紅魔指導要領   作:埋群秋水

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お待たせ致しました。続編でございます。

この次位で日常篇を終わりにする予定です。もうしばらくお付き合いください。


第16話

 湖での夜の散歩を終え、(わたくし)達は紅魔館へ帰ってきた。時計を見るとディナーまであと少しという所だ。

 門へつくと、呪いが解け元の大きさに戻った美鈴が立っていた。いつもと変わらない呑気そうな顔をしている。現在は勤務時間外のはずだが、実に勤勉なことだ。単に、他にやることがないだけかもしれないが。こちらに気がついた美鈴が手を振って挨拶してきた。実に平和な光景である。が、私はそこに違和感を得た。

――この懐かしい、食欲をそそる匂いは、恐らく……

 

「お帰りなさい、お嬢様。クロエさん。」

「今帰ったわ、めーりん。」

「もうすぐディナーです。手洗いうがいをなさった後、食堂へどうぞ。何でも良い食材が手に入ったそうですよ?」

「ほんとっ!? それは楽しみだわ! いそがなくちゃね!」

 

 お嬢様はそう言い残すと館の中へ走って行った。私は美鈴の方へ向き直るとねぎらいの言葉をかけた。

 

「食材調達ご苦労様でした。ヴァンパイアハンターですか?」

哎呀(アイヤ)ー。分かっちゃいますか。これでも綺麗にしたつもりなんですけど・・・・・・」

「スカーレット家の家庭教師たる者この程度の事が分からなくてどうします? 貴女から匂わずとも、空間にはこびりついていますとも。」

「そう……だったんですか。」

「まぁ、少なくとも気づくのは私ぐらいでしょう。大丈夫ですよ。」

「良かったです。お嬢様にはあまり私の血なまぐさい所は見せたくないんです。お嬢様ってなんかこう、私から見たら丁度娘みたいに感じるんですよ。」

「ほう、娘、ですか……」

「あっ! も、もちろん不敬だって事は分かってますよ!?」

「別に構わないでしょう。この世のみんなおともだち、なんて事はあり得ない訳です。しかし、味方が多いに越したことはありません。どのような気持ちであれ、お嬢様に味方してくれるというのでわれば文句はありません。」

「……そうですか、そうですよね! 私はお嬢様のお味方ですとも! この命続く限り!」

 

 美鈴はやる気を新たにしているようだ。大変結構である。

 

「それはそうと、クロエさん。」

「どうしました?」

「食事の後で、奥様がある発表をするらしいですよ?」

「発表、ですか……」

 

 散歩の前に聞いたノーレッジ家のご息女の事であろうか。しかし、わざわざ全員が集まる食堂で発表するような事ではあるまい。では、一体何だと言うのだろうか。

――まぁ、楽しみにしておきましょう。

 

 私は美鈴を連れて食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日最後の食事が終わった。美鈴が捕獲したというヴァンパイア・ハンターも晩餐の一皿を飾っている。忘れられては困るが、旦那様方は歴としたバケモノなのだ。自ら積極的に人を襲うことはないが、それでも降りかかる火の粉は払わねばなるまい。無論、なめられないように、徹底的に、だ。

 お嬢様も人肉に抵抗はない。見た目は棒付きキャンディーをなめているのが似合うお子様とはいえ、その実立派なバケモノである。素晴らしいことだ。

 さて、現在は食後のブレイクタイムである。食堂に穏やかな雰囲気が流れる。すると、旦那様と奥様が突然立ち上がり、一同を見渡した。その場にいる全員が注目する。

 

「諸君! 今宵はみんなにある知らせがある! この度、我が妻、マリアが二人目の子どもを身ごもった! 医者によると女の子だそうだ!」

「「「おおぉぉ!」」」

 

 食堂にざわめきが広がる。実にめでたい事だ。隣に座るお嬢様は目をキラキラさせて立ち上がり、奥様の元へと駆け寄った。

 

「ほ、本当なの!? お母様、あたしに妹が出来るの!?」

「えぇ、本当ですわ。レミィもお姉ちゃんになるんだから、しっかりしなきゃダメよ?」

分かったわ! あたし良いお姉ちゃんになるわ! やったー!!

 

 翼をパタパタとはためかせ、少し浮き上がりながら喜ぶお嬢様。やはり姉弟姉妹が欲しかったようだ。

 その後、使用人達が次々と近づき賛辞を述べていった。笑顔で受け入れる旦那様方。

――ふむ。悪魔の私は子を孕む事はありませんが、あそこまで幸せなものなんですかね?

 

 すると、美鈴も奥様に祝いの言葉を贈ろうとしたのか、私の後ろを通ろうとした。

 

「待ちなさい、美鈴。」

「うぇ? どうしたんですかクロエさん。」

「ただでさえ現在、多くの使用人が詰めかけているのですから後になさい。……後で私と共に行きましょう。」

「うーん、それもそうですね。では、後で向かいましょう!」

 

 美鈴は方向を変えて席へ戻っていった。さて、お祝いの言葉でも考えましょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私、美鈴は現在旦那様方の部屋へ続く長い廊下を歩いている。隣には何でも出来ちゃう完美超人(ワンメイチャオレン)のクロエさんも一緒だ。

 クロエさんは悪魔らしいけど、そんな素振りは一切見せない。お嬢様の家庭教師、お付きの従者として完璧な方だ。私はただの門番に過ぎないが、見習うべき事はたくさんある。つい先ほどの場面だって、私の気遣いが足りなさが引き起こしかけた失敗だって、寸前で止めてくれた。何というか、お姉さんみたいな人だ。

 

「美鈴、着きましたよ。何か考え事ですか?」

 

 おっと、いけないいけない。

 

「いえ、没問題(メイウェンティ)。大丈夫です! 入りましょう!」

 

 私たちは部屋に入るべく、扉をノックした。

 

「失礼いたします。クロエと美鈴で御座います。」

「ん? 珍しいな。入ってくれ。」

 

 旦那様の声だ。許可が出たので私たちは部屋へ入る。部屋の中には旦那様と奥様、そしてお嬢様もいらっしゃった。家族水要らずだったのかもしれない。申し訳ないことをしたかも……。

 クロエさんも同じ事を思ったのか、申し訳なさそうな顔をして、

 

「これは気づかずに申し訳ありませんでした。奥様のご懐妊をお祝い申し上げようと参りまして。すぐに退散いたします。」

「あら、良いのよ。今は今度生まれてくる娘の名前を考えていましたの。この二人ったらネーミングセンスが壊滅的ですの……良かったら二人も考えてくれないかしら?」

「マ、マリア!?」

「お母様!?」

 

 なんとまぁ、辛辣ですねぇ。

 しかし、名前かぁ……私の母国語だと合わないだろうし、ここはクロエさんに期待ですねっ! 私の視線に気がついたのか、クロエさんが思案気に目を伏せる。そして数刻の後、その口を開いた。

 

「そうですね……僭越ながら、今度生まれてくる妹様の御髪(おぐし)の色が、奥様やお嬢様と同じなら『翡翠色の月』という意味のモアジェード(Mois Jade)、旦那様と同じ金色でしたら『金色の炎』と言う意味のフランドール(Flamme d’ Or)なんて如何でしょう?」

 

 おぉ、流石のセンスです。……後ほど聞くとフランス語だと言っていました。さすがオシャレ!

 

「良いですわね! ね、あなた?」

「う……うむ、流石は家庭教師なだけはあって、センスにあふれている。僕と並ぶだろう!」

 

 旦那様は何故か自信満々だった。……正直、旦那様のネーミングセンスは、ちょっと、何というか、微妙なんですけどねぇ……

 何はともあれ、次に生まれてくる妹様のお名前はその髪の色で決まることになった。青色ならモアジェード、金色ならフランドールだ。短くするなら、モア様とフラン様って所かな? これは楽しみになってきました!

 私はこれからの日々が楽しくなることを心から信じ、この紅魔館を必ず守り通すことを胸に誓ったのだった。

 

 

 

 

 

――あの、悲劇が起こるその時まで。

 

 

 

―第3章・完―




如何でしたでしょうか。

皆様はご存知でしょうか? あの東京のスカイツリーの近くにある金色のアレみたいな雲のオブジェを。
あれ、金の炎らしいですね。まさにフランドール。僕は初めて知りました。

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