IS -Rachedämonin Silber- 作:名無し猫
2016年11月19日(土) 誤字脱字修正
ご報告に感謝致します。
管制室の中には警告音が鳴り響いていた。
アリーナに設置されているカメラを確認できる監視モニターには、まさに混沌という言葉が似合う光景が映し出されている。
観客席の防衛用シャッターが次々に降ろされていき、観客席の観客たちは我先にとアリーナ出口へと走っていく。
…カメラで確認する限り、逃げ遅れている人や子供も居る。だが多くの人間はそれを無視したり、『邪魔だ!』などと暴言を浴びせて逃げようとする。
そういった逃げ遅れた人達を救助しようと動いている存在が居た。黒服の、いかにもと言った感じのエージェント達だ。
黒服達は冷静に対応を行いながら、残されている老人や子供に肩を貸したり背負ったりして、無線で連絡を取り――非常用の避難経路の扉を解除してそこに誘導していく。
この黒服達に私は覚えがあった。黒服達は全員外国人であり…そして、防衛シャッターの閉じた観客席で指揮を執る人物を私は、よく知っていた。
私の養父にして、ドイツ空軍大将――フリッツ・ベルンシュタインだ。
事態は一刻を争う。私は頭の中を切り替えると、そのまま千冬さんに言葉を紡ぐ
「"千冬さん"」
名前で呼んだからか、管制室に居るクロちゃん以外の視線が此方へと向く。
「貴様…!馴れ馴れしく名前を――」
「黙っていろ、篠ノ之」
千冬さんと目があった。観客席では継続して避難誘導と安全確保が行われており、会長や更識家の人達もそこに加わっていた。
アリーナ内部には未だに一夏と鈴が残されている。外部からのハッキングで、一部のシステムにアクセスできないようだ。
不明機は大型。見たこともないタイプの…恐らくIS。束さんに連絡を試したが繋がらない。外部に対しての相当のジャマーが貼られているようだ、今すぐ確認するのは無理だろう。
「…何だ、"リィス"」
意図を読み取ってくれたのか、名前で返される。呆然としている皆を無視して、千冬さんへと歩み出す。それと同時にクロちゃんへと視線を投げると、無言でディスプレイを展開した。
「――クロエです。発言を許して下さい。時間が惜しいので勝手に進めましたが、アリーナシステムへのクラッキングに対するカウンタークラックを開始、5分程で殆どのシステムは取り返せます。ですが…アリーナのシールド管制だけはまだ時間がかかります」
「構わん、続けろ」
「感謝を。衛星からの不明機体の映像出します」
本来なら色々とというか、問題になりすぎる言葉の数々にセシリアや山田先生からは声が上がるが、申し訳ないけど今は無視だ。
衛星を通じて捕捉された映像と写真がクロちゃんの展開する大モニターに映されて、千冬さんはそれを真剣に眺める。
映し出されたのは、女性的なボディラインをしているが、巨大と言ってもいい四肢に、5つ目の仮面。全身装甲の『異形』だった。
「…あいつは関与しているのか?」
「現在連絡が取れませんが恐らくNOです。また、確認できた不明機はこれのみですが周辺に対する強力なジャミングを確認。状況不明のため、他に敵機が居る可能性もあり。推定危険度は暫定Aです」
緊急時にどの程度の危機かということを表すために、危険度というものがある。通常犯罪であればD、テロや紛争についてはC、国家や団体に対する緊急事態はB、そして…社会への影響を及ぼす事態・緊急事態での状況不明かつ詳細不明はAである。
状況としては、現状読めない。突如として襲撃されたということしかわからないが…アリーナのシールドはかなり頑丈に作られている。それも、『競技用』IS…専用機だったとしても簡単には破られないように作られている筈だ。それを簡単に破壊した、ということはそれだけで脅威でもある。
「…了解した。クロエ、お前は此処に残って管制権限の回復と、まだ残っている人間を支援しろ」
「了解。私の端末と管制室の端末を同期させます…すぐに取り返しますので、少し時間を下さい」
それを確認して私は無言で管制室から出ていこうとする、
「ま、待て!どこに行く!」
それを止める存在が居た、篠ノ之さんだ。
「何だ、まさかエーヴェルリッヒ――逃げる気か?」
「…」
「"一夏が"今危ないんだ、貴様はそれを見捨てて逃げ――」
「煩い」
イラついた状態、しかもこの状況に対応するための私としての口調で、そんな言葉が出てしまった。
…しまった と思うがもう遅い。
今の発言にイラついたのは事実だ。
今彼女はなんと言った? "一夏が"?
「危ないのは、"一夏と鈴"に、まだ残ってくれてる人達。キミの発言は間違いだ」
「…ぁ、」
彼女と目を合わせる。
何か感じ取ったのかはわからないけど、今は優先順位がある。
「リィス。第一段階まで私が許可する ――クロエもそのつもりで動け」
「…了解。無茶しますけど、いいですよね?」
「程々にしろ。後 ――ちゃんと帰ってこい」
恐らく千冬さんのそれは、多く意味が込められた言葉。
私はちゃんと帰る。まだまだやることが沢山あるし、目的も果たしてない。…一夏との約束もあるからね。
「一夏と鈴を連れて帰ってきます。 それでは、」
「――Viel Glück(幸運を祈る) リィス」
その言葉に対して私は
「Ich bin gleich wieder da(すぐに戻りますよ) 」
そう返した。
◆ ◆ ◆
「さて、と…」
アリーナにある非常用出口を通り、管制室の屋上に私の姿はある。そこから確認できるのは…アリーナ内部の光景。天井から叩き割られたアリーナシールドと、内部で戦う一夏と鈴の姿が確認できた。
が、私はまだ出撃しない。クロちゃんの合図を待っているのだ。その合図までは、少し時間がかかる。
…今の私は、とてもとても機嫌が悪かった。
一夏は、私にとっての友人だ。同室になってから彼の一面をたくさん見てきて、正直もう他人じゃない。そんな一夏に危険が迫るのは、何だかとても気分が悪かった。
鈴もそうだ。接しやすくて、明るくて、元気で。流行りとかに詳しくて、雑に接しているように見えて実は気遣いができて。すごく、いい友達だ。
今の私の中にあるのは、明確な殺意と敵意。既に久しくも感じる…あの3年間でずっとそうしてきた時と同じ感覚。
目的のために殺せばいい。奪えばいい。害するなら、邪魔すれば排除すればいい。――あの日からずっと、そうして生きてきたんだから。
…でも、今の私にはあの時と全く同じ感情は持てなかった。
怖くて不安なのだ。これから私がやることを二人に見られて――そうしたら二人が離れていくんじゃないかって、そう思えて。
一夏は軽蔑するだろうか、私を見て。
関わりたくないって、思うだろうか。あぁ…それは、ちょっとやだなぁ。
でも、そうなったらきっと――そうなったなんだろう。私が今までにやってきたこと。それが知られるだけの話。そしてそれは…私の自業自得だから。
割り切ろうとした。それで納得しようとした。なのに、
少しだけ…チクリ、と胸が痛くて。とても辛かった。
『聞こえますかリィス』
クロちゃんからの通信。いよいよ…かな。
覚悟を決める、まだ感じる違和感を無視して私は集中する。
「聞こえるよ、クロちゃん」
『"第一段階承認完了"。まだジャミングは解決してませんが、可能な限り隠蔽工作完了。今からはオペレーターとして支援します。 ――いつでもいけますよ』
「ん。 …ねぇクロちゃん」
IS…ヴァイス・フリューゲルを展開する。
そして、展開と同時にメッセージウィンドウが表示される。
『 "機体情報が更新されました。確認して下さい"
機体名:第三世代型IS 万能機動型 ヴァイス・フリューゲル
"装甲機能 『無段階移行』 制限レベル1"
搭載武装: 五五口径 多様性役割大型ライフルソード『シュツルム』"解除レベル1"
機殻実体剣 『バルムンク』✕2"解除レベル1 特殊兵装使用可能"
『セラフ・システム』 "解除レベル1 限定使用許可" 以上。 』
それを確認した後、右手には五五口径 多様性役割大型ライフルソード『シュツルム』を展開して、言葉を続ける
「…自分の気持ちがよくわからないって、だめなことかな」
『そんなことないですよ。リィス、人それを変化というんです。少なくとも…いい方向にリィスは変わっていると、そう思います』
だといいな、と呟く。そして、管制室へと通信を繋いで、言う。
「…リィス・エーヴェルリッヒ。状況に対する殲滅行動に入ります」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アリーナでの正体不明の襲撃者、千冬はこれを『異形』と呼称することにした。それとの戦い。その状況は1つの変化を迎えていた。
アリーナの空で飛び交う閃光と、鉄と鉄がぶつかり合う音、そして――その空を駆ける3つの影。
1つは織斑一夏と白式。機体の高い加速力と性能を生かしてただひたすらに『異形』の攻撃を避けながら攻撃のタイミングを伺う。
1つは凰鈴音、接近戦を仕掛ける一夏の後方から非固定浮遊部位――『龍砲』で援護し続け戦っている。
そして最後の1つは『異形』だ。
両手に装備された高出力のレーザー砲、アリーナへのシールドを貫通し、巨大な爪痕を残したそれを撃ちながら、同じエネルギー兵器のレーザーバルカンを二機に対して連射する。
「糞ッ! 辛いな――なんだよアイツの機動力は、早すぎて中々追いつけない!」
「それだけじゃないわね。奴の兵装、あの両手のゲテモノもそうだけど、撃ってきてるあのレーザーバルカン、あれだってかなり規格外の武装よ一夏」
状況は、あまり良くないという状況から『最悪』という方向に変わりつつあった。
圧倒的な性能と出力を誇る白式ですらも、一夏が完全に使いこなせていないというのもあるが『異形』との追いかけ合いでは後手に回るしかなかった。そして、鈴の甲龍もまた、簡単にはその異形に追いつけずにいた。
2人が2対1の状況下で劣勢なのにはまだ理由がある。
その理由は『2人が試合をしていた』という事だ。
「鈴、エネルギー残量は後どれくらいだ?」
「…180くらいね。正直、比較的燃費のいい甲龍でも長く持つとは思えない。 一夏は?」
「俺は後130くらいってとこか。そして俺も、あんまり長くは持たないと思う」
エネルギー残量が最大であって、お互いに消耗していない状態での2対1なら、まだ勝機はあったのかもしれない。
だがしかし、対抗戦というイベントで試合を行っていた2人は、肉体的にも精神的にも、そして機体自体もかなり消耗していた。
マシンスペック上の話をすれば甲龍と違い、白式はその圧倒的な機動力と性能の代償としてかなり燃費が良くない。
燃費が良くない上に、既に一夏は試合で瞬時加速に、不発に終わったが一度零落白夜(れいらくびゃくや)を使用している。恐らく、零落白夜を使用できるのは良くて後2回。このまま戦闘を継続すると考えた場合、相手の攻撃をほぼ受けないと考えたとしても発動できて1回だろう。
「本当、ちょっと不味いかな」
「何よ一夏、まさか怖気づいたの? じゃあアンタだけでも逃げなさい、後はあたしがやっといてあげる」
「ぬかせよ鈴、誰が怖気づいたって? …ここで退くわけには行かない。退いたら、男が廃る」
「まったく―― 一夏のそういう所、"好きだったわよ"」
「…そりゃどうも!」
「無事帰れたら学食の特上パフェとやら奢りなさいよ一夏? 正面!」
「変なフラグを立てるな!後あれは高いからせめて大盛りにしろ! っと!」
異形の腕から放たれるその閃光を回避し、一夏は前に出る。そして雪片で一撃を叩き込むが、巨大な腕で防御されて有効打を与える事はできなかった。
「くっそ、硬いッ! しかもあんなデカイ図体して尋常じゃないくらい早いぞ!某粒子生成装置でも積んでるのか? 大気圏をマッハ2で飛行できるアイツなのか!?」
「一夏、それ色々不味いから! というかそれ結構前に出てた小説に出てくる機体でしょうが! あんなゲテモノ機体なんて誰も相手にしたくないわよ!」
「だよなぁ、追尾式の化け物ミサイル積んでないだけマシだよなっ!」
異形の攻撃を回避しながら、そんな日常的なふざけた会話を繰り広げる2人だが、そんな会話でもしなければ内心やってられなかった。
余裕があるわけじゃない、むしろ無いというか最悪だ。だからこそ、何でもいいから会話をすることで『諦める』という事だけは避ける。
どちらかが諦めたら、きっと相手が撃墜される。2人の内心にはそんな思いがあった。
「なぁ鈴、さっきから思ってたんだけどさ――アイツ、何かおかしくないか?」
「おかしい? 何がよ」
「なんというか…そう、そうだよ。動きが機械じみてないか?」
「はぁ? 一夏、アンタ何言ってるのよ。 ISは機械……」
そこで再び異形からの砲撃。
そして一夏はそこで思う。
やはり、先程と同じではないか? と。
砲撃を回避した後に、再び回線を開き自分の意思を伝える。
「そうじゃなくてさ、アイツの動き――パターンがあるというか、パターンに基づいた動きしかしてこない気がしてさ」
「…何が言いたいのよ」
「『本当にアレは人が乗ってるのか?』。あんな異常な形の上にパターンとしか思えない行動、それに奴のあの尋常じゃない加速度に人が耐えられると思うか? いくらISを使用していたとしても、あんな常時瞬時加速に近い速度出してたら確実に人は死ぬぞ」
「――確かに、アイツはさっきからあたし達が会話している時はあまり攻撃してこない。 そして今のところ『あたし達しか狙っていない』。一夏の言いたい事はわかる、でも」
「でも、何だよ?」
「無人機なんてありえない、だってISは…人が乗らなければ動かすことなんて出来ないからよ。仮に無人機ってものが存在してるとしたら、そんなものあたしは聞いたこともないし、もし存在するなら世間でも有名になってる筈よ? 無人化されたISの使い道なんて、ほぼ無限じゃない」
「だけど、俺は奴がどうにもパターンに沿ってしか行動しない機械にしか思えない。可能性の話だ、もし――奴が無人機だとしたらどうする?」
「何よ、勝てるって言うの?」
「チャンスを作れば、な。あれが人じゃないと考えるなら、容赦なく攻撃できる。俺の雪片の零落白夜を使ってバリアーを切り裂いて、奴を真っ二つに出来る」
「仮にそうだとして、奴にそれを当てるのは…至難の業よ? 確率で言えば――数パーセント、ううん…もっと低いかもしれない」
確かにそうだ。
ただですら化け物じみた動きと火力を持っているあの異形は、一瞬のこちらのミスで自分達を殺すだろう。
今は何とか避けているし、エネルギーが残っているおかげで耐えているが、エネルギー残量がデッドラインを超えた状態で奴の攻撃をかすりでもしたら、即死だ。
しかしやるしかない、そう一夏が思考した時だった
『織斑さんのそれ、実はあたりだったりするんですよ』
二人の通信に割り込んできた存在が居た。白式と甲龍の通信の通信ウィンドウに新たに出現したのは…クロエだった。
「クロニクルさん!?」
「ク、クロエ!?」
『はいはい。いつもニコニコ現金徴収、クロエ・クロニクルです』
メッセージウィンドウの中には何やら作業をしながらドヤ顔を決めるクロエが。それを見ての一夏と鈴は、とにかく慌てた。
「な、なんでまだ避難してないんだ!?そこは管制室か!?」
『まぁ色々事情がありまして。"千冬さん"達も今此処に一緒に居ます』
クロエが自分の姉の名前を直接呼んだことで一夏、そして鈴も困惑する。
何故?どうして?どうして彼女が直接千冬の名前を呼んでいるかと。
『時間がないので以下省略で。あの襲撃者、呼称名『異形』は無人機です。衛星からのデータと、私の方で機体のスキャンをしましたが…あれには本来あるべき反応が極僅かにしか存在していません』
「あるべき、反応?」
『はい。諸々理由はありますが…端的にいうと体温ですよ、本来ISというのは操縦者が居てはじめて稼働します。ですがあの機体にはその反応が"極僅かにしかない"。生きていないと断定してもいいでしょうね、よって無人機です』
そして、とクロエは続けた
『お二人には無理をさせました。救出が遅くなってしまい申し訳ありません』
「…それ、どういう」
『もう大丈夫ですよ。現状このクロエが知る限り、最強の戦力が応援に向かいました。"彼女"、ぶっちゃけ今非常に機嫌悪いんでかなり強いと思いますよ』
「…彼女って、」
一夏の言葉は最後まで続かなかった。前方、対峙する無人機に対して射撃音と同時に銃弾が降り注いだのだ。
更に降り注いだ銃弾は自分達があれだけ攻撃して、ほぼ傷すら入らなかったのにもかかわらずその異形に対して明らかな傷をつけていた。
そして、その射撃音を聞いたことがあった。一度だけ、たった一度だけではあるが …覚えていろと言われたのだ、彼は覚えていた。
『ほら、来ましたよ。 ――白銀の断苅者が』
上空を見上げる。
そこには、自分にとってよく知る姿で、よく知る声で。だが…感じ取る違和感と直感で『他人』にし思えない少女が存在した。
銀の装甲。背中で展開されるエメラルドの三対六枚翼。 …感情のない、無慈悲な視線を無人機に向ける少女が、そこには存在した。
少女はただ目的のために自分を殺す。
何れ知る痛みの理由を知らぬまま、今はただ感情を殺し、個を殺す。
祈りによって生まれた呪いは――決して悪い方向にだけ働く訳ではない。
???「リミッターを外させてもらう!」
感想などお待ちしております。