マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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無論「壁」でも構わないが……そんな「壁」で大丈夫か?



前回のあらすじ
ガーディアン・デスサイス「私のことは気にせず幸せになりなさい、ラフェール……」




第55話 「ブラックコーヒー」の貯蔵は充分か!

 I2社に響く電話のコール音。

 

 そしてMr.クロケッツが受話器を取りそのコール音が止まる。

 

「こちらI2社です――おや? これは神崎殿、お久しぶりです。今回はどういったご用件でしょうか?」

 

 電話の相手が神崎であると知ったMr.クロケッツは何かと恩義のある相手ゆえに対応も自然と柔らかなものになる。

 

『いえ、用件というほどのモノでもないんですが。近々童実野町で大規模な大会を開く予定でして、ペガサスミニオンの方々にも参加いただければと……』

 

 今回の神崎の目的はバトルシティでの神のカードへの対処の一環である。

 

 確認した神のカードの1枚「オベリスクの巨神兵」の効果がOCG効果でなかったゆえに神のカードに詳しそうなペガサスミニオンを頼った訳があった。

 

 平たく言えば「グールズ及び神のカードを出来れば倒してください」ということである。

 

「そうでしたか。でしたら後程伝えておきます」

 

 Mr.クロケッツの「後程」の発言に違和感を持った神崎。

 

 ペガサスミニオンと何度か顔を合わせた神崎からすれば、いつもペガサスにべったりな彼らがI2社にいないことに疑問が浮かぶ。

 

『その口ぶりだと今は留守なのでしょうか? こう言ってはなんですが珍しいですね』

 

 その神崎の問いかけに、ペガサスミニオンの若干深い家族愛の様子を知るゆえにMr.クロケッツは思わず頬を緩める。

 

「……フッ――と、これは失礼しました。彼らは常にペガサス様と共にあろうとしていましたから、神崎殿からもそう見られていると思うとなんだか彼らが微笑ましくなってしまって」

 

『幸せそうでなによりです』

 

「――本当にそうですね……今彼らはペガサス様とシンディア様の2人と共にリゾート地にて休養を兼ねたピクニックに出かけております。それとこの件についてですが――」

 

 Mr.クロケッツは今のペガサスの所在を明かす――それは信頼の証。

 

『ええ、わかっています。私の胸の内に』

 

「助かります」

 

 そう言って通話の終わった受話器を置き、窓の外の空を見ながらMr.クロケッツは強く思う。

 

――存分に楽しんできてください、皆様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるリゾート地。

 

 黒い短髪にいささか目つきの悪い眉なしの男が川から釣り上げた魚を月行が用意した大きめのバケツにそっと入れた。

 

 その男の名はデプレ・スコット――ペガサスミニオンが一人である。

 

 そんなデプレに月行は思わず言葉を零す

 

「大物じゃないかデプレ」

 

「ああ……釣り上げる……のには……苦労した……」

 

 その月行の称賛の声をデプレはその特徴的な話し方で受け取った。

 

 

 そんな彼らの後ろから顔を出したシンディアは驚きの声を上げる。

 

「まぁ、すごいわ、デプレ! 大変だったでしょう?」

 

「いえ……そんな……ことは……」

 

 そんなデプレを見て月行は思わず心の中で「さっき『苦労した』って言ってたじゃん!」とツッコミを入れる。

 

 だがデプレを責めることは出来ない――男とは見栄を張ってしまう生き物なのだから……

 

 

 そんな月行を余所に病弱だった過去からかなりの箱入り娘として育ったシンディアはバケツの中を泳ぐ魚をまじまじと見ながら呟く。

 

「私、こうやって泳ぐ姿を間近で見たのは初めてだわ……」

 

 そう言いながら魚をツンと突つつくシンディア――未知を楽しんでいるようだ。

 

「喜んで……頂けて……何より……です……」

 

 ペガサスとシンディアの幸せは自身の幸せだと考えているペガサスミニオンからすれば嬉しい限りである。

 

 

 

 そんな和気藹々とするなか大きな声が木霊する。

 

「ペガサス様! 引いてますよ!」

 

 その声の主は遊戯に似た髪型をした銀髪の背の高い男――ペガサスミニオンが一人、リッチー・マーセッドである。

 

 月行と瓜二つである双子の弟の夜行と共に釣りの経験が浅いであろうペガサスのサポートとしてついていた最中の出来事であった。

 

「Oh! これは大物の予感デース!」

 

 力強い「引き」に力を込めるペガサス。

 

「ファイトです! ペガサス様!」

 

 そんなペガサスを自身の釣竿を放り出して応援する夜行。

 

 そしてその釣竿を拾いに行くリッチー。

 

 

 まだ見ぬ大物との戦いを繰り広げていたペガサスは己の雄姿を愛する人に見てもらおうと声をかける。

 

「シンディア! 見ててくだサーイ! ワタシの華麗なフィッシングを!」

 

「頑張ってー! ペガサスー!」

 

 そんなペガサスの思いに応え手を振るシンディア。ペガサスも思わず片手を離し手を振りかえす。

 

 だがそんなことをすれば――

 

「ペガサス様! よそ見しちゃあ――」

 

 夜行の釣竿を回収しながら思わず声を上げるリッチー。

 

 そしてリッチーの危惧したとおり、片手持ちになったペガサスの釣竿は魚の力に負け川へと投げ出され遂には糸が切れて魚が逃げる。

 

「No! 逃げられてしまいマシタ……」

 

 その言葉とは裏腹にペガサスはそこまで悔しそうには見えない。

 

 ペガサスにとって魚を釣り上げることよりも家族と魚釣りをするその団欒にこそ意味があるのだと考えているためそこまで悔しくないのだろう。

 

 愛するシンディアにカッコイイ姿を見せられなかったのは残念そうではあるが……

 

 

 そしてついでにペガサスの釣竿も回収してきたリッチーが戻るのをペガサスは確認し、デプレが釣り上げた魚でランチにしようと思った矢先にペガサスを横切る影をその目に捉えた。

 

 それは川へと飛び込む夜行の姿。

 

「!? 夜行ボーイ!」

 

 驚くペガサスを余所に川の中へと泳いで行く夜行。

 

 そして暫くしてペガサスの逃がした魚と共に夜行は陸へと上がり、ペガサスに近づき魚を掲げる。

 

「お見事です! ペガサス様! 大物ですよ!」

 

 その夜行の言葉に目を白黒させるペガサス。

 

 そんな夜行に慌てて駆け寄るシンディア。

 

 

 月行はバケツを持ち、デプレはタオルを持ってシンディアに続く。

 

「怪我はない、夜行?」

 

 夜行の様子を間近で捉えたシンディアは心配そうに尋ねたが――

 

「問題ありません、シンディア様――それよりも見てくださいペガサス様の釣り上げた大物ですよ!」

 

 自身のことなど二の次にペガサスの偉業?を称える夜行。

 

「いきなり何やってんだ……ペガサス様とシンディア様が驚いてるだろ……」

 

 そしてその夜行の頭を軽くはたくリッチー。

 

「まあまあ、夜行もペガサス様のため?を想ってのことですし」

 

 そう言いながら夜行の持つ魚を月行は持ってきたバケツに入れる。

 

「あまり……ペガサス様とシンディア様を……心配させるようなことは……するな……」

 

 苦言を呈しながら夜行の顔にタオルを投げ渡すデプレ。

 

「す、すまない」

 

 ペガサスミニオンの苦言というよりもペガサスとシンディアに心配をかけてしまったことに狼狽しながらずぶ濡れになった自身をタオルで拭く夜行。

 

 

 だが拭きの甘い夜行からタオルをとったシンディアはそっと夜行の頭を拭く。

 

「じ、自分でできますから……」

 

 恥ずかしがる夜行を余所にシンディアの手に思わず力が籠る――それでも夜行からすれば弱々しい。

 

「――ダメよ。本当に心配したんだから……」

 

「も、申し訳ありません」

 

 川に飛び込み上がってこなかった夜行を思い出しシンディアの手は微かに震える。

 

 シンディアはその手の震えを隠すためタオルから手を離し夜行を解放した――その震えは自身が手に力を込めているのだからと己に言い訳して……

 

 

 そんなシンディアの状態をそっと見ていたペガサスはその空気を変えるため「パンッ」と手を叩き提案する。

 

「Oh! そういえば――そろそろランチの時間デスネ!」

 

 そう提案したペガサスにリッチーはペガサスミニオンで計画していたプランを進める。

 

「なら俺達に任せてください! この魚を捌いてきますから!」

 

「そうです! ペガサス様! 我々にお任せを!」

 

 リッチーに追従し「自分こそが!」と前にでる夜行の肩を掴みながらデプレが呟く。

 

「夜行はその前に……風呂に入って……来い……」

 

「!? いやそれでは!」

 

 そのデプレの言葉に自身が調理に関われないと考えた夜行が思わず月行に縋るように振り返った。

 

 その視線に月行は力なく答える。

 

「……大丈夫ですよ。ちゃんと待っていますから」

 

 そんなペガサスミニオンの団欒を見つつペガサスはシンディアと共に彼らの料理に思いをはせた。

 

「なら楽しみにしていマース!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてコテージに戻り別室で絵を描きながら待つペガサスとそれを見守るシンディア。

 

 そしてその2人を余所に風呂から出た夜行を加え、ペガサスミニオンの親孝行調理が幕を開けた。

 

「オレは……食材を……切る…………ギャギャハハハ!!」

 

 包丁を手に次々と材料を切り分けていくデプレ。

 

 デプレのクセとも言える感情が高ぶった際の独特の笑い声がこの料理に込める想いを表している。

 

 なお本人は無自覚だが、高笑いを上げながら包丁を振るうその姿はとても猟奇的であった――だがペガサスミニオンでは見慣れたものである。

 

 

 その笑い声にやっぱり始まったかとリッチーは思いつつ自身が担当する調理に取り掛かっていた。

 

 だがその矢先、テーブルに突っ伏し鬼気迫る様相の月行を視界の端に捉え思わず尋ねた。

 

 そう言えばずっと同じ位置でなにやら作業していたとリッチーは思い至る。

 

「何してんだ? 月行」

 

 テーブルに広げられたものは数々の調味料と量り。

 

 分量を量っているだけと予想したリッチーだが、それならばすぐに済むはずである。何故こうも時間がかかるのかが分からなかった。

 

「見れば解るだろう――調味料の配分をしているんだ」

 

 そんなリッチーの疑問をよそに予想通りの答えを返す月行。

 

「いや俺が聞きたいのはなんでそんな時間かかってんのか? なんだが……」

 

「決まっているだろう! 『完璧(パーフェクト)』な配分を目指しているからだ! コンマのズレも許されない!」

 

「そ、そうか……まあ、頑張れ――」

 

――いや、コンマって……

 

 そんな思いをリッチーは飲み込んだ。好きにさせてやろうとの思いやりである――邪魔になりそうだと思ったわけでは断じてない。断じてないのだ。

 

 

 そしてデプレの特徴的な笑い声をBGMに再び自身の調理を続行しているとまたしても緑髪が目の前を横切る――お次は月行の双子の弟、夜行である。

 

 

 だがただ目の前を通り過ぎただけならばリッチーは気にせずに作業を続けていただろう。

 

 問題なのは夜行の手に持たれたモノだった。

 

「――ちょっと待て、夜行、お前が手に持ってるのは……なんだ?」

 

「……? ワインとゴルゴンゾーラ・チーズだが? やはりペガサス様の好物は押さえておくべきだろう?」

 

 その夜行の顔は「何を言っているんだ?」と言わんばかりの困惑顔である。

 

 確かに食べる側の人の好物を料理に取り込むことはとくにおかしなことではない。だが――

 

「今回作る料理には使わねぇだろ!」

 

 その言葉のとおり、あまり合いそうにない材料だった。

 

「!? そ、そうか……」

 

 驚きの顔芸と後にシュンとする夜行――少し強く言いすぎたかもしれないとフォローを入れようとするリッチー。

 

 

 だがリッチーよりも早くフォローに回った者がいた夜行の兄である月行だ。

 

「いや、待て、リッチー。ペガサス様はこう仰っていた――『型にはまりすぎるのもよくない』と」

 

「月行兄さん……」

 

 かつて嫉妬心から辛く当たってしまった兄、月行からの援護の言葉に弟、夜行は目頭が熱くなる。

 

「…………いやそれはデュエルの話だろ」

 

 そんなリッチーのツッコミも2人には届かない。

 

 あれ? おかしいの俺の方? と自身の価値観に疑問を持ちかけていたリッチーにデプレがその肩にそっと手を置く――価値観を同じくする仲間の友情に感激するリッチー。

 

「リッチー……食材の……処理……終わったぞ……」

 

 ただの業務連絡だった。

 

「そうか、なら他の工程も頼む……アイツらは頼りになりそうにねぇ」

 

 業務連絡により一気に現実に引き戻されたリッチーはあの兄弟を戦力として数えるのはやめ、自分たちのみで調理を完遂するべく動く。

 

「……了解……した……次は……火入れだな……ギャギャハハハ!!」

 

 デプレは絶好調だ。何も問題はない。放火魔に見え――何も問題ない。いいね?

 

 

「月行、夜行。そのチーズとワインは食後のデザート扱いで別に使うことにすっから――」

 

 そして今は頼りにならない兄弟に釘を刺しつつ、夜行が用意した材料の利用法を提案するが――彼らの手にその材料はなかった。

 

 

 そして天馬兄弟の間に漂うお通夜のような雰囲気――最悪の可能性がリッチーの頭をよぎる。

 

「お、お前ら……ま、まさか――」

 

「大変だ、月行兄さん………味が可笑しい。」

 

 そのまさかであった――すでにワインとゴルゴンゾーラ・チーズは投下されていた。

 

「なんともいえぬ味ですね、夜行。ですがこれは私達が既存の枠を超えようとしたゆえ――恥じることはないですよ」

 

「恥じろよっ!」

 

 心の内を留めることなく一気にツッコミとして吐き出すリッチー。

 

 だが今はそれどころではない。

 

――問題が発生した時はまずどの程度の問題か見極めることが重要。

 

 そんな教えの一つを思い出しリッチーは現状の確認を行う。

 

「お、落ち着け……まずは味見だ」

 

 恐る恐る口に入れたソレ(料理)はなんとも言えない不快感を与える必殺の不味さであった――笑いのタネにもなりそうにない。

 

――こんなモンをペガサス様とシンディア様にお出しできるか!

 

 ペガサスミニオンとして、恩を受けた身として、そして血の繋がりはなくとも息子としてソレ(料理)――否、物体X(ソレ)をどうにかせねばならない。

 

 

 そして食材の残りはほとんどなく、新しいものは作れそうにない――絶望的な状況だった。

 

「サポートは任せたぜ……デプレ。 後、お前ら(天馬兄弟)は洗いもんでもしてろっ!!」

 

「……ああ……まかせろ……」

 

 退路は既にない。

 

「……やってやるよ――やってやろうじゃねぇかぁああああ!」

 

 調理器具と残りの僅かな食材を片手に決闘者(デュエリスト)、リッチー・マーセッドは物体Xに立ち向かった。

 

 

 男には引けぬ戦いがあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな戦場となったキッチンを余所にペガサスは別の部屋で絵を描きながら料理の完成を待つ。

 

 今日は筆が乗る。

 

 ペガサスが筆を振るう中、シンディアは裏側で立てかけられた絵を手に取り感嘆の声を上げる。

 

「あら? この絵、とっても素敵ね……」

 

 その絵は家族の団欒が描かれたもの。

 

 中央にペガサスとシンディアが寄り添うように描かれ、その周りにはペガサスミニオンの面々やMr.クロケッツが描かれており、皆が幸せそうであった。

 

「これは私たち家族を描いたものよね? この絵が完成したらどこかに飾っても良いかしら?」

 

「イエ、その絵は既に完成していマスヨ、シンディア」

 

「? ならどうしてアトリエに置いたままなの?」

 

 ペガサスはいつも完成した絵をシンディアに見せる。

 

 それはペガサスがシンディアに自身が見て描いたものを共有してほしいがためである。

 

 それゆえにいつも楽しみにしていたシンディアはペガサスが隠したともいえる行動に疑問を持った――そして気づく。その絵に隠されたもう一つの姿を……

 

「あら? この下の方に描かれてるのって――『手』?」

 

 その絵の家族の団欒は何者かの「掌」の上にあった。

 

「その絵はワタシの不安を振り払うために『今の幸せ』を描きとめたものになりマース……」

 

「……ならその不安は?」

 

 その「不安」を言いよどむペガサス。

 

 だがシンディアのペガサスを真っ直ぐと見つめる目に根負けしたようにポツリと話し始める。

 

「ワタシは今、とても幸せデース。デスガ時折、怖くなりマース――この幸せは誰かの掌の上のものだと思えて仕方がありマセーン……」

 

 そう言いながらキャンバスの前から立ち上がりスケッチブックを手に取ってパラパラとめくる。その手は僅かに震えていた。

 

 そしてスケッチブックのあるページを開き、絵を壁に立てかけ終えたシンディアに手渡す。

 

 

 そこに描かれていたのは色付けもされておらず、ただ感情の赴くままに描かれたモノ。

 

 倒れ伏すシンディア。

 

 倒れ伏したシンディアに背を向け「ウジャドの瞳」を手に取り闇に進むペガサス――その身体の一部はボロボロと崩れている。

 

 そしてペガサスの足元に倒れる大勢の人間。

 

 そんな人間を視界に入れず、ただペガサスに付き従うMr.クロケッツ。

 

 

 黒い太陽に手を伸ばす夜行――その先にペガサスはいない。

 

 ペガサスの崩れた体の一部をかき集めるデプレ。

 

 リッチーに倒されたと思しき月行――そのリッチーの進む道は夜行と同じ。

 

 

 そのペガサスの(こころ)を見て思わず尋ねるシンディア。

 

「これって……」

 

 ペガサスは椅子に腰かけながら懺悔するように答える。

 

「これはワタシが見た悪夢を描いたものデース。この夢を見てからいつかこんな未来になってしまうのではないかと考えると――Oh……恐ろしくて仕方ありマセーン!」

 

 ペガサスは己のせき止めていた感情を抑えきれない。

 

「そしてそんな想いを振り払うために描いたモノも『今の幸福など仮初に過ぎない』と突き付けられているようなものデシタ!!」

 

 今のペガサスの「幸せ」を大きく構成するものは――

 

――助かる見込みのなかったシンディアの生存。

 

――ペガサスの目に見えぬところで起きていたペガサスミニオンの歪の指摘。

 

 それらはペガサス自身が解消したわけではない。

 

 

 今ではそれなりの友好な関係を築いているが当時は完全な「他人だった人間」が大した見返りもなく行動した結果である。

 

 これならば何らかの「大きな」代償があった方が分かりやすく素直に喜べたとペガサスは思ってしまう。

 

 

 そのペガサスの「不安」を聞き終えたシンディアはスケッチブックを机に置き、ペガサスを後ろからそっと抱きしめる。

 

「気付いてあげられなくてごめんなさい――ペガサス」

 

 誰よりも近くにいた筈なのに気付けなかったシンディアは己を恥じる。

 

「私ったらダメね……いつもみんなに助けられてばかり……でもそんな私だからこそ言えるわ」

 

 世間知らずがゆえに周囲に助けられることが多かったシンディア。

 

「私たち家族の力があればどんな暗闇の中でだって、きっと光を見つけられる」

 

 だからこそ、その家族(まわり)が頼もしいことを誰よりも知っている。

 

 ゆえにそうペガサスにシンディアは断言できる。

 

「それに今の幸せが誰かさんの掌の上のモノだったとしても――」

 

 シンディアは壁に立てかけた「家族の団欒」の絵をペガサスと見ながらイタズラっぽく言葉を続けた。

 

「――その掌の主さんが思わず一緒に笑いあえるくらいに、私たちの幸せな様子を見せてあげましょう?」

 

 そして笑顔を見せるシンディア。ペガサスはその眩しさゆえに思わず目を細める。

 

――やはりアナタはワタシの太陽デース、シンディア。

 

 ペガサスの心は不思議と軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 そのアトリエの外の扉の付近で佇むペガサスミニオン。

 

 彼らはリッチーの奮闘により料理が無事完成したためにペガサスとシンディアを呼びに行く中で、「自分が呼びに行く」とペガサスミニオン内でいがみ合いながらアトリエへと突き進んでいたのだが――

 

 扉越しから聞こえたペガサスの「不安」に立ち止まった経緯があった。

 

「なあ――」

 

 リッチーが思わず呟いた言葉を夜行が聞き返す。

 

「なんでしょう?」

 

「――俺らももっと『ちゃんと』しなきゃならねぇな……」

 

 まだ自分たちは「守られている立場」ゆえのリッチーの言葉に月行は同意を示した。

 

「本当に……そうですね」

 

「……ああ……まだ……オレたちは……一人前とは……言えない……からな……」

 

 デプレもまた静かに誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして家族で囲む食卓。

 

「このお魚キレイに切り分けられてるわね? 私はこういうのは苦手だからスゴイと思うわ!」

 

「……なら……今度……お教えします……」

 

「ありがとうデプレ。じゃあ今度よろしくね?」

 

 和気藹々と将来を語り合い。

 

「ん~デリシャス! 特にこのチーズがいいアクセントになってイマース!」

 

「それは私と月行兄さんが入れたものです!」

 

「ペガサス様の好物を取り込んでみました」

 

 料理を味わい。

 

「リッチー、今日はお疲れ様――大変だったみたいね?」

 

「いえ、そんなことは――いや、やっぱり大変でしたけど、久々にバカやれて楽しかったんで結果オーライですよ」

 

「ならよかった!」

 

 家族の団欒を過ごした。

 

 そんな幸せに彩られた光景に、いつの間にかペガサスは「不安」を感じなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海馬ランドに増設されていた「ペンギンコーナー」にてBIG5の一人である人事を取り仕切っていた大瀧 修三が社長である海馬に熱く語りかけていた。

 

「これが新たな海馬ランドのペンギンコーナーの目玉! その名も『ペンギン触れ合いコーナー』です!」

 

 そのまんまである。

 

 海馬に大きなリアクションはなく無言だ。

 

「その愛らしい姿を眺めているだけでも十分な癒しが得られますが、今回はさらに実際の距離を縮め、直に触れ合うことでその癒しは倍☆増!!」

 

 熱論するおっさんの言葉に海馬はなおも無言を貫く。

 

「社長は仰っていましたね『白黒ならパンダの方がマシ』だと! しかしこの距離は大型の獣であるパンダには決してできません! 小型のペンギンだからこそ出来る距離なのです!」

 

 海馬を挑発するかのようなBIG5の大瀧の物言いにもなんらリアクションを見せない海馬。

 

 だがペンギン大好きおじさんである大瀧は止まれない。止まるわけにはいかない。

 

「試験的にペンギンとの触れ合いを行ってきましたが 評価は上々! やはり現代には『癒し』が不足していることは明☆白! ゆえに! そのシェアを獲得するべく本格的に動きだしたいのです! どうかご許可を!」 

 

 力強く宣言した大瀧であるが海馬はどこ吹く風。心ここにあらずだ。

 

 

 熱く語られる「ペンギン談義」をまるで聞いていないように見える海馬だが、一応は聞いてはいる。

 

 しかし今の海馬の意識の大部分を占めるものは――

 

「やめろよ、くすぐったいだろ」

 

 多くのペンギンとじゃれあっているモクバの姿。

 

 スタッフと思しき人間が次々にモクバに向けペンギンを放っている。

 

 

 海馬はその姿を穴が開くのではないのかと思うほどに見続けていた。

 

 そんな兄、海馬にペンギンをチョコンと抱えながら駆け寄るモクバ――その後をカルガモの親子よろしく付いていくペンギンたち。

 

「兄サマ! コイツらとっても人懐っこくてかわいいぜ!」

 

「そうだな――だがそろそろ仲間の所に返してやれ……」

 

 そんなモクバと目線を合わせた海馬はモクバの頭を撫でながら引き上げる旨を伝える。

 

「うん、わかった!」

 

 係員の元へとペンギンたちを引き連れて進むモクバの背を見ながら大瀧に焦りが見える。

 

 今回、確かな手ごたえを感じていたが、まだ大瀧の望む言葉は引き出せていない。

 

――できればペンギン一本でいきたいですが……奥の手を使うとしましょう――グフフ……

 

「海馬社長! まだ具体的な形にはなってはいませんが……メアリー姫とペンギンたちを題材にしたカイバーマンショーを企画しておりま――」

 

「ふぅん、良いだろう許可してやる」

 

 即答である――見事に喰いついた、と言うよりも奥の手(ソレ)を待っていたように見える。

 

「ありがとうございます! 必ずやそのご期待に――」

 

「行くぞ、モクバ」

 

 大瀧の決意表明も最後まで聞かずに立ち去る海馬。

 

「うん! ……ねぇ、兄サマ。また来てもいいかな?」

 

 そう言いながら海馬を見上げるモクバ。海馬の返答は決まっている。

 

「ああ、構わんぞ」

 

「ありがとう、兄サマ! 今度は乃亜のヤツも連れてきてやろうっと!」

 

 そう言ってKCに駆けていくモクバ。

 

「!? 待て、モクバ! なぜヤツの名前が出てくる!!」

 

 その言葉をモクバの背を見ながら驚きを見せる海馬――いつの間にか仲良くなっていたようだ。

 

「え? この前、乃亜が『気分をリフレッシュしたい』って言ってたから……」

 

 振り向きながらそう答えたモクバ。

 

 だが海馬はモクバと共に乃亜にあった際にそんな会話は聞いていない――それはつまり海馬がいない時の会話である。

 

――この俺を差し置いて……いい度胸だ!

 

 乃亜に闘志を燃やす海馬。

 

 その闘志は回りまわって誰かさんの胃に直撃するであろうことは容易に想像できた。

 

 

 

 

 その後の海馬ランドのアトラクションにて――

 

 ペンギンランドでペンギンたちと触れ合うメアリー姫を浚った凡骨星人がペンギンランドを荒らす中、颯爽と凡骨星人を撃破するカイバーマンの姿があったとかどうとか。

 

 

 ペンギンランドの平和? メアリー姫を救うついでに救われるに違いない。きっと、たぶん、おそらく、めいびー。

 




~入りきらなかった人物紹介~
メアリー姫って?
アニメ版のオリジナルエピソードであるDMクエスト編に登場。
モクバと髪型や体格がそっくりのゲーム内の王国の姫。

少年であるモクバをモチーフに少女のメアリー姫を生み出したBIG5の闇が垣間見える。


~DMクエスト編って?~
アニメ版オリジナルストーリー
デュエルをRPG風にしたゲーム「デュエルモンスターズクエスト」にまつわる話。

BIG5はこれを海馬に挑ませ、そのまま電脳世界へと海馬を封印した。

その後、残されたモクバが遊戯たちと共に海馬を助けるためにこのゲームをクリアするお話。


~入りきらなかった人物紹介その2~
リッチー・マーセッド
ペガサスミニオンの一人――遊戯王Rに出演
貧困なスラム街出身。
後継者を探していたペガサスに拾われる。

原作ではカード・プロフェッサーになっていたが
本作ではI2社に所属している


~入りきらなかった人物紹介その3~
デプレ・スコット
ペガサスミニオンの一人――遊戯王Rに出演
ペガサスを崇拝している。
興奮した時の「ギャギャハハハ」という笑い声が特徴。

原作ではカード・プロフェッサーになっていたが
本作ではI2社に所属している



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