どうぞご覧ください。
「只今帰りました~」
「あら、遅かったじゃない。」
紅魔館に到着し玄関扉を開けると、そこには美鈴が使える主、レミリア・スカーレットがいた。見た目は幼い少女であるが、その実はとても強大な力を持つ吸血鬼なのである。それを示すかのごとく背中の蝙蝠羽がパタパタと揺れていた。
「お嬢様! どうしたんですか、まだ日は沈んではいませんよ?」
「不思議とね……ここに来た方が良いような気がしたのよ。」
「……それは能力による物ですか?」
レミリア・スカーレットは【運命を操る程度の能力】を持っている。名前を聞くと実に応用が利きそうな無敵のものに聞こえるが、本人すらその能力の全容が理解し切れていない。なんとなくの未来予知に近いかもというのは親友のパチュリーの言である。ただ、最近分かってきたのは、自分や他人の選択肢においてその未来がぼんやりと分かると言う事だ。
「ええ。今日は珍しく早く起きたのだけど、もう一度寝ようかこのまま起きようか迷ったときに、なんとなく起きていた方が良いような気がしたのよ。」
「……関係ないかもしれないですが、実はつい先ほど大妖精さんから本を一冊預かりまして。それぐらいしか珍しい事はなかったんですけど……」
「本? ふーん、それじゃあ、パチェの所かしらね。いいわ、行きましょう?」
きびすを返したレミリアは地下の図書室へと向かった。後に美鈴が続く。
元を正せばただの大きめの書斎であった空間が、曲がりなりにも図書室と呼べる様な規模になってしまったのは、ひとえにその図書室の主であるパチュリー・ノーレッジの影響である。生まれつき魔法使いである彼女は精霊魔法を使う事が出来る。ぜんそくを患っており、身体が弱い彼女はその知識の大半を書物に依存しているため、自然とその蔵書量も増えていった。
紅魔館が幻想入りする前からの知己であるレミリアとパチュリーは、互いを愛称で呼び合う仲であった。その信頼関係はただの友人を越える様にも思われる。まさに紅魔館の参謀と呼ぶに相応しい。
しかし、彼女自身虚弱である事を除いたとしてもものぐさに近い性質らしく、図書室から滅多に外に出ない。それ故に今回のように用事がある際はこちらから出向くしかないのだ。
「パチェ? いるわよね? 入るわよ。」
ノックもそこそこにレミリアは扉を開ける。仲が良いからこその気安さなのだろう。扉を開いたその先にあるのはおよそ館の一室とは思えない大きさの空間である。魔法によって実際の空間より少しだけ広げられたその場所こそが、知識と日陰の少女の居城なのだ。
「パチェ? 居ないのかしら……」
「あっ、お嬢様! どうされたんですか?」
本棚の影から本を抱えた女性が現れた。美鈴と同じ長い赤髪を垂らすその頭には蝙蝠のような小さな羽がついている。
「あら、こあじゃない。」
こあと呼ばれた彼女、正式には小悪魔という名である。彼女自身本来の名前はあったのだろうが、そこまで強い存在では無いため小悪魔という俗称がそのまま名前になってしまっている。「こあ」というのは何時の頃からか紅魔館の中で使われ出した愛称であり、自他共に気に入っているようだ。
彼女はパチュリーによって召喚された悪魔である。とある目的のために為された悪魔召喚の場において呼び出された彼女であるが、目的の悪魔と少し関係があっただけの赤の他人であり、パチュリーを始め他の住民も不必要と判断し彼女を魔界へ帰そうとした。しかし、そもそも小悪魔と呼ばれるほどの存在であった彼女は召喚が初めてであり、「召喚されてすぐ返されては私の沽券に関わります!」といって帰ろうとしなかった。召喚の際に使われた媒介がレミリアの物であった為に、もはや小悪魔というレベルでは無いので魔界に帰っても問題はなさそうなのだが。
その後、紆余曲折を経て彼女はパチュリーの使い魔となる事が決まった。現在は彼女の蔵書を管理する司書のような役割を得ている。ただ、必要とあらば他の業務にもかり出される言わば紅魔館の雑用係なのだ。
「パチェに用事があったのだけれど、いるかしら?」
「パチュリー様ですね。奥の机にいらっしゃいますよ。」
「そう、ありがと。」
レミリアはその言葉を聞くと先に歩いて行った。美鈴はそのまま業務に戻ろうとした小悪魔を呼び止めた。
「こあちゃん、これ、頼まれていたお茶です。」
「わぁ、ありがとうございます美鈴さん!」
「でも、日本茶なんて一体どうするんです?」
「日本茶はのどに良いって言う古い書物をこの前見つけたんです。それに、パチュリー様はあまり動かれないので、利尿作用のあるこれなら嫌でも動かざるを得ないかなって思いまして。」
ほの暗い笑みを浮かべる小悪魔。普段こき使われている鬱憤がちらほらとあふれ出ている。
「……ほどほどにしてくださいよ?」
そう言い残すと美鈴は主人の後を追うのだった。
書斎の奥の机、うずたかく本が積まれた空間に動かない大図書館とも揶揄される少女がいた。
「それで、私に見せたいって言う本はどれかしら?」
前置きをすっ飛ばしていきなり本題を持ち出してきた。どうやらすでにレミリアからある程度の話を聞いていたようだ。
美鈴は抱えていた本をパチュリーに手渡した。受け取ったパチュリーは表紙を一瞥すると半目でこう呟いた。
「あぁ、魔導書ね。確かにこれは妖精なんかじゃ分からないはずだわ。」
そしてそのままぺらぺらとめくっていく。すると、常に眠たげな半目が徐々に見開かれてきた。その顔には驚きが如実に表れている。
「パ、パチュリー様……?」
「……美鈴、この魔導書、どこで手に入れたって聞いたの?」
「無縁塚で拾ったって聞きましたけど、どうしてですか?」
問うておきながら美鈴の返答には答えを返さない。ただひたすらにページをめくっている。
「ちょっと、パチェ!? 一人だけ楽しそうにしてるけど私たちにも分かるようにしなさいよ!」
だが、その声にも返事をしない。一度夢中になると周りの声が聞こえなくなってしまうようだ。エミリアもそのことをよく知っているのか、諦めた様子で近くのソファに身を預けた。
しばらくして小悪魔がやって来た。それとほぼ同時頃にパチュリーも本を読み終わったようで顔を上げた。その瞳は普段の無気力さがうかがえる半目ではなく、自身の好奇心に従う魔法使いのそれである。
笑みを浮かべレミリアの方へと向き直った。そして、この場の全員が驚愕する言葉を口にした。
「レミィ、喜びなさい。クロエ先生に会えるわよ。」
「……なんですって?」
レミリアの顔に驚愕が表れる。そしてそれはこの場に居る全員も同様だった。
「ちょ、ちょっと待ってください……パチュリー様、クロエさんと会えるって、どういう事なんですか……?」
美鈴がおそるおそるといった様子で尋ねる。
「美鈴、貴女が拾ってきたこの本は悪魔の召喚書よ。それも、クロエ先生のね。レミィのお父様の事があって以来行方知れずだったけれど、まさか幻想入りしていただなんて……これも運命の力かしらね?」
パチュリーがレミリアの方を向いてニヤリと笑った。レミリアはまだ状況が飲み込めないというようにほうけていたが、パチュリーの言葉と共に現実へと帰ってきたようだ。
「フッフッフ……かれこれ何百年と掛かったけど、これでようやく先生と会えるのね。良いわ! 早速召喚の準備よ! さぁ、美鈴! 何をほうけているの!? そんなんじゃ先生に怒られちゃうわよ!」
立ち上がり部屋を出て行くレミリア。美鈴も急いでそれに続いていく。残されたパチュリーと小悪魔はその慌ただしさについて行けなかったようだ。
「……全く、レミィのわがままっぷりは結局治らなかったわね。まぁ、でも久々の再会だし仕方ないのかしらね。……こあ? 何をそんなに考えているの? 召喚の準備をするわよ、手伝いなさい。」
「えっ? あっ! は、はい!」
立ち上がったパチュリーは美鈴の拾った魔導書を片手に戸棚の方へと歩いて行く。小悪魔はそれに従いながら考えを巡らせていた。
(悪魔の召喚書……クロエという名前……まさか
「……こあ? 何してるの?」
「あっ! すぐ行きます!」
如何でしたでしょうか。
この頃咲夜さんはまだいない設定となっています。それに関してはまた後日でお願いします。