武人の中に魔術師みたいなのを放り込んでみた   作:青葉一臣

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8.追憶

 俺は幼い頃、鬱屈とした日々を過ごしていた。

 自身に宿る膨大な気のせいで、無自覚ながら漏れる気が、他者にとっては看過し難い威圧となり俺に人を寄せ付けない。両親ですら、まるで壊れ物か爆発物を取り扱うように、おっかなびっくりな対応していたことを昨日のことのように思い出せた。

 

「公園行ってくる」

「え、えぇ。……気をつけるのよ?」

 

 愛情を感じないわけではなかった。

 ただ薄氷のように、両親との間に目に見えぬ壁が隔てていたのも事実。あの時は頷くだけして、そのまま気の向くまま外を出歩いたんだっけか。

 

 小学校に進学してもこの気のせいでクラスメートの友達はおらず、同年代で遊べるような人は存在しなかった。

 今にして俺の小学校にはトーマやハゲ、ユキと英雄はいたのだが、果たして俺がキャップと出会う前に出会っていたとして、本当に友達になれたのだろうか。それほど、幼い頃の俺の気は無差別に人を傷付ける妖刀でもあった。

 

「つまんないなぁ」

 

 気が付けば隣町の公園に辿り着き、人影のない寂しい公園に一人。目に付いた大きなジャングルジムの天辺に腰掛け、そう呟いていた。

 色褪せたように見える世界。何もかもつまらなく感じる現実。

 

 手を握り締めると、輝くように気が収縮され、それを幾つも浮かばせる。光球の即席マジックショーと言わんばかりの光景。そんなマジックショーも観客がいなければただの道楽でしかない。

 

「――スゲー!」

 

 だから、その声が耳に届いた時、本当に俺は驚いていた。心臓が縮むほどの衝撃と驚愕に気のコントロールを乱し、縦横無尽に駆けていた光球も霧散する。

 それを見た幼いバンダナを巻いた少年――風間翔一は、残念そうに眉を顰めていた。

 

「……誰?」

 

 警戒心と期待、そしてまたその期待に裏切られるのだろうという諦念。色々な感情が俺の中で渦巻いていたのをよく覚えている。

 

 あれが己の転換点。

 あの日、あの場所で親友に出逢わなければ、きっと今ここに俺はいなかっただろう。

 

「俺か? 俺は風な子こと風間翔一だ! お前は?」

「……久堂鈴」

「リンって言うのか、よろしくなっ!」

 

 無邪気に、まるで何物にも囚われはしない風のような男は当たり前のように手を差し出してきた。

 

「なに?」

「握手だよ握手! さっきのヤツすげーよな! もっかい見せてくれよ!」

「お前は……怖くないの?」

「なにが?」

「なにって……、俺が怖くないの?」

「なんで?」

「いや、普通人が出来ないようなことしてるんだぞ? それに気、っていうのかな。それが皆には怖がられるから」

「ふーん、お前の周りってつまんなさそーだな。ま、怖くねーよ。それより興味津々ってとこだな!」

 

 ひょいひょいと、気が付けば俺の隣に腰掛けていた。

 まるで気心知れた友人のようにその距離は近く、当時の俺にとっては衝撃的だった。家族以外にそこまで近付く他人はいなかったから。

 

「なーなー、さっきのヤツもっかい見せてくれよー。いいだろー?」

「……いいよ」

「マジで!? やりぃ!」

 

 はしゃぐキャップ――当時は翔一か――を尻目に、俺は再度光球を生成し、宙を泳ぐ魚のように操作する。

 上昇、下降、旋回、螺旋、消失、生成、相殺、合体。

 一手一手の動作に翔一はまるで手品を見ているように感嘆とした声を零し、楽しそうに小さなマジックショーに酔いしれていた。

 

「すげー! おい、リン! お前ホントすげーな!」

 

 俺の肩に手を回し、無邪気に賞賛する翔一に眩しさを感じていた。

 太陽のように温かく、風のように無邪気。あぁ、居心地が本当にいい。

 

「こんなにすげーのに、なんでお前一人なの?」

「さっきの気? っていうのかな。あれが他の人には怖く感じるんだってさ」

「よくわかんねぇや」

「そうだな……」

 

 その時、どうして俺はそれを見せたのか覚えていない。

 翔一なら怖がらないと思ったのか、翔一なら受け入れてくれると思ったのか、はたまた後で怖がられるのを恐れたのか。

 なんにせよ、俺は先ほどまで翔一を楽しませていた光球の一つを、地面に穿つ。

 ドン、と腹に響く音を残し、公園に土埃を上げた。それが晴れた先に見えたのは、軽く抉れた地面だった。

 

「大人でも無理なこと出来るからじゃないかな」

「――で?」

「え?」

「それだけ? いや、確かに当たったらすげー痛いんだと思うけどよ。リンはそんなことする奴じゃないってのは会ってすぐの俺でもわかるぜ?」

 

 不思議そうに、本当にわからないといった風貌で翔一は首を傾げている。

 

「……それじゃあれ。近所に大きな犬を飼ってるところあるだろ? その犬が鎖で繋がれてても、怖いじゃん?」

「べつにー? だってアイツらって俺らがいらんことしなかったら別になにもしてこねーしな!」

 

「風間は――」

「翔一って呼べよ! 俺だってリンって呼んでるし、何より友達だろ?」

「とも、だち?」

「おう! こうやって公園で遊んでんだ。俺たちはもう友達だ!」

 

 快活な笑みと共に差し伸べられる掌。

 あぁ、此奴にとって害意がなければその力がどれだけ異常異質であろうとも関係ないのか。

 だから、力の塊である俺の傍で笑みを浮かべるのだ。力があろうとも、振るわれることがなければないのと同義。真理であった。

 その掌を取った時、きっと俺は初めて心の底から涙したんだ。

 それを見た翔一が凄く慌てていたけど、それが気にならないくらい俺は嬉しさの余り涙を流していた。

 

 

 その出会いから、俺は少しずつ変わっていった。

 翔一に出会ったことで鬱屈とした気持ちは吹き飛び、毎日のようにいつもの公園で待ち合わせをして遊んだ。

他人と触れ合う喜びを思い出し、誰も怖がらせたくないと思えるようになり、少しずつであるが気の制御にも力を入れるようになったのだ。

 その頃に釈迦堂さんと出会い、それが今にまで至る。

 

「川神流、地球割りっ! かーらーのー、心空脚!」

 

 地を蛇のように這う衝撃波と、空気を切り裂く鎌鼬が同時に俺へと襲う。

 飛べば鎌鼬が、残れば衝撃波を直撃することになり、この時点で迎撃しか回避方法は抑制された。

 モモ姉は衝撃波に追走するように距離を詰める。既にその肢体には気によるコーティングを済ませ、迎撃の準備ならびに追撃の用意まで整っている。

 

「――埒が明かないな、おい」

 

 第二陣はまるで千日手のように激しい交錯が繰り広げられていた。

 一手指せば返し手を指され、その返し手を指す。

 

 地空から襲撃されるのならば、全体を薙ぎ払ってやればいい。

 

「奥義ってほど大層なもんじゃないが、細工は流流仕上げを御覧じろってな! 炎獄界ッ!」

 

 強烈な閃光と辺り一面を焼き尽くす熱波が瞬間的膨張により森林一体を焼き焦がす。

 まるで煉獄に突き落とされたかのように、視界に入るのは劫火のみで、存在していたはずの森が消失していた。

 勿論、モモ姉が放った奥義はかき消されるどころか、追走していたモモ姉すら呑み込んでいる。一般人が受ければ間違いなく骨すら残さないそれを受けたモモ姉であるが、その姿が見えない。

 

「まさかおっ死んだか……?」

「そんなわけないだろっ! って言いたいとこなんだが、この姿だとちょっと説得力に欠けるか」

「なんとまぁファンキーな格好で」

 

 姿を表したモモ姉であるが、死に体と言って過言でない様相を呈している。

 自身の右半身は追撃のために気を纏わせることが出来ていた結果、まだその傷は軽症の内だが、左半身がほぼ炭化していた。瞬間回復でも追いつかないのか、徐々に皮膚が新しく生えるように遅遅として細胞が分裂している光景を目の当たりにし、若干トラウマになりそうだ。

 

「えらく大きい隠し玉を持ってたもんだな。それ、爺の顕現よりエゲツないだろ」

「あれよりかはマシだと思うけどなぁ。知覚外の速度で強襲されるとか回避も防御も間に合わないし。俺の天敵だよ、鉄心爺さんは」

「まぁ反則っていうのは同意だな。けど、いつか爺も土に付けてやるさ」

 

 半身が焼け焦げたと言うに、モモ姉の戦意に一向の衰えは感じさせない。

 それどころか、俺の新しい技を見たことによりテンションが上がっている。天元突破しているテンションがさらに上がる。

 事実、モモ姉をしっかりと視界に収めていたと言うに、一瞬その姿を見失った。

 殺気。

 振り返ること無く螺旋を描く気槍を三本射出して迎撃し、身体を捻るように反転させながら辺り一面で燃え盛る火炎を操作する。

 

 紅蓮の華を咲かせるそれを、機雷のように設置して一斉に開花させた。

 ボッボッボと、音こそ小さいものの一瞬で鉄すら溶かし尽くす紅蓮華が赤で染め上げるが、それですらモモ姉を捕らえきれず振りかぶられた豪腕が視界に広がる。

 

「川神流ッ! 無双正拳突きィィイイイイイイイイ!」

 

 禁じ手よりも本来は威力が少ない奥義であるが、モモ姉が何より信頼し、研鑽を怠らなかったそれは時として禁じ手を上回る威力を叩き出す。

 直撃すれば今度こそ俺の敗北が決定するだろう。

 スローモーションに流れていく光景。

 一秒が六十分割され、それをまた六十分割した速度で俺の思考は回転する。

 沸騰するように脳が熱を上げる。

 そして、思い浮かぶのは目の前の脅威に対抗する術ではなく、懐かしい思い出だった。

 

――なーなーリン

 

――何だよ、翔一?

 

――俺さ、家族(ファミリー)が欲しいんだ

 

――はぁ? お前親父さんいるだろ? まぁ年がら年中子供ほっぽって浪漫探してる人ではあるけど

 

――そうだけどそうじゃないんだよ。もっとこう、何ていうかな。俺バカだからいい言葉で言えないけどさ

 

――うんうん

 

――リンみたいに面白くて、それでいて一緒にいると温かくなれるヤツ等と友達になりてぇんだ!

 

――……

 

――それでさ、小学校も中学校も高校も大人になっても、ずっと馬鹿やれるような奴らと家族(ファミリー)になりたいんだよ!

 

 出会ってからそこまで月日が経っていたわけじゃない。

 それでも、俺とキャップは生まれながらの友達かのように付き合っていた。

 

――でもそれってやっぱ難しいことじゃん? 大人になるってのもそうだし、やっぱ色んな問題だって起こるだろうしさ

 

――そりゃそうだろうなぁ。面白くて良い奴でもそいつが厄介事持ってることもあるだろうし

 

――でもそんな些細なことで俺は諦めたくないんだよ、わかるだろ?

 

――翔一だしなぁ

 

――で、だ。俺はこれから"キャップ"になろうと思う! というか、今から俺が"キャップ"だ! それでリン、お前が"風間ファミリー"の一人目だ!

 

――ツッコミどころが多すぎるけど、いいさ。俺はお前に付いてくよ

 

――それでこそリンだな!

 

 笑い合う二人。

 そここそが家族(ファミリー)の原点。

 

――"キャップ"ってことは皆を守る義務も発生する!

 

――お、翔一、じゃなかったキャップが義務なんて難しい言葉を知ってるとは驚きだ

 

――家族(ファミリー)の為なら全力で助けることを風間ファミリーの家訓とする!

 

――カッケーな!

 

――んでさ、俺も身体張って守るけどさ。やっぱ俺って弱いじゃん?

 

――そうか? 普通に同年代相手に喧嘩して無双してるヤツが言う言葉じゃなくね?

 

――同年代はそうかも知んないけどさ。やっぱ上の学年だと歯が立たないし

 

――そりゃ仕方ないだろ

 

――仕方ない、で家族が傷付くことを俺は見過ごせるか! だからさ、リン

 

 俺に宿った魂。

 ちっぽけだった埃のような誇りが、ピッタリと嵌まるように俺の中で形となる。

 

――お前の力で俺たち家族(ファミリー)を守ってくれないか?

 

 守護(まも)る。

 守り手は負けては成らず。

 守り手は諦めては成らず。

 守り手は歩みを止めては成らず。

 

――俺にとってリン、お前はヒーローなんだよ。ちょっと前に生意気だって俺が上級生に叩かれてる時に助けてくれたろ?

 

 異質な力に怯えを見せず、異常な力に信頼を寄せてくれる稀有な男。

 

――ずっとリンは自分の力が、自分が嫌いだっただろうけどさ。俺はその力で守られたんだぜ?

 

 そうだったな、"翔一"。

 

――だから誇れよ! それでこれからも俺たち家族(ファミリー)を助けてくれよな、ヒーロー!

 

 ヒーローはいつだって勝ち続ける。

 きっとヒーローが敗れるのは、守る人がいなくなった時だ。

 そして、今。守る相手は多くいる。

 なら――負ける理屈はどこにもないッ!

 

 さぁ、往こう。

 克ってその先に歩みを進める為に。

 

 ギアが一段階上がる。

 脳髄が焼けるような感覚が襲うが、構いやしない。

 刮目しろ、研ぎ澄ませ、刹那すら無駄にするな。ここに勝負は成って新たな領域へ。

 

「――ァァァァァァアアアアアアアアアッ!」

 

 獣のような咆哮。

 視界を埋める拳の隙間に無理やり気の壁を形成する。

 

 刹那だけでいい。

 その時間を稼げ。心血を贄に、その刻を奪え。

 勝敗を履け隔てるのはここまでくれば力の差ではない。勝ちへの妄執の強さだ。

 さっきは競り負けた。

 けど、二度はない。

 負けられない。負けたくない。

 

 俺をヒーローと呼んでくれた少年がいた。

 俺の為に泣いてくれる少女がいた。

 他にも数多く、俺に力をくれる友がいた。

 

「――獲ったっ!」

「獲らせるかぁぁああああああっ!」

 

 そして、交錯。




一週間連続投稿出来たから、もうゴールしてもいいよね……
Deemo面白いなぁ

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