どうぞ、ご覧ください。
紅魔館にパチュリー様が来て数ヶ月が経った。パチュリー様は地下にある旦那様の書庫を根城に書物を読みあさっている。さらに実家から持ち込んだのか、大量の魔導書が増えていた。
お嬢様も話が合うのか、よく書庫に行っては何かしら話をしている。魔法に関する事か、はたまた別の何かか。
フランお嬢様も新しい姉が出来たと喜んでいる。魔法に興味があるのかパチュリー様に教えてもらっているようだ。そして才能もあったようで、スポンジのように知識を吸収している。この調子では、魔法に関しては姉を抜く日も遠くないかもしれない。
美鈴はその《気を操る程度の能力》でパチュリー様のぜんそくの緩和に当たっている。パチュリー様曰く、自身のぜんそくは呪いのような物で時々ぜんそく持ちの子がノーレッジ家には産まれるらしい。そしてその子は類い稀なる魔法の才を持つというのだ。確かにパチュリー様の魔法は素晴らしいものである。最近は美鈴のもつ気の力や、東洋の五行説に興味を持っているらしい。
私はパチュリー様に頼み込まれ、地下の書庫で司書のような業務も行うようになった。確かに彼女はぜんそく持ちで虚弱だ。だが、私も暇ではない。そのような雑事ならパチュリー様自身が使い魔でも召喚すれば良いのに。試しにいつか進言してみよう。ただ、合間合間に魔法について聞かれることもある。契約を結んでいるわけではないので何でも答える訳にはいかないが……まぁ、多少なら良いだろう。
この様に、これだけ見れば紅魔館はとても安定している。使用人の数は激減したが、維持管理が出来ないわけではない。暗くなりがちだった雰囲気も、パチュリー様という存在が一石を投じたようで少しずつ変わってきた。
だが、変わらない者もいる。旦那様だ。相も変わらず常にフランお嬢様を避けている。最近はフランお嬢様に限らず、他の者との関わりすら避けている節もある。お嬢様は半分諦めているようだが、フランお嬢様は自身が嫌われていると感じてしまっている。
――これはそろそろ、直談判するときが来たかもしれませんね。奥様との契約を果たすためにも、話し合いが必要だろう。
「旦那様、お待ちください。」
皆の集まる食堂を通り過ぎ、今日も一人で食事を取るつもりであったのだろう旦那様を呼び止めた。旦那様は聞こえない振りでもするつもりか、そのまま歩き出そうとしたが私は手をつかみ、それを許さない。
旦那様は観念したように立ち止まり、緩慢な仕草でこちらへと振り返った。
「……なんだ、どうしたと言うのだ。」
「旦那様の最近の行動に対し、僭越ながら苦言を申そうかと思いまして。」
私の言葉に旦那様は苦い顔をする。自身の行動にも思い当たる節があるのだろう。
「……お前には、関係ないだろう。家庭教師風情がたいそうな口をきくじゃないか。」
私が召喚された当初と態度が全く違う。これがあの旦那様なのだろうか。
「関係ありますとも! 私は奥様との別れの際に契約を致しました。お嬢様方と、旦那様。貴方をお守りすると。貴方がその態度を貫けばこの紅魔館は何時の日か崩壊します。旦那様、本当にそんな状況を望んでいらっしゃるのですか?」
「……分かった。ここじゃまずいだろう。部屋に来てくれ。」
場所を変える提案をしてきた。たしかにこんな廊下では話しにくいこともあるだろう。
「かしこまりました。」
私は旦那様と共に私室へと向かうのだった。
――同時刻、食堂にて。
「ねぇ、お姉様。今日もお父様はいないの?」
輝く金髪と、およそ翼とは思えない宝石の付いた枝のような羽を持った少女、フランドール・スカーレットは淋しそうに呟いた。
「……えぇ、そうね。きっと疲れているのよ。お部屋で食べているわ。」
それに答えたのはお姉様と呼ばれた少女、レミリア・スカーレットである。妹の前でなるべく見せまいとしているのだろうが、不機嫌な様子が漏れている。
「……やっぱり、わたし嫌われてるのかな?」
「そ、そんなことないわよ!? ただ、ちょっと疲れてるだけよ。あの人は別にフランの事を嫌ってるわけじゃないわよ。ねっ?」
「でも……」
悲しそうな顔をするフラン。一人の子供として、父親に嫌われることは辛いだろう。周りにいる同居人達も辛そうな顔をする。
「……決めた。」
「何を決めたんですか? フランお嬢様。」
赤髪の門番、紅美鈴が尋ねる。普段から周りを明るくしようと努めている彼女だが、今ばかりは真剣だ。
「わたし、お父様ときちんとお話ししてくる!」
「えっ、ちょ、フラン!?」
姉の制止も聞かず食堂を飛び出すフラン。レミリアはそれを急いで追いかけようとした。
「待ちなさい、レミィ。」
しかし、それを止めたのは最近加わった紫髪の少女、パチュリー・ノーレッジだ。紅魔館に来て日が浅いはずなのに、その態度たるや古参者のようだ。
「何でよっ! 急がないと間に合わないわ!」
「このままの状態を続けていたって、それこそ何の進展もないわ。時が解決するような問題なんて限られているのよ。黙っていて気持ちが通じるわけじゃないし、ここらでしっかり話し合った方が良いんじゃないかしら?」
一分の隙もない正論を唱えるパチュリー。自身も理解できるのか、立ち止まりもどかしそうにするレミリア。
「ぅ~、もどかしいわね、自分がこんなにも無能だなんて思わなかったわ!」
「そ、そんな、無能だなんてそんなことを仰らないでください。お嬢様は紅魔館のみんなの事をよく考えてくれてますって!」
「……そう、かしら。」
「そうよ、レミィ。貴女は良くやってるわ。私の事だって気に掛けてくれて感謝しているわ。それに、この場にもう一人いない人がいるでしょう?」
パチュリーがある事実を指摘する。そのことに気がついた一同は期待するような雰囲気に包まれる。
「……確かに先生がいないわ。」
「ええ。あの人はさっき廊下に出て行ったわ。廊下で何か話し合っていたみたいだし、期待して良いんじゃないかしら?」
その場にいる全員が黙った。その心は一様に、不安と匹敵するほどの期待が渦を巻いていた。
「それで、旦那様。なぜフランお嬢様を避けていらっしゃるのですか?」
場所を廊下から旦那様の私室に移し、私たちは向かい合った。仮にも主従であるので、旦那様は席に座り、私は対面する形で立っている。旦那様は私の問に押し黙っている。だが、探り探りと言った様子で言葉を吐き出していった。
「……アレは、フランは、マリアによく似ている。髪色こそ私と同じだが、風貌は昔見せてもらった、彼女の幼い頃にそっくりだった……だからこそ、なんだろうな。フランを見るたびに、彼女を、マリアのことを思い出してしまうんだ。」
旦那様は結局の所、未だに奥様のことを引きずっておられるようだ。ポツポツと語るその姿は、叱られた幼い子供のようだ。
「……笑ってくれ、俺は死んだ妻を思い出すからと言って娘を避けていたんだ。」
「旦那様……」
その言葉は、姿は、深い悲しみを如実に表現している。旦那様自身も辛いのだろう。自分の娘に妻の姿を重ねてしまう。それも否応なしにだ。
「それに、最近は紅魔館全体の雰囲気も、見ていると辛いんだ。明るい雰囲気を見ていると、そんなことはないと分かっているのに、皆がマリアのことを忘れてしまっているような気がしてな……」
「……旦那様、僭越ながら申し上げますと、皆一様に奥様のことを今も思っております。お嬢様も秘密にしていますが、未だに涙で枕を濡らす日もあります。美鈴は3日に1回は奥様のお墓へ花を手向けております。フランお嬢様とて、なき母の面影を求めております。最近いらっしゃったパチュリー様でさえ、悲しむお嬢様方を見ては心を痛めております。」
そう、皆無理に明るくしようと努めているのだ。全ては未だに奥様のことを引きずる旦那様のために。
「だと言うのに、旦那様、貴方の今の体たらくと言ったらどういう事なんですか? それでもスカーレット家のご当主ですか? 悲しいのは分かりますが、当主たる貴方が何時までも引きずっていてどうするというのです! お嬢様をご覧なさい! あの齢にして貴方の代わりにこの紅魔館をまとめようとしておられる! 悲劇の主人公を気取るのもほどほどにして頂きたい!」
「――ッ!」
私の言葉に旦那様は少なくない衝撃を受けたようだ。
「先ほどの無礼な言葉遣いは謝罪いたしましょう。しかし、その内容までは取り消しません。貴方が、アレイスター・スカーレット様が何時までもそのような体たらくでは困るのです。どうぞ、今一度お考えください。」
私の言葉に、呆然とする旦那様。魂が抜けたように椅子にもたれかかり、天井を見つめる。しばらくの後に今度は顔を下げ、うつむいた。
「……結局の所、俺が、誰よりも幼稚だったみたいだな……」
「心中はお察しします。ただ、心にキリをつけて頂かねば、奥様も浮かばれません。」
「あぁ、そうだな。」
旦那様は立ち上がり、部屋の壁に掛けられた一枚の絵に目を向ける。それは旦那様とお嬢様と、奥様が描かれている家族絵だ。私の召喚前に描かれた物らしい。それをいとおしげに見つめながら旦那様は呟いた。
「……しかし、フランには悪い事をしてしまった。俺の幼稚な意気地のせいで、辛い思いをさせてしまった。」
「分かっていらっしゃるなら、行動で表していただかないと。それよりも、旦那様の一人称が俺となってますが……」
「昔は俺だったんだよ。マリアに出逢ってから僕にしてたんだがなぁ。」
遠い目をしながら感慨にふける様子の旦那様。そして、あの言葉を呟いてしまうのだった。
「こんな思いをするぐらいなら、」
あぁ、破滅の時が、音をならして近づいてくる。
「いっそフランは紅魔館に産まれてこない方が良かったのかもしれないな。」
「…………お、お父、様? い、今の言葉は、ほんとうなの……?」
この場にいないはずの、幼い少女の絶望に満ちあふれた言葉が、響き渡る。私と旦那様は同時に振り返った。そこにいたのは、大きな瞳いっぱいに涙を浮かべた、フランお嬢様だった。
如何でしたでしょうか?
もうすぐで原作の辺りに到達できそうです。……たぶん。
それに伴って、今書いているこの作品の表紙絵になるイラストも挙げたいと考えています。その暁には見てみてください。