「そ、そうなん、だ……わたしは、やっぱり、嫌われてたんだね……」
絶望の表情を浮かべたフランお嬢様は不幸な勘違いをしてしまったようだ。
「ま、まて、フラン。さっきのは違う! 言葉を全て聞いてないだろう!?」
旦那様が焦ったように取りなす。今までの会話を聞いていれば分かったろうに、よりにも寄って最悪なタイミングで最悪な言葉を聞かれてしまった。
「……ア、アハハ……わ、分かってたから、大丈夫だよ……ご、ごめんなさい、すぐに出ていくから……!」
お嬢様はそう言い残すと駆けだしていった。ご丁寧に魔法を使って行方をくらませている。旦那様は絶望したように崩れ落ちた。
「な、何てことに……俺は、そんなつもりじゃ……」
「ほうけている暇があったら後を追いますよ! すぐに追わねば。 取り返しの付かなくなる前に、早く!!」
旦那様を無理矢理立たせ、フランお嬢様を追いかける。早く、間に合わなくなる前に! お嬢様の残滓を探る。紅魔館の中にはもういないようだ。一体どこに?
すると、廊下の先から美鈴が駆けてきた。焦ったように誰かを探している。こちらを見つけると猛烈な勢いで迫ってきた。
「ク、クロエさんっ!! い、今、妹様が、すごい勢いで門を走り去っていって!私も止められなかったんですけど、一体どうしたんですか!?」
「落ち着いてください、妹様が最悪の勘違いをしてしまいました。このままだとどうなってしまうかわかりません。私と旦那様は外を探しに行ってきます。美鈴、貴女も別方向を探してください。他の人たちには中で待機するように指示をしておきますから。」
「わ、分かりました!」
美鈴はきびすを返し超人的な速度で走り出していった。恐らく《気を操る程度の能力》によるものだろう。さて、私たちも行かないと……。
――同時刻、湖の
一人の少女は道を歩く。月明かりも雲に阻まれ真っ暗な闇の中。一人淋しくトボトボと歩いてく。
ワタシハ、イラナイ子ダッタンダ……オ父様ニ、ウマレテコナケレバッテ、イワレチャッタ……モウ紅魔館ニハイラレナイヨ……アァ、悲シイナ……
「おっ? なぁ、大ちゃん。あれフランじゃないか?」
「んー? あっ、本当だね。何しているんだろう?」
「呼んでみよう! おーい!! フラーン!」
ウルサイナ……ワタシノ名前ナンテ呼バナイデヨ……望マレナイ子ダッタノニ……コレカラドウシヨウカ……?
「おーい! 聞こえないのかー? フランってばー?」
アァモウ、シツコイナァ……コンナニ悲シイノニ、ダレヨアイツ……アンナノ壊レチャエバイインダ……ソウダ、ワタシニハソウスル力ガアルジャナイカ……
「なんだよ、アイツ! 無視しやがって!」
「チルノちゃん、よしとこうよ……何か雰囲気おかしいよ?」
「構うことないって! アタイ最強だし! よーし、氷でもぶつけてみよっと!」
氷ヲ投ゲテキタ……ヤッパリ敵ダッタンダ……手ノ平ニ、破壊ノ目ヲ移シテ……握リツブソウ……
「……きゅっとして……ドカーン……」
「――ッ!? な、なんだ!? アタイの氷が砕けたぞ!?」
「チルノちゃん、何か危ないよ! 逃げよう!?」
「嫌だ! このまま逃げられるか! もっと、大きい氷を!」
ホラ、マタ攻撃シテキタ……アイツ、壊シチャオウ……両手ニ、破壊ノ目ヲ……サァ、握リツブシテ……
「きゅっとして、ドカーン……」
「また砕かれた! なんだあれ、魔法かな?」
「チルノちゃん逃げよう! って、チルノちゃん……足は……どうしたの……?」
「足……? えっ、あ……い、ぎゃぁぁああぁぁああっ!!? ア、アタイの足が!?
足がない!? い、痛い! 痛いよぉ!」
アレ? ……身体全体ヲ壊シタハズナノニ、足シカ壊レテナイヤ……ウルサイシ、今度コソ壊シチャオウ……
「きゅっとして、ドカーン!」
「ァガッ!!」
「チ、チルノちゃん!? いやぁぁあああぁあぁああっ!!」
モウイイヤ……案外簡単ニ壊レチャウンダナ……ソウダ、ドウセ望マレナインダッタラ……全部壊シチャオゥ……ミンナニ嫌ワレルヨウニ……マズハ……
「……お墓かな……?」
「えっ?」
少女はひとり、夜の道を進む。その表情は、いびつな笑みに飾られていた。
紅魔館の周りを探してみても、フランお嬢様の行方は分からなかった。美鈴にも探してもらっているが……
「弱りましたね……一体どちらに向かわれたのでしょうか?」
「わからん……」
手がかりはゼロ。これでは見つけられる事など出来ない。
だが、ちょうどその時美鈴が息せき切って走ってきた。腕に何かを抱えている。あれは、大妖精?
「クロエさん! 大妖精さんが!」
「どうしたんですか?」
美鈴に抱かれた大妖精は何かにとてもおびえている様子で、カタカタと震えている。
「大妖精さん、どうしたと言うのですか? それに、いつも一緒のチルノはどうしたんですか?」
「チルノちゃん……チ、チルノちゃんが!」
彼女はチルノの名前を聞いた途端に慌てだした。血相を変えて美鈴の腕からおりてこちらに近寄ってくる。
「チルノちゃんが、チルノちゃんがぁ……!」
話を聞くと、夜の湖を散歩していた二人はフランお嬢様にであったのだという。うつむきがちにトボトボと歩いていたその様子に大妖精は不審に思ったのだが、バカのチルノは何も考えず声を掛けた。フランお嬢様はそれに応じず無視を決めたらしいのだが、チルノはそれに反感を覚え攻撃をしかけたと言う。
しかし、攻撃のため投げた氷が空中で粉砕された。続く二投目の氷も同じように粉砕され、チルノ自身下半身を破壊されたらしい。そして続けざまに残りの半身も破壊されたという。
フランお嬢様の魔法にそのようなものはなかったはずだが、新しく作ったとでも言うのだろうか。
――もしくは、能力の目覚め、ですかね?
「それで、フランお嬢様は他に何か仰っていませんでしたか?」
「そういえば……『お墓かな』って言ってたのを聞きました……ぅう、チルノちゃぁん……!」
「お墓、ですか……しかし、大妖精さん。何を悲しんでいるのですか、目の前で友人が破壊されたのは衝撃だとは思いますが、貴女もチルノも妖精なんですから一回休みで終わるでしょう?」
「チ、チルノちゃんは、一回休みからの復活が遅いんですぅ……! あと、三日もチルノちゃんに会えないだなんて、耐えられません!!」
「そ、そうですか……」
こちらは心配ないようだ。どうやら、依存していたのはチルノではなかったらしい。
「旦那様、フランお嬢様は『お墓』と仰っていたそうですが、心当たりは?」
「……すまないが、全く分からん……」
「弱りましたね、折角の手がかりなんですが……」
私たちが悩んでいると、今まで沈黙していた美鈴がおそるおそるといった感じで話に入ってきた。
「あ、あのぅ……この辺りで妹様に関係するお墓は、奥様の物以外にないんじゃないでしょうか?」
「マリアの……? 確かにそうだが、フランは一体何をするつもりなんだ?」
話が見えず首をかしげる旦那様。だが、悩んでいる暇はない。
「旦那様、とりあえず奥様のお墓へ行きましょう。現在唯一の手がかりなんですから。美鈴、貴女は引き続き周辺を探り、情報を集めてください。頼みますよ。」
「分かりました、お気を付けて。」
美鈴に指示を出し、旦那様と二人奥様の墓へと向かう。よもや、旦那様と向かう初めての墓参りがこんな状況だとは思いも寄らなかったが。
――頼みますから、墓前で自殺なんて愚かなことはしないでくださいよ。
私は空恐ろしい妄想を振り払いながら、夜の森を駆け抜けていくのだった。
如何でしたでしょうか。
次で過去編が終了します。