書くためにくまちゃんを調べながらやってたら、段々とくまちゃん好きになってきました。本文にもそれが出てるかもしれません。
では、ご覧下さい。
一本目開始のアナウンスがなる。
三連戦の三戦目、熊谷友子との最初の立ち合いを果たそうと、稲葉良次は大分こなれてきた訓練用のトリガーを両手で構え、開始地点から動き始めようとしていた。
見ると、熊谷の持つトリガーは、先ほど連戦をした二人とは異なり、太刀のようだった。しかも、きちんと鍔までついている。良次は、自分がB級にあがったら、同じものを用意してもらおうなどと、少々関係ないことを考えていた。
良次自身、そんなことを考えている暇ではないと、頭を振ってその考えを払い、改めて熊谷を見据える、
今までの二連戦では、どちらも一本目は、縮地で一気に距離を詰める戦法で斬りかかり、勝利をおさめていた。今回の戦いも、初手はそれでいこうと決め、最初の一歩を踏み出す。
瞬間。
「ふっ!」
「っ!」
最初の一歩から殆ど一瞬で距離を殺し、正中線をなぞるように真っ直ぐと斬りかかった良次を、対して熊谷はしっかりと自身の持つ弧月で受け止めていた。
続けて左から横凪ぎに、刀を返して今度は右から、その次は突きと、間を置かずに攻撃を仕掛ける良次に対して、熊谷はその攻撃を次々と捌いていく。
(受けが手馴れている。これは凄い)
自身の攻撃を捌かれながら良次は、熊谷の技を捌く技術に感心していた。思わず少し笑みがこぼれる。
攻撃に対する勘の良さ、それに続く反応、無駄な動きが削られた動作。それらの完成度は非常に高く、日頃から磨きあげられているということが明らかだった。
(刀の長さを完全に把握して、自分のものにしてる。……うーん、似てるなぁ)
熊谷の動きは、三門市に来る前に主に、というか殆ど常に良次の稽古の相手となっていた父親の動きを想起させるものだった。
受けに関する技術に関して、今でも良次は父に勝ててはいない。それに通ずるものがある熊谷の動きは、良次にとっては大いに興味を引くものだった。
(でも、)
連続攻撃をすること8撃目、防戦一方になっていた熊谷は、攻撃を受け捌く度に徐々に溜まっていた綻びがもとで、ついに心臓部を貫かれた。
(受けからの返しがまだ、遅い。攻撃に転じるタイミングは計れているようだから、苦手ということはなさそうだが……。身体に動きが馴染んでいないとみるべきか…?)
一本目終了のアナウンスがなるなか、良次は今の戦いでの熊谷の動きを思い返していた。一撃目を捌かれてしまったことに驚き、二撃目三撃目とそれが続いていくと、驚きは次第に興味へと変わっていった。
捌きの技術自体に関しては、ほとんど手放しで称賛に値するだろう。しかし、そこから攻撃に転じるのは、捌きほど上手いわけではないようだった。
(しかし、さっきの二人といい、磨けばまだまだ光りそうな人が多いなぁ。特に熊谷さんはウチにピッタリだし、父さんだったら目を輝かせそうだ)
ボーダーで戦った人たちのこれからの可能性に思いを馳せ、自分も負けてられないなと、良次は気を引き締める。
(でも、さしあたって熊谷さんをもっと強くしたいなぁ。この間見た限り、攻撃も良いものを持ってるし)
自分のこれからのこともそうだが、可能性を感じさせる相手を目の前にし、思わず武道家としての血が騒ぎだす。自分を武道家として育てた父の気持ちが今なら理解できるということに、微妙な心境になりながらも、良次は熊谷に対して出来ることを思索する。
『二本目、開始』
(とりあえずは、今のを繰り返すのが一番かな?)
そのアナウンスと良次の考えが纏まるのは、殆ど同時だった。視界に映る熊谷に対して、良次は自分の考えた行動のため、動き出した。
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『九本目、開始』
そうアナウンスが告げられるなか、熊谷は言い知れぬ焦燥感を覚えていた。既に八本が終了しており、結果としては全て敗北を喫していた。
しかし、熊谷が焦燥感を覚えているのは、それが大きな原因ではない。問題は、全ての勝負が、同じ展開になっているということだった。
開始と同時に、一気に接近され連続攻撃を受け、捌いているうちに隙を見つけられてやられる、という展開だ。
いつもは基本的に那須の援護に回っていることもあり、熊谷自身も、攻めより守りのほうが得意だという自負はあった。ただ、いつもなら隙を見つけてそこから返し技に転じたりするのだが。
(一撃が重すぎでしょ!そのくせ全然遅くないし!)
今までの八本同様、苛烈に攻めてくる良次を受け止めながら、熊谷はそう考えていた。受け止めた攻撃はこれまた重く、力を上手く受け流さなければ大きな隙を生む要因となってしまう。
(くっ!集中力が、続かない!)
一本目よりも馴れてきているのか、回を重ねるごとに捌いた攻撃の数は徐々に増しつつあった。そのため、より長い間集中力を持続させなければならなくなり、結果として、段々と焦りが生まれていた。
「あっ、しまっ」
そしてまた、その積み重ねが隙を生み、弧月を弾かれ、熊谷は袈裟懸けに斬られてしまった。アナウンスがなり、九本目の終了が告げられる。
(次でラスト。本当に何もできてないなー。でも、)
次の勝負の準備中、熊谷はそう考えていた。相手が風間や太刀川に勝った相手とはいえ、少しばかり自分に対して不甲斐なさを覚えてしまっていた。
しかし、ここで折れる熊谷ではなかった。諦めの悪さがなければ、守り中心の戦法なんてやってられない。
(木虎ちゃんは一矢報いてたし。それに、茜だって見てるわけだし。後輩の前でこれ以上醜態を晒すわけには、いかないわね)
強いとはいえ、一本も二本も取っている人がいるわけだから、自分に取れない理由はない。そう思い直し、今までの、とりわけ直前の戦いを思い返す。
(今のは、ほんとに駄目だった。焦ってたら、捌けるものも捌けないし、反撃なんてもってのほかよね)
自分の焦りを自覚し、反省する。それを実行するのは、簡単なようで意外と難しいが、熊谷はなんとかその焦りを押さえ込む。次こそは、という気持ちのもとで。
(次は、一発目。無理矢理にでも返してやる。そうね、これくらいの気持ちでやらないと)
思い切りの良さをもって、熊谷の心は、不思議と落ち着いていった。両目を閉じ、二回、大きく深呼吸をする。そして再び、正面の青年を見据える。
そして、十本目開始のアナウンスがなる。
(来た!)
熊谷の予想通り、良次は一気に距離を詰めてくる。先ほどまでとは違い、あくまで冷静に、その初手を見極める。両手で構えられた良次の剣先が、ほんの僅かに右に動く。そして、
「ここだっ!」
「うおっ!」
良次の剣が右腕を斬りつけようと襲いかかってくるのを、熊谷は大胆に、それでいて繊細にほんの少し払い、自分の持つ弧月もろとも、良次に対して体当たりをするようにぶつかっていった。それに対処しようと、良次は払われた剣を再び熊谷に向け振り降ろす。
良次の持つ剣が、熊谷の身体に当たる直前。その動きが止まり、良次は持っていた剣を落とした。体当たりを仕掛けた熊谷が一瞬先に、弧月によって良次の心臓部を貫いていたのだ。
『稲葉、ダウン』
そのアナウンスと熊谷の白星とともに、良次の三連戦は幕を閉じたのだった。
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「ありがとうございました」
「こちらこそよ、稲葉くん」
対戦を終え、ブースを出てきた二人が挨拶を交わす。その二人に対して、先ほどまで見学していた風間と日浦が近付いてくる。
「お疲れさま、二人とも」
「お疲れ様ですー!」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます。…あれ、木虎さんは?」
労いの言葉を掛ける二人に、良次たちは感謝の言葉を述べる。それと同時に、先ほどまでいたもう一人の少女がいなくなっていることに気付いた良次は、そのことを尋ねた。
「この後嵐山隊がミーティングらしくて、十戦目まで見終わったら急いでいったよ」
「ああ、そういえばはる姉さんもそんなこと言ってました。少し悪いことをしましたかね」
風間の応えに関して、良次は遥がそういう旨の話をしていたことを思い出す。それなら木虎との戦いは、今日でなかったほうがよかったかもしれない。そう考えて言葉に出すと、風間が応じる。
「いや、木虎も充分満足そうだったから問題ないだろう。それよりも、木虎から伝言があるんだが」
「伝言?なんでしょうか?」
「『遥先輩には例の件、しっかり報告しておきますから』だそうだ」
「……あははー、忘れてました」
熊谷との戦いのなかで、すっかりと忘れていた良次は、風間の言葉によってその事が思い出されると、乾いた笑いをこぼした。その空気を壊すように、それまで黙っていた日浦が声をあげた。
「熊谷先輩も稲葉さんもどちらも凄かったですけど、最後の一本は熊谷先輩が、とにかく凄かったです!」
「ありがとね、茜。まあ、それ以外は負けちゃったわけだけど」
日浦に褒められ、応じながらもそうこぼす熊谷に対し、良次はすぐさま言葉を投げ掛けた。
「いえ、最後の一本は、特別なものですよ。終わりよければ全てよし、とは少し違いますけど。最後に一本もぎ取れるということは、本当に大切な一回きりの勝負にもしもなったときに、その一本を持ってこれる力のある人だと、自分は思いますよ」
「…まあ、そういってもらえると嬉しいかな。それでも君のほうが凄いよ!私は基本的に防戦一方だったわけだし」
「そこです!」
良次の言葉に対して、少し照れを見せながらも応え、逆に褒めようと言葉を紡ぐと、突然良次が声をあげた。驚いた表情を見せる熊谷や日浦に対し、良次は申し訳なさそうに頭を下げたあと、言葉を続けた。
「恐らくこれは、自他共に認めることだろうとは思いますが、熊谷さんの一番素晴らしいところは、その防御能力です。いかがですか?」
「まあ、そうかな」
「ああ、そうだろう」
良次が問い掛けると、熊谷と風間は同意の言葉を述べ、日浦も首肯する。それを見て良次は、満足そうに頷くと、そのまま話を続ける。
「勘、反応、動作。どれをとっても非常に高レベルで、見ていて非常に美しいです。また、以前トリオン兵を倒した時の熊谷さんの攻撃も、綺麗なものでした。それで、ここからは問題点についてですが今戦ってみて熊谷さんも思ったかもしれませんけど、ズバリ攻撃への転換、返し技への身体の馴れだと、俺は思いました」
「うん。そうね、確かに自分でもそれは感じてた。それで、最後の一本は開き直って攻めることにしたのよ」
「あれは良かったです!本当に想定外で!勝手ながら、熊谷さんは守り中心で慎重に攻めるタイプだと思ってたので、あんなに大胆な手をとられるとは思いませんでした!」
「あー、ありがとね。……えっと、それで手を…」
話のなかで熊谷が最後の一本について口にすると、良次は目を輝かせ熊谷の両手を握り込んで褒め称える。咄嗟のテンションの上がり具合と握られた手に、熊谷は面食らいながら言葉を返した。それを受けて良次も慌てて手を離す。
「あ、すみません。テンションが上がってつい」
「いや、そんなに気にしなくていいわよ」
「そういってもらえるとありがたいです。えっと、それでですね」
微妙に気まずい雰囲気を払拭しようと、良次はそこで一旦言葉をとめ、意を決して再び口を開けた。
「俺に、あなたを任せてほしいのですが、どうでしょうか?」
「………………はい?」
あくまで戦闘に関してという意図だったのだが、良次の言葉が足りなかったため、先程よりも気まずい沈黙が流れた。
この勘違いを払拭するために、良次が大変な努力を要したことは、言うまでもないだろう。
訓練はよくわからないことも多いので、割愛したいと思っています。少しばかり時間を飛ばしてB級昇格時から、次は進めていきたいと思います。
色々と用事が片付いてきたので、次は早くできるかもしれません。次もよろしくお願いします。