その姿を視認し、血の気が引いた。

 

そして…"異形の攻撃対象としての視認先"としても。認識された。

 

既に無人となった中継室に居たのは、箒だ。

そして手には…中継室にある、実況用のマイクが握られており、彼女の声がスピーカーを通して響いた。

 

「馬鹿っ!何してる箒!」

「男なら…それくらいの敵に勝てなくてどうする!」

 

異形が動く。

周辺に対する無差別砲撃を停止して、そのセンサーレンズは――箒を捕らえていた。

 

ガコン、という音がした。それは、死刑宣告。異形の腕に存在する大口径のレーザー砲が箒に向けられた。

 

砲身のエネルギーが高速充填される。一夏が慌てて異形にに対して止めに入ろうとするが――間に合わない。

 

異形と一夏、鈴の距離はかなり離れており、瞬時加速を行っても砲撃までには間に合わない。

 

一夏が叫ぶ。逃げろ、と。

 

その場面で、動きを見せる存在が居た。リィスだ。

チャージが完了して、箒に対する砲撃が彼女の身を焼こうとした瞬間、

 

異形の腕が、斬り飛ばされた。

 

「邪魔」

 

それまで、異形の遥か遠方に居たはずのリィスが…大きく広げられたエメラルドの翼を背に中継室の前で2本の剣。バルムンクを構えていた。

 

    ◆     ◆     ◆

 

…これは、私のミスかな。

 

センサーの左上の表示される『00:10』というカウントがスタートをしたのを確認しながら私は思う。

 

篠ノ之さんがあんな行動に出たこと。それは私にとってのイレギュラーだった。

 

正直に言うと、無謀だ。あれに何の意味があるのかはわからないが、私の理解できない何か特殊な意味があるんだろうか。

 

何にせよ、下手したら死んでいたのだ。それ程の価値がある行為…だったのかな。

 

通常なら篠ノ之さんへの砲撃に対応するのは、あの状況だと絶対に間に合わない。機動力のある白式で瞬時加速をしたとしても、だ。

 

だから私は――切り札を使った。

 

私のIS…パパとママが作ったと思われるこの専用機に搭載されていたシステム。限界を無視した、無制限の加速を可能にするとまで束さんに言わせたシステム――『セラフ・システム』。

 

私が束さんに保護されるまでにこれを使ったのは全部で3回。かなり不味い所までいったのは…千冬さんの時。

 

セラフは、使用時には身体に甚大な負担が発生する。それは機体がある程度軽減しているといっても、軽減の限界を超えた負荷は搭乗者に対して直接ダメージが行く。

 

だから私は、これを知った時緊急時にしか使用しないと決めていた。いわばこれは…"命を消費するシステム"なんだ。

 

その代償として手に入るのは、無制限の加速。限界を無視した加速能力。

私があの3年間、生きてこれたのはこのシステムと、自分の異常体質。そして…ヴァイスのお陰だった。

 

…が、今のこのセラフにはリミッターが掛かっている。それも、束さんが厳重にロックしたものが。

 

通常の状態ではセラフは使えない。これは、私が同意の上で束さんが使えなくしたからだけど…有事の際・緊急時は権限を持つ人間の承認があればセラフを使用できる。そして、その権限を持つのが束さんと、千冬さんだ。

 

どちらかの承認の後、クロちゃんが解除コードを入力。そうして初めてセラフを使用可能になる。強制解除コードというものもあるけど…少なくとも、私に使う気はない。

 

本来なら、あまり使いたくないシステム。無制限なら命を代償として、制限付きでもかなりの負担が掛かるんだから。

 

全神経を集中する。制限付きでのセラフは第1段階での使用は10秒がリミット。それを過ぎると強制的に解除される。

 

だから、この10秒で私はあの無人機を"殺す"。

 

「…キミは、邪魔なんだ」

 

カウント残り6。ISのイメージ・インターフェースを通してバルムンクの特殊機構を発動させる。

 

機械的な音と同時にブレード部分が中央から割れるように変形し、両刃の剣であるバルムンクのブレード部分からはレーザーブレードが展開される。同時に加速。加速にして二重瞬時加速相当の速度で、加速する。

 

カウント残り4。反応できない無人機に対してバルムンクを片方突き刺す。そして残った左手を装甲が比較的薄い脇下から切り上げ、切断した。

 

無人機が逃げようと回避行動を取ったので、背中を見せた瞬間左手のバルムンクを即時量子収納(クイッククローズ)。シュツルムを展開して射撃。スラスターを破壊した。

 

カウント残り2。推進力を失った無人機が落下していく。こちらを視認し、肩部と頭部に存在しているバルカンで反撃してくるが、狙いがブレすぎている上に私には見えている。

 

そのまま落ちていく無人機に向かって加速――胴体に向かって、2本のバルムンクを横薙ぎにした。

 

カウント残り0。タイムアウト。

 

落下の途中で私は静止して、アリーナの地面へと落ちていく真っ二つになった無人機を確認する。 …流石に、これだけやれば無力化できたとは思う。

 

状況を確認する。無人機は無力化、鈴と一夏は――上空にまだ居る。逃げろって言ったはずなんだけどな。

 

中継室も確認する。こちらは無人。…ちゃんと逃げてくれたみたいでよかった。

 

…でも、あの一夏に対するアナウンスは何か意味があったのかな。

何かの暗号連絡?だとしたら余程重要な事なのか――

 

「っ…ちょっと、疲れた」

 

カウントがゼロになって、セラフの効果が切れてすぐ。やはりというか、リバウンドがきた。息を吸えば、内臓に違和感がある。微かにだけど口の中に血の味もした。フラつきも…少しある。

 

だが、無人機は落とした。一夏や鈴には色々言いたいこともあるし、逆に言われるかもしれないけど、とにかく一度戻って――

 

 

 

 

『リィスっ!上です!』

「…!」

 

 

突然、クロちゃんの大声が聞こえた。

 

上、という言葉を聞いた瞬間に反応をしようとしたけど――セラフ使用直後の影響で、感覚が低下しているせいか反応できなかった。

 

「くぅッ…これ、不味いかな」

 

直後に私を襲ったのは、光と衝撃だった。緊急時に作動する防御機構の役割も果たす背中のエネルギーウィングが私の前方に展開し、守ってくれたお陰でまだ生きてはいるが――クロちゃんの通信がなかったら、危なかったかもしれない。

 

生きてはいる、だけどエネルギー残量は今ので一気に減った。できれば当たってほしくない予感がしながら私は上空を見れば、一夏と鈴も同じ方向を向いており、

 

「冗談、キツイよ…」

 

そこには、先ほどとよく似た無人機が無傷で存在していた。

 

確かに、セラフの使用直後で身体に違和感があったのは事実だ。反応が鈍くなっていたのも事実。だけど…ハイパーセンサーは油断せず稼働していた筈。それに一夏と鈴も居るんだ、私が油断していてもあっちのセンサーに引っかからない筈がない。

 

じゃあなんで――どうして気が付かなかった? っ…それよりも、不味い。

 

私は先程の直撃を食らったとは言え、まだなんとか戦える。だけど、一夏と鈴はもうエネルギーがデッドラインなんだ。

 

それに相手は鎮圧・殲滅仕様の無人機…今試合のために競技専用として調整されている装備じゃ有効打撃は入らない。

 

「一夏!鈴!今すぐ逃げて!流石にもうさっきみたいには行かない!」

 

焦った声で私は言う。先程のようにはいかない、もうセラフは今の局面では使用できず…私も油断して被弾してしまった。二人を守りながら戦う、というのは不可能だ。

 

案の定というべきなのか、まだエネルギーはデッドラインじゃない。

いつも通り、そう――いつも通りに戦えば、戦うことは出来、

 

「ッ…こんな時に、」

 

まただ。また、身体への負担が来た。

そして…時間にして1秒。私はその場から動けなくて、反応も出来なくて――

 

「…え?」

 

気がつけば、無人機が正面に居た。そして巨大な腕部で鷲掴みにされる。

その衝撃で両手に持っていたバルムンクを手放してしまう。手放したそれが自動的に量子化されて、私は無手のまま無人機に拘束されてしまった。

 

しまった。最悪だ。この状況では武器を展開できないし、エネルギーウイングでの防御も機能しない。セラフも先程の無人機に対して、"篠ノ之さんを助けるために"使ってしまった。

 

それにどうして反応がなかった。オペレーターにはクロちゃんが、少なくてもこの局面には専用機が三機居たのに、どうして――

 

なんて最悪のタイミングで、こんなことに ――タイミング? 最悪?

 

「…まさか、」

 

無人機は私を鷲掴みにしている腕の力を、少しづつ強めている。まるで甚振るように。愉しむように。

 

そして、私を捕まえている腕を…救援に入ろうとした一夏と鈴に、見せつけるように前へ出した。つまり、人質でもある…ということなんだろう。

 

最悪のタイミングで、こいつは現れた。

つまり…こいつは "最初から居た 見ていた"

 

怖いと、恐ろしいと感じてしまった。少なくとも私は油断していないつもりだった、オペレーターのクロちゃんだってそうだろう。

 

クロちゃんの技術はすべて束さん譲りだ。あの子が使う端末やプログラムだって、並のものではなく"世界最高位"レベルなのだ。

 

私の専用機のセンサーにもそれの応用が搭載されている。なのに――こいつらはそれに感知されなかった。つまりそれは、束さんと同じかそれ以上の存在ということになる。

 

よく見ると、この無人機は先程撃墜した無人機とは装備が異なっている。徐々に力を強めて、私を握りつぶそうとしていくその腕に対して、シールドも減っていく。

 

五つ目の顔は…嗤っているように見えた。私のシールドが、命がデッドラインに近づいていくのを愉しむかのように。

 

――ここまでか。せめて…一夏と鈴だけでもなんとか逃げてほしいな

 

 

目的がある。復讐という目的が。

まだ生きていたい、IS学園という場所に居たいという願いが。

 

だけど、諦めにも似た感情が生まれてしまった。

そしてそんな中で…ふと浮かんだのは、努力家で無茶ばかりする少年の姿だった。

 

…"君"との約束。守れなくてごめんね。

 

 

 

 

「生きることを諦めるなッ!」

 

 

 

突如少女の声が響いた。聞き覚えのない少女の声が。

 

そして、声の後に何かが此方に向かって飛翔して――それが私を拘束していた無人機に対して砲撃した。

 

それによって、無人機がバランスを崩して…私は空中に投げられるような形になった。

 

「けほっ…けほっ…。助かった?」

 

表示されるセンサーを見れば、そこにはアリーナの遥か上空に不明機が居る、と示していた。見れば、無人機が攻撃されている。攻撃しているのは…黒い、飛翔する剣の刃だった。

 

 

「こちらドイツ空軍IS配備特殊部隊『Hundewetter』所属。東雲マドカと『黒式』 ――これより、IS学園を援護する」

 

 

黒い騎士が、舞い降りた。

 

 




いつものあとがきとは少し違いますが、今回のお話というか登場した彼女については、実はちょっとした理由があったり。作品についてとか、彼女についてとか、そんな話もまた別の場所で書き殴れたらなぁとか考えてます。

どうにも真面目な後書きになってしまいましたので、ここはひとつ。

マドカ: お ま た せ

失礼しました。

感想などお待ちしております。

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