紅魔指導要領   作:埋群秋水

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お待たせ致しました。どうぞ、ご覧ください。


第18話

「美鈴、先ほどの発言は冗談では済まされませんよ。それを踏まえた上でもう一度尋ねます。一体どうしたって言うのですか?」

私のほうだってわかりません!! しかし、私にそれを伝えに来たメイドが言っていました! 妹様は無事に産まれたってこと、だけど! 奥様がご危篤だって! 危ない状況だって!!

 

 そこまで叫ぶと美鈴は泣き崩れてしまった。(わたくし)に体重を預け、ズルズルと崩れ落ちてゆく。

 私自身も今来たばかりで状況が分からない。だが、今の言葉が真実ならば部屋の前にいた使用人達の雰囲気の暗さに納得がいく。

 

「医者殿、今の言葉は本当なんですか?」

「……うむ、本当だ。奥様は妹様をお産みになったことでだいぶ体力を消耗なさってしまってな。もともと体調に不安があったのじゃが、まさかこのタイミングでのご出産になってしまうとは。正直、今夜が峠となるじゃろうな……」

 

 なんと、美鈴の言葉は本当だったようだ。確かに奥様はもともと身体が弱かったが、さらに弱まっていたタイミングに妹様のご出産が重なってしまったようだ。不運きわまりない。

 私が美鈴をなだめようとしゃがもうとしたその時、背後に何者かの気配を感じた。振り向くと、そこにいたのはお嬢様だった。まずい、今の話を聞かれたか?

 

「せ、先生……今の話は、本当、なの? お母様、死んじゃうの……?」

 

 しっかり聞かれていたらしい。最悪だ。

 

「お嬢様、落ち着いてください。誰も死ぬとは申しておりません。ただ、少し体調を崩していらっしゃるだけです。」

「で、でも、お母様は最近体調が悪そうだったわ……やっぱり……」

 

 ダメだ、混乱していらっしゃる。なんとか説得しなくては……

 

「お嬢様、とにかく一度落ち着いてください。そこで騒がれては妹様に障ります。お姉さんになるのでしょう?」

「――! そ、そうね……分かったわ。」

 

 無理に動揺を押さえ込むお嬢様。これで一安心かと思ったその時、一人のメイドが奥の部屋から出てきた。そして私たちの方へと近づいてきて口を開いた。

 

「お嬢様、クロエ様。奥様方がお呼びです。こちらの部屋へ、どうぞ。」

 

 せっかくお嬢様が落ち着いたというのに……悪い事は続くと言いますが、今回ばかりは外れないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妹様の寝ているその奥、扉の先にはベッドに横たわり動かない奥様と、その側で椅子に腰掛け、悲壮感を漂わせる旦那様がいた。

 

「レミィ、先生……申し訳ないのだけれど……こっちに来てもらえないかしら。」

 

 とても弱々しい声で奥様が話しかけてきた。悪魔である私にはその声と様子、雰囲気で全てを悟ってしまうことが出来た。

 ――もう、手遅れです。

 

「お母様!!」

 

 お嬢様が半分泣きながら奥様のもとへ駆け寄っていく。旦那様がゆらりと立ち上がり席を譲った。

 

「フフッ……レミィったら、なんて顔しているの? そんなのでは……淑女(レディ)として……いいえ、お姉ちゃんとして失格ですわよ?」

「そんなこと関係ないわっ! ねぇ、どうして、お母様、なんでなの? せっかくフランも産まれて、家族が増えて、みんな幸せなのに、どうして、お母様は辛そうなのよっ!?」

 

 限界だったのだろう。幼いながらにも悟ったのだろう。ここまで言葉を振り絞ると、お嬢様は声を上げて泣き出し、奥様のベッドに顔をうずめてしまった。

 

「……泣かないでちょうだい、レミィ。……ほら、フランの、妹の顔を見たのでしょう? 私も見たの。すっごい、可愛かったですわ……レミィが泣いていたら、恥ずかしいわよ?」

「……でも、でもっ!」

 

 お嬢様が顔を上げた。その顔は涙やらでぐちゃぐちゃだった。奥様は弱々しく笑うと枕元にあったタオルでその顔を拭いた。

 

「泣かないで、レミィ。お母様ね、嘘はつきたくないの。だから、正直に言わせてもらいますわ……もう、お母様は……長くはありません。」

「やめて! お母様、聞きたくないわっ!!」

「そうだぞ、マリア! 何を弱気になっているんだ!」

 

 お嬢様と旦那様が反論する。しかし、私はしなかった。いや、出来なかった。それは、死を覚悟し迎え入れる者にとっての冒涜に当たるからだ。

 

「弱気なんかではありませんわ、アナタ……自分の事は自分が一番よく分かりますの。私はもう保ちませんわ……だから、だからこそ……最期に見る、愛する人たちの顔が、泣き顔だなんて耐えられませんわ……ねっ? 笑ってちょうだい……アナタ? レミィ?」

「いくらでも笑う。笑うから! だから、最期だなんて言わないでくれ……僕を置いていかないでくれ、マリア……」

「お母様……お母様……」

 

 二人は涙で崩れた、ぐちゃぐちゃな笑顔を顔に浮かべた。冷静に見ると、それはとても、笑顔とは呼べない代物であろう。

 

「フフッ……二人とも、面白い顔……満足ですわ。」

 

 奥様はそれでも満足そうに笑っていた。

 

「クロエ先生……そこにいらっしゃいますか?」

「ええ。おりますとも。もしや、奥様。目が?」

「……そんなことないわ。だって先生、気配がしないんですもの。」

 

 嘘か本当かは分からない。ただ、最期の時が近づいているのだろう。

 

「先生、()()()()……()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()?」

御意 ご主人様(イエス マイロード) この命に代えましても、()()()()()()()()。」

「頼もしいわ……」

 

 ここまで話すと、奥様はまっすぐ天井の方を向き、静かにまぶたを閉じた。そして、おそらく最期になるであろう言葉をつむぎだす。

 

「私は、幸せでした……愛する家族に囲まれ……友人にも、恵まれ。最期に、愛する娘を産むことが出来ました。どうか、フランの事を守ってあげてちょうだいね……仲良くしてくださいまし……私は、マリア・スカーレットは、幸せでしたわ……」

「お母様……? お母様!!」

「マリア……目を覚ましてくれ! マリアァ!!」

「……旦那様、お嬢様……」

 

 幸せだった。その言葉を残し、スカーレット家の当主伴侶、マリア・スカーレットは永遠の眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥様の葬儀はしめやかに行われた。周辺の人間、各地の有力者、交友のあった人物、友人というノーレッジ家の人々。奥様の人柄を表すかのように、数多くの人々がその葬儀に集まった。

 使用人一同はその忙しさに追われ、ろくに悲しむことも出来ないようだ。美鈴でさえ次々とくる来客への対応に追われている。

 しかし、葬儀も終わりある程度の落ち着きが紅魔館を包むと、ふとした悲しみが使用人にも現れるようだ。美鈴が門の影で一人泣いているのを見たこともある。

 お嬢様は奥様の死後、スカーレット家の長女たらんとして立派に来客対応をしていた。私の教育の成果が発揮される場面が、身内の不幸によるものだとは思いもしなかったが。

 そんなお嬢様は新しく産まれた妹様の手本となろうとしたのか、幼い言動は身を隠すようになっていった。「あたし」と言う一人称もいつしか「私」になっていた。悲しいことがきっかけだが、お嬢様は確実に成長されている。

 旦那様はあれから「抜け殻」と呼ぶのが相応しい雰囲気をまとっている。使用人の中にもそのような姿を見て限りを付ける者もいるらしい。

 奥様の死はこの紅魔館に多大な影響を残していた。では、かくいう私は? 私は何ら変わらない。所詮は悪魔だ。世話になった召還主の伴侶が死んだが、私には関係ない。ないはずだ。だが、どこか空虚な気分にはときどき襲われる。わからない。だが、最期に交わした契約は違えてはならない。残された旦那様、お嬢様、そして妹様をお守りしよう。

 

 

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?
しばらく忙しいので投稿できなさそうです。ごめんなさい。

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