鵺野先生が俺の家を訪ねて来てくれたことをきっかけに、俺は彼から霊能力についての指導を受けることになった。同時に脱・不登校もしたわけだが……出来ればこれは少しでも霊力のコントロールを身に着けてからがよかったな。せめて浮遊霊とか見なくて済むくらい霊力抑えられるまで……いや、贅沢はよそう。一流の霊能力者(本物)に教えを乞うことが出来る幸運に感謝するべきだろう。だからそれまでは我慢……我慢だッ! 見えたとしても、居ないと思ってれば居ないのと同じだって、そんな感じの台詞を某死神漫画の妹ちゃんが言ってた! まさに金言。……俺は何が見えようと、絶対に無視してみせる。もちろんちびったりなんてしない。
…………いやでもやっぱ怖いからさ、体育の無い日は体に般若心経を書き込んで登校するのが日課になってるんだけどね。
腱鞘炎になりながらも壁一面に書き込んだ経験が生きて、今じゃ何も見なくてもさらさらっと書き込めるのさ! でももしバレたら間違いなくあだ名が「耳ある芳一」になるだろうから、服を脱ぐ必要がある日は大量のお守りをランドセルのありとあらゆる隙間に詰め込んで気休めにしている。へへっ、この世界の俺がとっておいたお年玉がお守りに消えたぜ……。
ちなみに学校だが、妖怪云々抜きにしても小学生の中に入るとかキツイワーと思っていたんだが……なんか、普通に馴染めた。つーか、あれだ。小学生のノリって楽しい。あれかな、男はいつでも心は少年ってことかな。俺の精神年齢が低いわけじゃ無いよな……? だよな……?
最初こそ不登校していたこともあって委縮していたのだが、休み時間にクラスの男子が先生に内緒で回し読みしていたジャンプを見てテンション上がったのが思えばきっかけだった。だってこの頃のジャンプのラインナップといったらテンション上がらずにいられるかっての!! 例えば今週号の目次だが、ドラゴンボールだろ、幽遊白書だろ、スラムダンクだろ、こもれ陽の下でだろ、BOYだろ、DNA2だろ、こち亀だろ、ダイの大冒険だろ、新ジャングルの王者ターちゃんだろ、忍空だろ、ボンボン坂高校演劇部だろ、とってもラッキーマンだろ、チビだろ、変態仮面だろ、ろくでなしブルースだろ、ジョジョの奇妙な冒険だろ、モンモンモンだろ、ペナントレースやまだたいちの奇跡だろ、アウターゾーンだろ……ほぼ知ってるよ!! 超有名作品ばっかだよ!! それが一堂に会して同じ雑誌に載ってる奇跡……ッ!
俺、今日から絶対ジャンプを捨てない。場所が無いと言われても積み重ねてベッドにしてでも未来まで取っておく。
そう、平行世界とは言え、俺の年齢が違った事からも考えられたがこの世界は俺の生きていた2000年代の日本では無いのだ! だから連載作品も過去のものなんだ。
俺は初めてちょこっとこの世界に来られてよかったと思ったんだ。本当にちょこっとだが。
そして無事にクラスに馴染めたのであるが、恐れていた妖怪関係の事件には幸いまだ一度も遭遇していない。クラスのみんなからちらほら聞くのだが、今のところ俺はそれを上手く回避しているようだ。なんという幸運!
こうしてのんびりと小学校生活に馴染んだ俺だったが、今日は初めての遠足だ。
バスでの遠出に年甲斐もなくうきうきしてしまい、綺麗な景色と母さんが作ってくれた弁当に舌鼓を打った。ああ……懐かしいなぁ……。なんか、別の世界に来たっていうよりタイムスリップしたみたいだ。
甘い卵焼きの味に思わず泣きそうになって、誰かに見られる前にごしごしと滲んだ涙をぬぐった。
しかし、遠足は帰るまでが遠足ですとはよく言ったもので。
「ブレーキが利かない!!」
『ええ!?』
(ジーザス)
遠足の帰りのバスで、バスのブレーキが利かなくなった。
ああそうさ! 嫌な予感はしてたさ!! この道事故が多いねっていう話題からバスガイドさんがこの鬼門峠には霊界に通じる鬼門があるって説明して、それに便乗して鵺野先生が鬼門について説明しだしたとこから嫌な予感とか超してたよ!! バスガイドさんが生き残った人の証言で事故当時の状況を説明したのが止めだよ! まんまその状況をトレースしたみたいに、ドーンという大きな音がしてからバスのブレーキが利かなくなりやがった!!
しかも幽霊を恐れて走っているバスから無謀にも飛び降りようとした運転手さんがたった今輪切りにされました! はい、トラウマ!
「おえええええええ!!」
「い、樹季くん! 大丈夫なのだ!?」
我慢できずに吐いた俺を誰も責めまい。他にも何人か吐いてたし……ゲロ袋にインさせた俺は優秀な方だった。つーかまこと、お前良い奴だな。自分も怖いだろうに隣の席の俺の背中さすってくれてさ……。
しかし礼を言う暇もなく、俺はバスに並走するように現れた妖怪がとりついた車を直視してしまい悲鳴を上げた。ヒィィィィ!! デカい! グロい! 怖い!! 大きい音がしてから隣に居たのは見えたけど、直視してしまうと余計に怖い!!
「沙裏鬼(じゃりき)……霊界の表層部に居て現世との間を往復するだけの無害の妖怪なのに、何故!?」
「何故じゃなくて「鬼門を開けろ」って激オコですけど!?」
思わず叫んだ。さっきからこいつ超言ってるよ!
「! たしかにそう言っている。というか樹季、このノイズ交じりの声をよくすぐに聞き取れたな」
「感心してないでどうにかしてください鵺野先生ぃぃぃぃ!!」
「うわっ」
「キャーーーーー! 危ない!」
「突き落されるぞ!」
妖怪の奴、俺をビビらすに留まらずバスに体当たりしてきやがった! 多分そうやってここで事故をおこしまくったんだろう。
『帰セー!!』
「ッ! そうか……、何らかの理由で鬼門が閉じられて帰れないから怒っているんだ」
「それで人を襲うのか!?」
死んだ運転手さんに代わって運転をする鵺野先生の横で驚く広がそう言うが、帰してほしいなら頼む態度ってもんがあんだろうが!! 死なせてどうする!
内心激しく突っ込みつつも、妖怪がバスの後ろに移動したのを見て俺はよろよろと席を立った。
「せ、先生……運転変わります……妖怪が後ろに……うえっぷ」
「いや無理だろう!? というか樹季、顔真っ青だぞ!」
「ひぃぃぃぃ!!」
背後から悲鳴とガラスが壊れる音がした。
俺の申し出を最初断った鵺野先生だが、妖怪がその鋭い爪で後部座席の後ろの窓をやぶったのを見ると覚悟を決めたように俺を見た。
「出来るんだな!?」
「は、はい……おえっ」
「いや無理だろ! 具合悪そうだし!」
「じゃあ広お前がやれ! サッカーで鍛えたお前の運動神経ならなんとか「やりますお願いしますやらせてください!!!!」
鵺野先生の声を遮って、俺は無理やりハンドルを奪った。じょ、冗談じゃない! マニュアルで、しかも大型バスだぞ!? リアル小学生に命を預けられるほど俺は心が広くないんだ! だったら俺はやる!! 二度同じつっこみを受けようとも俺がやる!!
「お前って案外熱い男だったんだな……見直したぜ!」
「でも、やるからには頑張ってよ!? みんなの命がかかってるんだから!」
広と郷子の言葉に頷く。この2人は何かと活発でクラスの中心に居るから、最初馴染めなかった俺にもよく話しかけてくれた子達だ。他にも子供がたくさんいる……もちろん自分の命も大事だが、それ以上に大人として子供を守る責任があるのだ。たとえ今は小学生でも、いくら怖くてもここは踏ん張らねば。
「まかせろ! 俺はオートマ限定じゃなくてマニュアルで免許を取ったんだ!」
「いやそれは嘘だろ」
「小学生で免許取れるわけないでしょ」
「………………」
いや、もっともなんだけどさ……キメ顔でどやった自分が恥ずかしい。でも嘘じゃないもん……俺、親父の実家が農家だったからトラック運転できるようにってちゃんとマニュアル取ったもん……。休みの日とかじいちゃんとばあちゃん手伝ってたもん……。
しかしへこんでいる場合ではない。俺はなんとかハンドルを切り、カーブの多い難所を越えていく。後ろでは鵺野先生が妖怪を静めようと頑張ってくれているのだ。俺は俺で、彼が妖怪を何とかするまで持ちこたえねば。
そして途中で鵺野先生が鬼門が閉じて妖怪があの世に帰れなくなっていた原因に気づいた。なんでも新しく出来た高圧線の高圧電流が鬼門の磁場を歪めていたのが原因だったらしい。
「樹季! 俺は奴をバスから切り離す! お前はバスを避難所に入れるんだ!」
「わ、わかった!」
俺は先生の指示をうけ、彼が妖怪を切り離したことでいくらか自由が戻ったバスの運転に集中した。避難所を見据えハンドルを切り、ブレーキもエンジンブレーキもありったけきかせる。
「先生-っ!」
背後で広たちの悲鳴とバリバリと電気がショートしているような激しい音が聞こえたが、気を取られている場合ではない。
最後まで集中し、俺はなんとか緊急避難所にバスを停止させた。
「た、助かった……」
ぐったりとハンドルにもたれかかりながらも、後ろを見ればボロボロで黒焦げの先生がこちらにサムズアップを決めていた。妖怪の姿は無く、さっき鬼門の歪みの原因に気づいていたから何らかの方法でそれを正して妖怪をあの世へ帰したのだろう……。
こうして、俺のぬ~べ~クラスでの初・妖怪事件は終わったのだ。
これがきっかけで「ちょっと頼れる奴かも」とクラスで認めてもらえるようになったのは嬉しいが、もうこんなことは懲り懲りだ。でも……まだまだあるんだろうなぁこういうこと……。
ああ、憂鬱だ。
原作では広が運転していたのを代わっただけのお話。主人公の中身大人設定が生かせる場面がとりあえずここくらいしか最初に思い浮かばなかったぜ……!