武人の中に魔術師みたいなのを放り込んでみた   作:青葉一臣

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6.対峙

 金曜集会。

 名の通り、金曜日の夕方から始まるそれは、風間ファミリー全員が集合する会合でもある。

 始まりは京が家庭の都合で山梨県に引っ越すことになった際、どうしてもファミリーと離れ離れになりたくなかったが故、学校のない週末に山梨から川神市までファミリーに会いに来ていたことが発端だ。

 まぁ一年後普通に戻ってきたのだが、その名残は今でも続いている。

 

 そこの場で俺は英雄から聞いた内容をファミリーメンバーに伝えた。

 

「九鬼財閥のプロジェクトか……。モロ、ネットに何か情報落ちてるか?」

「んー、今のところはまだないみたいだね。まぁ、あの九鬼財閥だから情報統制もしっかりしてるんじゃないかな」

「それもそうか」

 

 裏事担当の二人には早速何かしらの情報がないか探して貰っている。

 モロは表の情報を、大和にはその人脈を活用して裏の情報を。

 

「俺とモロはとりあえず情報収集に専念するって形か」

「そうだね。僕も毎日それらしいのがないか探ってみるよ」

「骨折り損のくたびれもうけになるかも知らないけど、二人とも頼む」

「任せとけ」

「僕にはこれくらいしか出来ないからね」

 

 情報戦に切れるファミリー内の二枚の札は切った。後はトーマにも後でメールで伝えておくか。

 

「それで、私は気配を探るだけでいいのか?」

「俺の方でも注意するけどモモ姉も注意しといてくれる?」

「強敵に逢えるならそれはそれで魅力的だか、ファミリーに危険が及ぶなら見敵必殺だな!」

 

 ブンブンと、室内でシャドーボクシングを始めるモモ姉はやる気満々だ。

 その矛先はまだ見ぬ敵意ではなく、ガクトの方を向いてるのはご愛嬌か。

 

「ちょ! モモ先輩俺様を仮想敵にしないで、痛いから!」

「ガクトは殴りやすいからね、仕方ないね」

「京テメェ!」

「私も混ざる」

「すいませんでしたー!」

 

 ガクトはモモ姉に加え、京にすら嬲られている。

 モモ姉の空中へ打ち上げる掌底から、追撃とばかりに京が空中コンボへと繋げ、フィニッシュはモモ姉に戻って落撃。

 そんな光景すら日常だと認識するファミリーの面々はおかしな気もするが、俺も気にしない。

 

「一応京とワン子も意識だけはしといてくれ」

「わかったわ!」

「お任せあれー」

 

 これで戦闘担当メンバーにも告知は済んだ。

 キャップはハブられ気味なのがつまらないのか臍を曲げてるが、この段階だとまだキャップやガクトにして貰える仕事もない。それをわかっているからそこ暇そうにしているわけだが。

 

 それにしても、あの流星は吉兆かと思ったけど、悪星でもあったかな?

 蒼穹に煌めいた一本の流星。あの時は黛に出会い、もうすぐ来る寮メンバーのこともあったから吉兆だと思ったけど、英雄のことを考えると楽観的に過ごすことも出来ない、か。

 

 遊ぶ時は思いっきり遊び、楽しむ時は存分に楽しみ、締める時は締める。

 なので――

 

「モモ姉さ、明日って暇?」

「ん? なんだー、お姉さんをデートにでも誘ってくれるのか?」

 

 悪ふざけの笑みを浮かべながら、モモ姉は俺に絡み付く。

 

「ある意味デートのお誘いかな?」

「ん?」

「えっ」

 

 瞬間、空気が死んだ。

 原因は京。負のオーラが空間を歪ませており、俺とモモ姉以外は恐怖に怯えていた。

 だが、俺はそんなことを一切気にせず、次の言葉を言い放つ。

 

「モモ姉、ちょっと仕合おうか」

 

 この言葉でも、空気がもう一度死ぬ。

 怠惰人間である俺が言う言葉ではないことは、ファミリーでは周知の事実だった。だが、それを覆すように告げられた内容に、モモ姉は胡乱げに俺を見つめていた。

 

「リン?」

「なーに、準備体操ってだけさ。英雄があそこまで言うんだ。錆び付く訳もないけど、試運転させておく必要はあるだろ?」

「……ジジィには?」

「鉄心爺さん、ルーさん、釈迦堂さんに立会いと結界はもう頼んでる」

 

 俺の言葉を咀嚼するように何度も噛み締め、モモ姉は獰猛でいて楽しそうに面を変える。

 獣の性は沈静化したと言えど、強者との闘いに楽しみを覚えるのは武術者としての性。

 

「そうか……、そうかっ! それは楽しみだな!」

「明日の朝には真宵山に入山して即効やるつもりだから、しのつもりで」

「リンも珍しくやる気だなー。これは楽しみで今日寝れないか心配だなー」

 

 新しい玩具を与えられた子供のように無邪気に喜ぶモモ姉に苦笑を零しつつ、心配そうに見つめる京を筆頭としたメンバーに問題ないとばかりに笑顔で返した。

 

 

 明朝。

 まだ薄暗く、山内には霧が僅かにかかっている頃、真宵山には幾人かの影があった。

 

「東方――川神百代」

「あぁ!」

「西方――久堂鈴」

「おぅ」

 

 立会いを務めるのは"武神"。

 その横には川神院の師範代であるルーさんと釈迦堂さんが控えている。その三人が川神流の陣地防衛術である天陣を使用し、一種の異界と化した場所で俺とモモ姉は対峙していた。そうでもなければ外界への被害が酷く、まともに戦えないからな。

 他に観戦者として心配で付き添いを申し出た京と、見取り稽古とばかりに修行に来たワン子、釈迦堂さんの弟子である板垣三姉妹の計十人がこの場で俺とモモ姉の仕合を見届けることになる。

 

 釈迦堂さん――釈迦堂刑部とかれこれ十年以上も付き合いだ。

 ある意味で俺の師匠とも言えるかも知れない人間であり、中々に喰えないオッサンでもある。

 最初は俺の莫大な気を見込み、自身と相対する敵として仕立て上げようとしていたようだが、俺が人様のレールに乗っかった人生を歩む訳もなく。いつの間にか悪友とも呼べる仲になっていた。

 また、モモ姉との死闘をキッカケに自身の性を見つめ直し、才能に驕ることなく武の道に戻った変人でもある。その実力は酔拳を使うルーさんと互角に渡り合うほどで、"壁を超えし者"の中でも完成度が極めて高いのが特徴的だろうか。特に鉄心爺さんやモモ姉にはない生来の勘――野生本能とも言うべき嗅覚は異常であり、窮地を脱して隙を食い破ることにかけては世界最高の実力を持っている。

 

 そんなちょいワル親父であるが、川神院の師範代をしながらも川神院の風土に馴染めないアウトロー気味で才覚を持つ人間を好んで弟子に取る傾向もある。それが俺でもあり、先程に挙げた板垣三姉妹だ。

 長女の板垣亜美。次女の板垣辰子、三女の板垣天使。ここにはいないが長男の板垣竜兵の計四名が板垣の名を有する板垣ファミリーである。

 彼女たちとは釈迦堂さん経由で知り合い、兄弟子ということもあり交流もそこそこに深めていた。今回も良い経験になるといって釈迦堂さんが無理やり連れてきたようで、朝に弱い辰はまだ寝ぼけているのか立ったまま眠っている。

 

 この場にいる人間で俺の全力を見たことのない人間は板垣三姉妹のみ。

 俺の実力をある程度は知っているが、常識外の住人であるモモ姉の理不尽さを体験したことがあるのだろうか、始まるまでしきりに俺の心配を甲斐甲斐しくしてくれていた。既にSMクラブで女王様をしている亜美さんすら心配してくれることから、余程のことだと思われているのだろう。

 逆に年長者三人は落ち着いている。実際、俺とモモ姉の死闘を見届けた三人であるし、いざとなったら介入するという自負もあるからだろう。

 最後に京とワン子だが、両者ともに心配そうな顔でコチラを見ていた。

 幾ら俺とモモ姉が強いと言っても、二人が戦えばそれだけ怪我をする確率も大きくなるし、実際骨を折る程度では済まない戦闘がこれから始まる。俺もモモ姉も骨を折られた程度で止まる人間ではない。故に、京もワン子も心配しているのだが。

 

「簡単な手合わせはしてきたが、本気でやり合うのは五年振りか。いやぁ、懐かしいなぁ」

「あの頃のモモ姉は厨二病まっしぐらだったから、俺も抑えるのに苦労したさ」

「うぐっ……、そう言われると反論しようがない」

 

 苦笑しながらモモ姉は拳を構える。

 その姿は五年前と変わること無く、正中線を隠した川神流の構えを。

 それに対し、俺も変わること無く両の腕をパーカーのポケットに突っ込んだまま対峙する。

 

 まるでいつかの光景の焼き直し。

 鉄心爺さんは懐かしいものを見たかのように目を細め、釈迦堂産はニヤニヤとあくどい笑みを浮かべている。

 

 変わることのない関係。

 変わることの出来た己の性。

 変えることのない生き様。

 

「――リン」

「ん?」

「今度は私が勝ってやる!」

 

 大胆不敵に、それでいて今まで見てきた中で最も可憐な笑顔で過激な宣言をされた。

 

「はっ、抜かせ!」

 

 両者が同時に臨戦対戦へ。

 大気が歪み、世界が悲鳴を上げるように空間が軋みを上げる。

 まるでエンジンのギアをローから飛ばして上げるように、段階を踏むこと無く一気に両者が練り上げる気が放出された。

 

「仕合い――」

 

 天陣の異界が故に、周りに影響を及ぼす心配もない。

 普段零にまで落としている己の気を際限なく解放。齎されるのは圧倒的なまでの暴威。ただ立っているだけで周りの木々が大きくその姿を揺らす。

 

 さぁ、始めよう。

 

「――始めぇッ!」

「川神流ぅッ! 星殺しぃぃぃぃいいいいッ!」

 

 開始の宣言と同時に穿たれる、絶対死滅の気撃は地表を抉りながら地平線の彼方まで放出される。

 それは逃げ場所などどこにもなく、そのまま俺を無慈悲に飲み込んでいった。




いい加減戦闘シーンを入れないと怒られるような気がしたので、何とか戦闘シーン開始まで漕ぎ着けました。
戦闘シーンが何話掛かるかわかりませんが、楽しめる作品を提供していけたらと思います。

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