どうぞ、ご覧ください。
ドルイット子爵主催のパーティーが開かれる19時まで暇となった
――私が以前観覧した『Romeo and Juliet』は四大悲劇ではないのですね……。しかし、今回の劇も素晴らしいものでした。本当に人間の作る娯楽というものは愉快ですね。寿命が短いからこそ様々な娯楽を求めるのでしょうか。下手に寿命が長いと何分面倒に思えてしまいますからねぇ……。さて、だいぶ時間をつぶしましたが、現在時刻は――
懐中時計を取り出し時刻を確認する。17時47分。そろそろファントムハイヴ伯爵の街屋敷に戻らねばならない。
――そういえば、舞踏会へはどういった格好で行きましょうか。ドレスは趣味ではないですし、男装で良いですかね。人が多いと言っても油断せず、つかず離れずを保たねば……。ドレスと言えば、お嬢様の普段着、翼の部分はどうなっているのでしょう? 何か、触れてはいけないような気がしますが……気にはなりますねぇ。
詮無きことを考えている内に、ファントムハイヴ伯爵の街屋敷に到着した。子爵邸までは馬車で行くであろうから、それを追っていけば良い。屋敷の向かいで新聞を読みながら張り込む。
しばらくすると屋敷に馬車が到着した。そして中から衣装に身を包んだ人々が現れた。ようやくか……と顔を上げた私は、思わず吹き出しかけた。
――は? ファントムハイヴ伯爵は少年だと聞いていましたが、なぜモスリンがたっぷりのフリッフリのドレスを着ているのですか? まさか、そっちの趣味があったのでしょうか? いや、元が良いので少年には全く見えないのですが、いやはや、可愛らしいです。私の欲望が刺激されます。帰ったら、お嬢様を着飾って愛でたいですね。
これまでの思考に2秒を費やし、すぐさま我に返る。置いて行かれてはたまらない。図らずも愉快な事態になっているようである。これを見ずして何が悪魔か。私は馬車を見失わないように後を追いかけた。
日も暮れて、辺りが闇に覆われたロンドンの街。そのウエストエンドで煌々と明かりを点し、多くの人々が集まる館があった。ドルイット子爵邸である。
そこへ、ファントムハイヴ伯爵一行を乗せた馬車が到着した。私も人混みに紛れながら、遠目で様子を伺う。無論、能力は発動してある。このまま人混みに紛れ、パーティーに潜入しようとしていたその時、私は大きなミスを犯していたことに気がついた。
――しまった。私はこのパーティーの招待状を持っていないんでした。このまま伯爵たちと一緒に入ろうと思っていたのですが……諦めるしかないようですね……。
私は嘆息しつつ、人混みから離れていった。伯爵ら一行はどうやって手に入れたのやら、人数分の招待状を見せている。その時、セバスチャンがまたもや立ち止まり辺りを見回した。しかし、主人と会話をするとすぐにまた、歩みを始めた。
――今回ばかりは、完全に私の不手際だったようですねぇ……。
「……おい、セバスチャン。どうした、急に立ち止まったりなんかして。……何か問題か?」
「……いえ、坊ちゃ……お嬢様。何もありません。ただ、少し、懐かしい気配を感じましたものでして。」
「懐かしい気配って、まさか……」
「ええ、そのまさかで御座います。ただ、彼女が此所にいるはずがありません。私の行き先も教えておりませんし。」
「その知り合いとやらが、今回の件に絡んでいるなんて事はないだろうな?」
「それこそあり得ません。私と違い、彼女は人間の魂に興味がないようでしたから。」
「まさか、ドルイット子爵が娼婦たちを生け贄に召喚したのか?」
「ふむ。彼女の気質からするに、あり得ないとは思いますが……。まぁ、頭の片隅程度にはとどめておいた方がいいかもしれません。」
「そうか。……それよりも、早く行くぞ。僕はこの服を早く脱ぎたくて仕方ないんだからな。」
「何を仰います。とてもお似合いですよ?」
「笑いをこらえながら言われて、はいそうですかなんて言えるか!」
人混みからはなれ、裏口から侵入した私は、現在広間にいた。かなり多くの招待客がいるようである。人の波をくぐり抜け、伯爵ら一行の元へ向かう。因みに、私は今この屋敷の給仕服を着た上で、能力を全開にしている。端から見れば金髪の七三分けの給仕に見えるだろう。
遠くから観察していると、一緒に来ていた深紅さんとその執事、そして糸目さんは同じ場所に留まっている。なにやら多くの男性からのもてなしをうけて、実に良い身分である。では、セバスチャンらは? 見回すと、どうやら急いで場所を移そうとしているらしい。一体誰から? 不審に思っていると、少女らしき甲高い声が響き渡った。
「あっ♡ あそこにいる子のドレスすっごくかわいーーっ♡」
どうやら彼女から逃げているようだ。大きなケーキの影に隠れて身を潜めている。聞き耳を立ててみると、どうやら彼女は伯爵の
――少年とはいえ、伯爵という立場の人間がパーティーに少女の姿で参加していたなんて発覚しようものなら、憤死間違いなしでしょう。本当に、面白いことに巻き込まれますねぇ!
なにやら小声で相談し合っていた二人であったが、不意に表情を一変させた。視線の先にいるのは、このパーティーの主催者、ドルイット子爵である。先ほどの少女も、移動したようで場所を移している。どうやらこの隙に接触しようとしているようだ。私が遠くから見守っていると、伯爵がぎこちない笑みを浮かべながら子爵の元へ近づいていった。そして、声を掛けようとしたその時、
「あーーーっ いたーーっ♡」
先ほどの
「そこのあなた待ってー!」
執拗に追いかける彼女の追跡を振り切ろうと逃げる伯爵の元に、セバスチャンが駆けつけた。そして、驚くことに私の側へ近づき声を掛けてきたのだ。
「
内心冷や汗を流す私。
――とうとうバレましたかね……?
「あちらのレディにレモネードを」
「はい!」
……どうやらバレていなかったらしい。全く冷や汗をかかせてくれる。言われたとおり
――さて、すこし距離をとりますか。しかし、先ほどの彼女は、年頃の少女にしては随分踵の低い靴を履いていましたね。先ほど会話を聞く限り、おしゃれなどに興味がないわけでもないようですし……。まぁ、私には関係ないでしょう。
私がホールの隅に移動すると音楽が鳴り出した。どうやらダンスの時間の様である。さて、伯爵たちはどうするのだろう。今、セバスチャンは身分を家庭教師と偽っている。無論、伯爵もその身分を隠している。公の場でダンスするのに問題はない。無いが……。
――男女でダンスはまるっきり違います。まさか、伯爵が踊れるわけもないでしょうし……。さぁて、どうやって切り抜けるのでしょうか?
如何でしょうか?
今回で連載10話を迎えることが出来ました。ひとえに皆様のご支援あっての事だと思います。これからもお願いします。
以前話題に出した挿絵なんですが、構想も十分で、紙の上でアナログなら良いのが出来たのに、デジタルになった途端に出来なくなってしまいます。なにかコツがあるのでしょうか?