紅魔指導要領   作:埋群秋水

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続編を投稿します。どうぞ、ご覧ください。



第3話

 

 

 力を再び抑える。瞬間、お嬢様は床にへたり込んでしまった。旦那様が小声で『怒らせないようにしなければ……』とつぶやいている。

――ふむ、怒っているわけではないのですが。しかし、お嬢様が予想外におびえてしまった。今も奥様に抱かれてしゃくりをあげている。羨ましい。(わたくし)の腕の中で泣いてくだされば良いものを。これからが大変だ……。

 

「で、では、自己紹介も終わったし、食事にでもしようか! なぁ!?」

 

「フフッ。あなた、何を緊張していますの? ほら、レミリア。泣き止んで? 淑女(レディ)は涙を軽々しく見せてはいけないのですよ?」

 

「ヒック……グ、グスッ。……はい。お母様。」

 

「では、食事にしよう。この館では使用人も共に食事をする決まりでな。すまないが先生、門にいる門番を呼んできてくれないか? 玄関ホールはさっき通った階段を下った先にある。他の使用人はもう食堂の方に向かっているから。」

 

「畏まりました。では後ほど。」

 

 一礼した後、私は部屋を出る。その時奥様が私を呼び止めた。話があるらしい。

――やり過ぎてしまったか?

 

「奥様、話とは?」

 

「先生にお礼を言おうと思ってね?」

 

「お礼ですか? お叱りではなく?」

 

「ええ、お礼。クロエ先生、ありがとうございました。私たち夫婦もあの子のことをキチンと叱らなきゃいけないと、わかってはいたのだけれど、どうしても出来なかったのよ。いえ、怒り方が分からなかったと言った方が正しいのかもしれないわね。あの子は生まれながらにして強い力を持っていて使用人の人たちも迂闊に叱れないみたい。あの人もあの人で、自分が強い力を持つせいで迂闊に叱れないみたいなの。私自身も怒ると言うこと自体あまりなくて。クロエ先生みたいに叱ってくれる人が来てくれて良かったですわ。」

 

「私はそんな意識的に行った訳ではないのですがね……。」

 

「だから良いのですわ。レミリアだって慣れていないだけで、クロエ先生が自分のことを考えて言ってくれたんだって分かっているわ。ね?」

 

 そう言うと、奥様の後ろから少しオドオドしながらもお嬢様が現れた。こちらをちらちらみながら、何か言いたそうだ。奥様が『ほら。』とせかすと、覚悟を決めたのか、堰を切ったように話し出した。

 

「さ、さっきはみぐるしいところを見せちゃったけど、いつものあたしは違うからね!?  あなたのことをあたしの“かていきょうし”として認めるわ! ……え、ええと、そうじゃなくて、その、あの……うー……」

 

「いかがなされましたか、お嬢様?」

 

 言いよどむお嬢様。一体何を言い渋っているのか。

 

「あのね? あたし、ちゃんとおべんきょうするから、先生にお願いがあるの……。」

 

「お願い、ですか?」

 

「美鈴がね、門番だからって、いつも一緒にご飯を食べてくれないの。仲間はずれはいや。美鈴をぜったい連れてきて! そうしたら、あたし、ちゃんとおべんきょうするわ!」

 

 なるほど、ずいぶんと可愛らしいお願いだ。私も今や雇われの身、雇用者のお願いとあっては聞かない訳にもいかない。

――それに、“おべんきょう”してくださると仰っていますしね。

 

「畏まりました。少々、食堂にてお待ちください。すぐに参ります。」

 

私は門へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関ホールを抜け、扉を開き、庭を過ぎ、門へたどり着いた。旦那様とお嬢様が仰っていたが、門番の方の名前は“美鈴”というらしい。数年前にこのあたりに旅の末たどり着き、此所の門番として収まったと聞く。

――名前からして東洋の方の出身でしょうか。明という国のあった頃に数日間観光したことはありましたが、今はどうなっているのでしょうか。料理も美味でしたし、大熊猫もかわいかったですね。また行きたいものです。是非とも門番殿とは懇ろにならねば……。

 

おい、そこのお前。」

 

 そんな詮無きことを考えていると、門の影から鋭い声がかかった。続いて声の主が姿を現す。

 見た目はまだ若い女性である。緑を基調としたドレスのような不思議な服を身に纏っている。『龍』という見たこともない、絵のような何かが書かれたバッジを付けた帽子の下、風になびく髪はまるで燃えさかる劫火の様だ。しかし、見た目よりもその近づく者を切り裂くような雰囲気がとても剣呑だ。

――立ち振る舞い、雰囲気から見るに、徒手空拳の使い手の様ですね。しかし、先ほどから体にまとわりつくようなこれは一体……?

 

「私の操る気に気づくとは、ますます何者だ? この館の使用人のようだが、知らない顔だ。」

 

「これが“気”ですか。お初にお目にかかります。私、この度旦那様より家庭教師の役目を頂きましたクロエと申します。以後、お見知りおきを。」

 

「そうか、私は門番をしている紅美鈴だ。で、その家庭教師様がこのような場所に何の用だ?」

 

「旦那様とお嬢様に命令されまして、貴女を晩餐にお連れしに参りました。」

 

「ハァ……、お前は来たばかりで知らない様だから言っておくが、私にそのような気遣いは無用だ。私はこれでも妖怪で食事も絶対ではない。旦那様方には謝っておいてくれ。」

 

「申し訳ありませんが、それは聞けません。」

 

「何?」

 

 美鈴の視線に殺気が混ざる。これは、そこらの木っ端妖怪では手も足も出ないほどだ。

――しかし、私とて引くわけにはいきません。お嬢様の好感度を上げておきたいですしね。

 

「門番殿が来てくれるなら、お嬢様がきちんと勉強すると仰ってくださったのです。家庭教師としてここで引くわけには参りません。」

 

「そんなことを言われても、私には関係ないことだ。さぁ、戻れ。」

 

 言葉はまだ穏やかだが、雰囲気はすでに敵対のそれだ。とりつく島がないとはこのことか。しかし、先ほどからおとなしくしていれば、門番殿の態度は従者としては全くなっていない。

――ふむ、ここは少しオハナシする必要がありそうですね。

 

「そうですか……では、こうしませんか? 勝負しましょう。」

 

「勝負?」

 

「ええ、お互いの意見は平行線。どちらかが折れねばなりません。我を通すなら、ここは一ついかがですか?」

 

 私はニヤリと笑うと片手をあげ、掌を上に、指を曲げ、挑発する。すると、美鈴は意外そうに顔を惚けさせた後、同じく笑った。

 

「なんだ、話が分かる奴じゃないか。ここ最近襲撃者もなく、暇をもてあましていたんだ。それにお前はなかなかに強そうだし、久々に本気で戦えそうだ。」

 

 美鈴の体からオーラのようなものが立ち上がる。アレが“気”と言うものだろうか。

――しかし、先ほどの見立てよりもさらに力が上がりましたね。これは私も油断できません。

 

「旦那様方を待たせております故、申し訳ありませんが早く終わらせますよ?」

 

「ああ、私の勝利と言う形でな。」

 

 互いの間に緊張が走る。

――門番殿は東洋の出身でしたね。では、おそらく……。

 

「いざ……!」

 

――やはり来ましたか。ならば、返しましょう。

 

「……尋常に……。」

 

 

―続く―

 




如何でしょうか?
拙作をお気に入りにしていただいた方が増えてとても嬉しいです。
UAの数も上昇しており……正直……感動しています。
どれもこれも、この作品をご覧頂いた皆様のお力あってこそだと理解できました。
稚拙なものではありますが、末永くよろしく御願いします。

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