武人の中に魔術師みたいなのを放り込んでみた   作:青葉一臣

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5.蠢く脅威

 京にしっかりと絞られてから早くも一週間が経過しようとしていた。

 黛はあれから意識を変え、島津寮や風間ファミリーの面々とは何とかコミュニケーションを取れるようにまで進歩している。流石に同級生相手だとまだまだ難しいのか、友達が出来ましたという報告は受けていないが、黛の話を聞いた他の奴らも協力してくれるとのこと。

 この時点でファミリー+ゲンさん――源忠勝は既に友達のようなものだが。特にゲンさんなんか持ち前のツンデレを発揮して黛の世話をせっせと焼いてるようだし。

 

 黛以外のことでも進展があった。

 例えば川神学園では進級すると同時に一泊二日の小旅行を学校行事として行うのが伝統で、例に漏れず俺たちFクラスの面々も京都の方へ行くことになった。

 まだまだ硬いクラスメイトとの垣根をこれを期にぶち壊すのがこの旅行の趣旨であるというのが鉄心爺さんの言である。

 仲良くなった面々を列挙すると手間なので割愛するが、流石Fクラス。色濃い面々が揃ったものだ。

 

 そんなわけで――

 

「だーかーらー! 俺としては以下にエロい写真を撮れるスポットが重要なんだよ!」

「夏の水泳部を視姦するための覗きスポット探す方が俺様重要だと思うぞ」

「ふん、三次元の雌のどこがいいのやら。なぁ、モロ?」

「えっ!? いや、いいとは思うけど……」

「お腹すいたなぁ」

 

 カオスである。

 

「どっかに良い男はいないかなー。今日は風間君もいないし」

「あのイケメンちょくちょくいないよなマジで。イケメンだから許されるってか? イケメンサイコー!」

「あはは……、ただお姉さんもちょっと風間君については考えものですねー。出来れば皆さん一緒に授業を受けたいんですけど」

 

 福本育朗。通称ヨンパチにして、真性の変態。

 熊飼満。クマちゃんの愛称を持ち、いつも何かを食べている癒しキャラ。

 大串スグル。二次元こそ至高と平然と述べることができ、女子相手にスイーツを毒を吐けるほど胆力もあるアグレッシブ系オタク。

 小笠原千花。今時の女子であり、我等がキャップを落とそうとしているとか。ちなみにスタイル抜群。

 羽黒黒子。ガングロ山姥。なお、中々に面白い奴で、何気に良いやつ。

 甘粕真与。混沌極めるFクラスの委員長であり、生まれが早いことから皆のお姉ちゃん。完全ロリのため、友人のハゲから守らないといけない。

 

 こんな混沌とした空間だが、俺は居心地の良さを感じていた。

 例えばスグルと小笠原さんはこの短い期間ながら犬猿の仲とまで苛烈なやり取りを繰り広げているが、時には会話している光景を普通に見れたり、ガクトとヨンパチがエロスについて語り、自己の主張を相手に押し付けようとした次のコマには別のことで同意していたり等々。

 まぁ面白い集団であるわけで、そりゃ俺やキャップは好む空間なわけだ。

 

「今日も今日とてFクラスは動物園だな、おい」

「その檻の中にリンもいるんですけど。それはいいのか?」

「ヒモになりたいから別に気にしないぜ!」

「えぇ……」

 

 ゲンナリとした大和ではあるが、その顔は本気で嫌がっているわけではない。

 どちらかと言えば、大和も冷静さを装ってはいるもののガクトと一緒に馬鹿をやる生粋の馬鹿である。

 そもそもノリの悪い人間が風間ファミリーにいるはずもなく。

 ウズウズしてきたのか、大和の視線はガクトやモロの方へと移り、ヤレヤレと言わんばかりの格好で男集団に加わった。

 

「おおぅ、大和まで行ってしまわれた。ワン子は筋トレしてるし、京は読書してるしで暇だなぁ」

 

 俺も馬鹿話に加わるかなぁ。

 でも俺の場合は京がいるからヨンパチとかガクトからの嫉妬の視線が酷いという理不尽が辛い。

 ならばと女の子とスイーツ話に加わるのもいいが、それはそれで京からの視線が酷い。

 男とも女とも話せない状況とは、これ如何に。

 仕方ないから一人で時間でも潰そうかと思案した途端、ふいに廊下から太陽のような気を感じた。

 

 

「――ハハハッ。我、降臨!」

 

 瞬間、クラスメートの意識が教室の扉に注がれる。

 黄金衣を纏うその男は、俺の友達の一人。

 世界最大の財閥にして、現在進行形で成長を続ける企業の跡取りである――九鬼英雄は、堂々と教室の壇上で全員の注目を浴びていた。

 何が面白いのかわからないが、彼の高笑いは止むことをしれず、呆れた視線も一笑に付すと言わんばかりに気にしない。

 英雄の側に侍るように冥土という名のメイドの忍足あずみが護衛をする形で控えていた。

 

「おい、何でアイツがこのクラスに突撃しに来てんだよ?」

「あぁ、リンの野郎が九鬼と知り合いだから」

「え、マジで?」

「気怠げ野郎だが、交友関係はよくわからんレベルで広いぞ。ある意味大和とタメ張れるレベル」

「直江と同格とか人は見かけによらんな……」

 

 ヒソヒソとこっちを見ながら内緒話をする男どもは無視!

 何を言ってるかわからんが、どうせ碌でもないことに違いない。

 クラスメートに溜息一つ吐きつつ、さっきから視線を寄越している旧友の元へと歩む。

 

「よっ、最近忙しそうじゃん」

「フハハハッ。リン、久方ぶりだな!」

「久しぶりっていうほどではないけど、まぁそんなもんか。あずみさんもおっすおっす」

「なに、我がそう思ってるだけだから気にすることはない」

「お久しぶりです、久堂さん!」

 

 凸凹コンビのようでいて、あずみさんの的確なフォローと英雄の圧倒的カリスマによる人心掌握術のコンビネーションは果てしない。

 色々と危険な場所にも赴くことの多い彼であるが、彼女がいるからこそ俺も安心して送り出せる。

 

「んで、何の用? 俺に会いつつ愛しのワン子でも見に来たか?」

「フン、一子殿は今日も可憐で美しく、そして努力を怠らないその姿は確かに我に活力を与えるが……違う。今日はリンに話があったのだ」

「俺に?」

「少し時間を貰うぞ。あずみ、先に屋上にいって場所を確保しておくのだ!」

「かしこまりました! 英雄様ぁっ!」

 

 珍しい。

 他者に気を使わない、とは言わないが他者を視線を気にするような男でないはずが、どうやら今日は様子が違うらしい。

 まぁ俺の返事を聞く前にあずみさんに命令しているのは相変わらずだが。

 まるで付いてこいと言わんばかりに無駄話をせずにそのまま英雄は教室を後にした。

 

「京、昼までに戻ってこなかったら先にご飯食べていいからな」

「ん、いってらっしゃい」

 

 

 屋上から外へ出ると、春先に温かな陽気が俺たちを包む。

 ここに来るまで英雄は一言も喋らず、俺もそんな様相を見て口を噤んでいた。

 その顔は険しそうでいて、まるで何か迷っているようにも見える。

 あずみさんはいつの間にか英雄の横に控え、気が付けば屋上の扉も閉じられていた。

 

 屋上には俺と英雄とあずみさんの三人。

 他の生徒は当たり前だが既に授業時間で静かに勉強に勤しんでいることだろう。この時間は体育を行うクラスもないようで、静かな空間が生まれていた。

 

 俺は屋上の手すりに寄り掛かり、蒼穹を見上げる。

 吸い込まれるような雄大な空。飛行機雲が横断し、一本の線を繋ぐ。それはキャンパスに描かれる一筆のようで、なんとなく面白く感じられた。

 クスっ、と溢れた笑い声。

 それが皮切りに成ったのかどうかは、神のみぞ知ること。

 だが、確かに場は揺らぎ、動いた。

 

 

「リン、これは独り言なのだがな――」

 

 独り言は宣言してやるものじゃない、と野暮のことを言おうとしたが英雄の顔を見て口を噤む。

 いつにして真剣な顔が、巫山戯る場面ではないと忠告するようだ。

 

「もうすぐ新たなプランが九鬼内で始動する。それはここ川神市で進行するプランだ。大掛かりで大規模なプランではあるが、な」

「ふぅん、それで?」

「内容までは流石に話せないが、ある種禁忌の領域の問題ではあるプロジェクトなのだが、そこはいいだろう。その部分もクリアしているのだからな」

 

 禁忌、ね……。

 

「んで? 英雄が改めて何を言いたいんだ?」

「我自身も確証があって言うわけではない。ただ――」

 

 いつもなら不遜にして、尊大。

 そして自信を体現するように言い切る英雄にしては珍しく、言葉尻が萎んだ言の葉だった。

 

「きな臭い」

「きな臭い、ね……」

「あぁ、こう表現する他に我はわからない。何か問題があるわけではない、だが胸の奥が支えるように何かが引っ掛かるのだ」

 

 腕を組み、思案する英雄の顔を見て俺も考える。

 

「だから、だ。リン、気を付けろ。九鬼関連のことでお前に何か不利益を被るのは我の本意では無いのだがな。お前の方から一子殿含め、ファミリーの全員に伝えるが良い」

 

 九鬼英雄。

 幼い頃はメジャーリーガーを目指していたが、あるテロ行為により利き腕を怪我したことによりその夢は儚く散った。

 だが、幸か不幸か縁に恵まれ、環境に恵まれ、彼は王になることを決意する。

 彼の父は一代で一企業を世界最大の財閥へ成長させた鬼才であり、それを支える人間もまた異才。

 そんな中で育った英雄に王威が宿るのも当然といえば当然のことだろう。

 

「それほどに危険か?」

 

 俺の知る限り、彼を超える器の持ち主は彼の父――九鬼帝しか知らない。

 キャップはリーダーとしての資質なら英雄に伍するが、王という資質では勝負の土台にすら上がれないほど隔絶した差が存在する。そして、このまま成長すれば、九鬼帝すら凌駕する王になり得るだろう。

 そんな彼が忠告する。

 

「測りきれない、というのが本音だな。今までこのような感覚に陥ったことは生まれことこの方ない故」

「だが、英雄の勘は当たるから無下には出来ない、か」

 

 俺の本当の実力を英雄は知らないだろう。

 だが、俺の周りにいる武士娘やモモ姉の実力は知っている。それですら安心できないほどの不安感。

 モモ姉が負けるほどの相手か? 確かに鉄心爺さんを筆頭に、身近で言えばルーさんや釈迦堂さん、他にも潜在能力という意味では辰、爺さんの弟子の一人である"生まれるのが遅すぎた竜"、九鬼従者部隊の筆頭など、数えればキリがないほど豪傑はいることにはいる。だが、彼らが対立するとも考え辛い。

 なら新手? 未だ見ぬ強者も勿論いることにはいるだろう。さっきと同じでそいつらが対立し、モモ姉や鉄心爺さんを食い破るとも到底思えない。

 

 考えればキリがない。さりとて、明確な答えが得られるわけでもない。

 なら、俺が起こせる行動は一つのみ、か。

 

「そうさな、ひとまずモモ姉に警戒レベルを上げて貰って、大和とモロにも情報を集めて貰うようにするわ」

「うむ、意識するのとしないのでは大きな差があるからな」

「英雄もわざわざありがとうな。さっきの独り言だって機密情報の一つだろうに」

「気にするな。我は屋上で少し悩みをボヤいただけであるからな!」

「ハッ、そういうことにしておくかー」

「――スマンな」

「気にすんな。お前はどっしりと構えておけばそれでいいさ。面倒事は俺が片す」

「恩に着る。あずみぃ! 教室へ戻るぞ!」

「はい! 英雄様ぁ!」

 

 そう言い残し、英雄はいつの間にか施錠された屋上の扉を開き、そのままSクラスに戻っていった。

 

「――久堂、英雄様の行為を無駄にすんじゃねーぞ」

「へーへー。ま、どうにかするさ」

「ふんっ……。テメェも早く教室に戻るんだな」

 

 英雄がいなくなるとすぐにこの冥土は口が悪くなるのはどうにかならないんでしょうかね。

 ま、コイツはコイツで心配してくれてるから俺もとやかく言わないけどさ。


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