「やだも~、コウちゃんたら^^。朝の女子アナのような美人だなんて。」
りんは少し顔を赤らめ両手でほおをかかえるようなしぐさをする。
「え~、そうじゃない。りんは自信持った方がいいよ。」
「でね、そのときわたしが自己紹介したの。
『はじめまして。わたしは遠山りんていいます。よろしくお願いします。』
ってね。コウちゃん、ちょっと照れたような、そっけなさが含まれた感じで
『はじめまして。わたしは八神コウです。よろしく。』
とあいさつしてきたの。」
「そのときさぁ、いきなりりんに
『あの...もしかしてラノベのイラストを描いていたコウさんですか。』
と尋ねられたんだよ。今みたいに慣れてないからタメ口じゃなかった。だからなんとなく覚えてるんだけど。」
「だって本人かどうか気になるじゃない。でね、そのときの質問にコウちゃんね、小首をななめに傾げて首をさすり、あさってのほうを向くようなしぐさをして
『そうだけど...。』
って答えてくれた。ちょっと照れてる感じ。かわいかった。」
「りん~、ちょっとぉ。」
とコウが顔を少し赤らめて口をはさむ。
「わたしは思わず
『わたしラノベに出てくるコウちゃんのキャラすごく好きだった。ほんとにかわいい。あ、ごめんなさい。わたしったら。』
って訊いちゃった。
『うん。いいよ。気にしないで。』
『じゃあ、コウちゃんて呼んでいい?わたしのことはりん、って呼んで。』
『うん、いいよ。わかった。りん。」
それがコウちゃんと話した最初の会話。コウちゃん笑顔で答えてくれた。」
その話を聞いてコウは
「りんも何とも言えない笑顔だったよ。」
コメントする。
しかし実際のところ、コウは、このとき一瞬恋する乙女ってイメージをりんに感じたが、自分は女だし、気のせいだと考えていた。今はすっかり頭の中から追い払ってすっかり忘れている。
コウは同期入社のりんとはすぐに仲良くなれた。しかし、パソコンや3Dを覚えないといけないコウは、先輩社員たちからたのまれる植物の水やりやら電気ポットの水を入れたりなどいろんな雑用もやらなければならないこともあって多忙だった。
イラストは得意だったが高卒のため、3Dは高校生の趣味的な範囲の技術しかなかったコウは、りん以外とはほとんど話さなくても、連日残業だった。とにかく必死に覚えて、イラストもいっぱい描いた。ほかのゲームの企画でもこんなキャラどうか、と提案した。あわないからと却下されたことも多かった。コウは、りんと一緒に作業するうちに、めきめき上達した。
さらにりんは、ファンタジーや西欧中世史、動物、古生物学にも関心があって、古生代の海や石炭紀や恐竜時代のシダ森林、ファンタジーに出てくるような村や町の絵はお手のものだった。ラノベでも風景画のイラストが時々採用されていたらしい。しかし、人物は苦手で、それがすらすら描けるコウはりんにとっては尊敬の的だった。
4月の下旬、葉月に二枚の紙を張り付けた定型封筒くらいの青い書類をわたされる。
「コウ、りん、はい、給与明細書。お疲れ様」
「ありがとうございます。」
りんとコウはすっかり仲良くなっていた、
「コウちゃん。はじめてのお給料、どこへいこうか?」
とりんが提案してくるほどだった。
(コウ視点)
初お給料をもらったときのことを少し思い出した。あのときりんが
『ここと、この温泉がいいんじゃないかしら。いつも座りっぱなしの仕事だし、けっこう肩こるし。ここなら美肌、つるつるになりそうだし。』
と言いながら、「るるぶ」とかガイドブックを開きながら話しかけてきたんだ。わたしは、
『ここがいいんじゃないかなあ。日帰りできるし。』
とそのうち一冊のページを指さして言った。どこに決めたのかは覚えてないけど、そのときのりんの幸せそうな笑顔だけは覚えてる。
行った場所は社内でも秘密にしてたので、自分もわすれてしまって、初お給料何に使ったと聞かれたとき忘れててすぐには思い出せなかったよ。
フェアリーズストーリーの企画は、入社1年目にあった。
社内コンペはがんばった。何十枚もキャラのイラスト描いたなあ。
コンペ当日は、給料日の10日後、ゴールデンウィークの直前。
思いがけなく、葉月さんが、そのうち剣をもった女の子の絵をとりあげて
『これはだれが書いたの?』
『あ...わたしです。』
って名乗った。
『先月入社した八神コウ...か。』
と葉月さんはつぶやいた。
『はい。』
『うん、決めた。八神君に新作のキャラデザを担当してもらおう。』
『コウちゃん。やったね。おめでとう。』
りんは満面の笑顔で祝福してくれた。
先輩方も表向きは祝福してくれた。ただやはり不満はあったと思う。
これがフェアリーズストーリーの主人公パピロニーティアの初稿とメインコンセプト、メインキャラデザが決まった瞬間だったんだ。
中の人ネタお気づきになられたでしょうか