樹季少年の憂鬱   作:丸焼きどらごん

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喫煙者にはつらい世の中になりまして(#19 魔の13階段より)

 今日、広たちに魔の十三階段を数えてみないかと誘われたが断固として拒否した。件の階段は旧校舎にある屋上に続く階段だが、普通の階段すら数えて恐る恐るのぼっているというのに何故わざわざピンポイントで「魔」とか噂されてる場所に行かねばならんのだ。俺は絶対に行かないからな!!

 …………いや、一応心配だから鵺野先生に広たちが階段んとこ行ったって言っておいたけど。さっき奴らが無事に「やっぱ何度数えても12段しかなかったぜ~」とぼやきながら帰って来て安心した。

 なんでも鵺野先生によれば「魔の十三階段は悪い子にしか見えない」とのことらしいが……う~ん、この回ってたしか克也メインの話しだったか? けどさっきは広、郷子、克也の3人で行って何も無かったみたいだしなぁ。

 

 

 ま、何も無いならそれが一番だ。そう思いながら、俺は校舎裏を歩いていた。

 今日は掃除当番だったから焼却炉にゴミ箱を持っていかねばならんのだ。……うううっ、本当はこの学校で一人行動はなるべく避けたいんだけど、ゴミ捨てに行くだけなのに誰かついてきてっていうのもカッコ悪いしなぁ……男のプライドと恐怖を天秤にかけた結果プライドを取るあたり、まだまだ俺もひよっこである。時にはプライドを捨てないといけない時もあるってのにな……。

 

 しかし焼却炉に行く途中、ふと違和感を感じてくんっと鼻を鳴らす。なんか嗅ぎ慣れてたけど今はもう懐かしいにおいがしたような……。

 

「って、あ! 克也お前タバコ!」

「げっ、樹季!?」

 

 気になってにおいを辿ると、そこには煙草をふかす克也がいた。小学生のくせに妙にタバコを吸う姿が様になっている。慌てたようにのけ反って背後の壁に頭をぶつけた克也は、痛がりながらもしどろもどろに言い訳しようとしていた。が、見てしまった以上誤魔化せるものでは無い。

 ここは心を鬼にしてガツンと言ってやらねば。今は同級生とはいえ、俺は大人なんだ。小学生の喫煙を見過ごすことなどできない。

 

 しかし俺の口から出たのは別の言葉だった。

 

「た、頼む! 俺にも一本分けてくれ!」

「え?」

「ちゃうわ馬鹿野郎!!」

「え!?」

 

 思わず飛び出た言葉に、自分で突っ込んで自分の顔面にパンチした。あ、アホか! 叱るどころかたかってどうする!! でもあのにおいを嗅いだらつい……!

 

「無し、今の無し!」

「え、樹季ってタバコやんの? そっかぁ……真面目そうなお前がなぁ……へぇ~! そっかぁ……!」

 

 おい、何嬉しそうにしてんだよ! ちょっとワルな俺にも仲間がいたぜみたいな顔すんなよ!! 叱りにくくなるだろ!?

 けど、つい本音が飛び出てしまった俺をどうか許してほしい。誰に許しを乞うているのかも分からないが、とにかく言い訳がしたかった。

 だって俺、25歳だったんだぜ!? 喫煙してOKなお年頃! しかも超ヘビースモーカーだったんだよ!! 今では小学生のまっさらな体で超健康生活中な俺だけど、この世界に来る前はヤニと友達だったのだ。セブンスターたんは親友。

 だが煙草を吸い始めて早5年……喫煙者が背負う業を理解するには十分な期間だった。不本意だがせっかく小学生からやり直せてるんだし、同じ轍は踏むまい。

 

俺は咳払いして気を取り直すと、克也の肩をがっつり掴んだ。

 

「克也、悪い事は言わん。タバコはやめておけ」

「はあ? でも、今お前くれって言ってたじゃん。樹季だって吸ってるんだろ? 何でそんな奴に注意されなきゃならねーんだよ」

「だから、今の無しだって! それに(今の)俺はタバコ吸った事無ぇよ! …………とにかくだな、端的に言うぞ。タバコはな、吸ってる姿っちゃあ格好いいが駄目だ。何が駄目って、健康とか当たり前のことはすっとばして言うがとにかく金喰い虫なんだよ!! たとえば今、セブンスターは220円だろ? 190円のジャンプよりはちょっとお高いが、まだ安い。それが将来的に倍になるんだぞ。倍だぞ倍!! 最終的にひと箱460円だ! 20本460円……一本あたり23円だぜ!? これを一日ひと箱吸ってみろよ。一か月で14000円弱だ! 14000円が安月給の手取りをどんだけ追い詰めると思う!? 14000円あればいい肉食えるし値上がり前のねずみの王国のワンデーパスポートをペアで買えるお値段だ! ペアで行く相手は居なかったけどな! それだけの金が消えるのに、はまっちまえばやめられないんだぞ! しかも税金ばかり上がって金をむしり取るくせに、喫煙者の立場は日に日に追いやられるばかり……! 道で吸えば子連れのお母さんに白い目で見られ、会社で喫煙スペースに行けば上司と鉢合わせて気まずい思いをして、行く先々で喫煙お断りの文字の羅列に遭遇する……! 一部のマナーの悪い連中のせいで余計にそれが加速するんだ!! そんな金ばかりかかって白い目で見られる煙草を、早いうちから始めたらそれだけ色んなものが無駄になるんだぞ! せめて吸うなら二十歳になってからにしろ! 分かったか!?」

「お、おい落ち着けよ。あと何言ってんだお前」

 

 タバコのデメリットについて力説してたらドン引きされた。い、いかん……デメリットというなら、せめてもっと健康面から攻めるべきなのに思いっきり私情が出てしまった。

 

「…………とにかくだ! 今回は黙っててやるから、もう吸うなよな」

「へいへい、わかったよ」

 

 降参とばかりに手をあげて了承した克也だが、これはあんまり真面目に受け止めてないな。……まあ長い付き合いになるんだろうし、また似たようなことがあったらその都度口うるさく注意してやめさせればいいか。

 

 

 

 

 

 

 そしてその日の放課後、明日行われる全国模試にむけて補修が行われた。一応中身大人で、勉強から離れてしばらく経つとはいえ小学生レベルなら問題ない俺は当然帰ろうとした。みんな居るとはいえ、放課後の校舎に残るとか怖すぎるからな! …………とか思ってたのに、広に「お前だけ逃がさんぞー!」とつかまり、俺の事を勉強面でのいいライバルだと思っているらしい昌に「お互いあまり心配ないとはいえ、万全の態勢で明日を迎えようよ!」と熱く引き留められて残る羽目になってしまった。何故に! ……とほほ。

 

 しかしその途中、克也がこっそり教室を抜け出している場面を発見してしまった。忍者かあいつは。

 またシケモクふかして休憩でもするのか? お前だけ許さん! と思ったら、気づけば「トイレに行ってくる」と言って俺も教室を出ていた。廊下の蛍光灯がついてるとはいえ、人気の少ない校舎はやっぱり怖い。が、若者の喫煙を許すまいという崇高なる使命感が俺を突き動かし、薄暗くなってきた外にビクつきながら廊下を進む。

 するとその途中で何か陶器が割れる音がしたと思ったら、職員室から克也が出てきた。手には何やら白い紙と……ちょ、まさかとは思うが勉強が嫌だから答案用紙を盗んだのか? あと隣に誰か居るな。う~ん、向こうの蛍光灯切れかかってて薄暗いな。見辛い……そう思って目をこらしたが、俺はすぐにそれを後悔した。

 

 

「かちゅや!? じゃねぇ克也!」

「! またお前かよ樹季!」

 

 悲鳴じみた声で叫ぶと、克也はチッと舌打ちして隣に居た人物と一緒に廊下の奥に駆けて行ってしまった。俺はぶるぶると震える足のせいで動けなかったが、陶器が壊れる音を聞いたからか鵺野先生と広たちが駆けつけてくれた。それを見たら一気に力が抜けて座り込んでしまい、そしてそのまま鵺野先生の足にすがって克也が駆けていった方角を指さす。

 

「先生! か、克也が……克也が頭ぐっちゃぐちゃの脳みそはみ出た奴に連れてかれた!」

「!」

「え? 今の隣に居た子の事? たしかに見たことない子だったけど、普通だったわよ?」

 

 郷子が不思議そうに言うが、しかし俺ははっきりと見たのだ。克也と一緒に居た奴はどう見たってご臨終必至の怪我を負った人間……というか、完全にアウトだろアウト! 絶対妖怪とか霊の類だろあれ!! 何でみんな見えてないの!? なんで俺だけあのグロ画像直視しちゃったの!? てか本性が見えてたら克也君はついて行きませんでしたねそうでしたね! あれか、擬態か! だったらもっとちゃんと化けろよ何で俺だけ見えてんだよ!! ちょ、ちょびっとちびりそうになっただろ!? ちびってないけどな!!

 

「いかん!」

「ちょっと、ぬ~べ~!?」

 

 鵺野先生がぱっと走り出し、その後を郷子と広も追う。あと気になってついてきたのか、まことも一緒だ。追うのはいいが、広お前何故俺の腕をつかんだ! 「行くぞ樹季、しっかりしろよな!」じゃねぇよ! 郷子も「もう、だらしないわねぇ」じゃないよ! 2人して引っ張らなくていいよ!? お願い俺は置いてって!? 

 が、その願い空しく気づけば旧校舎の屋上へと続く魔の13階段へと来ていた俺たち。でもって、階段の一番上で何やら異空間に引きずりこまれそうになっている克也。そしてその足元を見れば、本来あるはずのない階段が……血で出来た13段目が出現していた。

 

「は、はなせー!」

「克也ー!!」

 

 ついには引きずり込まれ、異空間に消えた克也が「ひぃぃ! 血の部屋だー!」という声を響かせる。どうやら見えなくなっただけで、まだ空間は閉じきっていないようだ。

 

「ぬ~べ~! 克也が消えちゃった!」

「見ろ! 血の階段が!」

 

 広と郷子がその現状を指さして叫ぶと、額に汗をにじませた鵺野先生がここの霊は何度も成仏させようとしたが、経文に耳も貸さない奴らだと言った。聞けばここの霊たちは皆子供のようだが、悪い子にしか階段を見せないって事は仲間になりそうな奴を引きずり込もうって腹か。しょ、小学生のくせになんて質の悪い……! いや、子供の霊だからこそ余計に我儘だってこともあるのか。

 

 鵺野先生が閉じた異空間を鬼の手で切り裂くと、その中は文字通り血の部屋だった。何処とも知れない場所から赤黒い血が壁一面に滴り、腰までつかるほどの血だまりとなっている。むわっと押し寄せてきた濃厚な血の臭いに吐き気がした。

 その中に血まみれの霊たちに体中をつかまれた克也が居て、こちらに必死に助けを求めてきた。

 

「たすけてくれ~先生~~っ! 俺、こんな奴らの仲間は嫌だ!」

「克也を放せ! さもないと全員鬼の手でたたっ切るぞ!」

 

 しかし、霊達は鵺野先生の言葉にケタケタ笑って「やれるもんならやってみろ!」「知ってるんだぜ? てめぇが子供には手出し出来ないってことを」と、全く怯える気配が無い。……これにはビビりの俺もカチンときた。だからこそ、鵺野先生の横を抜けて克也を助けに血の部屋に飛び込んだ広たちのあとに続いてしまったのだろう。クソガッキヤぁ! 調子こいてんじゃねぇぞ! ってな。後で思い返せばノリに呑まれてしまったんだと思う。この時ばかりは恐怖心が吹き飛んでいた。

 でもって、果敢にもバットと椅子で霊を殴る広と郷子(克也に引っ付いているからかまさかの物理攻撃有効である)、霊の背中にひっついて克也から引きはがそうとするまことに負けまいと俺も拳を振るった。

 

 

 

 

 俺の拳はなかなかのもんだったぜ?

 

 だけど、当たった場所が悪かった。よりにもよって……よりにもよって、最初克也を連れてった脳みそむき出しの奴の脳みそに拳を突っ込んじまった。

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 口に! 今口に何か入った! ぴゅって何か跳んできたぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ぶじゅって何か潰れたぁぁぁぁぁぁぁ!! 目測誤ったわクソがぁぁぁ!!!!!

 

「お、おい樹季!? ッ、しょうがねぇな」

 

 後で聞けば、白目向いて気絶した俺を克也が抱えてあの部屋から出てくれたらしい。助けたつもりがまさかの助ける対象に助けてもらう体たらくとは……。克也に「樹季ってあんがいビビりだったんだな」って笑われて凄く恥ずかしかった。うっせ! 平気なお前らの神経が図太いんだよ!

 

 そんなわけで俺としては酷く情けないが、その件の後から克也が前より気安く話しかけてくるようになった。

 みんなに助けられたからか、鵺野先生が何か言ったのか……克也は前よりもっとクラスに馴染んで、スッキリした顔で「本当の仲間ってのはお互いの欠点を補いながら成長していくんだってよ」としたり顔で言っていた。まあ色々危なっかしい所はあるけど、あんなクソガキ霊どもに仲間扱いされるような奴じゃないよお前は。

 だからってビビりの俺に連れションやらゴミ捨てに付き合ってやる代わりに勉強教えろって言うあたり、ちゃっかりしているけどな。けど答案用紙を盗んだことを先生にちゃんと謝って自分で勉強する気になっただけ大きな進歩か。よーし、せいぜいビシバシ教えてやろうじゃんか!

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、俺はその後しばらく大好物だった白子が食べられなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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