今日クール宅配便でゆきめさんがやって来た。
……冗談じゃなく、マジで羊羹が何本か入ってそうな程度の大きさの箱に納まって来たよあの人。……いや、人じゃなくて妖怪だけど。あれ、だったら別におかしくないのか? 最近常識というものがよく分からない。
ゆきめさん。彼女は鳴介に恋する雪女であり、一度愛する彼を氷漬けにして山へ連れ帰ろうとしていた女性だ。ひんやりクールな雪女のイメージと違って恋愛に関して大変情熱的なお方である。今日も残暑見舞いの菓子折りの箱からセクシーな水着姿で登場するなり鳴介にべったりだ。くっそ、うらやまけしからッ……じゃなくて。とにかく、情熱的だがその目的は非常に危険なゆきめさん。が、今回はどうやら鳴介を氷漬けにするつもりはないらしい。
なんでも人間の男を氷漬けにして山に持ち帰らねばならないという雪女の掟に反し、生徒のために絶対自分と山になど来てくれないだろう鳴介のために自分が人間の町で暮らすと言い出したのだ。つくづく愛に生きる女性である。
とりあえず今日は宿直室に泊まるようだ。ちなみに今後のことで相談に乗るという名目で鳴介も一緒である。
……ま、彼女は正真正銘のヒロイン、鳴介の未来の嫁。鳴介的には妖怪とはいえ16歳のめちゃんこ可愛い女の子と一緒で理性を保つのが大変だろうが、何があっても特に問題無かろう。
今回はおっそろしい妖怪関係の騒動は無いはずだし、俺としては気楽なもんである。
で、その翌日早速痴話げんか? して、ゆきめさんが飛び出してしまった。
どうせ真剣な彼女に対して鳴介が無神経な事を言ったんだろう。あいつ凄く格好いいのに、女性の扱いに関しては赤点だからな……。でなけりゃ今頃結婚してたっておかしくない。だって性格良くて優しいだろ? 男前で顔いいだろ? 運動神経抜群だろ? 貯金が無いとはいえ教職っていう安定した職業だろ? この妖怪だらけの世界でほぼ確実に守ってくれる強さを持ってるだろ? 頼れる優しい逞しい格好いいと…………あれ、本当になんで鳴介ってモテないんだろう。心霊オタクと呼ばれ多少女性の扱いが苦手であっても余りあるスペックだぞ。
ま、まあだからこそ鳴介の本当の良さに気づいた女性は、真剣に情熱的に恋出来るのかもしれないな。
その後ゆきめさんが火事の家に飛び込んで女の子を助け、それを更に鳴介が助けるという事件があった。躊躇なく火事の中に飛び込める鳴介はやっぱり格好いいと思う。
だけど火事の炎によって、夏場で弱っていたゆきめさんの体は溶けてしまった。
「俺は……最低の男だ! 君が山に帰ることも出来ず人間として暮らすことも出来ずに悩んでいたのに……。何もしてやれなかった……。それどころか冷たく突き放すようなことまでして……俺は、俺は……! 取り返しのつかないことをしてしまった……。こんなことなら、俺のちっぽけな命などくれてやって氷漬けになって山へ帰ってやればよかった……! 許してくれ……ゆきめくん……!」
心の底からの涙を流し、ゆきめさんが残した着物を握って慟哭する鳴介に俺はなんて声をかけようかと迷った。……彼女、生きてるぞって教えてやるべきだろうか? と。
でもこの事件は鳴介がゆきめさんの事を真剣に考える一因となるだろうと思った俺は、どうせすぐに会えるしと放置することにした。鳴介には悪いが、これも未来の嫁とのフラグだ。ちょっとくらい泣いて落ち込めばいい。きっと再会した時の喜びは素晴らしいぞ。
そして俺は膝をつく鳴介を横目に「川口冷凍」と書かれたトラックを見送り、こっそりその支社へと足を向けた。案の定待っていればさっきのトラックが帰って来て、覗き見ていれば誰も居なくなったのを見計らってフラフラ状態のゆきめさんがトラックの荷台から姿を現した。その出現は予想通りだけど、予想外に何も身にまとっていないその姿に慌ててしまう。
「あの! よければ、これ!」
「! あなたは……」
ラッキースケベとは違くて素直に喜べず、それどころか何だか凄く気まずい。だからとりあえず何か着るものをと思って俺の給食着を差し出した。冬ならもっとちゃんとした上着があったんだろうけど……今夏だしなぁ。子供用だから丈的にものっそいギリギリで見ようによっちゃ余計に煽情的な姿になってしまったが、とりあえず裸はまずいとゆきめさんも思ったのか給食着を着てくれた。多分、今は服を霊力で形成する力も残っていないのだろう。
「えっと……。たしか、樹季くんよね? 何でここに居るのか知らないけど、ありがとう」
「いえ、気にしないでください。……といっても、その格好じゃ色々まずいし俺の家に来ませんか? クーラーガンガンにきかせますから、よかったら休んでいってください」
「ホント!? あ、でも……嬉しいけど、なんで私にそこまでしてくれるの?」
郷子や広など、ぬ~べ~クラスの生徒が以前の事でゆきめさんを警戒していると思い疑問に感じたのだろう。それに対して俺はこう答えた。
「俺、先生にはいつもお世話になってるからさ。ぬ~べ~の未来のお嫁さんを無下には出来ないよ」
「あなたいい子ね!」
言った途端、パッと笑顔になったゆきめさんはちょっと単純すぎやしないだろうか。いや、他人相手とはいえ初めて自分の気持ちが認められて嬉しかったんだろうけどさ。
そんなわけで、俺はゆきめさんを家に招待した。もちろん親切心あってのことだが、実は仲良くなっておけばもし妖怪に襲われても助けてくれたりしないかな~という下心もちょっぴりある。だって彼女強いし。
同じく鳴介サイドの妖怪であるライバルキャラ玉藻先生はちょっと苦手だし、優しい彼女に好印象を与えておいて損は無いだろう。俺はいつだって保身に命がけなのだ。…………ま、まあ可愛いから放っておけないってのもちょっとあるけど。いやいや、ゆきめさんは鳴介の嫁、ゆきめさんは鳴介の嫁。
「豆太郎、ただいま!」
「きゅ~!」
「あら、タヌキ?」
両親は今の時間仕事で留守だから、俺を迎える我が家の住人は化けタヌキの豆太郎一匹だけだ。呼びかければすぐに駆けて来て俺の顔に飛びついてきた。くうっ、可愛い奴め! いつも留守番で寂しい思いをさせてごめんな!
「こいつ豆太郎っていうんだ。豆太郎、お客さんにご挨拶な」
豆太郎を紹介すると、ゆきめさんはちょこんっと頭を下げたコイツをすぐに気に入ったようだ。
「うふふっ、可愛いのね! それに賢いわ。でもちょっと妖気を感じる……この子は妖怪なの?」
「う~ん……妖怪と言っていいのか悪いのか……。たしかにコイツは化ける力を持ってるけど、普段はただの子タヌキだよ。最初は大変だったんですよ。ぬ~べ~の裸に化けたりしてさ!」
「その話ちょっと詳しく」
笑い話のつもりで豆太郎を飼うことになった事件(我が家にタヌキがやってきた!参照)のことを話したつもりが、思いのほか食いつかれてちょっとビビった。あの、ゆきめさん……そんな目をギラつかせないで。そして鼻血出てます。可愛い顔が台無しです。
その後はクーラーをきかせた部屋で談笑したり豆太郎と遊んだりカードゲームをしたりで、思いのほか楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
そういえば、妖力が弱っているゆきめさんに「しょぼいですけど」と前置きをしてヒーリングをかけてみたら「鵺野先生との出会いを思い出すわ」と言って、鳴介との出会いと自分がいかに彼を愛しているかというのろけ話を満腹になるまで聞かされた。もうおかわりは十分だと、砂糖たっぷりの恋心の集中砲火を止めるころには俺はへろへろになっていた。……当分まともに恋愛が出来ないだろう俺にはこたえるぜ。
でも恋する女の子って可愛いな。惚気話にはまいったが、幸せのおすそ分けをしてもらったと思えば気分もいい。美少女の笑顔を真正面から拝めて実に眼福だった。
これから結ばれるまでに数多くの苦難が待っているが、この子と鳴介には幸せになってほしいものである。
「今日はありがとう! おかげですっかり元気になったわ」
「いえ、俺も楽しかったんで気にしないでください」
両親が帰ってきてからゆきめさんを友達だと紹介して(友達だと言った時ゆきめさんはちょっと戸惑っていたけど)夕飯も一緒に食べた後、彼女は晴れやかな笑顔でお礼を言ってくれた。
「もう夜だけど、泊まる場所とか大丈夫ですか?」
「ふふっ、心配してくれるのね。でも、私は雪女だもの。夜は妖怪の時間よ? 問題無いわ」
「そっか。じゃあ、お元気で」
「ええ。ねえ樹季くん……私やっぱりこの町で暮らすと決めたわ。だって、やっぱり諦めきれないもの。私は鵺野先生が好き。彼を愛してる。だからどんなに時間がかかっても、人間の生活に慣れて鵺野先生のおそばに居たいの。それでね? も、もしよければ……たまに相談に乗ってもらえないかしら」
「え、相談スか?」
「う、うん。その、人間のと、友達って樹季くんだけだし……嫌じゃなければ。あのね! 昨日鵺野先生に手料理をふるまったんだけど、「樹季の方がよっぽど料理上手だぞ!」って言われちゃったの。だから、たとえば人間が喜ぶご飯の作り方とか……教えてほしいなって……」
(そういえばこの人の料理って氷の浮いた冷やしそうめんとかお汁粉という名の小豆バーとか冷凍食品だったな……)
饒舌だったさっきまでと違って口ごもったり尻すぼみになる声に、友達って言うのが恥ずかしかったりするのかなって思った。控えめに言って可愛い。大仰に言ってウルトラハイパースペシャル可愛い。クッ、やはり鳴介め羨ましい……! 妖怪でもこれだけ可愛けりゃいいじゃないか! さっさと素直になっちまえよ!
「うん、俺で良ければ教えるよ。豆太郎もゆきめさんの事気に入ったみたいだし、よかったらまた遊びに来てくれよな!」
「! え、ええ」
ぱっと花が咲いたような笑顔になったゆきめさんは、やっぱり可愛かった。
今日、俺にとても可愛い友達が出来た。
しかしこの時の俺は知らない。
彼女に料理を教えるという事が、氷河期との戦いの幕開けだという事を……。
この時期のゆきめさんは火系のものやお湯系のものはことごとく凍らせてきます。