どうぞ、ご覧ください。
「……と、まぁ、この様な経緯があった後に
「ええ。貴重なお話しを聞けて大満足です。」
自身の幻想入りの話を話し終えたクロエは文を見送った。誰も居なくなった応接間に静寂が戻る。
何か気になった事があったのか部屋の中を少し見渡した彼女だったが、すぐに何かに気がついたようである。来客もいないのに新しいカップを取り出して紅茶を入れ始めた。
「……黙って覗かれていらっしゃっても、何も面白い事などございませんよ。そんな所にいらっしゃらずに出てきたら如何ですか、妖怪殿?」
「あら、バレていたのね。」
クロエ以外いないはずの部屋に何者かの声が転がった。すると、部屋の隅、何もない空間に一本の亀裂が縦に走った。そしてそれは中心から大きく開かれる。形容するのならばまさにそれは空間に開かれた隙間である。
その隙間から豊かな金の髪をなびかせた女性が現れた。頭にはリボンのような物がついた帽子を被っている。少女のような見た目であるが、その瞳や挙動には一切の隙がない。
その少女に続いてもう一人の女性も姿を現した。一見して妖怪と分かるその容姿は、背後に広がる九つの尾が象徴的だ。札の貼られた帽子を被りまるで道士のような装束を身に纏っている。その所作から先に入ってきた女性の従者のような存在である事がうかがえる。
「貴女とは初めまして、になるかしら? 私、この幻想郷の管理者を務めております八雲紫と申します。こちらは私の式ですわ。」
「八雲藍と申します。」
隙間から出てきた二人が自己紹介をする。彼女らはこの幻想郷を管理する立場にある存在であり、先の「吸血鬼騒動」においてこの紅魔館の主力勢と死闘を果たした相手でもあった。
「これはこれは、ご丁寧な挨拶痛み入ります。
だが、「吸血鬼騒動」の後にこの幻想郷にやって来たクロエは両者の存在を人づてに聞いただけであった。故にこちらからも自己紹介を返す。
クロエは二人をソファに座らせ用意していた紅茶を並べた。丁度良い温度、濃さになるよう計算された紅茶は、そのまま彼女の教養の高さを示す。自身も腰を掛け、毒物が入っていない事を示すため自らが口を付ける。それを見てから目の前の二人もカップを手にした。
(まぁ、こんな事をしても毒が効くとは思えませんし、私自身も毒は効かないんですけどね……)
そんな事を考えながらカップを机に置いたクロエである。二人もカップを机に置いた。
「では、不躾ではありますが、此度の来訪の目的をお伺いしてもよろしいですか?」
クロエは話を切り出した。丁々発止の口撃を交わしても良いのだが、もうすぐ日が暮れてしまう。そうなればこの紅魔館で行う業務が始まってしまうのだ。そのような暇はない。
「そうね……端的に言うならば、あなた方紅魔館の皆様に悪者になって頂こうかと思いまして。」
「悪者、ですか……それはどういった意図を含んでいらっしゃるのですか?」
クロエが聞き返す。紫は我が意を得たとばかりに語り出した。
彼女の言によると、この幻想郷は忘れられた者たちの最期の楽園、妖怪の終の棲家であるという。妖怪や幻想に生きる者にとって、人間の畏れや理解不能がなければ生きてはいけない。しかし、外の世界は科学が進歩し理解不能に根拠をたてて証明してしまった。そして妖怪たちは姿を消してしまっていったという。
それを憂いた彼女はこの幻想郷をつくり、一定数の人間を囲み管理し妖怪と人が共存していける世界を作ろうとしているらしい。
だが、最近はそのバランスが崩れかけてきているらしい。自身の存在のために人間を襲う妖怪たちだが、近頃はそれが少しばかり常軌を逸する事があると言う。だが人間側にもそれに対抗する手段があるが、お互いに喰らい合ってはいつかは共倒れを起こしてしまう。このままでは外の世界の二の舞になってしまうと焦った彼女は、一つの解決策を思いつく。
それこそが「異変」と「命名決闘法」であった。詳細は省くが、妖怪が悪巧みをして人間がそれを打ち砕く。しかも、死者が出ない方法でと言うものである。
その理念は「妖怪が異変を起こし易くする。」「人間が異変を解決し易くする。」「完全な実力主義を否定する。」「美しさと思念に勝る物は無し。」であると紫は語った。
「ふむ……じつに興味深い話です。そしてつまり、その記念すべき最初の異変を我々紅魔館で起こせという話ですね?」
「話が早くて助かりますわ。」
正しく意図が伝わり満足と言った様子で肯く紫。だが、クロエは驚きの言葉を口にするのだった。
「お話しは分かりました。ただ、私のような一従者では判断しかねますので、この館の当主であるお嬢様に話していただけますでしょうか。」
そう、ここまで話させておいての対応できませんであった。これには意表を突かれたようで、ソファに座る二人もポカンとした顔でクロエを見ている。
「……そ、そう。じゃ、じゃあご当主様を呼んできてもらえないかしら?」
紫がそう要請をする。だがクロエはさらに驚きの言葉を続けるのであった。
「失礼ですが、アポイトメントはお持ちですか?」
「ア、アポイトメント……?」
「はい。お嬢様は吸血鬼でいらっしゃいます。まだ日の出ている現在はお休みでしょう。申し訳ありませんが取り次ぎの約束をされていないのであればお通しするわけにはいきません。」
そう言ってクロエは微笑んだ。そして次の瞬間にはその首元に手刀が添えられていた。
「貴様……先ほどから聞いていれば、一使用人風情が紫様を侮辱するなど不敬にも程があるぞ!」
警告を与えたのは紫の従者の藍だった。殺気を漏れ出させ、瞬間に首をはねられると言った構えである。
だが、当のクロエは表情一つかえず言葉を続けた。
「おや、剣呑な事ですね。ですが、そんなボロボロの手では何も出来はしないでしょう?」
「何?」
藍が訝しげに己の手に視線を送る。すると、首元に当てていた手が、筋肉は腐乱し骨は砕け原型をとどめないような状況になっているではないか。それを認めた瞬間、とてつもない激痛が脳へと走る。
「――ッ!?」
慌てて手を引き距離を取る。クロエは身動き一つ取らなかった。もう一度手に視線を送ると、そこには普段と変わらない手があった。動きにも異常はない。だが、先ほど感じた痛みなどは間違えではない。つまり、残された可能性は……
「……幻術か。私に悟られず痛覚神経すらを騙す幻術をかけるなど……貴様、一体何者だ?」
「フフッ、たいした者ではありません。私はあくまでただの家庭教師ですから。」
その言葉を発した瞬間、今まで事の成り行きを静観していた紫が吹き出した。
「アッハッハ! 今の言葉、なかなかに素敵なジョークね。掛詞なんて西洋の方には分かりづらいんじゃなくて?」
「……紫様? どういうことですか?」
「藍、手を引きなさい。貴女では敵わないわ。この家庭教師さんは人間ではないわよ。擬態してはいるけど、その正体は悪魔ね? それこそ、
紫が愉快そうな目でクロエを見る。視線を向けられたクロエは肩をすくめた。
「初めてで分かったのは八雲様が初めてですよ。その通り、私は悪魔です。」
「それも、とびきり古い存在のようね? ねぇ、聞いても良いかしら?」
「どうぞ?」
「貴女のような、表舞台に名を残してはいないようですけど、古い悪魔が500年そこらしか生きていない吸血鬼程度にどうして仕えているのかしら? よければ、私の式にでもならない?」
「紫様!!」
藍が紫をたしなめる。紫はおどけたように微笑むと部屋の隅に隙間を開いた。
「では、また後日書簡を通した約束を取り付けた後に訪問させていただきますわ。」
「八雲様のご来訪、心待ちにしております。」
「あら、お上手♪」
紫と藍は隙間を通り帰って行った。藍は帰り際にクロエの方へと厳しい視線をおくってはいたが。
「……さて、お嬢様に報告しに行きますか。」
一人呟くと、クロエは扉を開け歩いて行った。目指すのは仕えるレミリアの下だ。
「何故、お嬢様に仕えているのか、ですか……何故なんでしょうね?」
その答えが出るのは、何時の事になるのか。その答えは誰も知らない未来にあるのだろう。
如何でしたでしょうか?
次回、やっと異変が始まります。我らが楽園の素敵な巫女さんも登場です。
彼女らの話口調などに違和感等あるかもしれませんが、そこは原作未プレイのにわかの二次創作としてスルーしてやってください。