「――あっぶねぇな、おい!」
森林に大災害を引き起こした気弾、というよりも気の奔流を無傷で抜け出す俺を察知し、モモ姉は笑みをより獰猛な笑みへと変化させていく。
お返しと言わんばかりに、俺は魔法陣のように幾十幾百という数の気弾を宙に形成し、射出。光の雨のように降り注ぐ弾幕は一撃一撃が武人の一撃に匹敵するほどの威力を秘めており、それを休む暇も与えることなく攻撃へ転じていく。
俺の闘いは武人のそれではない。
自身の肢体なぞそこそこまでしか鍛えてはいない。
鍛えたのは生来から宿るこの莫大な気の運用法だけだ。
生まれ持った資質は人類の枠組みを超えていた。
両親は平凡な一般人。確かに芯が通った出来ている人間であるが、武については凡百でしかなく。そんな両親から俺(ばけもの)は産声を上げた。
「ほんっと、お前は可愛げがないなっ!」
「モモ姉に言われたくないね!」
弾幕を掻い潜られ、モモ姉に超近接距離まで詰め寄られたが焦らない。
振りかぶられた音を置き去りにする拳を俺は"逸らす"。
「気による多重積層型防御膜とか反則だろうが!」
「それを遠慮なくぶち抜いてくるアンタほどじゃねぇよッ!」
逸したはずの拳が積層の四分の三を無残に散らしていく。
だが、逸したが故にモモ姉の身体は宙に泳ぐ格好だ。体幹が乱れ、二撃目へとは直ぐ様移れない。これは実力どうこうよりも人間の体の構造上の問題でもある。
その隙を逃すはずもなく、俺は後方へ勢い良く跳躍し、それと同時に気を集中的に高める。渦巻く気の本流はまるで陽炎ように周囲の光景を歪ませた。
「おらッ! 紅蓮陽炎っ!」
辺りに散らした気の残留が一斉に芽吹き、火山の噴火のようにその色を変える。
気の性質変化。
川神流でも炙り肉や雪達磨といった技があるが、俺の場合はそうしたものを昇華させた技である。
宙に対空していた無害な気は、俺の意思一つで他を害する業火へと猛り、相手を呑み込まんとした。轟々と、まるでプロミネンスのように波打ちながらモモ姉に襲い掛かる。
魔法を行使するかのような気の運用術。
これこそが俺の強さの象徴であり、釈迦堂さんが目を付けた理由であり、両親を恐れさせてしまった原因でもある。
「かぁーわぁーかぁーみぃー!」
爆発的なまでに気が収縮を起こす。
モモ姉の腕に集う気。業火を一斉に払うつもりか!
「波ぁぁぁぁああああああ!」
「ちっ! 氷柱凍土!」
集約型の川神波に対し、紅蓮陽炎は広域制圧型。一点突破に弱く、そのまま蹴散らされてしまった。
返しとして地表を一瞬で凍結させ、行動の阻害及び丸太ほどの太さの氷柱を剣山のように形成する。一撃でも当たれば致命傷となるそれを、モモ姉は気の気配を頼りに危なげなく避けていく。
その方向の先には俺。
モモ姉の得意レンジがインファイトに対し、俺の得意レンジはミッドレンジからアウトレンジによる制圧。ある種相反する距離だというに、俺とモモ姉は拮抗していた。
「そらそら!」
懐まで詰めたモモ姉はラッシュを掛けるように、拳による弾幕で俺を圧倒する。
拳を逸らし、気弾で相殺するがギリギリだ。どうしても一発一発はこの距離だとモモ姉に軍配が上がるので、次第に俺は押され気味になってしまう。
だが、負けるわけにはいかない。心配そうに見ている京の為にも、俺のちっぽけな誇りの為にも、俺は最強であり続ける。
「へへっ、それでこそリンじゃねーの。たかが地表を割る程度の拳に怯えるわけねーよなぁ!」
遠くで釈迦堂さんが喜色を上げているのを感じた。
多重積層型防御膜を前方に集中。より層が分厚くなるように、壊される以上の速度で膜を貼り直す。
何かしらの行動に移ると感じたモモ姉はこの鉄壁を突破しようとするが、遅い。形成と同時に後方へ跳躍。さらに同時に右手に気を収縮させる。バチバチと炸裂音が鳴り響き、暴発しそうなまでのそれを押し固めてるように固定化した。
出来上がるのは黄金色に輝く一本の槍。
それは北欧神話から拝借し、こう名付けた。
「貫けェッ! グングニルッ!」
必勝を約束された名を冠する槍は、投擲槍のように俺は身体を捻りながらモモ姉へとぶん投げた。
必中と必勝の槍は避けること能わず、因果すら歪ませて相手へと到達する。回避するには因果にすら打ち克つ豪運か、真正面から対抗するかの二つだけ。
「ほんっとリンは私を飽きさせないなぁっ! 川神流、禁じ手! 富士砕きぃぃぃいいいッ!」
モモ姉は、待っていたと言わんばかりに禁じ手で対抗した。
螺旋渦巻く黄金槍はモモ姉の右腕と激突し、轟音と共に火花を散らせる。
両者拮抗する覇のぶつけ合い。
衝撃の余波でモモ姉の右腕は少しずつ皮膚が削れ、そこから夥しい血潮が吹くが、次の瞬間には元どおり絹のような肌へと戻る。
モモ姉が得意技とし、強者の中でも一際異彩を放つことのなった要因。それは最早異能と言って差し支えないほどの異常であり、俺と同様人間を超越した者の一人だろう。
己の気が底を付かない限り永遠と体力とダメージを回復する禁忌の業。
一端の武芸者なら同じ土俵に上がることすら許されず、同格の相手ですら長期戦になればなるほどモモ姉に勝利の天秤が傾いていく。
「お前の牙城の一つ、抜けさせて貰うぞっ! リィィイイイイイイイン!」
必勝と必中の槍は、その原形を留めず爆発四散する。
以前対峙した時はあの拮抗を制し、モモ姉に大きなダメージを与えることが出来たが、今回はそうも上手く行かないようだ。
幾許かの気を消費させたとは言え、まだまだその力を衰える気配を見せないモモ姉と、大技を乱発しようが無問題の俺の闘いはより速度を増していく。
刹那、距離が零になる。
唸る豪腕。刈り取る足鎌。貫く閃光。
逸らす積層。避ける肢体。相殺する迅風。
薄皮一枚を抉られ、神経が鋭敏にその痛みを感じ取るが無視。目の前の脅威から一瞬足りとも目を離す余裕など一切ない。
貫手を首を傾け避けるが、そのまま強引に腕を横に薙ぎ払われる。自身の腕の可動域を超え、重力にすら無視するその行動によりモモ姉の腕から骨が砕ける音が聞こえるがお構いなしとばかり行動に一切の翳りと躊躇はない。
「ガッ、アァァアアアアアっ!?」
ギリギリのタイミングで右腕を捩じ込ませることが出来たが、それまで。
俺の身体はピンボールのように吹き飛ばされ、幾本もの大樹を己の身体がぶち抜いていく。バウンドを続けながら地表を滑る俺を他人が見れば、間違いなく死んだと錯覚するほどの光景だ。
事実、純粋な身体能力という意味では京やワン子に劣る俺にとって、先の攻撃は致命傷に近い。
油断はなかった。
違ったのは勝ちに拘った妄執の差。
意地でも勝利をもぎ取るという本能が、モモ姉に負けていたのだろう。
「ゴフッ」
内蔵がやられたのか、血が喉から逆流する。
「……あぁ、いてぇなおい」
地と血に伏せる己の肢体。
あぁ、何とも情けない。
この光景こそ見られてはいないが、吹き飛ばされた瞬間は京に見られただろう。
アイツは弓兵故に瞳が良い。高速戦闘といえど、ギリギリ攻撃が通ったところは視認できているに違いない。
また泣かれてしまう。
「……あぁ、ほんとクソみたいにいてぇ」
傷のせいじゃない。
京に心配させてしまうが故に、心が掻き毟られるように痛む。
――俺は周りを心配させる為にモモ姉と仕合っているのか?
違う。
――俺は自己満足の為に己の武を奮っているのか?
違うっ。
――俺は負けるために地に伏せているのか?
違うッ!
「俺は――」
莫大な気による無茶苦茶な運用。
疑似瞬間回復と言えば聞こえはいいが、その反動は無反動の瞬間回復と比べるまでもなく、モモ姉の一発を喰らった時よりも激しい痛みが俺を襲う。
だが、そんなもので俺はもう止まらない。
俺が俺であるがため、俺は克つ。
「まだ立てるなんて、思った以上に丈夫じゃないか。高名な武術家ですら屠る威力はあったんだけどな?」
「んな致死性の攻撃をしてんじゃねーよ、アホ」
「アホって言った方がアホなんだぞー? それに、リンに勝つならあのくらいやらないと勝てないだろ?」
それはある種の信頼でもあった。
俺だからこそ、あそこまで遠慮なしに振る舞える。俺だからこそ自身の全力を賭してもなお届かないかも知れないという認識でいられる。
好敵手(ライバル)。俺もモモ姉も同年代に敵なしという環境の中で、巡り合えた奇跡のような軌跡。
だからこそ負けたくないし、負けられない!
「目、覚めたみたいだな」
「あぁ、強烈(いい)もの貰ったからな。ようやく本当に意味でエンジンがかかったさ」
「なら――第二ラウンドとしようかッ!」
瞬間、俺の真横に移動していたモモ姉の裏拳が襲うが、左に纏わせた気の防御膜を叩きつける。莫大な気を圧縮し、それを多重展開しているからこそ可能となる荒業。
どれだけ腕力に差があろうとも、気の力がその差を埋めてくれる。
激突する両腕と、その反動により吹き飛ばされる両者。同時に放たれる気弾をモモ姉は撃墜、回避する形で次の一手を紡ぐ。
「川神流、致死蛍っ!」
「しゃらくせェッ! 雷鳴迅っ!」
まるで川辺に飛ぶ蛍のような気の散弾が辺り一面に展開される。
それと同時に空を切り裂くような轟音とともに、一条の雷鎚がモモ姉を襲った。
俺にとって気の性質変化はどんな属性のものにでも変換することが出来る。
それが火だろうが氷だろうが風だろうが雷だろうが関係なし。
気で出来るものなら何だって出来ることこそ、俺の強み。
「今度こそっ! リン! お前に勝つッ!」
「負けらんねぇんだよっ! 男の子はなァアアアアッ!」
激突。
第一陣、勝者――川神百代。
第二陣、開幕。
各話にタイトルを適当に付けました。理由は過去編等が入った場合に、時系列が認識しやすいためにです。