ドラゴンクエストⅢ 時の果てに集いしは   作:ゆーゆ

10 / 12
第3章
邂逅


 

 レイアムランドからアリアハンへ戻り、二週間後の朝。

 起床したアレルが寝惚け眼を擦って階段を下りると、一階にはグリーンティーを啜りながら佇むライアンの姿があった。アレルの足音に気が付いたライアンは、カップを置いてコホンと小さな咳を出した。

 

「おはようございます、ライアンさん。もう来ていたんですね」

「これは失礼。外で待っていたのですが、ヤヨイ殿から声を掛けられまして。お邪魔しておりました」

 

 セリアに纏わる一連を見届けたライアンは、サマンオサには戻らず、アリアハンの宿屋で過ごす日々を続けていた。

 というのも、視力の大部分を失ったライアンにとって、サマンオサ旧市街での独り身はあまりに酷。日常生活すら儘ならない。そんな彼の身を案じたアレル達や宿屋側の協力の甲斐あって、今日に至っていた。

 

「これから用意するので、早速教会へ行きましょう。ジルも一緒にいるはずです」

 

 そしてアリアハンに留まったもう一つの理由が、セリア。呪いから解放され、療養中の身だったセリアは、不自由ない生活を送れる程度に精気を取り戻しつつある。以降はジルが彼女の面倒を見る手筈となっており、快気祝いを兼ねて様子を見に行こうという約束を交わしていた。

 

「あれ。ヤヨイは、外ですか?」

「そのようです。午前中はタバサ殿の勤め先の手伝いをすると言っていましたが」

「ああ、そうだったっけ。……ライアンさん、その便りは?」

 

 アレルの目に留まったのは、テーブルに置かれていた封筒。アレルの声に、ライアンはふと思い出したような様子で答える。

 

「失念していました。アレル殿宛で今朝方に届いた文だと、ヤヨイ殿が。確か、カザーブ村といいましたかな」

「カザーブから……おっと。ヴァンとリーファからだ」

 

 差出人の名に続いて、日付を確認する。王の月、竜の日。つまり手紙が書かれたのは、今から一ヶ月半前。アレルが日付を口にすると、ライアンは怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「一ヶ月半前、ですか。随分と配達に時間が掛かりましたな」

「キメラの翼が出回らなくなった影響ですね。ルーラ便を使えば話は別ですけど、料金が以前とは比較になりません。余程急ぎじゃない限りは利用しませんし、手紙に限らず物流は変わりつつあるんです」

「ふむ。呪文に税を課す、という異国の法案も、あながち的外れではないように思えてきます」

「それ、ジルの前じゃ言わない方がいいですよ。絶対に」

 

 苦笑いをしながら封を切り、文面に目を通し始める。

 冒頭は取り留めのない四方山話だった。二人の近況に、愛娘アカネの成長。カザーブの盛況具合、小国ノアニールとエジンベア・ポルトガ間の情勢。

 

「……え?」

 

 そして、一つの出会い。起点はシャンパーニの塔。カザーブで生活を共にするようになったという、とある青年に関する話が、紙面には綴られていた。

 やがて読み終えたアレルは、そっと手紙を折り畳んで、考え込むような仕草を見せる。

 

「アレル殿?」

「いえ……とりあえず、セリアの所へ行きましょう。歩きながら、話します」

 

 声色を頼りに、ライアンはアレルの表情を察した。

 

________________________

 

 

 アレルが礼拝堂の扉を開けると、室内にはシスターの一人と会話を交わすジルが立っていた。アレルとライアンが堂内へ入ると同時に、ジルは二人を交互に見やりながら微笑みを浮かべた。

 

「ライアンさんまで。わざわざありがとうございます」

「暇を持て余す身でありますが故。して、セリア殿の具合は?」

「日に日に良くなってきてますよ。予定通り、今から自宅へ案内するつもりです。ただ……」

 

 ジルは一旦言葉を切り、気遣わしげな面持ちで告げた。

 

「記憶の方は、まだほとんど。思い出そうとすると、ひどい頭痛に襲われるみたいで」

「そっちの方は変わらず、か。ジル、やっぱり呪いの影響なのか?」

「分からないけど、恐らくはね」

 

 日常的な記憶や知識はあるし、呪いが解かれて以降の記憶にも不備は見られない。

 欠けているのは、セリア個人に関する記憶だ。自身の名と故郷の国名―――『ムーンブルク』という単語は覚えているものの、それ以外がすっぽりと抜け落ちてしまっている。生い立ちや家族構成、己の年齢さえ定かではないのだ。

 

「記憶を強引に呼び覚ます方法に、心当たりはあるけど……あまり焦らない方がいいのかもしれないわ。暫くの間は一緒に生活をして、様子を見てみようと思うの」

「俺もそう思うよ。それに彼女、お前には心を許してるみたいだしな」

「連日顔を合わせていれば、自然にそうなるわよ」

「そういうものか?」

「そういうものよ。それに―――」

 

 何かが脳裏を過ぎり、ジルは祈りの指輪を嵌めていた左手を、ぎゅっと握った。

 何故セリアが全く同じの、存在しないはずの指輪を持っていたのか。それが意味するところは。何も分かっていない状況下で、一際謎めいた事実に触れるのは、気が引けた。

 焦らなくていいのは、私も同じ。全てを見極めてからでも遅くはない。

 

「ううん、何でもない。その封筒、なに?」

「ああ、これか。ヴァンとリーファから、俺宛で届いたんだ。今ここで、読んでくれないか」

 

 アレルが封筒から手紙を取り出して、ジルに手渡す。

 どうしてこの場で。疑問を抱きつつ黙読を始め、視線が文面の後半に差し掛かるやいなや、ジルは大きく目を見開いて、唖然とした様子で言った。

 

「……驚いた。珍しく手紙なんて寄越したと思ったら……『もう一人』、来てたってことね」

「ああ。しかも読んだ限りじゃ、今から半年以上も前の話だ」

 

 青年の名はテリー。この地上とは異なる別世界からやって来たとされるテリーは、アリアハン暦で言えば昨年の一二八三年、牛頭神の月に、カザーブ村に現れた。時系列で考えると、タバサやライアンよりも前。場合によってはセリアよりも前に迷い込んだ、一人目の異世界人ということになる。

 

「この件については、俺が当たってみる。久し振りにヴァン達の顔も見ておきたいしな」

「私もお供します。アレル殿、宜しいですか」

「勿論です。その方が、俺も話をし易いです」

「分かった。セリアのことは、私に任せて」

 

 時期はともかく、放ってはおけない。謎ばかりが増加の一途を辿る以上、今は少しでも多くのそれを集め、繋がりを見い出すしか、選択肢はないのだから。

 

________________________

 

 

 アレルとライアンがカザーブへ飛び立ってから、一時間後。

 セリアを連れて自宅へと戻ったジルは、三日振りに玄関扉を開けて、室内へ入るようセリアに促す。

 

「さあ、遠慮しないで入って」

「し、失礼します」

 

 セリアは恐る恐る歩を進め、こじんまりとした家屋の中央で、内部の様子を見渡した。

 まず目に飛び込んで来たのは、分厚い書物で埋め尽くされた棚。それを囲むように積まれた本。ざっと見ても三桁に及ぶ書物の大部分が、『呪文書』。まるで書庫のような光景と、立ち込める紙の匂いに、セリアは不思議と安堵に似た感情を抱いていた。

 

「幼い頃に両親が亡くなって、この家は一度売りに出されたのよ。買い戻したのは、七年ぐらい前になるわね」

「……それまでは、何処で暮らしていたのですか?」

「教会の孤児院。でも、ほとんどはアレルの家で……兄妹同然に育てられたの。ルシアさんが、よく面倒を見てくれたわ」

 

 そっと瞼を閉じて、記憶の海に身を委ねる。

 あの頃。喪失と向き合えず、現実を受け入れ切れずにいた私を、優しく包み込んでくれた、忘れようがない温かな記憶達。思い出せばその分だけ、清涼の風が屋内を吹き抜けるようで、思わず笑みが零れる。

 こんな風に、幸せを思い起こす当たり前が―――目の前の少女には、叶わない。思わず胸に痛みが走り、ジルは誤魔化すように告げた。

 

「普段はあまり帰らないから、掃除なんかはヤヨイちゃんに見て貰っているの。今日からそれを、貴女にお願いしたくて。セリア、できそう?」

「は、はい。私にできることなら、何でも仰って下さい」

「ふふ、ありがとう」

 

 勿論、意図はあった。ヒトは無意識のうちに思考を働かせて、何かを考えようとする生き物だ。今日のこと、昔のこと、これからのこと。

 しかしセリアにとってそれらは全て、思い出そうとする行為に等しい。自分が何者で、何故ここにいて、この先どうしていけばいいのか。判断材料は存在せず、不意に訪れる頭痛に苛まれては、自我を失っていく。

 今のセリアを繋ぎ止めるためにも、時間を持て余してはならない。ちっぽけな遣り甲斐や幸せが、セリアには何より求められる。そう考えての同居だった。

 

「すごい数の呪文書ですね……これを、全てジルさんが?」

「まあね。量が増え過ぎて、預り所から苦情が来たっていうのも、この家を買い戻した理由なのよ。自宅兼倉庫って感じかしら」

「見ても、いいですか?」

 

 ジルが頷きで返すと、セリアは一冊の呪文書を手に取り、ぺらぺらと頁を捲った。

 するとすぐに、セリアの表情が一変した。視線が書に釘付けとなり、口をぱくつかせながら、夢中になって一枚一枚を指でなぞり始める。

 

「これって……こ、これも」

「セリア、どうかしたの?」

「し、信じられません。私の知らない呪文が、こんなに沢山……!」

 

 ジルはセリアの隣に立って、視界を共有した。

 目に映ったのは、メラ系統。全ての呪文の基礎とも呼ぶべき、人間の生活を象徴する火を生み出す呪文。ジルは大仰に首を傾げて、セリアの肩をとんとんと叩いた。

 

「ねえセリア。もしかして、メラを使えないの?」

「はい。というより、知りませんでした」

「でも貴女、イオナズンの呪文を使えるわよね」

「えっ。ど、どうして分かるんですか?」

「……な、何となくよ」

 

 そのイオナズンが、アープの塔を半壊させたなんて、言えるはずもなく。あの破壊呪文は獣化の呪いとは関係なく、セリア自身が唱えた物であることは、ジルも理解していた。

 イオナズン。数ある呪文の中でも最大級の威力を秘めるそれの使い手は、地上世界でも自身を含め数人しか存在しない。この一点だけでも、呪文を操る素養としては申し分ないばかりか、こうして直に触れていれば、己に匹敵する魔力のほどを肌で感じ取ることができる。

 だというのに、メラを使えない。寧ろ『知らない』というセリアの言葉が、一つの可能性を思わせた。

 

(ひょっとして、これって―――)

 

 呪文とは何か。ヒトの営みと共に在る呪文は、一体何処へ向かおうとしているのか。長年を経て募り積もってきた問いと、それに対する壮大な仮説。もしかしたら、これは。

 

「私にも、使えるようになりますか」

「え?」

 

 セリアの声で、ふと我に返る。ジルは手を置いていたセリアの肩が震えていることに気付き、セリアの横顔を窺うと、驚きのあまり、絶句した。

 

「私、にも……使える、ように」

 

 呪文書を見詰めていたセリアの頬を、水滴が伝って、頁に水玉模様が描かれていた。涙は止め処なく溢れていき、身体の震えが増していく。じわじわと肩に圧し掛かる重さが、身体を強張らせる。

 

「セリア……」

 

 肩から伝わってくる感情は、レイアムランドでの解呪中にも流れ込んできた物。記憶の断片達。未だ取り戻せていない、思い出してはならない暗闇が、彼女の嘆きを想起させる。

 もう、誰もいない。家族も、血を分けた兄妹も。 

 共に旅した『彼』も、そして『彼』も。みんな、死んだ。

 死んだ、死んだ、死んだ。私は、何者にもなれなかった。

 

「わた、わ、私、は」

「大丈夫よセリア。セリア、ほら」

 

 ジルはセリアの正面に立ち、両腕を彼女の背中に回して、何度も名を呼んだ。抱き留めながら、呪文を欲したセリアの想いごと、包み込むように。

 恐らく彼女は、あまりに多くを喪った。全てを奪われ、呪いに凌辱されながら、それでも尚、光を求めている。セリアにとっての呪文は力であり、希望の象徴。だからこそ呪文を望んでいる。応えてあげることができる人間は―――私だけだ。

 

「そうね。セリアならきっと、全部使えるようになるわ」

「……本当、ですか?」

「ええ。私に任せて。……ねえセリア。今はまだ、何も思い出せないかもしれないし、元の世界に戻る方法も分からない。でもね、私達がいる。貴女には、私がいるから」

 

 分からないことだらけの中にある、祈り指輪という確かな繋がり。ジルはセリアの未来を想いながら、いつまでも彼女を抱き続けた。呪文書に浮かんだ水玉模様が消えるまで、ずっと。

 

________________________

 

 

「変わらないな。この辺りは」

 

 カザーブを経由してシャンパーニの塔付近に飛んだアレルとライアンは、周辺に広がる平原を見渡していた。

 

「見事な景色です。歳を取ると、こういった自然に囲まれている方が落ち着きます」

「……見えてるんですか?」

「風が教えてくれるのですよ。盲目の身にも、段々と慣れてきました。早速向かいましょう」

 

 言いながら、ライアンが歩を進めた。寸分違わず、塔の扉の方角へと。

 この人は本当に、底が知れないな。盲目を思わせないライアンの挙動に目を奪われながら、アレルは後に続いた。 

 

「この辺りはエジンベアとポルトガ領土の境い目です。ちょうどあの塔が一つの基準になりますね」

「アープと違って、周囲に人気はありませんな」

「ナジミやアープは観光地として栄えましたけど、シャンパーニは今でも手付かずなんです。以前は盗賊が住み着いていたこともあったので。……今でも、あまりいい話は聞きません」

 

 例を挙げれば、罪を犯して追放された者。食い扶持が見付からず、人里を見限った者。流れ者が行き着く先と化したシャンパーニの塔に近付く人間は少なく、状況は悪くなる一方。魔物や盗賊が蔓延っていた以前とはまた違った意味で、腫れ物扱いをされていた。

 

「ふむ。エジンベアとポルトガは、敢えて見て見ぬ振りをしているという訳ですな」

「難しい問題ですが、アリアハンとしてもこれ以上は……ん?」

 

 視界に人影が映り、目を凝らして前方を見やる。塔の入口付近からこちらに向かってやって来る男性の出で立ちを見て、アレルは思い掛けず足を止めた。ライアンも何者かの気配を察し、アレルに問い掛ける。

 

「アレル殿。もしや、彼が?」

「そうみたいです。こんなに早く見付かるとは思ってもいませんでした」

 

 やがてお互いの距離が縮まっていき、青年が二人の数歩手前で立ち止まる。アレルは満面の笑みを浮かべて、とりあえずの挨拶を向けた。

 

「どうも。こんにちは」

「……フン」

「ちょ、ま、待ってくれ。君が、テリーだろ?」

 

 無視を決め込んで通り過ぎようとした青年の進行方向に立ち、慌てて声を掛ける。突然名を呼ばれた青年、テリーも警戒心を露わにしながら、やや距離を取って口を開いた。

 

「何だ、お前達は?」

「ライアンと申す。以後見知り置きを」

「俺はアレル。アリアハンのアレルだ。君のことは、カザーブでヴァンとリーファから聞いたんだ」

 

 アリアハンのアレル。ライアンという名に覚えがなくとも、半年間をカザーブで過ごしたテリーにとって、警戒を解くには十分過ぎる、英雄の名だった。 

 

「勇者アレル……成程な。お前のことは、俺もあの二人から聞かされたことがある」

「俺達もさっき、君の話を聞いたよ。気付いた時には、この塔の最上層にいたんだって?」

 

 アレルの含みのある物言いに、テリーは腕組みをして眉間に皺を作った。

 テリーがカザーブを発ったのは、今から二週間前のこと。この世界に迷い込んだ異変の真相を解明すべく、起点となったシャンパーニの調査を始めたのが、二日前。

 

「だからどうした。お前達には関係ないだろう」

「色々話したいことはあるんだけど、まずは確認させてくれ。塔の中に、変わった様子はなかったか?」

「丸二日間掛けて調べたが、別に何もなかったぜ。人っ子一人いやしない」

「一人も?人間が、いなかったのか?」

「大方魔物に追い出された口だろう。ちょうど俺がこの塔で目を覚ました時に、デュラン……凶暴な魔物が暴れていたからな。俺が仕留めていなかったら、大惨事になっていただろうぜ」

 

 大勢が住み着いていたはずの塔が、魔物の出現によってもぬけの殻に。そこまでの大事が各国に伝わっていなかったのは、エジンベアとポルトガが意図して伏せていたからだろうか。

 ともあれ、強大な魔物と異世界からの迷い人という大きな共通点がある以上、彼もそうであると考えていい。

 

「詳しいことは、後で話すよ。俺達と一緒に、アリアハンへ来てくれないか?。君に会わせたい人達がいるんだ」

「お断りだ。そこを退け」

「……うん。リーファから聞いていた通りだな」

 

 やれやれといった様子で肩を落とすアレルに代わって、ライアンが一歩前に出る。

 

「迷い人は、そなた一人ではないということだ。かく言う私も然り」

「……何だと?」

 

 漸く食い付いたテリーの右腕を、ライアンの左手が掴み取る。

 さあアレル殿、今のうちに。無言の促しに、アレルは躊躇いつつもルーラの呪文を唱えた。

 

________________________

 

 

 アレル邸に集ったのは、計七人。アレルにジル、ヤヨイ。そして異世界からの来訪者が四名。タバサはヤヨイの隣に座り、向かいの席にライアン。一方のセリアはジルの傍から離れようとせず、テリーに至っては部屋の隅に立ちながら壁に背を預け、沈黙を続けていた。

 

「テリー、座らないのか?」

「俺に構うな。さっさと始めろ」

 

 あからさまに不機嫌な声に頭を痛めつつ、アレルは全員を自宅へ招き入れた目的の説明を始めた。

 

「一つずつ確認していこう。四人に共通しているのは、この地上とは全く別の世界からやって来たという点だ。もう一度確認したいんだが、それぞれの出身を教えてくれないか?」

「私はグランバニア王国です」

「生まれは名もない村ですが、バトランドという国に腰を据えておりました」

「ムーンブルク、です」

「……ガンディーノだ」

 

 続々と上がる国名達。その全てが地図には記載されておらず、ヤヨイは勿論、世界中を渡り歩いてきたアレルやジルにも覚えがない。

 四人にとっても同様だった。お互いが口にした国名に心当たりはなく、同じ世界からやって来たという話でもない。言い換えれば、四人という人数分の世界が、次元を越えて存在しているということになる。

 

「よし。次は、四人が降り立った塔についてだな。タバサがナジミの塔で、セリアとライアンさんはアープ、テリーがシャンパーニ……そういえば、ジル。ガルナの塔でも、怪しげな光を見たって言ってたよな」

「前にも話した通りよ。あの光は、ナジミの塔で見た光とそっくりだった」

「てことは、ガルナの塔にもってことか?」

「可能性はあるけど、現時点ではそれらしい証言はないし、何とも言えないわね」

 

 時期はタバサと同じで、今から約四ヶ月前。ガルナの塔でも同様の現象が起きていたとするなら、最寄りの人里であるダーマで有力な情報が得られそうだが、現状は収穫なし。保留とするしかない。

 

「話を戻そう。厄介なのは魔物の問題だ。四人と同じように、強大な魔物が各地に出没し始めている。他の魔物達も獰猛さを取り戻しつつあるんだ」

 

 塔に出現した魔物に加え、ヤヨイの故郷ジパングには唐突にヒドラ。更に各地では魔物による被害が生じ始め、主要各国は対応に追われつつある。このアリアハンも例外ではなく、国家元首であるレイアも、頭痛に悩まされる日々が続いていた。

 

「いずれにせよ、こうして巡り合えたのも、何かの縁さ。同じ境遇の者同士、助け合っていくべきだと思う。元の世界へ戻る方法を見付けるためにも、俺達は協力を惜しまないつもりだ」

 

 その場を纏めるようにアレルが告げると、テリーは壁に預けていた身体を起こして、玄関口へと向かった。

 

「テリー?」

「話は終わったんだろ。これ以上お前達に構うつもりはない」

「いや、もう一つ聞いてくれ。暫くの間、このアリアハンで暮らす気はないか?」

 

 面食らったテリーは、馬鹿を言うなと言わんばかりの面持ちで答える。

 

「聞こえなかったのか。お前達の手を借りるつもりはないし、長居をする気もない。この大陸の塔は見ておきたいが、俺は俺一人で動く」

「好きにしてくれて構わないけど、俺とジルのルーラがあれば世界中何処にだって行けるし、各国に顔も利く。アリアハンは交易が盛んだから情報も集め易い。腰を据えるなら、打って付けだと思うんだ」

「それは……そうかもしれないが」

「思い付きで言っている訳じゃないさ。さっきも言ったように、俺達はこの世界で起き始めている異変の真相を究明したい。そのためには、当事者である四人の協力が必要になるかもしれない。だからこれは、俺からのお願いだ」

 

 アレルはテリーのみならず、他三名の迷い人に向けて、真っ直ぐな眼差しを向けた。するとライアンは首を大きく縦に振って応じ、タバサはヤヨイと、セリアはジルと視線を重ねた。お互いの想いを、確かめ合うように。

 そして未だ決め倦ねている様子のテリーには、アレルが。アレルは懐から一枚の紙を取り出して、テリーに差し出す。

 

「何だそれは」

「リーファからの言伝が書いてある。何かあったら使ってくれって言われてたから、今渡すよ」

 

 言伝を受け取ったテリーが、一文を無言で読み上げていく。一気に顔色が変わり、テリーは紙をくしゃくしゃに丸めてから、肩に提げていた鞄の中に荒々しく押し込んで、元いた位置へと直った。

 効果のほどを満足気に眺めていたアレルに、ヤヨイが小声で訊ねる。

 

(アレル様。何と書かれていたのですか?)

(聞かない方がいい。でもテリーは、リーファにだけは逆らえないみたいだな)

(……流石はリーファ様で)

 

 テリーとリーファの間に何があったのか、勿論ヤヨイには知る由もない。けれど、彼をこの場に留まらせたのは、他ならないリーファの言葉。悪態ばかりが目立つテリーにも、きっと―――

 

「てことで、ヤヨイ。あとは任せていいか?」

「え……え?」

 

 ―――テリーがカザーブで過ごした半年間に想像を働かせていると、ヤヨイは予想だにしない言葉に、思わず耳を疑った。アトハマカセテモイイカ。呪文の詠唱か何かだろうか。

 

「昨日話した通り、俺とジルはこれから城へ行かないといけないんだ。首脳会談も近いしな」

「あの、アレル様?えと、私は、何をすれば?」

「そうだな。ここは好きに使ってくれて構わないけど……」

「アレル、そろそろ時間よ」

「ああ、分かってる。ヤヨイ、夕食前には戻るから、宜しくな」

 

 時間に追われていたこともあり、アレルとジルが足早に去って行く。夕食までに戻るということは、大まかに見てあと三時間以上はこの場に残った四人の間を取り持たなければならない。

 厳かに佇むライアン。見るからに不服そうなテリー。ジルが消えた途端、落ち着かない様子のセリア。さて、これはどうしたものだろう。

 

「えー、コホン。その……タバサさん?」

 

 唯一無二の親友から助け舟を求められたタバサは、四人の中央に立ち、両の掌を叩き合わせて言った。

 

「改めて、自己紹介をしておきましょう。私はタバサ。二ヶ月前ぐらいから、ここでヤヨイと一緒に暮らしているわ。宜しくね、みんな」

 

 タバサに続いたのは、ライアン。

 

「ライアンと申す。今はこのアリアハンで宿屋暮らしをしている。見ての通り、訳あって目が不自由な身であるが、慣れるのも時間の問題であろう。見知り置き願いたい」

 

 控え目な声で、セリア。

 

「セリアです。皆さんのことは、ジルさんから……。記憶が曖昧で、覚えていることは少ないですが、皆さんに助けて頂いたことだけは理解しています。本当に、ありがとうございました」

 

 若干の間を置いて、テリー。

 

「テリーだ。半年前からカザーブにいた」

 

 あまりに手短なテリーの語りに半ば呆れつつ、ヤヨイは丁寧に頭を下げた後、掉尾を飾った。

 

「クシナダヤヨイと申します。生まれはジパングという島国で、七年ほど前から使用人として、アレル様に仕えています。普段はアレル様の身の回りのお世話を……あ。そろそろ食事の支度をしないとっ」

 

 ヤヨイは今晩の献立と陽の傾き具合を確認すると、慌てた様子でエプロンの紐を縛った。煮込み料理は調理に時間を要する上に、不足している食材の買い出しにも行かなくてはならない。タバサの手助けがあるとはいえ、すぐにでも準備を始めないと間に合わなくなってしまう。

 しかしアレルからはこの場を任されているし、放置をする訳にもいかない。ヤヨイが困り果てていると、タバサが何かを思い付いたような面持ちで告げた。

 

「ねえヤヨイ。折角だから、みんなでやりましょう」

「はい?」

「みんなで作って、みんなで食べるの。好きにしていいってアレルさんも言っていたし、それぐらいは構わないと思うけど、どうかしら」

 

 タバサの突飛な提案に、ヤヨイは他三名の反応を窺った。案の定、物言いたげな様子の男性が一人。テリーはタバサとヤヨイの会話に割って入って言った。

 

「おい待て、勝手に仕切るな。誰も手伝うとは言っていないだろう」

「それなら、テリーは買い出しの方がいいわね。私も一緒に行くわ」

「違う、そうじゃない。俺は別に、ちょ、待―――」

 

 瞬く間の強行突破。有無を言わさずテリーの腕を引いて、タバサが室内を後にする。ヤヨイは胸中でありがとうを言いながら、エプロンの紐を縛り直した。

 

________________________

 

 

 テリーとって、アリアハンを訪れたのは今日が初。城下町の大まかな案内を兼ね、タバサはテリーを連れて回りながら、必要な食材の仕入れを続けていた。

 

「お待たせ。野菜が安かったから、少し買い過ぎちゃったかも」

「寄越せ。俺が持つ」

「でもこれ、結構重いわよ?」

 

 一方のテリーは、無愛想な態度を取りつつ、麻袋一杯の荷物持ちを買って出て、タバサの隣を歩いていた。会話は長続きしないものの、話を振れば、しっかりと答えが返って来る。口数の少なさも愛嬌の一つと捉え、タバサは表情を緩めて言った。

 

「カザーブにいたって言ってたわね。カザーブなら、アリアハンで暮らし始める前に、私も一度立ち寄ったことがあるわよ。もしかして、何処かで会っていたのかしら」

「小さな村だからな。覚えていないだけなのかもしれない」

 

 カザーブを離れてから、今日でちょうど二週間。滞在していた半年間と比べれば、微々たる時だ。

 そう。ほんの二週間に過ぎないのに、まるで遠い昔の出来事のような、ずっと離れ離れになっているような感覚がして、テリーは苦笑をした。ルーラを使えば、事足りるだろうに。 

 

「……どうかしたのか?」

 

 テリーが物思いに耽っていると、タバサはきょとんとした表情を浮かべて、足を止めていた。

 

「ううん、その。急に優しく笑ったから、少し、驚いて」

「笑ってない」

「いやいやいや。笑ってたじゃない、しっかりと」

「笑ってない」

 

 笑った、笑ってない。路上のど真ん中で繰り返される押し問答。何度目か分からないやり取りが続く中、タバサの視界に、小さな黒色の翼が映る。

 

「あっ」

「ん?」

 

 通行人の頭上を飛んでいたのは、二羽のドラキーだった。アリアハンでは大して珍しくもない野良の魔物を目の当たりにしたタバサは、胸を弾ませて言った。

 

「可愛いっ。あの子達、野生よね?」

「番いだな。最近出会ったばかりのようだ」

 

 平然と口にしたテリーを、タバサは一層目を見開いて見詰めた。

   

「ま、待って。もしかして、分かるの?」

 

 タバサだからこそ理解し得る、テリーの驚異的な目と耳。魔物の雌雄一つ取っても外見だけでは判断し辛く、人語を発しないドラキー属特有の高音域は、注意深く聞き取らない限り声に変換できない。

 その全てを、一瞬のうちに。テリーの離れ業に気を取られていると、ドラキー♂がぱたぱたと飛来して、テリーの頭上で羽休めを始めた。一方のドラキー♀は、吸い寄せられるようにタバサの頭へ。

 

「あはは。この子達、人間慣れしているわね」

「お前も随分と手慣れているな」

 

 タバサは指先で頭上のドラキー♀を突きながら、思い切ってテリーに告げた。

 

「ねえ。子供の頃の遊び相手が爆弾岩だったって言ったら、どう思う?」

「別に何も思わないが」

「イエティと一緒に眠るのが大好きって言ったら?」

「ぬいぐるみを抱いて寝るようなものだろう……何なんだ、その顔は?」

「だってだって!こっちに来てから、誰も理解してくれなかったから」

 

 これもタバサだけの、誰の理解も得られなかった苦悩。ドラキーの艶やかな黒髪のような長い羽根が堪らなく愛おしい、などと口にすれば、周囲から際物扱いをされてしまう。ヤヨイに至っては真顔で「気味が悪いです」と吐き捨てる。

 犬や猫を愛でるのと同等か、それ以上の感情を以って魔物と接する人間が、私以外にもう一人。タバサは感極まり喜びの声を上げる一歩手前で踏み止まり、ドラキー♀を頭の上に乗せたまま、路上を歩き始めた。

 

「この子達、連れて帰ったら怒られるかしら」

「多少頭が重くなっただけだ。気付いていない振りをしておけ」

 

 その異様な光景は、良くも悪くも周囲の視線を一手に集め、二人の名は街中に知れ渡ることになる。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。