紅魔指導要領   作:埋群秋水

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かなりお待たせ致しました。続編です。


第5章 紅魔郷篇
第23話


 

 

――日本のどこか、忘れ去られた者たちの最期の楽園・幻想郷。

 

――その一角の霧の湖のすぐ側、視界のテロとも言うべき真っ赤な館。周りの木々の緑と見事に対立しているその館は、その名前を「紅魔館」と言った。

 

――その館はほんの数年前に、この幻想郷に侵入してきた。多くの魑魅魍魎を引き連れて幻想郷に宣戦布告したその館の住人たちの引き起こした異変を、人々は「吸血鬼騒動」と呼んだ。

 

――そう、紅魔館の主は吸血鬼だったのだ。それも、とびきり強力な。群がる雑魚はさておき、紅魔館の主力らの力はまさに一騎当千。幻想郷に古くから存在する強き者ですらその手を焼いた。

 

――それは、妖怪の賢者・八雲紫とて例外ではなかった。

 

――八雲紫は敵の殲滅を早々に断念。講和を主軸とした作戦を展開する。見事大将同士の一騎打ちに勝利した八雲紫は、様々な諸条件を紅魔館側に認めさせる。

 

――だが、相手の言い分も多いに認め、ここに協定が結ばれた。強力な吸血鬼率いる紅魔館は、幻想郷のパワーバランスの一角を担う事になった。

 

――そんな吸血鬼騒動が終わり数年。霧の湖の赤い館が、もはや見慣れた日常となったある日の事だった。

 

――紅魔館は少数精鋭と言うべきか、主力陣の数は片手で足りるほどしかいなかった。

 

――つまり、当主の吸血鬼と友人の魔法使いを除いた従者の数は圧倒的に足りず、門番である赤髪の女性、紅美鈴がメイドの代わりも務めて人里へ買い出しに行くような事も多々あったのだ。

 

――それこそが、物語を進める重要な役割を果たしていた。当主の吸血鬼少女は【運命を操る程度の能力】を有すると言うが、関与していたかどうかについては不明である。

 

 

 

 

 

「――っと。こんなものですかね? ホントあの紅魔館については謎が多いですねぇ。私の『文々。新聞』の良いネタになってくれるのは良いんですけど……あの家庭教師さんの報道規制はキツいですね……。」

 

 烏天狗の少女が一人、自身のメモ帳を片手に呟いた。一人暮らしなのか、家の中は書きかけの原稿やらで汚れている。

 すると、玄関の引き戸からノックの音が聞こえてきた。

 

「文さーん、紅魔館の方からお手紙ですよ。今度は一体何をしたんですかー?」

「ちょっ、人聞き悪い事を軒先で言わないでくださいよ、椛!」

 

 急いで扉を開けると、そこには一人の白狼天狗の少女が立っていた。手紙を片手に呆れたような半目で、目に前の射命丸文(しゃめいまるあや)と言う名の烏天狗を見ている。

 

「人聞きが悪いと仰っても、もうみんな知ってますよ。今更です。」

「あやや……、誤解が広まって心外ですね。もう今日は上がりでしょう? とりあえず中に入ってください。お茶ぐらい出しますよ。」

「えっ!? あ、や、その……し、失礼します!!」

 

 白狼天狗の少女、犬走椛(いぬばしりもみじ)は緊張したように家の中に入っていく。文は床に散乱した原稿の束などを隅に寄せ、座れるだけのスペースを確保した。だが、椛はそんな様子を見ると「私が片付けます!」と言って部屋の片付けを始めた。怒っているようだがその尻尾はパタパタと振られていた。

 しばらくすると、原稿が散乱していた床は久方ぶりにその姿を現し、机の上も綺麗に片付けられていた。部屋の真ん中にちゃぶ台が置かれ、椛と文が向かい合ってお茶を飲んでいる。

 文は椛から受け取った手紙を見ながら苦い顔をしていた。不審に思った椛は疑問をぶつける。

 

「文さん、一体何が書かれていたんですか?」

「隠し撮りした写真や過去に記事について問いただしたいから、一度紅魔館に来いだってさ。」

 

 敬語だった口調は崩れ、親しみを感じさせる雰囲気になった。どうやらこれが彼女の素らしい。

 

「何してるんですか、まったく……」

「とにかく、明日は紅魔館ね。内部潜入の良い機会だわ。」

「知りませんよ、もう……」

 

 椛は呆れてしまっている。天狗二人の夜は更けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夜明け、文は紅魔館にいた。応接間にて自身の新聞を広げられ過去の記事について問われている。目の前にいるのは最近紅魔館の面子に加わった家庭教師だ。

 

「それで、これらの写真は明らかに許可を得ていない盗撮ですが、一体どういう了見なのですか?」

 

 笑顔は本来、威嚇の意志を現すものだという。目の前にいる家庭教師の笑顔を見ていると、その事実はとても納得がいく。

 

(客観的に見たら愛想の良い笑顔なのに、どうしてこんな怖気がするのよっ!?)

 

 文も笑顔でいるが、額には脂汗が浮かんでいる。口の端が少し引きつっている。普段の彼女を知っている者が見れば驚く事間違いなしであろう。

 

(しまったわ……軽ーく謝罪して終わらせようって思っていたのに、家庭教師さんがこんな強力な存在だなんて知らないわよ!? 写真にも何故か収められないし、何者なのよコイツ!?)

 

「……(わたくし)は、あくまで家庭教師ですよ。あくまで、ね。」

「はぇっ!?」

 

(えっ!? 心を読まれた!? 何よ、何なのよ!?)

 

「フフフ、ご安心ください、心は読めませんよ。貴女の視線が私の存在を怪しんでいましたから。『目は口ほどにものを言う』って言うんでしたっけ?」

「えっ? え、えぇ、はい。」

「さて、私としましては、最近この幻想郷に来たばかりですので、知らない事が多いのです。故に今回ご足労頂いたのも単に確認ですよ。」

「か、確認ですか?」

「えぇ、確認です。我々紅魔館としては、appointment、事前に許可を頂ければ取材にはなるべく応じます。故に、この様な盗撮まがいの行為は一切なしにして頂きたいのです。この条件を飲んで頂けるのであれば、どうです、貴女を専属の記者とするのも吝《やぶさ》かではありませんよ?」

ほ、本当ですか!

 

 妖怪の山にすむ天狗は基本的に排他的である。それはつまり外部へのツテが少ない事を意味する。この様に公然と取材の許可が下りる事など滅多にない事だった。さらに、番記者認定まで付いてくる。これはとても魅力的な提案だった。文に断る理由などない。

 

(フッフッフッ……幻想郷でも噂の紅魔館の番記者だなんて! これは思わぬ棚ぼただわ! 情報操作をされるかも知れないけど、その時には知らんぷりで探っても良いわね!)

 

「是非にお願いします! 今後は必ず事前に連絡いたしますとも!」

「そうですか。では、()()()()()()()。」

 

 その瞬間、魔力を介する契約が為された。敏感にそれを感じ取ったらしい文は自分の失態を悟った。と、同時に相手の正体についてある程度の予想が立ってしまった。彼女も吸血鬼騒動の主力勢の一翼だったのだ。西洋の魔物については教えられた。

 

(コ、コイツ、もしかして……!?)

 

「では、早速ですが貴女には私の事をお話しいたしましょう。先ほども申し上げました通り、私はこの紅魔館に務める家庭教師でございます。何を隠そう、魔界より召喚された悪魔ですよ。」

 

(や、やっぱりー!!)

 

「さ、先ほども言ったって、聞いてませんよっ!?」

「おや、申しましたよ? 『悪魔で家庭教師ですよ。』とね。」

「……き、気づくわけないじゃないですか!」

 

 悪魔相手に騙くらかしあいをしたのが運の尽きだったのか。悪魔相手に契約を結んだ以上、破った結末など想像するだに恐ろしい事になるだろう。

 すると、応接間の扉を開いてある者が入ってきた。この紅魔館の当主、レミリア・スカーレットだ。

 

「あら、先生。終わったみたいね。」

「お、終わったって、どういう事ですか……?」

「あら、まだ分からないの?」

 

 小馬鹿にしたように笑うレミリア。見た目がまるで少女であろう相手に嘲笑されては腹が立つかも知れないが、まともに戦っては相手にならないのは文も重々承知している。

 

「一から説明してあげると、貴女が私たちの事を盗撮していたのは随分前から知っていたのよ。でも、力ずくで止めさせるには貴女はすばしっこいし、なにより後々面倒だわ。どうしたものかと悩んでいたときに先生を召喚できてね。相談してみたのよ。ね、先生?」

「はい。ですので、ある程度の自由は与える代わりにこちらで情報の取捨選択をさせてもらいましょうと思いまして。」

 

 どうやら一連の事態はすべて紅魔館側の掌の上だったようだ。真実を前に、文は肩を落とした。

 

「……あやや、天狗ともあろう者が、してやられましたね……こうなれば、毒をくらわば皿までも、ですよ! いろいろ聞かせてもらいます!」

「フフッ、そう言った姿勢は嫌いじゃないですよ。」

 

 ただ、転んでもただでは起きないようだ。本来の彼女らしくなってきている。

 

「早速ですが、家庭教師さん。貴女の事が知りたいですね。どうやってこの幻想郷に来たんですか? 吸血鬼異変の時はいませんでしたよね?」

 

 身を乗り出し、目を輝かせ聞いてくる文。こうなった彼女はもう止まらない。

 

「どうします、お嬢様? 答えてしまって良いのですか?」

「……先生に任せるわ。私はパチェの所に行ってるから。」

 

 そう言うとレミリアは応接間を出て行った。家庭教師は席を立つと、二人分の紅茶を用意し文と自分の前に置く。栄養摂取を必要としない悪魔である彼女が紅茶を飲むのは、ひとえに単なる暇つぶしである。

 

「さて、そこまで長い話ではありません。紅茶を飲みながら楽に聞いてください。」

 

 そう言うと彼女は、少し遠くを見ながら話を始めた。語られるのは自身が紅魔館の面々に再会した時の話だった。

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?
今回から新しい話です。紅霧異変の辺りですね。

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