遅れたお詫びも込めて、幕間を一つ書き上げました。時系列的には、入隊の少し前あたりです。
それではご覧下さい。
とある日曜日、良次は普段とは違い、自宅のキッチンで大事な作業をしていた。普段なら自分が食べるものを作るためにしか使われないキッチンなのだが、この日に限っては様相が少し違っていた。
自分のために作るものと言えば、基本的にはいわゆる「男の料理」と言われるような見た目などには全く気を使っていないものである。しかし、今良次が作っているのは、そういったものではなく、そこから最もかけ離れているとも言えるもの、端的に言って「ケーキ」であった。
「あとは、生クリームを……っと、よし!できた!」
良次はもともとスイーツなどに疎く機械関係も苦手なため、作り方がわからなかった。しかし、クラスメイトに調べてもらい、なんとかケーキをいくつか見繕うことに成功していた。
そもそも何故良次がこんなことをしているかと言えば、それは明日に迫っている大事な日のためだ。明日の月曜日は、5月4日。 すなわち、綾辻遥の誕生日である。大事な大事な記念日を祝うため、プレゼントとしてケーキを作っていたのだ。
「喜んでくれるかな」
作ったものを冷蔵庫の中に入れながらひとりごつ。もともと料理は得意ではないし、ケーキなどなおさらそうなのであるが、気持ちを込められるもの、そして遥が喜んでくれそうなものを、と考えた結果、ケーキを作ることにしたのだ。
(でも、実際は喜んでくれるかどうか。はる姉さんは優しいから、嘘でも喜んでくれるだろうし)
そんな後ろ向きな考えに陥っていた自分に気づき、それを吹き飛ばすため両頬を一度叩く。思考を切り替え視線を上げると、窓の外がすっかり暗くなっていることに気付いた。
「おっと、もうこんな時間か」
時計を確認して、いつの間にか時間がかなり流れていたことに良次は驚く。キッチンを片付けシャワーを浴び、明日の準備を整えて布団にはいる。
(慣れないことをしたから、……結構疲れてるな。ぐっすり寝れそうだ)
お菓子作りに精を出したため、頭をだいぶ使っていたらしく、すぐに眠気がやってくる。それに逆らうことなく、良次はぐっすりと眠りについたのだった。
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翌日、5月4日。そのお昼休み。遥は教室で、同じクラスの氷見と宇佐美とともにお弁当を食べていた。ボーダーに所属する3人は、よく共に行動しており、今日もご多分に漏れず一緒にお昼を過ごしていた。
「そういえば」
ふと、宇佐美が箸を止め、口を開いた。二人も宇佐美の話を聞こうと、箸を止め視線を向ける。
「今回入隊する新人に、相当な有望株がいるらしいよー」
「あ、それ、私も聞いてるよ。初期ポイントが過去最高らしいって」
宇佐美の話に聞き覚えのあった氷見が、頷きながらそう言葉を返す。一方、遥の耳にはまだ入っていなかったようで、首をかしげながら問い掛ける。
「へー、そうなんだ。名前はわかる?」
「名前は聞いてないなー。……あ、でも、支部長が持ってた顔写真はチラッと見たんだよね」
「ほんと?どんな感じだった?」
「えーと、新人らしくなかった、かな?覗き見た感じだから、私もそんなはっきりとは覚えてないんだけど、たぶん大学生くらいだと思うし」
「へー、珍しいね」
宇佐美が写真を見たという話を聞き、氷見が印象を尋ねる。それに対して宇佐美も、自分が抱いた印象を話し、氷見が相づちをうつ。一連の話が終わった頃に、そういえばと、遥が思い付いたことを口にする。
「私の親戚の子も、新しく入隊するの。一つ年下で、この学校の一年生なんだけど」
「え、そうなの?親戚の話は聞いたことなかったけど」
「三門市に住んでなくて、私もここ10年くらいあってなかったの」
「へー、遥ちゃんの親戚だったら有望そうかも。名前は?」
「えっと、名前は、」
「綾辻さん」
良次の話をすると名前を聞かれたため、遥はそれに答えようとする。その時、クラスメイトから名前を呼ばれ、そちらを向く。
「どうしたの?」
「綾辻さんに用事があるって人が来てるんだけど」
クラスメイトはそう言いながら、入口の扉の方へ3人の視線が向くように促す。そこにいたのは、今ちょうど話題にあがっていた人物だった。
「あ、はる姉さん!」
「よし君!どうかしたの?」
お互いに認識しあった後、良次は遥のもとに駆け寄る。宇佐美と氷見は、突然現れた人物を見て困惑していた。見たところ大学生くらいの男性が突然現れ、自分達と同い年の遥を、姉と呼んだのだから、その困惑も無理はないだろう。もちろん、その困惑は二人だけのものではなく、遥が有名人ということも相まって、クラス全体へと広がっていた。そんななか、その雰囲気を知ってか知らずか、その闖入者は口を開いた。
「お誕生日おめでとうございます、はる姉さん!」
「あ、それで来てくれたの?ふふ、ありがとう、嬉しいわ」
「いえ、当然のことです!それでこれ、誕生日プレゼントです。受け取っていただけますか?」
「え!ありがとう、早速開けてもいい?」
「あ!ちょっとまって下さい!俺が帰ってからでお願いします!」
困惑からくる沈黙が教室を支配するなか、二人の会話だけが続いていく。そんななか、遥がプレゼントが入っているという箱を開けようとすると、良次は慌てた様子でそれを引き留める。
「そう?」
「はい、それでお願いします!……えっと、それではそろそろ戻ります。プレゼントはいくつかあるので、よろしければ皆さんとどうぞ。えっと、改めておめでとうございます!それではっ」
「うん、プレゼントありがとね!」
慌てた様子のまま、良次は最後に祝いの言葉を繰り返すと、そそくさとその場を後にした。その後、遥がもらったプレゼントの箱を開けようとした時、それまで黙っていた宇佐美が口を開いた。
「遥ちゃん。…今のはもしかしてさっきの?」
「あ、うん。今の子が私の親戚の稲葉良次くん。一応私たちより年下だよ?初めてだと信じづらいかもしれないけど」
「はー、おっきい子だね。普通に大学生が入ってきたのかと思ってビックリしたよー」
「ふふ、そうよね」
その会話に聞き耳をたてていたクラスメイトは、そうかそうか、とようやく納得しそれぞれがいつも通りの行動に戻った。
「あ、プレゼントの中身はなんだった?私たちも見てもいいのかな?」
「よし君が他の人に見られて困るような物をくれるような子だとは思えないし、たぶん大丈夫!」
「遥ちゃん、よし君って呼んでるんだ。向こうからははる姉さんって呼ばれてたし、仲良しさんだねー」
「あ、あはは。そう言われちゃうと、少し恥ずかしいかもだけど、でも仲は良いかな」
宇佐美にそう突っ込まれ、少し頬を赤くして照れながらも、肯定の意を示す。すると、氷見が口を開く。
「へー、いいなー。今度私たちにも紹介してよ」
「うん、分かった。……さて、それじゃあ、開けるね」
そう会話を交わした後、遥はプレゼントの箱を開けようと手を掛ける。そして開けると、3人は中を覗きこんだ。
「あ、ケーキだ!」
「美味しそー!遥ちゃん、食べてみたら?」
「うん、お弁当食べ終わったら、一つ食べてみようかな」
その言葉通り、少し残っていたお弁当の中身をそそくさと片付けると、早速中にはいっていた内のひとつ、スタンダードなショートケーキを取り出した。取り出したそれを見て、遥はあることに気づく。
「あれ?これってもしかして手作り?」
「えっ?……あれ、そうかも。お店で売ってるものよりは少し生クリームの塗り方にムラがあるし」
「だとしたら凄いわね、あの子。手作りだとしたらなかなか良い出来でしょ」
「うん、さすがよし君。さて、じゃあ早速」
遥はケーキと共に箱の中に入っていたプラスチックのフォークでケーキを一口分とり、口に運んだ。
「あ、美味しい!」
「ほんと?私も一口もらってもいい?」
「うん、よし君も良いって言ってたし。栞ちゃんもどう?」
「……あ、私もそれじゃあ一口ほど」
そうして3人でケーキを美味しく頂くことにした。そんななか、宇佐美は一人考え事をしていた。先ほどの青年、どこかで見たような気がしていたのだ。
宇佐美が一口ケーキを口に運ぶ。そのとき、脳に糖分が供給されたからかどうかは分からないが、疑問の答えを見いだした。
「そ、そういえば!」
「どうしたの?」
その事実に気付いた宇佐美は、驚きながら、二人にそのことを伝えようと口を開いた。
「さっきの子、遥ちゃんの親戚とおんなじ顔だった!」
「さっきの子?」
「ええ、有望株だっていう新入隊員くん」
「………え」
すこしの沈黙が流れたあと、二人の顔が驚愕に染まり、やがてそれが声となって口から飛び出た。
「「えーーーーっ!!」」
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後日、遥から美味しかったと告げられた良次は、文字どおりその場で小躍りするほど喜んだという。
コメントで「くまちゃん強くしすぎじゃね?てか、太刀川さん弱くね?」的な指摘を受けましたが、自分で読み返してみて、「確かに!」と思いました。
なんとかこれから、原作準拠でいけるように調整していきたいと思います。付き合っていただけたらありがたいです。