社長、
デュエルが終了しソリッドビジョンが消えていく。
そこには呆然と呟く海馬がいた――いつもの覇気は見受けられない。
「俺が負けた……俺の最強を誇るデッキ、最強のしもべ……俺の戦術に非はなかった――全てにおいて完璧な手札が揃っていた筈! だが、負けた!」
項垂れる海馬に近づき遊戯は己の本心を伝える。
「海馬。今の俺とお前の間に勝敗の差はあれど力の差はなかったぜ」
「憐れみのつもりか遊戯!」
「俺はお前をデュエリストとして認めている……だがこれだけは言っておくぜ! ――お前は俺と戦っているようで俺と戦ってはいなかった」
一見すると意味不明なことを言っているように聞こえるが遊戯がデュエルを通じて感じ取ったことである――間違いはない。
「何が言いたい……」
「海馬、お前は俺と戦いながら別の何かと戦っていた――それはなんだ?」
『それ』を海馬は考える。
剛三郎によって植えつけられた憎しみ、それは剛三郎の全てを討ち果たすことで晴れる筈であった。
だが海馬の憎しみの象徴たる存在は1人の男の手でただ足掻くだけの哀れな存在でしかなかった。
――お前も儂も奴の思惑から何一つ逃れられてはおらん!!
そう言って己の死をもってその思惑から逃れようとした剛三郎だったが、結果は死に場所すら奪われ飼い殺される始末。
未来の全てを見通すかのような存在。
そんなものはまやかしに過ぎないと思いつつ剛三郎の末路が頭から離れない。
――この遊戯との宿命のデュエルでさえ奴の思惑の上ではないのかと
――遊戯との戦いの勝敗すら奴の掌の上ではないのかと
――俺とモクバの夢でさえも……
そこまで考え海馬はふと言葉をこぼす。
「俺がヤツを恐れているとでも言うのか――」
その事実を海馬は認められない。遊戯は言葉を続ける。
「デュエリストの戦いはカードに描かれたモンスターだけじゃない。心の中にある、怒り、憎しみ、欲望、恐怖……敵は自分の中にも存在する――それら全てを打ち負かした時にこそ真のデュエリストの道が開かれる!」
遊戯は観客席の仲間を見ながら力強く宣言する。
「だがその全てを打ち負かしたのは俺だけの力じゃない。仲間の声援が……仲間の力が俺に力を与え俺に勝利をもたらしたんだ」
そんな遊戯の主張に海馬は嘲笑をもって返す。
「仲間の力だと? 下らん! 俺にとって勝利とは己自身の手で勝ち取ってこそ価値のあるもの――仲間の力など永遠に必要のないものだ!」
海馬は頭に浮かんだ仲間面して笑顔で近づく男を振り払う。
「俺は俺の信じる未来の為に俺の力で栄光を掴む。いや、そうでなければ意味がない! 俺の戦いのロードには俺以外の力などいらん!」
モクバを視界に入れ力強く己の手を握りしめる――俺が守らねばと。
「だが吠えるのは勝者にのみ与えられた特権。今は黙して引いてやるわ! 行くぞ! モクバ!」
そう言って立ち去る海馬をモクバは追いかけつつ遊戯をチラリと見た。
立ち去る海馬を見届け遊戯はポツリと呟く。
「海馬。俺はお前を
そう静かに決意した。
そんな2人のやり取りを遠目で見ていた牛尾は己の上司たる神崎に問いかける。
「いやぁ、すげぇデュエルでしたね」
「…………そうですね」
いつものように笑顔で何やら思案しながら返答する神崎。心ここにあらずといった様子だ。
「しっかし、あの状況で逆転するたぁ……なんて言うか――神がかってますね」
「…………そうですね」
「俺の話聞いてます?」
「…………ええ、もちろん聞いていますよ。彼の実力にはいつも驚かされます」
神崎の見立てでは海馬瀬人にかなりの勝機があった。
それは現在の海馬瀬人が「原作」のようなペガサスとBIG5からの謀略が存在せず、弟、モクバとの関係も良好で精神状態に淀みはないため、その実力は磨き上げられた状態だったためである。
そしてもう一方の武藤遊戯は「原作」に存在した苦境がなくなったことにより一種の経験不足から実力は幾分か減少している可能性があった。
だが結果は武藤遊戯の勝利。
その実力に衰えは見られない――古代の王であった頃の経験が魂に残っているかのごとく。
後の戦いを考えれば嬉しく思うべき事柄である。
だがいまだに武藤遊戯に「味方」と認識してもらえるほど信頼関係を結べていない神崎からすれば「武藤遊戯」を止められるものが何もない現状が恐ろしかった。
元剛三郎の部下であり、叩けば埃がでるであろうBIG5と同じ立場――武藤遊戯に「敵」と判断されるには十分な材料が揃っているのだから……
そして決勝戦の準備に取り掛かるため牛尾との会話を終わらせ立ち去った神崎を見つめつつ牛尾は思う。
――わかんねぇ人だな。
牛尾から見た今までの神崎は「人の皮を被ったナニカ」そんな風に見ていた――本人が聞いたらショックで寝込むであろう。
だが神崎には「決して立ち入らない領域」がいくつかあると牛尾は考える。
先程のデュエルの「魂のぶつかり合い」もその一つであると牛尾は予測している。
――日陰モンには眩しすぎるのかねぇ?
その姿に牛尾は自身が持つ「城之内の妹、静香は武藤遊戯のご機嫌取りのために救われた」情報をどうするべきか今一度思案する。
折りを見て遊戯たちにこの情報を伝えようとしたが牛尾は考える。
――なんで俺にこの情報を与えた……?
普通に考えれば遊戯たちとの敵対を避けるために伏せて置くべき情報であり牛尾の問いかけにも「人助け」とでも言っておけばいいことである。
つまりこの情報は神崎の手によって牛尾に意図的に与えられた情報。
それに気付いた牛尾はその情報の使い方を考え、実行しようとしていた「遊戯たちに伝える」を実行した場合どうなるかを考えた。
そうなれば遊戯たちは神崎に対して不信感を持ち、最悪そのまま敵対し、いずれは衝突する流れになると牛尾は予測する。
神崎は遊戯たちと敵対したくないと考えている筈なのに妙な話だ。
そして牛尾はある考えに思い至る。
――既に遊戯のあの訳の分かんねぇ力に対抗するための準備が出来てるってのか?
そう考えれば納得できる部分も多々ある。
牛尾の目から見ても危ない研究者、ツバインシュタイン博士は千年アイテムを欲していた――今以上の力が手に入ると。
そして牛尾はある答えに辿り着く。
――てぇことは……大義名分を得るためにこの情報を遊戯たちに伝えさせようとしているのか?
この状況になった際の周囲から見た遊戯たちは恩人である神崎に難癖をつけて襲い掛かったとも取られかねない。
さらに神崎が情報操作すれば遊戯たちは世間、そして世界の敵になりえる。
もしそうなった場合、遊戯たちに取れる手段は昔の牛尾に対峙した時のように「闇のゲーム」に賭けるしかない。
だが神崎は多くの部下を抱えており、それら全てを突破しなければならない。
仮に突破できても神崎が勝負を受けるとは限らない。
牛尾から見ても神崎は勝負に固執するような人間ではないのだから。
遊戯たちが手出しできない個所を転々とするだけで遊戯たちは世界に潰される。
そこまで考え終えた牛尾は足元が崩れるような錯覚に陥った。
たった一言の情報で遊戯たちが破滅する現実を牛尾は受け入れられない。
そして神崎はその現実に大した価値を見出していないように見受けられる点も牛尾の精神を強く揺さぶる。
だが牛尾は気付く、「前提条件」がそもそも間違っていることに――この情報は誰から遊戯たちに伝えても結果は大して変わらない。
自身の先輩であるギースの言葉を思い出す。
――あの方が直々にスカウトした人材はそれぞれに意味がある。
昔の牛尾だったならば遊戯たちのことを歯牙にもかけなかっただろう。
だが神崎の手によって更生され、不和を解消し、仲を取り持たれた今の牛尾に遊戯たちを見捨てることは既にできない。
そして牛尾はある答えに辿り着く。
――俺が裏切らねぇようにするため……なのか?
行動を制限出来ないのであれば、制限をかける枷を作ればいい。そんな思惑が見て取れた。
――俺に一体、何させたいのかねぇ?
そんな疑問が浮かぶも、考えるだけ無駄かと牛尾は思った。
ゆえに牛尾はこのまま何も気づかなかったことにして大人しく従う道を選ぶことにした――選ばされたのかもしれない。
だが、これらの考えは当然、すべて牛尾の考え過ぎである――そろそろ難しく考え過ぎない方がいいことに気付いた方がいい。
一方、控室の一室でキースは祈るように手を合わせ呟く。
「ようやくだ……後1度、後1度勝ちゃあ、あのとき果たせなかった望みが叶う……」
キースの手に力がこもる。
キースはこの
だがキースは年甲斐もなく気分が高揚するのを感じた。
キースと同じようにペガサスも再戦を望んでいたのだと――招待状を送ったのは神崎なのだが……
ゆえにキースは己の全てを賭けて勝利をもぎ取りにかかる。新参者に譲るわけにはいかないとデッキをいつも以上に確認した後、ゆっくりと試合会場に向かった。
もう一方のデュエリスト、遊戯は仲間たちの激励を受け取っていた。
「いよいよ決勝ね! 遊戯!」
「ここまで来たら優勝っきゃねぇだろ!」
「あと1勝でペガサスとの対戦かぁ~。すごいな~遊戯君は」
杏子、本田、獏良は遊戯が決勝戦まで戦い抜いたことを称え――
「頑張ってくださいね」
「だがキースは強かったぜ……あれは生半可な実力じゃねぇ」
「アンタのことだから大丈夫でしょうけど油断しないようにね」
静香、城之内、孔雀舞はエールを送る。
そんな彼らにMr.クロケッツはそっと話しかけた。
「武藤遊戯様、決勝戦では対戦者の紹介を行いますので何か希望があればお聞きしますが?」
「いや、とくにないぜ」
「それでは此方で御用意させてもらいます。それとそろそろ試合開始時刻ですのでご準備を……」
「ああ、すぐ行く」
遊戯の了承を受け取りMr.クロケッツは試合会場へと去っていった。
その後に続こうとした遊戯に城之内がいくつかのカードを差し出す。
「遊戯! ……このカード受け取ってくれねぇか? 今の俺には使いこなせなかったけどよ……きっとお前なら!」
今の城之内には何故自分のカードを遊戯に託そうとしたのかは分からない。
城之内にあるのは自然と
そんな言葉に出来ない思いを遊戯は感じ取りつつ、何も言わずカードを手に取りデッキに加える。
「……行ってくる」
そう言って突き出された遊戯の拳に城之内は拳をぶつけ、言葉無き声援を送った。
照明が落とされ暗がりの試合会場の中央にスポットライトが当てられる。そしてそこにいたMr.クロケッツにより決勝戦の進行が行われる。
「これより、今大会の決勝戦を行います。対戦者の紹介と行きましょう!」
Mr.クロケッツが片方のゲートに手をかざしスポットライトを当てる。
「まずは全米一のカード・プロフェッサーとして、数々の大会で輝かしい戦果を残した男の登場です――言わずも知れたバンデット・キースことキース・ハワーードォオオーー!!」
いつものMr.クロケッツらしからぬ声量で呼び出され、ゲートから溢れる煙から歩み出たのはこの大会に並々ならぬ決意を持って参加した男、キース・ハワード。
キースはゆっくりと歩み、指定の場所で立ち止まる。
次にMr.クロケッツは反対側のゲートをかざしスポットライトを当てる。
「続きまして、対戦相手は公式戦初出場! しかし数々の名立たるデュエリストたちを打ち倒し破竹の勢いで勝ち上がってきた今大会のダークホース! 武藤ォオー遊戯ィイイーーー!!」
Mr.クロケッツの宣言を受けてもう一人の遊戯はゲートから溢れる煙から歩み出てキースと対峙した。
互いが試作型デュエルディスクにデッキをセットし構え、試合開始の合図を待つ。
もはやデュエリストに言葉は必要ないと言わんばかりの沈黙が2人のデュエリストの間に流れる。
Mr.クロケッツ、というより大会を運営するものとしては何か一言欲しかったが、この緊張感も悪いものではないと手を振り上げ試合開始の宣言を唱える。
「それでは決勝戦! キース・ハワードVS武藤遊戯の試合を始めます。デュエル開始ィイイイ!!」
「「デュエル!!」」
剛三郎が隠居したせいでバトルシティでの海馬が前倒しに……
バトルシティではどうなるのだろう?