今回、⑨が登場します。
それではご覧ください。どうぞ!
湖畔をしばらく歩いていると、異様に寒い一帯に入った。この時期ではあり得ない気温だ。
「お嬢様、理由は分かりませんが冷えて参りました。こちらをお召しください。」
こんなこともあろうかと用意してきた上着をお嬢様に着せる。
「わぁ! ありがと、先生。……でも、なんで持ってるの?」
「スカーレット家の家庭教師たる者この程度の事が予想出来なくてどうします? あと、よろしければここらでお茶に致しましょう。」
私はいつもの様にベンチセットを物質精製し、亜空間から温度の変わっていないお湯の入ったポットを取り出し紅茶を用意した。お嬢様はもはや慣れっこでその様子を見ていた。
「お待たせいたしました。本日は先日の英国散策で入手いたしましたTWININGSのレディグレイをご用意いたしました。おやつにはマカロンをどうぞ。」
「いつもながら美味しそうね。」
「おぉ、アタイこんなうまそーな物初めて見たぞ!」
「お褒めにあずかり恐縮で……」
――何か知らない声が聞こえた気がしましたが。
お嬢様も不審に思ったらしく、二人そろって声の発生源に目を向けた。するとそこには、青色の服を着た、お嬢様と同じくらいの背格好の青髪の少女がマカロンを物珍しそうな顔で眺めていた。いつの間に来たのか、氷で作った椅子まで用意していた。背中には氷の結晶のような羽が浮かんでいる。妖精にしては大きい個体だ。お嬢様が声を掛ける。
「……おい、キサマ。一体全体何処の誰だ? 挨拶もなしに同じ卓につくなんて、あたしを誰か知った上での狼藉なんだろうな? 返答次第では細切れになるぞ……!」
明らかに不機嫌な調子で、けんか腰で話しかけるお嬢様。
「……? おまえ誰だ? 見たことない奴だな?」
「……ッ!!!!」
妖精少女は相手が誰だか知らない様子で首をかしげる。流石はバカの代名詞とも言われる妖精だ。普通の人間ならこの威圧感で失禁していてもおかしくは無かろうに、何処吹く風と言わんばかりに受け流して、否。感じることすらも出来ていない。
妖精少女はマカロンを口にし、感動したかのように叫んでいる。とても幸せそうな顔だ。対照的に、お嬢様の機嫌は絶不調この上ない。キレる寸前で踏みとどまっているのは私がいるからだろう。
――間違っても言葉に出来ませんがお嬢様はワガママでいらっしゃいますし、自分のことを無視される様なことは我慢ならないでしょうしね。
お嬢様の我慢が限界に達し、妖精少女がミンチとなって一回休みにならんとしていたその時、遠くから声が聞こえてきた。
「……ちゃ~ん。チルノちゃ~ん! 何処行ったの~?」
見ると、遠くから別の妖精少女が飛んできた。誰かを探しているのか名前を呼んでいる。目の前にいる妖精少女と似たような服に、緑髪。どこか虫のそれに似た羽。気弱げな瞳は様々な方向を探している。
――また妖精にしては強力な個体ですね。チルノという人物を探している様ですが、恐らく目の前のこの妖精がそれでしょう。今気がつきましたが、お嬢様が探していた妖精とは、もしかしなくともコイツらで間違いないでしょう。と言うよりも、目の前のこのチルノとか言う妖精、何勝手にマカロンを食べているのでしょう。いえ、美味しいのは何よりですが。
お嬢様は言い出すタイミングを見失い、目の前で消えていくマカロンを目で追い、もはや呆然としている。もはや泣いてしまいかねない。ここは私が……。
「そこの貴女。……貴女。聞きなさい。マカロンを食べるのをやめなさい。」
「マカロンって言うのか、これ! おいしーなっ!」
「ありがとう御座います。いえ、そうではなくて、あそこで呼んでいらっしゃる彼女はお知り合いの方ではないですか?」
「んー? ……あっ、大ちゃんだ! おーーいっ! 大ちゃーーん!!」
チルノは大声で声を上げながら手を振った。遠くの彼女も気がついたのかこちらを見て驚いている。そして急いでこちらへ向かってきた。
「良かった~、チルノちゃん急にいなくなっちゃうんだもん。探しちゃったよ。……ところで、こちらの人たちはだれ? 知り合いなの?」
「知らない!!」
何故かは分からないが、自信満々に言い張るチルノ。その言葉に大ちゃんと呼ばれた彼女はため息をついた。どうやらいつも苦労しているようだ。
「……チルノちゃんが迷惑をかけました。ごめんなさい。私は大妖精と呼ばれています。こっちはチルノちゃんです。この湖の辺りで暮らしています。」
どうやら彼女は話が通じるようだ。マカロンを食べられ、未だ半分放心状態のお嬢様には新しいマカロンをお渡ししておく。
「初めまして。私はこの湖の畔にある紅魔館で家庭教師をしております、クロエと申します。こちらは紅魔館当主のご息女のレミリアお嬢様です。」
「紅魔館って、あの吸血鬼が治めているって言う場所ですか!? しかも、その主の娘様って言うと、まさか……」
「ええ、そのまさかで御座います。お嬢様も吸血鬼、しかもとびきり強力な存在でいらっしゃいます。」
私がそう告げると大妖精は「ヒ、ヒェエエェエェエ!」と叫び、気絶せんばかりに顔を青ざめさせた。彼女は妖精の中でも知能が発達しているらしく、正しく力関係を把握しているらしい。
「す、すみませんすみませんっ!! うちのチルノちゃんが大変ご迷惑をおかけしましたっ! 許してもらえるとは思ってませんが許してくださいお願いしますっ!!」
彼女は地に頭をこすりつけ必死に謝罪してきた。吸血鬼という存在を知り、その力の一端でも理解できているなら当然の反応ではある。
――しかし、まさかこんなところで伝聞でしか聞いたことが無いドゲザを見ることが出来るだなんて、地上は本当に面白いですね。しかし、ここまでするとは彼女にとってこのチルノとか言う妖精はそこまで大切な存在のようですね。……私としては別に迷惑も被っていませんし、むしろ珍しい物が見られたので文句は無いのですが……。
プルプルと震えながら頭を上げない大妖精を尻目に、私はお嬢様の方を見た。お嬢様は少し目を離した隙にすっかり機嫌をなおして、チルノと話し込んでいる。先ほどまでの険悪なムードは何処へやら、得意げに自身の事を話すお嬢様と、目を輝かせながらそれを聞いているチルノ。その構図はガキ大将とその子分と言った様子である。二人仲良くマカロンと紅茶を口にしていた。
「大妖精さん、頭を上げてください。先ほどの謝罪を受け入れましょう。貴女のご友人のなさったことは不問と致します。お嬢様も気にしていらっしゃらない様ですし、どうやら仲を深めていらっしゃるご様子ですので。」
「ほ、本当ですかぁ! あ、ありがとうございます! うぅ、よかったよう……。」
余程怖かったのかポロポロと涙を流しながら安心していた。私の知っている範囲では旦那様方はべつに妖精を大量虐殺したなど聞いたことも無いが……。
いざこざも解け、改めて自己紹介を行った。青髪の妖精はチルノという名前で、“冷気を操る能力”を持つという。夏場は側にいたくなる能力だ。緑髪の彼女は大妖精、チルノからは大ちゃんと呼ばれているそうだ。他の妖精と同じく特に名前は無く、周りの妖精よりも大きな力を持つから大妖精と呼ばれていたという。
彼女自身普通の妖精と同じく能力など持ち合わせていないが、特筆すべき点として一回休みからの復活時間の異様な早さである。普通は平均して半日、早くても1時間は掛かるのだが、彼女の場合1分も掛からないという。さらに、自らの意志で一回休み状態になることもでき、その場合復活は5秒に短縮されるという。彼女の特技はそれを駆使した一種のテレポートである。しかし、それが出来るのは妖精の力が高まる豊かな自然のある地域に限られるらしい。
――私個人としては話の通じるその知性こそ最大の特徴であると思いますが……周りがバカばかりなのに自分だけ知性を持ってしまったら、この様に苦労してしまうのですね。
私が密かに同情していると、そろそろ良い時間になってきた。懐中時計を取り出し時間を確認する。
「お嬢様、そろそろ夕餉(明け方近く)の時間で御座います。」
「あら、もうそんな時間だったかしら。それじゃあ、帰りましょう?」
「もう帰っちゃうのか。また遊ぼうな!」
お嬢様とチルノの間には友情が結ばれたようだ。
「今日はありがとう御座いました。紅茶、美味しかったです。」
「恐縮です。またご用の際は紅魔館へお越しください。門番の者には話を通しておきますので、用件を伝えてくださればお伺いします。」
私も彼女と何か苦労している者同士の繋がりを感じた。ベンチセットをしまい紅魔館へと帰る用意をする。チルノらもまたどこかへと行くようだ。
「ではお嬢様、館へと参りましょう。旦那様方も首を長くして待ってらっしゃいますよ。」
「そうね。子分も出来たことだし、これであたしもスカーレット家の吸血鬼としてまた一つランクアップしたわね!」
「左様で御座いますか。」
静かな湖畔を歩きながらたわいも無い話を続ける。彼女らとは長いつきあいになりそうな予感がする。願わくは、この平穏で愉快な日々が続かんことを。
如何でしたでしょうか?
もう少ししたら妹様を登場させられそうですね。
本年もよろしければ見てやってください!
ちなみに、うちの大ちゃんは知性があるタイプの苦労人です。二次創作だし、良いよね?