武人の中に魔術師みたいなのを放り込んでみた   作:青葉一臣

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ムシャクシャして書いた。


1.全ての始まり

「なぁ、リン――」

 

 眼前で拳を掲げる絶世の美女は、呟くように俺へ言の葉を向けた。

 漆黒の髪が道場の窓から差し込む日に照らされ、優しく揺らめく。性格とは違い、その部分だけ見れば大層穏やかだろう。その拳に込められた必殺の意思がなければの話だけど。

 凛と構える姿は神々しさまで感じられる気がするから侮れない。普段はおちゃらけてる癖して、武にだけは絶対的な誇りを持っている。

 

「ん、なんだ?」

 

 対峙する俺は両の手をパーカーのポケットへと突っ込み、気怠けにしている。

 俺は武に関して誇りなぞ持っておらず、武の誇りは埃のようなもの。

 武はただの力に過ぎない。これは俺の持論であって強制するものでもない。その力で成すことこそを俺は誇りとしている。

 そしてこの場は武と武がぶつかり合う仕合の場。両者ともに服装は私服と言って差し支えない格好だが、その構えは対極と言っていいほど違っていた。

 

 俺は武と真反対にいる構え――ポケットに手を突っ込み、ただボケっと突っ立っている姿を。

 絶世の美女――モモ姉は正中線を隠す、川神流の構えを。

 

 川神の街に住まう人間がこの場を見れば全ての人はこう思うだろう。

 武神の挑む愚か者。身の程を知らない子供。起きたまま夢を見ている倒錯者。

 数多くの侮蔑と嘲笑がぶつけられるに違いない。

 

 モモ姉――川神百代は"武神"川神鉄心の孫にして、齢十にして既に"壁を超えし者"として知られる武の結晶。

 俺みたいなひ弱な男が、というよりも世界に目を広げても彼女に勝てる人材はそう多くない。

 そんな誉れ高き女と対峙している俺はというと、そこら辺にいる餓鬼そのものだ。

 

 己の肢体は最低限鍛えられてはいるものの、"壁を超えし者"と殴り合えば刹那の間に血反吐を吐いて地面に転がるだろう。

 己の智謀は年齢で見れば才覚はあるものの、本当の知恵者には簡単に足元を掬われるだろう。

 己の運はどうだろう。悪いとも言わないが良いとも言わない。それこそ普通という言葉がよく似合う。

 

「本気で来てくれ。私は飢えたくない。――獣になりたくないんだっ!」

 

 言の葉は言の刃となって俺へ降りかかる。

 万感たる想いが宿った言葉は、俺の胸へと突き刺さる。

 

 強者故に孤独。

 武に魅入られ、愛されたからこその絶望。

 同年代に相手はおらず、自分と同じ領域に立つものはもう高齢の者ばかり。そうした古強者も年齢という敵には勝てず、いつしかモモ姉は頂点へと君臨することは間違いない。

 そうなってしまえば、誰が彼女の飢えを解消出来るというのだろう。

 彼女も獣になりたくてなろうとしているわけじゃない。ただ、性が戦わないことを認めない。

 喰らえ、潰せ、犯せ、奪え、勝て。

 "風間ファミリー"という大切な家族を手に入れてもなお、その性は表面へと侵食する。

 

「姉さん……」

 

 彼女が宝物のように大切にしているファミリーは、その慟哭を聞いて辛そうだ。

 本来は危険すぎるこの場にいるべきではない六人の少年少女。

 当初は俺やモモ姉もこんな血なまぐさい場所に来てほしくなかったが、彼等の強い主張に俺たちが折れるしかなく、立会人の一人であるルーさんに守ってもらうようお願いしてある。

 

 渦巻く空気は普段の楽しげな様相はなく、あるのはただ底冷えするような空気のみ。

 まるで肌を割くような冷たさが六人を襲うが、ルーさんの"気"による防護によりそれらはかき消されていく。

 

 ニヒルな笑いを浮かべる大和も、今日ばかりは心配そうな顔でモモ姉を見つめ。

 泣き虫だったワン子もモモ姉という目標を持て、ようやくその天真爛漫さが生まれたというのに今は鳴りを潜め。

 お調子者のガクトも眉をへの字にし、何も出来ない自分に腹を立たせ。

 力はなく、されどその性根は優しいモロは心配そうに俺とモモ姉とに視線を行ったり来たりを繰り返し。

 風を体現する俺たちのリーダーは悔しそうに、それでも諦めないとでも宣言するように無言で視線を固定し。

 

「――リンッ!」

 

 静謐な道場を鈴の音が切り裂く。

 

「モモ先輩を助けてっ、お願い!」

 

 碧い髪を揺らし、懸命に振り絞った声は涙声。

 残酷な苛めを受けたこの少女は、されど誰かを愛する心を忘れはしなかった。

 子供特有な残酷な行為にすら懸命に抗い、一人では挫けそうになったが最後には立ち上がった。

 

「――はいよ」

 

 だから俺は気負いなくそう答える。

 俺の誇りはただ一つ。

 武なんざ興味ない。強さなんざ興味ない。叡智なんざ興味ない。

 けれど、大切な人たちを守るために必要ならば、俺はそれを迷いなく掴み取る。

 

――守護(まも)ることこそ本懐とせよ。

 

 強すぎる力ならば律せよ。

 力が足りないのならば欲せよ。

 それでも足りぬなら工夫せよ。

 全ては自身の誇りを賭して、大切な者を守るために。

 

 武としての力なんてさらさらない両親が格好つけて俺に送った言葉。

 怖かっただろう。恐ろしかっただろう。

 自分の子供に震えるなんて情けなかっただろう。

 そしてそんな想いをさせる俺は自身が憎かった。

 

 それでもなお、父さんと母さんは抱きしめながら俺に言った。

 

『『愛してるよ、鈴』』

 

 齢十三の少女と齢十二の少年が対峙する。

 まだまだ子供の域を出ない二人であるが、その威はまさしく武人のそれだ。

 

「モモ姉ぇ、悪いけどこの勝負勝たせて貰うわ」

「お? 歳下が生意気なこと言ってるなぁ? これはお仕置きが必要かなぁ~?」

「抜かせよ。大和が、ワン子が、ガクトが、モロが、キャップが、京が。皆がモモ姉を助けてって叫んでるんだ」

 

 気怠げな目線がモモ姉を貫く。

 瞬間、眼前で爆弾が爆発したかのように気が巻き起こる。

 竜巻のように螺旋が昇り、その中心には武神がいた。

 紛れもない、まさしく"武神"。

 

 ――だからどうした。

 "武神"? 結構、結構。

 

「刮目しろ、研ぎ澄ませ、刹那すら無駄にするな。ここに勝負は成って新たな領域へ」

「――ッ!」

 

 大気が震える。空間が軋む。世界が割れる。

 比喩ではなく。ただ事象として在るが儘に暴威を振るう。

 

「ハハッ」

 

 最早人が放出出来る気の総量を軽く超えるそれは、ただ俺の身体から漏れ出しているに過ぎない。

 "壁を超えし者"が武によってその壁を超えたというならば、俺は気によってその壁を超える。

 俺とモモ姉の気が混じり合い、相反するようにバチバチとして炸裂音が鳴り響く。

 

 武による形勢――圧倒的不利。

 気による形勢――圧倒的有利。

 ならば、後は気迫のみ。

 

「やっぱ凄いなぁ……。あぁ、ホント凄いよ、リン」

 

 その顔は子供のような無邪気な顔――ではなく、救われた老体のようで。

 羨望のようで、嫉妬のようで、救いのようで、諦めのようで。

 

「行くぞ、モモ姉。加減は出来ないから怪我させたら謝る」

「出来るものならやってみろぉッ!」

 

 それが気に入らないから俺は往く。

 あの覚えの悪い馬鹿姉貴分が勝手に嵌った泥沼から引っ張り出すために。

 

「「「「「「――リンッ!」」」」」」

 

 "家族"の声が聞こえる。

 恐れも怖れも畏れもなく、ただ信頼のみを乗せた言の葉が俺を包む。

 だから、俺は前を向く。目の前に彼女はある種の鏡だ。もしかしたらあり得た未来の光景。

 飢えはなくとも、畏れにより孤独になってしまっていたら――なんて、IF。

 

 きっと気付いてしまえば簡単なんだ。

 性なんて下らないと思えるくらい、大切で愛してくれる"家族"がいるのだから。

 

「次期武神――川神百代」

「無名――久堂鈴」

「「いざ尋常に――勝負ッ!」

 

 瞬間、世界は産声を上げた。

 

 

 これは無名を超えた物語。

 一人の男が産声を上げた物語。

 

 親友を得て、仲間を得て、家族を得て、好敵手を得て、愛する者を得て――

 

 その果てを目指す物語。

 

 これは名付けられる物語。

 その男は遠くない未来にこう呼ばれる。

 

 "魔術師(キャスター)"と――

 




次はどちらがいいか選択肢をどうぞ。

①高校生編
②幼少期編

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