武人の中に魔術師みたいなのを放り込んでみた   作:青葉一臣

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9.決着

 血飛沫が舞う。

 大地を汚す夥しいまでの真紅。雫などではなく、まさしく血の池地獄とまでに相応しいそれは、周囲からすれば致命傷を超えた致死の一撃に見えただろう。

 

 事実、俺の脇腹を抉った百代は勝ちを確信した表情を浮かべている。

 だが、甘い。

 たかが"脇腹が抉れ、内蔵が空気に晒されている"程度で俺は止まらないッ――

 

 本来は俺の心臓を貫くように穿たれた兇手。あの刹那で心血を賭して時間を稼げなければ、俺はこの瞬間地に伏せていたどころか、冗談抜きで死んでいただろう。

 寸止めなんていう甘い結末などあり得ない。俺と百代との間に繋がる、真剣勝負というのはそういうことだ。

 

 身体が悲鳴を上げるように、少し動かすだけで激痛が俺を苛むがそれを意地のみで捻じ伏せる。

 錆び付いた歯車のように、ギチギチと筋繊維の不快音が俺の身体から悲鳴のように聞こえるが、無視。

 内蔵が傷ついているため、食道からせり上がってくる血をそのまま百代へと吹き付けた。

 

「んなっ!?」

 

 流石の百代もここから反撃を受けると想定していなかったのか、驚きの声を上げ一瞬だけ視界を閉じてしまう。

 俺はその隙に後ろに跳躍し、そのまま気を収斂し始めた。

 

「百代ォッ!」

「っ――、ほっんと! お前は私を楽しませてくれるなァ! リィイイイイイイイン!」

 

 獣のような咆哮が響く。

 距離を詰める百代と距離を取る俺。

 当たり前の話で、人間は前進する方がその速度は疾い。だが、行動を始めたのは俺の方が早い。

 此処から先は我慢比べだ。

 

 俺の準備が整う方が先か、百代が俺を仕留めるのが先か。

 

 収斂される気は、未だに大地を汚す俺の血液よりもなお紅い。

 必勝を謳う黄金の槍ではなく、必殺を誓う真紅の魔槍。

 俺が編み出した収縮の限界点であり、到達点により得た二本槍の片割れこそが、一撃において最も火力を誇る最大の必殺技だ。

 

「百代ッ! 俺は必勝の槍を投げてんだ! この勝負負けられるかよッ!」

「抜かせっ! その身体で何が出来る!?」

「ハッ! そんな身体の俺に追いつけないお前はどうなんだよっ!? アァ!?」

 

 言の葉をぶつけ合いながら、俺達は駆け巡る。

 口から漏れるのは言葉だけでなく、血潮も当然のように流れ出る。

 正真正銘、次の一撃が最後だ。これ以上は俺の身体が持ちそうにない。

 

 苦笑を零しながら、それでも俺は止まらない。

 過去の誓ったあの光景のため、俺はもう譲れなかった。

 

 忘れていたわけじゃない。だが、傲慢にはなっていた。

 昔日の日、百代に勝ったあの日から俺は誰にも負けることはあり得ないと勘違いしていたんだろう。

 けれど、それは大きな過ちで。

 獣の性を乗り越えた百代はあの頃と比べるまでもなく強くなった。武神だって真剣勝負では勝てるなんて言い難い。

 

 この世界にはまだまだ強い奴等は沢山いるだろう。

 そいつ等に俺は負けたくない。

 大切な人達を守るために。俺は改めて産声をあげよう。

 

 強さに執着はなかった。

 けれど、そうじゃいけない。

 守護(まも)るために、俺は"最強"を目指す。

 

 武神の孫だろうが、川神流の師範代だろうが、武神だろうが関係ない。

 

 ――なぁ、そうだろ? 親友(しょういち)。

 

「俺が頂点(てっぺん)を獲るッ!」

 

 宣誓された言の葉と同時に、右手に輝く気の収斂が終わりを告げる。

 

 追いつけないことを悟った百代は本能故か、いつの間にか俺の攻撃を迎撃する準備に移っている。

 耐え切る、なんて発想は即座に棄却したのだろう。この一撃は相殺以外に打つ手はないと身体が警告している。

 だからこそ、最高の一撃を繰り出すために百代も俺と同様に気を一箇所に圧縮しているのだ。

 

「これが最後だ」

「通ればリンの勝ち、凌げば私の勝ち、だな?」

「あぁ。流石に俺も持ちそうにないからな」

 

 視線の交錯は一瞬。

 

「穿て――ゲイボルグッ!」

「独技――世壊(せかい)ッ!」

 

 俺の右手から放たれる真紅の投槍は、地表を滑るように穿たれる。

 その速度は音速を超える神速。刹那で対象へと突き刺さるが、百代が反撃とばかりに唸る拳は世界を超え、空間をぶち壊す。

 ガラスの破砕音のように甲高い音が鳴り響き、真紅の槍と百代の拳が拮抗する。

 

 理を捻じ曲げる魔槍と、理を打ち砕く拳。

 どちらも世界の在り方を超越したもので、本来ぶつかるはずもない現象がそこにはあった。

 

 真紅の魔槍はゲイボルグの名を冠した魔槍。ケルト神話の大英雄であるクー・ホリンが使用した魔槍(投擲法)を模したもので、その能力も神話になぞられる。

 つまり、必中。そしてグングニルが必勝を誓うのに対し、ゲイボルグが誓うのは必殺。

 この槍を掲げる時、それは絶対に負けないという意思表示だ。

 

 その時、微かながら俺の視界に映る影が脳は捉えた。

 碧い髪。俺が愛した少女。

 混じり合う瞳。

 

 もう情けない姿は見せられない――

 

「必勝を謳って必殺を投げてんだッ! 負けられるかよォォォオオオオオオオ!」

 

 真紅がより深く、より鮮明にその輝きを増していく。

 俺の意思に比例するかのようにその圧力を増していき、周りから見れば気づかないかもしれないが薄皮一枚ずつ百代の元へとその歩を進めていく。

 獰猛な顔付きで俺を睨む百代。大胆不敵に、口元からは血を零しながらも笑みを浮かべる俺。満身創痍の二人はこの瞬間心が溶け合ったような感触を覚えた。

 

 ――今回も俺の勝ちだな。

 ――勝利は預けておくが、次こそ勝つぞ。

 ――やってみろよ。今度も俺が勝つさ。最強はこの俺だ。

 

 瞬間。

 空間が爆ぜた。

 

 

「あれってホントうちらと同じ人間なんか……? ゲーム以上にファンタジーな動きしてるじゃんか」

「凄いねぇ~」

「いやタツ姉。あれを凄いの一言で片付けるのは流石のアタシでも駄目って分かるぜ?」

「百代が強いことは身に沁みてたけど、まさかリンの奴もあそこまで強いとはね」

 

 私の横で見学している板垣姉妹が各々の感想を零しているが、それに対して返事することも出来ないほどリンとモモ先輩の死闘に目を奪われていた。

 圧倒的武威を目撃したが故の感動ではない。

 ただただ、愛しのあの人が傷付かないか、それだけが私の胸中を染め上げる。そして、それが叶わぬ願いであるということ痛いほど理解している。

 

 昔日のあの日、敗者となったモモ先輩と勝者となったリンは三日間ずっと寝込んでいたのだ。

 外傷は打撲骨折はなんのその、内蔵へのダメージや気の枯渇等など、一般人であれば死んでも可笑しくない重症だった。

 そして、それは今回も繰り返されるだろう。

 

「京……、大丈夫?」

「うん」

「そっか。ムリしないでね?」

「ありがと」

 

 そして死闘は動きを見せる。

 モモ先輩の豪腕に薙ぎ払われるリン。

 リンの業火に半身を焼かれるモモ先輩。

 兇手に貫かれた――リン。

 

 その光景を見た瞬間、私は意識を失いかけた。

 下手をすればあれはリンの命を奪っていた。それほどまでに死の匂いを色濃く残している。それを証拠にルー先生が眉を顰めている程だ。

 

 もういい、休んで欲しい。

 その言葉を伝えることができればどれほど良いだろう。

 あの人はきっとヒーローになることを強いられている。いや、縛られていると言ったほうがいいか。

 一度だけキャップとの出会いの話を聞いて、そんなことを言っていたのをよく覚えている。

 そして実際に私を、モモ先輩を助けてしまった。実績が出来てしまった。下地が出来てしまった。

 誰も、それこそキャップだって束縛するつもりやリンが自己犠牲をしてまで誰かを助けるヒーローになって欲しくて言ったわけじゃないだろう。

 ただ、自身の力に怯えていたリンを励まし、認めるつもりで言ったはずだ。

 

 けれど、彼は自身の在り方を定めてしまった。

 自分が傷付き、血反吐を吐こうが関係ない。守りべき人がいる限り、彼は立ち上がるだろう。

 

 そんな彼が何よりも愛しい。そんな優しさに私は救われたのだから。

 そんな彼を歪めてしまった私は自分を何よりも許し難い。そんな茨の道の第一歩を進ませたのは私なのだから。

 そんな彼から愛情を受ける私は――度し難く、許し難く、そして悦楽に耽ってしまう。

 

 救われたようで壊れている私。

 自身の思考ですら矛盾が生じてしまう。

 ただ唯一正しく証明できることは、私が久堂凛という青年を愛しているということだけ。

 

 だから私に出来るのは、きっと自身の気持ちに嘘をつかず死ぬまで愛することだけだ。

 

「――リン、負けないで」 

 

 最後の激突。

 武の理を超えた先でぶつかり合う二人。

 その時、私の気の所為でなければ、彼が此方に視線を向けていた。

 

「ふふっ」

 

 声に出さなくとも、私の気持ちは伝わるようだ。

 膨れ上がる闘気は、最早"凄く大きい"としか認識できないほど膨大で、それがモモ姉を押し込んでいく。

 

「お疲れ様、リン」


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