紅魔指導要領   作:埋群秋水

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 お待たせいたしました。第6話をご覧ください。
今回、主人公がイギリスへ飛びます。


第2章 英国散策篇
第6話


 

 (わたくし)が召喚されてから、およそ二週間の時が流れた。お嬢様は非常に聡明な方だった。基本的な読み書き計算は教えるまでもなく、始めから発展的な内容や、その他専門的な内容を教えることが出来た。最初の出会いは少し脅してしまったものの、今では良好な関係を築けていると言えよう。無論、一人前の淑女(レディ)となるためのレッスンも欠かしてはいない。

 美鈴は私との一件があった後、周囲と馴染もうと努力している。周りの環境も良いせいか、笑顔が少しずつ垣間見える様になった。後は武人然とした雰囲気と、丁寧すぎる話し方さえ変われば問題ないだろう。

 この二週間で私自身も周囲の把握に努めていった。使用人はそこまで多くはないようだ。皆、悪い言い方をすれば、何処か平和ぼけしていると言っても良いかも知れないぐらいだ。しかし、これには少し込み入った事情があるという。

 古くからこのスカーレット家に仕えているという使用人から聞くことが出来た話だ。その昔、このスカーレット家はツェペシュの末裔として闇社会に恐れられてきたと言う。逆らう物には容赦せず、また、その強大な力を持って人間のみならず、闇に生きる魔族からも畏れを得てきた。今で言えば、最近イタリアの方で拡大しつつある『マフィア』みたいな物だろう。旦那様も今の様子からは想像できないが、昔はヤンチャしていたらしい。だが、そんな折に奥様と出会われたそうだ。お体が弱いにもかかわらず、意志が固く決して力では振り向かせることが出来ない奥様のために、旦那様は変わっていったという。

 旦那様の本気さが伝わったのか、奥様も旦那様を受け入れ、紅魔館も雰囲気が変わっていったそうだ。雰囲気にそぐわなかった使用人は自ら去って行ったらしい。以上が私の聞いた話の概要である。

 前置きが長くなったが、要するに、この程度過去の話を聞くことが出来るほどには、私はこの館に馴染むことができたのだ。

――お嬢様も問題ないようですし、散策に出掛けたいものです。それに、そろそろ()()が来る頃でしょう。

 その時、丁度考えていたアレが届いた。そう、魔界の小悪魔からの報告である。

 

『――ま。クロエ様。聞こえますか? こちら小悪魔です!』

 

「ええ、聞こえますよ。それで、依頼はどうなりました?」

 

『バッチリです! クロエ様の前に召喚されたあの方の現在地ですよね。しっかり調べてきました!』

 

「それで、どうでしたか?」

 

『はい。現在あの方ははグレートブリテン及びアイルランド連合王国、首都ロンドンにいらっしゃいます!』

 

「なんと、大英帝国ですか……。」

 

 よもや彼がかの霧の都にいるとは。

――最後に訪れたのはエリザベス女王統治下の時代でしたね。ウィリアム=シェイクスピア氏の『Romeo and Juliet』を実際に見に行ったのが最後でした。確かに、最近あのあたりでは黒魔術だとか、悪魔信仰が密かに流行っているようですが、まさか本物の悪魔が召喚されてしまうとは。下手な喜劇よりも面白い。

 

『……あと、因みになんですが。』

 

「はい? どうしたのですか?」

 

『調査した限りだと、どうやら、その……ですね……』

 

「何を言いよどんでいるのです?」

 

『あの方は執事をなさっている様でして……』

 

「……何ですって? 彼が? 執事を? それは真実なんですか、小悪魔?」

 

『ひぃぃっ! そんな威圧しないでくださいよぅ! 私だって信じられないんです……』

 

 青天の霹靂とはこのことか。まさか彼が私と同じように従者になっていようとは。確かに彼は私と同じように些か変わり者な所もあった。契約をとても重んじてもいた。だが、そうは言っても、よもや彼が、執事とは!

――おそらく彼は苦労したのでしょう。仕えられることはあれど仕えることなんてない彼の事です。人間の常識なんて完全に理解出来てもいないですし。料理すらも一瞬で出すに決まってます。人が料理を完成させるのにどれだけ時間がかかるか分かっていない。あぁ、駄目だ、見てみたくて仕方がありません。彼の執事姿! 慇懃無礼な姿が目に浮かぶようです。家庭教師の仕事の方も問題ありませんし、ここは一つ休みを頂いて見に行ってみますか。私ならロンドンへ一時間もかからない。日程も問題ありませんね。

 

「貴重な情報をありがとうございました。早速様子を伺いに行ってみますよ。」

 

『やっぱりですか……。あの方は茶化されるのを嫌ってらっしゃいますから自重してくださいよ? あ、あと、最後に。今あの方は契約主“シエル・ファントムハイヴ”から“セバスチャン”という名をもらっているそうです。』

 

 そう言い残すと通信は途切れた。思わぬ情報を得ることが出来たものだ。

 

「わかりました。セバスチャンですね。見つからないように、気をつけなければ。……フフフ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旦那様に休暇をもらう旨を告げ、お嬢様に宿題を残し、私は単身ロンドンの地に降り立った。まずは情報収集だ。新聞を買い現在の英国の状況を伺う。

――ふむ、切り裂きジャック事件ですか。これは私には関係ありませんね。社交期(シーズン)ですし、セバスチャンの主もロンドンに来ているとは思うのですが……。おや、劇場にてシェイクスピア氏の悲劇がやっていますね。私が魔界に帰った後の作品ですか。見てみたいですね。……しかし、ここらでは彼の気配を感じませんね。こちらは気取られず、相手だけを探るのは難しいものです。それに、彼はとても鋭い。私の能力を全開にせねば気取られてしまうでしょうし。

 私は頭を回転させながら、能力を発動させロンドンの都市を歩き回った。自らを周囲から目を引かない程度の存在感に落とし込む。道行く人々の話を耳に挟みながら状況把握を進めていく。しかし、『シエル=ファントムハイヴ』と『セバスチャン』の名前は一向に聞こえない。ファントムハイヴ社の名前は町中にあるが、関係ないだろう。

――弱りましたね。ただでさえ社交期で人も多いのに、これでは見つからないじゃないですか。此所は覚悟を決めて、魔力を最大限解放してみますか……?さすがに彼も無視できないでしょう。

 私が我慢の限界に達しつつあったその時、ある()()が鼻孔をくすぐった。濃厚な、鼻が曲がるほど、芳しい、死の匂いだ。顔を上げ、目の前の建物を仰ぎ見るそこにあった文字は――

 

葬儀屋(アンダーテイカー)……?」

 

 

―続く―

 




如何でしょうか?
今回から黒執事との関わりが出ます。なるべく早く投稿するように心がけますので、しばしお待ちください。

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