私がいつも通り門番をしていたら、家庭教師を名乗る女がやってきて私を晩餐に連れて行くと言ってきた。余計なお世話だと突っぱねると、少し逡巡した後いきなり勝負を吹っかけてきた。わざわざ吹っかけるほどだ。余程腕に自信があると見える。
――久々に楽しめそうだ……そう思っていたのに。
「……尋常に……。」
相手はそう呟くが、腕をだらりと下げやる気を感じられない。なんだ、こいつは……!
「来ないなら、こちらから行くぞ……!」
私は言うやいなや、相手に高速で接近し間合いを詰める。そして、相手の腹にそっと掌を添え、運動エネルギーと自分の体重、そして全身の筋肉を使い衝撃をたたき込む。
「――ハァッッ!!」
「ヌッ!?」
低くうめきながら相手は吹っ飛んでいった。だが終わらない。空中にいる相手に空かさず連撃をたたき込む。――地面になど降ろしてやるものか。
「ラァッ! セイッ! フッ! ハッ!」
――右拳、左掌底、抜き手、膝蹴り、踵蹴り上げ、手刀、裏拳、正拳、肘打ち、正中線への三連撃、足刀蹴り、アッパー、鉄槌、蹴り上げ、からの回し蹴り、後ろ回し蹴り、しばらく続けて、身を沈めて、天へ向け蹴り上げ、トドメの浴びせ蹴り!!!
「まだだ……! まだまだ終らさんぞ!」
地面に少しめり込んでる相手の首根っこをつかみ持ち上げる。おりた前髪で表情を窺い知ることは出来ない。
――しかし、あれほどこちらを挑発しておきながらこの結果とはな。拍子抜けにも程がある。さぁ、終わりだ――握った右拳に気をためる。
「……これに懲りたらもう私に近づくなよ。」
そう言い残し、私は拳を放つ。衝撃の瞬間、ためていた気を爆発させる。単純な殴る力に加えての衝撃だ。無事には済むまい。
「――!!?」
叫び声も置き去りに相手は吹っ飛んでいった。館の前にある湖の彼方へ飛び、大きな水飛沫を上げ着水する。
――まぁ、死なんだろう。
「ハァ、こんなのじゃあ、準備運動にもなりゃしないな……。」
正直言って、拍子抜けもいい所だ。さて、仕事に戻るとするか――
「おや? 準備運動にもなりませんでしたか? それは失礼しました。では、改めてやりましょうか。」
――?!!?!??!
振り返った目の前にあいつがいた。何故だ? 確かに吹っ飛ばしたはずなのに。一体全体どういう事なんだっ!?
「フフフ、理解が追いついていないようですね。」
目の前にある現実が理解できないのか、視線は外さないものの実に隙だらけな体勢である。しかし、
――しかし、長年生きていますが、誰かの驚愕の表情は何度見ても愉快なものです。特に門番殿は、先ほどまでとの落差が実に良い味を出していらっしゃる。此所で『哎呀ー!?』と仰って頂けたなら最高でしたがね。
「一体、何の、まやかしだ……!」
「何の事はございません。私の能力ですよ。」
「能力だと……?」
「ええ、私の能力“欺く程度の能力”ですよ。貴女の目を欺き、あたかも私をズタボロにしているかのような錯覚を与えておりました。」
「まて! 確かに感触があった! ただの幻覚であるはずがない。」
「高度な幻覚は相手の脳すら騙します。現に、私は此所にいるではないですか。」
「……確かにな。だが、私の攻撃を幻覚で避けると言うことは、まともに相手できない証左だろう? 今度こそ、湖に沈めてやる!」
そう言うと、美鈴は再び構え気をためだした。そして、私の幻覚を吹き飛ばしたあの攻撃を再び放ってきた。
――やれやれ、そろそろ格の違いを教えて差し上げますか――私はおもむろに腕を持ち上げた。そして、
「――遅い。」
「何っ!?」
私は微動だにせず拳を受け止める。美鈴は懸命にふりほどこうとしているが、まぁ、外れないだろう。私は掌を開いた。すぐに距離をとる美鈴。私は自然体に近い構えをとる。
「さぁ、どこからでもどうぞ?」
「クソがぁ……っ!」
美鈴が接近してくる。
――ふむ、懲りずに格闘ですか。気を使って身体能力を上げているとはいえ、私には敵いませんのに。良いでしょう。お相手して差し上げましょう。
――殴る、さばく。蹴る、受け止める。掌底、すくい上げる。抜き手、指で受け止める。目潰し、頭突きで受け止める。おや、指がいかれてしまいましたか。痛そうです、直して差し上げましょう。驚きながらも美鈴は後ろ回し蹴り、上段でうける。踵落とし、柔らかいお体ですね、片手で受け止める。ふむ、きれいな脚だ。つい撫でてみる。美鈴の気がふくれあがる。連撃が来ますね。お相手しましょう。相手の拳を破壊しないように、
「うわっ!?」
驚愕の表情で叫ぶ美鈴。なんとか空中で体勢を整えようとするも、先ほどまでの全力の連撃でうまく体が追いつかないようだ。ただ、わたわたと蠢くのみ。
「暴れないでください。外してしまうではないですか。」
その言葉を聞くと美鈴はあきらめたように動きを止め、瞳を閉じた。――どうやらトドメをさされると思っておられるご様子。少し、意表を突きますか。
そして落ちてきた所を、
「――!? は、はなせっ!」
顔を真っ赤にして暴れる美鈴。
「負けを認めてくださいますか?」
「えっ!? いや、しかし……。」
「ではこのまま食堂へ参りましょうか?」
「わかった! 私の負けだ! 降ろしてくれ!」
「正直な方が素敵ですよ?」
美鈴を降ろす。よほど負けたのが悔しいのか、顔が真っ赤だ。
――それだけではないようですね。以外と初心なご様子で。
「私の力を認めて頂けましたか?」
「……その前に、貴女は何者なんだ? 私はこれでも、生まれた遙か東の国からこの地まで、この格闘で多くの敵を打ち破ってきた。私が世界最強だと驕るつもりはないが、それでも負けないという自負はあった……この館の旦那様に負け、門番となったが……それが我が人生最後の敗北と思っていたのに……それが家庭教師相手にこの様だ。……なぁ、教えてくれ、いや、教えてください。貴女は何者なんですか?」
「フフフ、買いかぶりすぎですよ。私は家庭教師を任せられた一介の悪魔に過ぎません。ただ、違いがあるとすれば、長生きしているだけですよ。貴女よりもずっとね?」
「……その力、私よりも古い存在、余程高名な悪魔なんでしょうね。私ごときが敵うはずがなかったのですか……。」
「買いかぶりすぎですってば。私はしがないただの悪魔です。……それで、私の力は、認めて頂けましたか?」
「……悔しいが認めるしかありません。私の攻撃を軽くいなし、全力の連撃も全く同じ力で撃ち返してくるなど、格の違いをまざまざと見せつけられた気分です。」
どうやら認めさせることに成功したようだ。しかし、言葉が丁寧になっている。武人らしく、認めた相手への礼儀は欠かさないと言うことだろうか。
「真剣勝負に負けました。文句はありません。貴女様に従います。」
「同じ従者なので名前でお呼びください。丁寧な言葉遣いも不要ですよ。」
「分かりました。では、どうすれば良いのですか?」
――分かってない。生真面目な方ですね。
「では、食堂に参りましょうか。」
「はい、クロエ様。」
「様はやめてください。他の使用人に示しがつきません。」
「では、クロエさんとお呼びしても……?」
「まぁ、それならば良いでしょう。」
しっぽを振る子犬のように私の後を嬉しそうについてくる美鈴。その様子は非常に可愛らしいものだ。――しかし、懐かれてしまったようです。さぁて、どうしたものでしょうか……。
如何でしょうか?今回投稿の際に少し失敗をしてしまいました。お恥ずかしい……。