紅魔指導要領   作:埋群秋水

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お待たせいたしました。
それではどうぞ、ご覧ください。


第12話

 

 

 夢入りを終えた(わたくし)は美鈴の頭から手を離した。長い生涯にも滅多にない、実に奇妙な体験をした物である。夢の中で見たとおり、丁度夢が終わり際だったらしい美鈴も同時に目を覚瞬間、凄まじい勢いで顔を青ざめさせた。

 

「……!!? ク、クロエさんっ!? え、ええと……その……ち、違うんです! 決してサボってた訳じゃなくてですねっ!?」

 

「別にそこまで焦らなくとも、怒りはしませんよ。」

 

「あ、そうですか? では、改めまして。お帰りなさいませ、クロエさん!」

 

「はい、只今帰りましたよ、美鈴。……ところで、私のいなかった間に随分と雰囲気が変わりましたね? 何かあったのですか?」

 

「えっ? そんなに違いますか? 実はずっとお嬢様のお相手をしてまして、お嬢様のあの雰囲気が移ったのかもしれないですね。それに、お嬢様も『めーりんは笑ってた方がかわいいのよっ!』って仰ってくれましてね。私も少し変わろうかなって思いまして。」

 

「良いのではないですか? 夜通しお嬢様のお相手をしてくれていたんですね。ご苦労様です。」

 

「いえいえ。それよりも、英国はどうでした? やっぱり大都会でした? 私はあまり大都市には行ったことがないので興味があるんですよ。」

 

「なかなかに有意義な物でした。折角なので少し話をしましょうか。あちらのベンチに行きましょう。お茶ぐらいは振る舞いますよ。」

 

「わーい! クロエさんのお茶は美味しいんですよ! 土産話もたのしみです!」

 

 私は美鈴を連れて、庭にあるベンチセットへと向かった。夢の中の私にお願いされた事を果たさなければならない。

――安眠作用のあるお茶を用意しましょう。少しは休んでもらわねば。他の使用人の皆様にも土産を渡したいですしね。旦那様方には日が暮れてからで良いでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美鈴が話の途中でウトウトし始めたので、彼女を自室に運び、他の使用人へ土産を渡し少し談笑するなどしていると、すぐに日が暮れてしまった。執事の方にお願いをし、旦那様方への目覚めのお茶を持って行く役目を譲ってもらった。途中、昼寝してしまった事を謝りに美鈴が来たが、特に怒るようなことはせず、お嬢様へのお茶を頼んだ。しばらくの間お嬢様のお相手を任せておこう。

 

「失礼します。クロエで御座います。目覚めのお茶をお持ちしました。」

 

「あら、クロエさん? 珍しいですわね。どうぞ、入って入って?」

 

「失礼いたします。」

 

 ドアをノックし声を掛けると、奥様の声が聞こえてきた。扉を開け一礼をする。奥様も旦那様もすでに起きて着替えも終えられていた。今は窓の側にある椅子に腰掛け、談笑していたようだ。

 

「あれ? 家庭教師か。いつ帰ってきたんだ?」

 

「つい先ほどですよ。恐れながら、お土産をお渡ししようかと思い、執事殿に役目を変わって頂きまして。まずは、お茶をどうぞ。今宵はアールグレイをご用意しました。」

 

 二人分の紅茶をいれ、机に用意する。旦那様方は優雅にそれを飲んでいらっしゃる。一息ついたところで、私は話を切り出した。

 

「旦那様、奥様。この度は休暇を頂き誠にありがとう御座いました。これは些細な物ではありますが、贈り物です。どうぞ、お納めください。」

 

 私はイギリスで手に入れたワインを旦那様に、大人気と評判の新作の香水を奥様に手渡した。

 

「おお、すまないな。ふむ、美味そうなワインだ。ワインセラーに後で入れておこう。……ところで、今、これを何処から出したんだ……?」

 

「フフフ……スカーレット家の家庭教師たる者この程度の事が出来なくてどうします?  まぁ、悪魔の不思議な力の一つですよ。」

 

「う、うむ? そ、そうか……。いや、納得して良い物なのか? いやでもなぁ……。」

 

 私と旦那様の会話を聞いて、奥様はとてもおかしそうに笑っていらっしゃる。どうやらかなりの笑い上戸であられるようだ。そんな奥様の笑顔を見ていると、旦那様も同じように笑い出した。見事に平和な光景である。幻想が幻想に消える(バケモノが忘れ去られる)まで、この幸せな光景は続いていくのだろう。私は呑気にもそう考えていた。

 

 

 

――そう望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旦那様方にこの度の旅行話の顛末を一部かいつまんで話をした後、私は部屋を後にした。旦那様はスカーレット家が取引をしている人間相手に、正体を隠して会食をしに行くらしい。私と奥様に「行ってくるよ。」と残し、執事を連れて出掛けていった。

 

 私は今、美鈴を先に向かわせたお嬢様の部屋に向かっている。ここ最近で、お嬢様は美鈴との距離を格段に縮めている。

――お嬢様の、あの人々を引きつける不思議な雰囲気は、やはりカリスマのなせる技なのでしょうか? まだまだ幼いのに、将来が楽しみな方です。ゆくゆくはご自身でご自分の部下を選んで頂きたい物ですね。

 

 考え事をしながら歩いているといつの間にかお嬢様の部屋の前に到着していた。中から楽しげな声が聞こえてくる。淑女(レディ)としてはまだまだであるお嬢様だが、その知識、戦闘能力はすでに吸血鬼として一流の域にたどり着きつつある。お嬢様のご年齢からすれば異常なことだ。ゆくゆくは欧州一帯の幻想(バケモノ)を支配するのも、満更夢ではない。

――それならばこそ、それに相応しい威厳(カリスマ)を備えて頂かねば。力でねじ伏せてばかりではいただけません。戦わずしてそのカリスマでねじ伏せてこそ王者なのですから。

 

 私は決意を改めお嬢様の部屋の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中では美鈴とお嬢様が共に紅茶を飲みながらお菓子をつまみ、話に花を咲かせていた。本来の人間社会なら従者と主が同じ卓に着き、こうして談笑するなど非常にナンセンスな事ではあろう。だが、お嬢様ご本人が許可していると言うこともある上に、館の主人の旦那様の方針もある。私としてもそこまで厳しくするつもりはない。絶対的な境界線さえ理解していれば自由にしてくれれば良い。

 

 余談ではあるが、美鈴とお嬢様は紅茶が好きなようだ。紅茶は元々アジアが原産である。美鈴は産まれ故になじみがあったのだろう。お嬢様については知らない。おそらく格好いいから、等であろう。そんな二人の好みは把握しているので、今回のお土産はイギリスで王室御用達(ロイヤルワラント)の称号を得ているTWININGS社の紅茶と、それに合わせたスコーンである。私がそれを渡すと、二人は顔を輝かせて喜んだ。

 

「わぁー! クロエさん、私にまでお土産をくれるなんて……とっても嬉しいです! 大事に飲みますね!」

 

「先生ありがとっ! 淑女(レディ)はやっぱり紅茶よねっ! 折角だから、先生に入れてもらいたいわ。……あっ、蜂蜜はいれてね?」

 

御意 ご主人様(イエス マイロード)。あぁ、あと、お嬢様にはこちらもお贈りいたします。」

 

 私はそう言うと、お嬢様と同じぐらいの大きさの、ウサギのぬいぐるみを取り出した。これは土産の物色中にファントム社の直営店で購入した物だ。よもやシエル・ファントムハイヴが経営者だとは思ってはいなかったが、これは間接的に彼らに貢献したことになるだろうか? 私が取り出したぬいぐるみを見ると、お嬢様はすぐに飛びつこうとした。だが、我々従者の手前というのもある。普段から淑女(レディ)であれと口を酸っぱくしている私もいる。ピクンと身体を反応させただけでなんとか留まった。

 

「あ、あら。かわいらしいウサギさんね? 先生のお気持ちはとっても嬉しいわ。ありがとう。……せっかくだし、今ここで受け取ろうかしら?」

 

「喜んで頂けて何よりです。では、よろしければお納めください。……美鈴。そろそろ私たちも失礼させて頂きましょう。」

 

「えっ? ……あぁ、そうですね。では、お嬢様。お茶ごちそうさまでした。よろしければまた呼んでくださいね?」

 

「ええ。じゃあ、また後でね。美鈴、先生。」

 

 必死な様子でこらえていたお嬢様であったが、先ほどから目線はぬいぐるみに釘付けだ。からだをそわそわとさせている。私と美鈴は部屋から出ると、しばらく扉の前で待機していた。すると、部屋の中から大きな声で、

 

きゃーーーーっ!! かわいい、すっごくかわいい~~~!! うー、どんな名前にしようかな? きれいな黒だし、ノワールにしましょう!!

 

と、聞こえてきた。私は美鈴と顔を合わせると、クスリと笑い合って部屋を後にした。常に淑女(レディ)である必要は無い。たまには年相応の振る舞いをしても構わないだろう。私は自室に置いてあるというお嬢様の宿題を採点すべく部屋へと戻るのであった。

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?

なるべく早く次を投稿したいと思っています。あと、そろそろ原作キャラも出したいです。

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