では、第五話をご覧ください。
なんとか美鈴を説得し、食堂へたどり着いた。思いの外時間がかかってしまったが、間に合っただろうか……。
「あっ! 先生が来た!」
「あら、先生。遅かったわね?」
「さぁ、早く座ってくれ。皆まっているぞ。」
「皆様、お待たせいたしまして申し訳ありません。食事の前にこちらの人物の紹介を。」
そう言うと
私は美鈴を強引に扉の影から引っ張り出した。自らの姿が視線にさらされるとさすがに観念したのか、意を決したように言葉を紡ぎ出した。
「……皆様、お待たせいたしました。今までのご無礼をお詫びします。このような私ですが、今後ともよろしく御願いします……。」
今までの非礼をわび、頭を下げる美鈴。そこにはしっかりと誠意が込められている。――さて、受け入れられるのでしょうか。
「美鈴、水くさいじゃないか! 私の部下になった時点でお前は私たち紅魔館の一員だ。さぁ、早く席に座れ。今日は共に食卓を囲む仲間が二人も増えたぞ!」
「そうよ美鈴。此所にいるみんな、貴女のことを非難なんてしないわ。」
「旦那様、奥様……っ」
暖かな拍手と共に美鈴は無事、紅魔館の一員となった。目を潤まし歩き出す美鈴。まさに感動の光景だろう。――だが、皆様私のことを忘れてやいませんか?
私が小さな疎外感を感じていると何かが私に抱きついてきた。目を下に向けると、何と、お嬢様だ。
「約束まもってくれてありがとっ! あたしも約束をまもるわっ!」
「いえ、お嬢様。当然のことをしたまでです。それよりも……」
「なぁに?」
「私の席はあるのでしょうか?」
いつの間にかこちらを見ていた一同が、『あっ……』と言うように目をそらした。そして、一人の人物に視線が集まる。視線を集めた旦那様はおろおろしている。
「あなた?」
皆を代表して奥様が旦那様に問いかける。かなりの威圧が込められている。表情は笑っているはずなのに、何という怒気であろうか。
「い、いや。違うんだ!」
旦那様が言い訳を始めた。
「家庭教師の分は用意していたんだ! ただ、まさか本当に門番を呼んで来ることが出来るとは思ってもいなくて……」
「では、旦那様。やはり私が……」
美鈴がそう言って席を立とうとする。するとその瞬間ずっと抱きついていたお嬢様が声を上げた。
「その必要はないわよっ! めーりん!」
「お嬢様……しかし、今から場所を増やすことは出来ません。私が急に現れたせいで足りなくなったのですから、此所は私が退くべきでしょう。」
「大丈夫よ。めーりんはそのままそこに座っててちょうだい! 先生はこっち!」
そう言うとお嬢様は私の手を引いて、なんと、自らの席まで引っ張っていき、こちらを向いて、
「先生はあたしの隣ね!」
と言ったのだ。使用人との距離感が近いとはいえ、さすがにそれは認められない。私が丁重に断ろうとしたその時、まるで計ったかのように、お嬢様は言葉を重ねてきた。
「先生、断ろうとしているでしょ? だめよ、認めないわっ! あたしは当主のお父様の娘なのよ。それくらいのわがままはきいてもらえるわっ! ねっ? お父様?」
「えっ? あ、あぁ。うむ……しかしだな……いや、まぁいいだろう!」
旦那様も解決策を見いだせない状況で、正に渡りに舟であったのだろう。そう悩みもせず了承してしまった。
――これはもしや、私の常識が些か古いのでしょうか。今の観念に従った方がよさそうですね……。しかし、お嬢様はやろうと思えば出来る子だったのですね。すこし見くびっておりました。これは教育が楽しみです。
私は席を用意し、食卓を囲むこととなった。
「よし、では遅くなったが今から晩餐を始めよう。皆、命に感謝を。」
「「命に感謝を。」」
旦那様に続き、皆が食事の挨拶を述べ晩餐が始まった。しかし、ここで問題が発生する。悪魔である私には
「どうしたの、先生? 食べないの?」
「あぁ、いえ。お嬢様方のような地上の魔族と違い、私のような魔界の悪魔は、言わば魔素の塊のようなもので、厳密に言えば生物ではないので食事や睡眠を必要としません。それでも、低級のものならば地上に出ると存在が薄まってある程度の食事睡眠は必要となりますがね。」
「じゃあ、先生はごはん食べなくても大丈夫なぐらいには高位な存在なのね。」
「ええ。僭越ながら。まぁ、嗜好品として楽しむ者もおりますし、私もその一人です。なので、心配なさらずともキチンと頂きますよ。」
そう言って私は、サラダを口に含んで見せた。安心したように、にぱっと笑うお嬢様。
――ふむ、可愛らしい方です。魔界では私のかわいい物好きが満たされませんでしたが、やはり地上は良い。先に召喚された彼も、『魔界にも愛玩動物はいますが……あれはいただけません。』と常々言ってましたね。私が地上散策に行ったときに見かけた猫の絵を渡すと彼はいたく感動してましたが、召喚先で良き出会いがあると良いですね。そういえば、食事で思いましたが……。
「お嬢様? お嬢様を始め、旦那様方や一部の使用人の者は吸血鬼ですよね?」
「? そうだよ? どうしたの?」
「吸血鬼も食事はするのですか?」
「?? どういうこと?」
「クロエ先生、その質問には私がお答えしますわ。」
奥様がこちらを向いて仰った。お嬢様はよく分かっていなかったようだが……
「クロエ先生が疑問に思っているのは、血液が主食の私たち吸血鬼が、代謝もしない不死者がはたして普通の食物を摂取するのか。という事ですわね?」
「ええ。その通りでございます。」
「厳密に言えば、私たちは食物を必要としませんわ。血液と、人間からの畏れがあれば生存には十分。でも、そんな必要最低限な暮らしなんてまっぴら御免ですわ。ほら、少し食べてみてくださる?」
そう言って私にスープの満たされたスプーンを差し出してきた。見た目は変わらないが、かすかにある匂いがする。
――これはおそらく……
「なるほど。血液を混ぜてあるのですか。」
私はスープを租借して言った。
「ええ。その通りよ。こうすれば栄養摂取もできますわ。もちろん、この血液を混ぜた料理は私たちの分にしか出していませんわ。それに、あの人のようにグラスに入れて直接飲むこともありますしね。」
旦那様はさながら赤ワインを飲むかのごとく飲んでいらっしゃる。疑問が解決してすっきりした気分だ。すると、奥様が少し笑いをこらえながら言葉を続けた。
「それと、レミィの『
「わーっ!? お母様、それ言っちゃだめっ!!」
とても興味深い言葉を聞いた。私の好奇心がうずく。
「お嬢様、差し支えなければ是非、聞いてみたいのですが……。」
「だめなものはだめっ! これ以上聞くなら、せんせいのこと嫌いになっちゃうんだからっ!」
嫌われてしまっては困る。私はあきらめてお嬢様をなだめた。
――まぁ、いつか探ってみましょう。
その後、つつがなく食事は済んだ。吸血鬼の住まう館らしく、窓の少ないこの屋敷であるが、その数少ない窓の外をみて推測するに、あと数時間で夜が明けそうだ。隣に座るお嬢様はデザートのプリンを幸せそうに食べていらっしゃる。少し眠いのか、目をしぱしぱさせている様子も見受けられた。非常に眼福である。
――このお屋敷のタイムスケジュールを知らないので分かりかねますが、おそらく日中はお休みになるでしょう。授業は次の夜からですね。私はその間にいろいろと準備をしなければ。
満腹になったのか、本格的に舟をこぎ出したお嬢様を横に、私は頭の中で指導計画やスケジュールを立て始めた。紅魔館での、家庭教師としての日常が始まろうとしていた。
如何でしょうか?
前書きでも述べましたとおり、しばらく投稿がゆっくりになるかと思います。気長に、寛大なお心でお待ちください。