IS -Rachedämonin Silber- 作:名無し猫
2016年11月19日(土) 誤字修正
ご報告に感謝致します。
ここは、篠ノ之束の数あるラボの内――彼女が主に使用しているラボ。
場所はとある山中であり、外から見ればただのコテージにしか見えない。実際、コテージの中にはごく当たり前のものしか存在しておらず、誰が見ても『篠ノ之束のメインラボ』なんて思わない。
そんな場所の地下にあるラボの研究室で、研究所の主である篠ノ之束は貼り付けたような笑顔でとある人物に連絡を取っていた。
「やぁやぁ、束さんだよ。元気にしてるかな? スコール」
通話ウィンドウが束の前に表示される。そこには、金髪にスーツ姿の女性が映し出されていた。
『久しぶりね、束。最後に会話したのは…依頼したISの制作の時以来かしら?』
「そうだね、そっちからの報告書は受け取ってたけど会話するのはそれくらいかな。…ちょっと、聞きたいことがあってね」
貼り付けたような笑顔。本当にそのままで、束は笑っていなかった。むしろ…険悪さすら感じられる。
「率直に聞くけど、『金のIS』について知ってることはない?勿論、君の専用機の事じゃない。君の専用機以外で金色のISについての情報があれば教えてほしいんだ」
『…金のIS?そんな悪趣味なカラーリングの機体に乗るのなんて私くらいよ、束。 ――冗談はさておき、悪いのだけど知らないわ』
「そ。『元亡国機業』ならあるいは、と思ったんだけど」
この世界において、篠ノ之束をもってしても未だに掌握しきれていない存在がある。その1つが『亡国機業』。
亡国機業。正確には<ファントム・タスク>と呼ばれている組織。篠ノ之束が知る情報では最も古いのは50年以上前、つまりは第二次大戦直後から活動している組織であり、その時期に生まれた組織。組織が掲げているのは『国家によらず、思想を持たず、信仰は無く、民族にも還らない』という思想。
名前の通り、実体がないといってもいい組織なのだ。故に、篠ノ之束が何度実体をつかもうとして追い込んでもトカゲの尻尾きり。結局何もつかめない。
そんな中、亡国機業を抜けてきた存在が居る。それが…今束が会話している、スコールという人物達だ。
とはいったものの、実体はやはりつかめない。掴めなかったが――ある、重要なことを束は知った。
――『今まで、亡国機業というのは目的がハッキリしていなかった組織なのよ。ただ最近の動向は主にIS関係の事が多かった。けれど、そんな目的がハッキリしていない組織に、ここ近年で一部だけに知らされている目的があったの』
「…なら、"来るべき、全ての始まりにして終わりの日"。前に君が言っていた『世織計画』。推測でいいよ、これに金色のISが関わっている可能性は?」
『――その前に聞かせなさい束。貴女…何を追っているの?』
モニターの中のスコールは険しい顔をしていた。スコールとしては出来れば今話している内容についてはあまり触れたくないのだ。
にも関わらず、自分の普段からヘラヘラしている協力者は何処か焦っている。スコールは、それが気になったのだ。
束は暫くの沈黙の後、投影キーボードを叩くとあるデータファイルを送信した。それは…リィスについてと、リィスの両親の事件についてのデータだ。
『…エーヴェルリッヒ博士は世界的な有名な研究者だったのは知ってるわ。私がまだ研究者だった頃から、その話題には事欠かなかったのだから。なるほど、貴女が探しているのは――この子の言うISね』
「それで、どうなんだいスコール」
スコールは暫く考えるような素振りを見せた。そして、意を決したように。
『…推測、でいいのかしら』
「構わない」
『――もし、このデータから考えるなら 『世織計画』にその子の言う金色のISは関わっているわ』
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「…で、どうなんですかリィス」
入学式翌日。時刻は朝八時。一年生寮の食堂にある4人掛けテーブルの一角には、私を含めた3人が座っており、朝食を終えた私はそのうち2人に問い詰められていた。
「どうもなにも、何もないよクロちゃん」
「嘘ですッ!?思春期の男性と女性ですよ!?若いリビドーを持て余して『リミッターを外させてもらう』なんて展開がないわけが…!」
「やかましい」
スパンッ、と清香からの後頭部へのツッコミが炸裂。それで頭を抑えながらおとなしくなるクロちゃん。
「クロエ、ちょっと落ち着こう。リィス困ってるよ」
「う…ぎぎぎ…今のは効きましたよ清香」
なんというか、クロちゃんはこっちに来てから色々ネジが飛び始めた気がする。変なものに悪影響でも受けたんだろうか。
「…で、本当に何もないの?リィス」
「だから何もないよ清香。一体君達や他の生徒は私に何を期待してるの」
私が一夏と同室という話は一瞬で広がった。具体的には、私と彼が部屋から出る瞬間を見られてその10分後には学園全体に知れ渡っていた。
いや本当酷かった。私も彼も大勢の生徒に詰め寄られる始末だ。代わってくれと言う子も居たけど、代われるなら喜んで代わるよ。
そして今もなお、私達が座るテーブルには至る方向から視線を向けられている。
一晩であらぬ噂や変なでっち上げニュースみたいのを拡散されたというのもあるだろう。『ドイツの専用機持ちと織斑一夏が同室』、『クラス代表選抜戦に関わりがある』、『千冬様公認』。
こっちはいい迷惑だ。なお、部屋割りについてはクロちゃんと束さんを問い詰めたが無関係らしい。学園側の誰かがやったとかなんとか。見つけ出してしばき倒そうと思う。
…おや、水色の髪の人が食堂から出ていく。なんだろう、お腹でも壊したのかな。
「言っとくけど、期待されるようなことは何もないから。変に噂話する前に先生に事実確認でもしてくれないかな本当」
「リ、リィス…?怒ってる?」
怒る?私が?えぇ、そりゃあ怒ってますよ。根も葉もない噂と煽動のせいでこっちはいい迷惑だ。といっても、私がイラついているのは一夏にではない。騒ぎ立てる生徒達に対してだ。
「怒ってないです」
「ぜ、絶対怒ってるよね…」
「――ここだけの話、リィスは怒ると敬語になるんです」
クロちゃん。聞こえてますよ
「それで、当の織斑君は?」
「何か昔の知り合いと話がてら朝食とるとかで別行動」
すず、という音ともに緑茶を啜る。うん…緑茶というのは日本に来て初めて飲んだけど、中々この苦味は癖になる。
「ふーん…でもさ、部屋で何してるの?一緒の部屋な訳でしょ?」
「ですから若いリビドーで、」
「やかましい」
本日二度目の清香ツッコミ。静かになって頭を押さえるクロちゃんを見ながら苦笑いする。
「別に変なことなんてないよ?彼、凄い勉強家みたいだからISの勉強教えたりお薦めの参考書貸してあげたり。ああ、後は日常的な雑談するくらいかな…って清香、どうかしたの」
「いや、うん――ごちそうさまです。そういうのを平然と会話で話せるリィスはやっぱり凄いと思います」
「そこに痺れる憧れ、」
「清香チョップ!」
本日三度目のダウンのクロちゃん。そういえば清香は中学時代ハンドボール部だっけ…すごい音したなぁ今。
拝啓束さん。クロちゃんを外に出したのは失敗ではないでしようか、色々変な方向に進化しています。
そんな騒がしい朝。気がつけば織斑先生に食堂全員がどやされて授業へと急ぐことになる。
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日が過ぎて、現在土曜日。IS学園に来て最初の休日、なんだけど…
「頼むリィス!ISでの戦闘訓練を頼めないか!」
寮の部屋。そこに私と彼の姿はあった。
実は土曜日までに色々あった。一夏の専用機の話が正式に出てそのことで騒ぎになったり、彼の個人的なことだけど彼の幼馴染『篠ノ之 箒』さんが稽古をつけるとかなんとかで一夏と訓練をはじめたりだとか。
後、その篠ノ之箒さんについても束さんの妹だからとかなんとかで一悶着あった。束さんに一応報告したら
『…本当、悪いことしてるとは思ってるんだよ。もし機会があれば箒ちゃんとも仲良くしてあげてくれないかな』
と、頼まれる。私としては全く問題ないんだけど…当の本人が私の事を嫌っているらしくて、なんとも。
そして今に至る。聞くところによると今日まで参考書や教科書は読んできたが、実際の戦闘経験がまったくないらしい。申請を出せばアリーナで訓練も出来たはずなんだけど…どうにもその篠ノ之箒さんが理由で、ずっと剣道の練習をしてたとか。
「…あのね、一夏。私は一応君の対戦相手だよ?」
「知ってる。だけど…このままじゃ、何の対策も準備なしに代表決定戦に挑むことになる。そうなれば、何も結果が残せない」
「努力家なのは君と数日間過ごしてよくわかったけど、私はその対戦時の『敵』だよ?」
「それも知ってる。けど――今はそうじゃない、だろ」
…ふむ、確かにその通りだ。
この数日間で私が持った一夏に対する印象はとんでもなく努力家であることだ。どんな形になろうと結果を何かしらで残そうとする、その為には努力を惜しまない。
そして――天才肌である、ということ。彼は私が貸した参考書を読み終えると、それを知識としてすぐに吸収していた。これには、私も驚きである。
私個人としては、こういう努力家の人間は好感が持てる。男性だから、女性だからなんてことも考えない。
それに私は3年間、殆ど男性しか居ない所にお世話になっていたのだ。それを考えれば今の社会の風潮なんて知ったことじゃない。つまり、少なくとも今の社会のただ思い上がっただけのIS乗りなんかよりは遥かに信用に値するということだ。
はぁ、とため息をつく。本当なら土日は買い物にでもと考えていたんだけど…ここまで頼まれたら仕方ない。買い物は私が使ってる日用品とか知ってるクロちゃんに押し付けよう。
「…わかったよ、君がそこまで頼むなら仕方ない。ただし、条件付き」
「条件?」
「条件というか、制約になるのかな。多分だけど、今からアリーナの使用申請したら君は打鉄を貸出してもらえても、私は出来ない」
この時期のアリーナというのはとても混む。一年生だけではなく、他学年も数あるアリーナに対して使用申請を行うのだ。
その中で許可が降りるのは一部。殆どは許可が降りないのが現実だが――彼の場合、事情が変わる。
「君は男性操縦者、私は専用機持ち。どっちが優先されるかは…わかるよね?」
「…それは、」
世界でただ一人の男性操縦者だ。そんな人間のデータや操縦風景を見たいという人間は山ほどいる。私は専用機持ち、ということもあり打鉄の貸出は多分ムリだろうけど彼なら一発で許可が降りるだろう。確実に。
「だから私は近くで君の操縦とか見て、操作のアドバイスくらいしかできないよ?それでもいいなら手伝うよ」
「――わかった。迷惑かけるけど、頼む」
「君が気にすることじゃない。まあ土日だし、人もそこまで居ないでしょ」
そう返答すると私はクロちゃんにメールだけ打って、部屋を彼と出た。
◆ ◆ ◆
「それで、」
土曜夕方。私『達』の姿はIS学園内の全校生徒利用可能なカフェにあった。相も変わらずというか。土日なのにご苦労様というか…周囲からは生徒の好奇の視線。いい加減慣れてきたけど。
達である。丸テーブルには、私に一夏、そしてクロちゃんの姿がある。
「…クロちゃん、私買い物お願いしたはずなんだけど?」
そこには制服姿のクロちゃんの姿が。私はクロちゃんに買い物を頼んで、彼女もそれを了承していた筈だ。
…が、彼と第三アリーナでの訓練中、クロちゃんが現れた。
聞けば、『暇だから稼働データ解析くらいはやる』と申し出てくれてそれを基にアドバイスができた。
クロちゃんは専用機は一応持ってないものの、データ関係のプロだ。しかも束さんお墨付き。そんな彼女のサポートはとても助かった、のだが
「リィス、安心して下さい。買い物は全部終わらせてあります ――清香が」
「清香に何したぁ!?」
まさか『あなたを犯人です』とかよくわからない呪文使って清香を洗脳した?
「嫌ですね、ちょっと取引しただけですよ」
「取引?」
「はい。『今後リィスの専用機のメンテを担当する権利』です。提案したらとんでもない速さで了承してくれてそのまま『とにゃんざむ!』とか叫びながら買い物行きましたよ。赤い人もびっくりの速度でした」
「ちょっと待て人の専用機を勝手に餌にするなぁ!?」
は、拝啓束さん…クロちゃんはやっぱりかなりアッパーな方向に育ってます。しかも優秀な分タチ悪いです。
…あ、そういえば束さんもマッドサイエンティストだった。だったらこの進化は間違ってない、のかな
「いえリィス聞いて下さい。清香、ああ見えて超絶天才ですよ」
「…詳しく」
隣の椅子に座る一夏は困ったようにしているが、君は後だ。今は自分のことのほうがある意味大事だ。
テーブルの上にあるアイスカフェラテに刺さるストローでそれを飲みながら、クロちゃんの話を聞く。
「国際IS委員会承認の国家IS整備技師資格ってありますよね」
「ああうん、あるね。委員会が認めてる資格の中では飛び抜けて難易度が高くて、持ってるだけで将来確定とか言われてるあれ?」
「清香はその二級資格持ちです」
…マジですか。
一夏は『意味わからん』と言った顔をしているが――君は勤勉ではなかったか。それとも、そのあたりまではまだ勉強していなかったか。
国際IS委員会が認可している資格の中の超難易度資格の1つ。それが国家IS整備技師資格。ISに関わる整備・開発に関わる資格であり、3級から1級まで存在している。
なお、1級の保持者は世界でも両手で数えるくらいの人数がいるかいないかくらいらしい。…束さんは『そんな下らないものなくても束さんは天才だから問題ない!』とか言ってたから除外。
2級にしても、保持者は相当少ない筈なんだ。その保持者?下手したら候補生とか企業のISメンテとか頼まれるレベルだよ?
「え、それで本人が受けてくれるって?」
「はい、相当喜んでましたよ」
「いやいや、でも ――大丈夫なの、許可取ったの」
後半については束さんについてだ。ここには一夏も居て、どこてで聞き耳たてられているのかわからない。
私とクロちゃんが束さんの関係者というのは公開していない。故にぼかした言い方をしたけど…
「はい、許可は取ってあります」
『――機密部分のロックは束様レベルじゃないと破れないそうです。ですから、問題ないと』
個人間秘匿通信でそんな回答が来た。なるほど…確かに、優秀な技師が居るのは助かる。クロちゃんもその方面の資格はまだないらしいし。
クロちゃんから更に聞くと、清香としては早い段階で専門の整備先が見つかるのは相当にラッキーだとか。
IS学園の整備科志望者というのは、特例として相手の許可と相手の大本…つまり国や企業の許可があれば専門整備士として専用機の整備を担当できる。が、基本的に代表候補生とは既に国に担当者が居ることが多い。そんな中、未だに半ばフリーの専用機持ちを見つけられたのはとんでもなく運がいいとか。
…まぁ、私は代表候補生ではない。ドイツの研究所のテスターやっていたと言っているだけで専用機についてもまだ詳しいことは話していない。清香としては『多分専用機とかの情報だした後には、志望者が殺到する』という見込みだそうな。
「…ならいいんだけど。ああごめん一夏、君を置いてけぼりにして」
「あ、ああ。気にしないでくれ。『付き合って』貰ったのはこっちだからさ」
…また外野から『キャー!』とか『大胆!スクープよ!』とか聞こえる。いや君達、勝手に意味を書き換えてないか。
「俺、どんな感じだったかな」
「それはさっきまでの訓練のことで?」
「ああ。正直に言うと、操作とか武装展開とか自分でも壊滅的だったのは自覚してるから、ボロクソに言ってくれると助かる」
…ふむ、なるほど。
「君はMだったのか。…よく覚えておこう」
「ちげえよ!?特殊な性癖とかそんなものないからな!?」
『わかってるよ、冗談』と返すと――私は再びカフェラテを飲んだ後
「操作技量は壊滅的、量産機といえど、機体とのマッチングもかなり悪い。…空飛んでいきなりバランス崩して墜落するくらいだから、わかるよね」
「うっ…まあ、な」
「――現段階では最低通り越して最悪の結果だね。 現段階では」
その言葉に含みを感じ取ってくれたのか、一夏は『どういうことだ?』という顔をする。
…いや、君は天才肌だとは思ってたけど まさかここまでとは思ってなかったんだよ
「クロちゃん」
「はいはいクロエです。 ――とりあえず織斑さん、これ見てくれますか」
クロちゃんはポケットから端末を取り出すとそれを操作。先程の訓練における稼働データを彼にだけ見えるようにウィンドウ化して表示した。
そこには訓練開始…といっても、クロちゃんがきてからの時間から終了までの稼働データがグラフで表示されていて――それが、右肩上がりを示し続けていたのだ。
「説明しよう! つまり練習開始段階ではどうしようもなく救いようがなくて『えっこれでよくオルコットさんやリィスに喧嘩売りましたね?死にたいんですか?』くらいのクソザコナメクジだったんですが」
「いや待て、ボロクソに言ってくれとは言ったけど流石に言い過ぎじゃないか!?というかリィスに対しては喧嘩売ってない!」
「おっと失礼。処刑される側でしたね ――で、続けても?」
「ふ、腑に落ちないけどどうぞ…」
うわぁ凄いクロちゃんが活き活きしてる。ポーカーフェイス崩れて完全に笑顔だよあれ。
…ああ、今はリミッター(清香)が居ないからガタ外れてるのかなぁ。本格的に束さんとクロちゃんの今後について相談しよう。
「訓練終了後のデータを見ると『…こいつ、動かせるぞ!』くらいにはマシになってます。ぶっちゃけ才能あるんで誇っていいですよ」
「…ええと?」
「しょうがないにゃぁ…詳しく解説するのでちゃんと聞いてくださいね織斑さん」
クロちゃん、キャラ崩れてる。変な方向にキャラ傾いてるから。
お願いだからいつもの真面目なクロちゃんでいて。そのままの君でいて。
「…ISの基本操縦って、短時間で身につくものじゃないんですよ。候補生や専用機持ちなら軽く300時間は必要になります。織斑さん、ISにまともに乗ったのは今回が初めてですか?」
「ああ、そうなる。試験会場で稼働させたのはすぐに解除されたしな」
「正直に申し上げて"初めて動かして、かつ短時間で空を飛べるようになる"というのはとんでもないことなんですよ。本来なら、その段階まではもっと時間を必要にします。控えめに言って頭おかしいです」
…まぁ、クロちゃんの言いたいことは私も思っていたことだ。今の話においては天才肌だとかそういうんじゃない。 君はおかしいんだよ、一夏。
私がISを動かしたときを例にするなら、まともに動かして空を飛ぶまで1日かかった。初回の起動からまともに動かす、というだけでそれくらいの時間がかかるものなのだ。にも関わらず彼はそれを数時間でやってのけた。これは異常以外の何物でもない。
「例えるなら、今の貴方はスポンジですよ。知識の吸収速度と経験の蓄積が尋常じゃなく速い。問題はその知識を理解したり活かしきれずそのまま流してしまうことです。もし、それができるようになったら――怖いですね、正直」
「…その、今後とか今度の決定戦とか。希望はあるってことか?」
「あります。といっても努力次第です。誇っていいですよ、ですが自惚れないで下さい。 …さて、私は疲れました。リィス後お願いします」
クロちゃんはそこでため息をつくと、ウェイトレスさんに『あ、すいません特上パフェ2つ。支払いはそこの男性で』と言っている。
一夏は気がついてないけど私は気がついている。クロちゃん、いいこと言ったと思ったら何してるの。
「言いたいことはクロちゃんが詳しく言ってくれたから、私から君に言うことはあんまりないんだよね。…一夏、日曜の予定は?」
「日曜は元々勉強しようと思ってたから特に予定はないけけど――どうかしたのか」
なら、都合がいい。
今日一日彼を見て思ったことは、『彼に常識は通じない』ということだ。
…もしかすると、もしかするかもしれない。仮に専用機があったとして、彼とオルコットさんが戦えば間違いなく一夏は敗北する。
それがもしかしたら、万に一つの確率で『勝てるかもしれない』見込みがでてきたのだ。これは、中々面白いかもしれない。
「オルコットさんに勝つ確率、あげたい?」
「…!そ、そりゃ上げたいさ」
「ん。じゃあ明日も訓練ね、ここまできたら乗りかかった船。私も付き合うよ、クロちゃんも連れてくるし」
『えっ明日もやるんですか。やりたいことが――』などとクロちゃんは言ったが『パフェ』と返すと大人しくなった。よろしい。真面目なクロちゃんは大好きです。
そんなこんなで、夕方の反省会は過ぎていく。
…一夏は気がついてないけど、私やクロちゃんは気がついている。
周囲の騒ぎ立てる生徒の中に、制服姿の見覚えある姿が――私達を見ていたことを。
一夏は天才ではなく『異常』。本人が無自覚でそれを活かせてないだけ。
監視する生徒…一体何者なんだ…