街外れに建設され、所有者はほぼ忘れているであろう廃ビル。ここが俺たち風間ファミリーの秘密基地。
大和が幼いながらも悪知恵を働かせて所有者と交渉した結果、見回り等々の条件に廃ビルの使用許可を得る事が出来たのだ。改めて考えて、大和廃スペックだな、おい。
「おろ、俺らが一番乗りみたいね」
島津寮で京の愛情込もった昼飯を頂き、腹ごなしに散歩しながら秘密基地に辿り着いた俺と京だが、まだそこには誰もいなかった。
散歩がてらに買ってきたオヤツを冷蔵庫に仕舞い、キャップがバイト先から拝借してきたソファにドスン、と座る。
その横には京が座り、俺に凭れながら新作の小説を早速読んでいた。いつもならゲームでもするのだが、如何せん手持ちのゲームはクリア済みであった。今度モロから新しいゲームの情報聞かないとな。
「京、膝枕」
「どうぞー」
凭れた姿勢を正し、ポンポンと自身の太腿を叩く京の姿を確認し、ダイブ。もっちりとした質感の何とも言えない感触を楽しむ。
「誰か来たら起こしてくれぃ」
「リンは今日寝てばっかだね? 夜眠れないよ? はっ、夜通しプレイするために体力を温存してる? バッチコイ!」
「流石にマズイですよ京さん」
「私は構わないのに」
「退廃的だなぁ……」
「エロスに塗れようや」
そんな馬鹿なことを言いながら、俺は静かに瞼を閉じた。
ふと、唇に湿った柔らかい感触が当たる。そんな幸せを感じながら俺は眠りについた。
「――とまぁ、まさか真剣持った女の子に出会ったと思ったら、まさか寮の新人だとは俺も思わなかったよ」
日は暮れ、夕焼けが照らす頃。秘密基地にはファミリーが全員集合していた。
「黛さん、って言ったっけ? 手合わせしてみたいなー」
「おいおいワンコ。端から見れば新人イビリにしか見えねーぜ、それ。流石の俺様も引いちゃう」
「ムキー! そんな強そうな娘がいたら普通手合わせしたくなるじゃない!」
「僕はならないと思うよ……」
刀を持った黛、ね。
「恐らく"剣聖"の娘なんだろうなぁ。私もやってみたいぞ!」
国から帯剣許可を得ている国宝。その腕前はモモ姉同様"壁を越えし者"の一角であり、神速の斬撃は何人も逃さないという。
その娘さんがまさか同じ寮に入ってくるとはなぁ。
「ただ何か良くわからないけど、睨まれちゃってさ」
「おいおい大和ー、新人に何かしたんじゃないのか?」
「ガクトならともかく俺がする訳ないじゃん」
「俺様飛び火!?」
寮に帰るのが楽しみになってきたな。
俺と似たようなことを考えているのか、キャップもワクワクした顔になっていた。
これは一波乱起きそうだ、それもとびきりのな。
「……リン?」
京のポカンとした顔が夕日に照らされ、よく映えている。
何でもないとばかり頭を撫でれば格好を崩し、これでもかとばかり俺に抱き付く。そんな光景を呆れた表情で見ながら、モモ姉が京に抱き付く様は、ファミリーの日常の一コマであった。
✝️
「ふーむ……」
黛由紀恵。川神学園一年。
東北から一人この川神市にやって来た少女であり、後輩ながらその肢体は京を凌ぐほどのスペックの持ち主だ。
そしてその実力も並ではない。巧く隠してはいるものの、その身に宿る剣気は一度鯉口から抜き放たれれば、何人たりとも両断するだろう。それほどまでの才覚を彼女から感じられた。
事実、風間ファミリー内でも武闘派である京やワン子にしても鎧袖一触にされるだろう。
「ただ何ともまぁ……。笑顔を浮かべようとして引き攣り笑いがガンつけるレベルなのは笑えて仕方ない」
彼女からすれば一大事なのだろうが、傍から見ればギャグでしかない。
「どうよ、期待の新人は?」
「様子見だとは思うが、俺はファミリーに入れてみたいぞ!」
「久しぶりの新メンバー加入かな? ま、あと一ヶ月ほど待った方がいいかね」
「ん? 何でだよー、俺は早くアイツと遊びたいぞー」
キャップは駄々をこねるように俺の下手に寝転んでジタバタする。
こんな情けない姿すらコイツを慕う女子からすればギャップ萌えでしかないだろうなぁ。
「二階最後の空き部屋あるだろ? あそこ、麗子さんが大掃除してたから近々もう一人新人が増えそうだからな」
「マジ!?」
「あぁ、多分な。黛が入居する前も同じように掃除してたから、多分来るだろ」
「それはビックニュースだな、おい! こうしちゃいられねぇ! リン、俺はまだ見ぬメンバーが楽しめるようにバイトに行ってくるぜ!」
「お、おう――って、もう行っちまったか。ホント風のような男だねぇ」
颯爽と去っていったキャップを尻目に、俺は喉が乾いたので台所へと向かう。
何やら人気がするが、どうせ大和か京なので気にせず無心で入った。
「あっ」
「ん? 黛か、よっ」
「あわわわわっ、えとえと」
『おいおいまゆっち~。ここで攻めないといつ攻めるのさ~』
どんだけテンパってるの、この娘?
もしかして男性恐怖症なんだろうか。そうだとすると、俺がこの場にいるのは申し訳なくなってくるな。
あと、何で携帯ストラップと会話してるの? 痛い娘なの?
「何かすまん。お茶飲んだらすぐ部屋に戻るから我慢してくれ」
「いえいえいえいえ! あの、その……久堂さんが悪いわけじゃなくてですね」
「ん? 男性恐怖症かと思ったけど違うのか」
「ええと、その――」
落ち着いて(時々テンパってるが)話を聞いてみると、どうやら彼女は小さい頃から友達、というよりも他人と接する機会がなかったようだ。
その隣にいたのは彼女の携帯にくっついている"松風"というストラップ。声音はあれだが、何とも妙技なまでの腹話術である。しかもそれを指摘しても狼狽えない徹底ぶり。コイツは逸材だ。
閑話休題(それはさておき)、その結果、家族と話す以外は今のようにテンパり癖が治らないのだとか。
「まぁ真剣担いでガン飛ばしているかのような引き攣り笑い浮かべたら、そりゃ誰も近寄ってこないわな」
「はぅぅっ!」
「それは黛自身でもわかってんだろ?」
「それは……はい」
『まゆっちも頑張ってんだよ~』
悲しそうに、伏し目がちに俺の問いに答える彼女。
種類は違えど、彼女も孤独の中で育った一人に違いない。
きっと、幼い頃は"剣聖"が付きっきりで鍛錬付けにしたのだろう。彼女の内包する剣気がそれを証明している。彼女ほどの実力は幾ら才能があっても練磨されるものではない。確かに研鑽せずとも頂きに至る正真正銘の化物もいないことはないが、彼女はそういうタイプではないだろう。努力の末、頂点へと昇るタイプだ。俺や百代とは違う、武芸者。
確かに家族の愛情は受けて育ったのだろうが、他者と触れ合うことなく育ってしまったのは"剣聖"が間違いなく悪い。
彼女の才覚は本物だ。風の噂ではあるが、"剣聖"である黛大成十一段よりも、その才能は上なのだとか。きっと、剣聖もそんな娘が産まれたから、自分を超える剣士へと育て上げたかったのだろう。だからといって、鍛錬付けにするのは違うんじゃなかろうか。
「まぁ、なんだ。俺含めこの寮にいる奴らはちょっとやそっとじゃ怖気づかない人間だからさ。練習がてら話しかければいいんじゃないかな」
「私なんかがご迷惑じゃないでしょうか……?」
「私なんかってそこまで卑下すんなアンポンタン」
「はぅっ!?」
後輩に仕置するように、俺は黛の両頬をびよーんと伸ばした。
お、コイツのホッペタ柔らかいのな。餅みたいに伸びるぞ!
「あんま先輩舐めんな。俺らがそんな冷たい人間に見えるか?」
「いえいえいえい、そんなこと!」
「だろ? だからお前もあんま自分を卑下すんな。そんなんしてたらいつまで経っても友達なんか出来やしないし、何より相手を貶してることになる」
「貶す……」
「そりゃそうだろ。相手を信じれない人間を誰が信じてくれるんだ?」
「あっ……」
目から鱗が落ちたように、パチクリと黛は瞳を瞬かせた。
俺の言葉が脳髄から爪先まで駆け巡り、全身でその意味を、その言の葉を理解するような姿勢のようで。数瞬、時は止まる。
俺も彼女も一言一句話さない。聞こえるのは互いの吐息。微かに聞こえる彼女の鼓動は、沸騰するように脈打ちながら、次第にその声音を整えていく。
そして、ふと一度だけ面を下げ、口をモゴモゴさせながらも上げた顔にははっきりとした決意が宿っていた。
「――久堂さん、ありがとうございます」
その面には先程までとは違い、オドオドとした他者の毛色を伺え怯える少女の色はなく、ただただ野に咲く流麗な笑顔がそこにはあった。
被っていた殻が割れたように、無垢な雛鳥がようやく産声を上げたようだ。そんな光景を見れて、そしてその光景を俺が促せたことに自分ながら誇らしく思った。
「やれば出来るじゃねーの」
「へ?」
「黛、お前可愛い笑顔浮かべてるぜ?」
「はわわわわわっ!?」
『やったぜまゆっち~。その笑顔で友達百人魅了するんだぜぇ』
「松風もこのおっちょこちょいな後輩の面倒頼むぜ?」
『合点承知、オイラに任せれば万事解決なのさ』
ポンポンと頭を撫でて、俺は台所を出る。
いつ迄も黛と話し込んでたら夜が更けそうだし、今日はいい加減部屋に戻っておやすみ五秒前だ。
「お、そうそう。俺のことはリンって呼んでくれて構わねーから。んじゃまた明日ー」
プラプラと手を振り、俺はそのまま自分の部屋に戻る。
そこには般若と化した京がいるわけで。
「――リン?」
「あっハイ」
夜分遅くまでこってり絞られたとさ。
次話投稿出来そうな目星が付けば、活動報告か何かに記載する方がいいですかね?