童守小学校六年二組には、最近クラスで評判の霊能力少女がいる。
ヒョウ柄のヘアバンドと、くっきりした自信ありげな目元が特徴的な少女の名前は鮎原みどり。今日も今日とてクラスメイトの背後に潜む霊の正体を暴いたりしてみていたが……。
「何よ、あの
実のところみどりに霊など見えてはいない。クラスで注目を集めたくて、ついつい嘘をついていたにすぎないのだ。
ところが今日はクラスどころか学校中で評判の霊能力教師、鵺野鳴介が担任の代わりに授業をするため六年二組にやってきた。そこであっさり真実は看破され、それをばらされはしなかったものの「嘘の霊能力で友達の気を引くのも、ほどほどにな」とこっそり釘をさされてしまったのだ。しょうがない子だな、とでも言うように笑いながらの忠告であったが、みどりにしてみれば屈辱でしかない。そこで勢い余って霊能力入門などという本を読んで、本物の霊能力者になろうと試みたのだが……。
「先輩。それさ……やめておいた方がいいよ」
「んな!?」
訓練を初めてからしばらく。今度はまさかの後輩に注意をされる羽目となった。
声をかけてきたのは、少々癖のある茶色がかった髪色が特徴と言えば特徴の少年。聞けば彼は噂の五年三組……地獄先生ぬ~べ~のクラスだという。名前は藤原樹季。
突然声をかけてきた彼に、みどりはむっとしつつ言葉を返す。
「どうして初対面のあなたに、そんなこと言われなきゃならないわけ? 何、鵺野先生に何か言われたの? 大きなお世話よ! 先生が嘘はいけないって言うから、本物の霊能力者になろうとしてるんじゃない!」
みどりは霊能力者入門に書かれていた訓練を家でも学校でも、時間があればのめり込むように続けていた。樹季に声をかけられたのは学校の薄暗い物置で訓練している時であり、実はいきなり声をかけられて死ぬほど驚いた。そのうえ訓練を邪魔するようなことまで言ってきたものだから、みどりの声は自然と険のあるものとなる。
目力の強いみどりに睨まれた樹季は一瞬びくっと肩をはねさせたが、それでも目だけはそらさず真剣な顔でみどりに説得をもちかけてきた。
「いや、マジでやめておいた方がいいって! ただでさえこの学校、霊が見えなくても心霊体験しちゃうような場所だぜ!? そんな中で見えるようになったら、もう給食も食べられなくなるぞ! 具体的に言うとウインナーとか!」
「はあ? 何よ、ぬ~べ~クラスだからって知ったようなこと言って!」
「実際知ってるからな! 色々と! 嬉しくないけど!!」
今度はみどりが樹季の鬼気迫るような迫力に押される番だったが、もともと気が強いのもあってかすぐに「何故後輩にこんな偉そうに言われねばならないのか」という気持ちが強くなる。よってみどりに、この少年の説得を聞く耳などない。
「とにかく、大きなお世話だわ! あとちょっとで霊が見えそうなんだから、放っておいてちょうだい」
フンっと鼻息荒くそっぽを向けば、樹季は「あ~、もう!」と言ってがしがしと頭をかく。
これだけきつい言い方をすれば、付き合ってられないと何処かへ行くだろう。みどりはようやく厄介払いが出来ると清々した気持ちで再び訓練に戻ろうとするが……。
「本当に、やめとけって」
「~~~~! いい加減しつこいわよ! それに先輩って言うくらいなら敬語を使いなさいよ、敬語を」
なおも立ち去らない樹季にうんざりするが、少年は怒った様子もなく……どこかばつが悪そうな顔でそこに残っていた。
「……俺さ、別にぬ~べ~に言われたから先輩に声かけたわけじゃないよ。いや、ないです。ただ先輩の話を聞いて、気になったもんだから見に来た……んです」
「ふ~ん、話は聞いたんだ。何? 嘘で人の気を引こうとしてるかわいそうな子がいるって?」
「ぬ~べ~はそんな風に言わないって! そうじゃなくて、まあ……ちょっとした話の流れで聞いてさ。あ~……うん。あんまり人に言えることじゃないけど、俺は霊が見えたことで……その、鵺野先生に出会うまで、不登校だったので」
「え……」
「とにかく見るものすべて怖くて怖くて、何処を歩くのも怖いんだ。ずっと目をつむって身を縮こませていたくなる。……五年三組の奴らはすげー肝が据わってるけど、普通は一度でもあんな、霊の世界を見たらトラウマもんなんですよ。だから霊が見たいって気持ちが強すぎて、本当に見えるようになっちまったらヤバイと思って忠告しに来たんです」
樹季はそこでいったん言葉を区切ると、ひときわ大きい声で言う。
「経験者からの! 忠告です」
経験者、というあたりをやたらと強調した樹季に、今度はみどりがたじろいだ。しかし、だからはいそうですかと受け入れられるほどみどりも素直ではない。
「あ、あんたの事なんて知らないわよ。とにかく、ほっておいて!」
情けないがこれ以上話していると、言い負かされそうな雰囲気を察してみどりは吊るしてあった磁石をひったくるように掴むとずかずかと物置を出て行った。
残された樹季は呆然とそれを見送り、ぽつりとつぶやく。
「おいおいおい、これ絶対見えちゃうやつじゃん……」
++++++++++++
鳴介の家に霊能力の扱いについて教えを請いに赴くのが俺の日課だが、その時の世間話の一つとして六年生の女の子の話を聞いた。まあよくある話と言えばよくある話で、その子は特別な力を持ってると言って人の気を引こうとしたらしい。
聞いたときは「後で嘘つき呼ばわりされたりしないといいけど」程度の感想だったが、後日実際にその子を見てちょっと考えが変わった。
その女の子、鮎川さんは薄暗い物置で紐で宙にぶら下げたU字磁石をじいっと凝視していた。うん、話を聞いていなかったら普通にやべー子だと思ってスルーしてたわ。話を知っててもスルーしたいわ。
周囲に「なにあれ~。きもちわる~い」と言われてもやり続ける胆力は見上げたもんだが、それ以前に童守小の薄暗い物置で一人になるとか正気か? 推理物で「こんな所にいられるか! 俺は部屋に戻らせてもらう!」って言うくらいのフラグ力だぞ!? 扉は開けてやってたみたいだが(だから俺や他の生徒からも丸見えだった)それでも俺だったらあんな場所嫌だね。絶対に鳴介か広か克也あたりが一緒じゃないと嫌だね。
まあそんなわけで、どうやら独学で霊視の訓練をしているらしい鮎川さんに遭遇したわけだが……。それを見た俺はピンと来たわけだよ。「あ、これワンエピソード出来ますね。見えない子が見えるようになっちゃって霊にちょっかい出されて大変なことになっちゃうパターンですね」、と。
地獄先生ぬ~べ~全話を事細かに覚えているわけでない俺でも、物語のパターンとして推察することくらい出来る。今回の場合、モロそれだろって気がしてる。だから事が起こる前に実体験を交えて説得して、鮎川さんがトラウマ持ちにならないようにって……そう思ったんだけどな。
昨日、もっとがっつりしっかり説得しておくんだった!!
「やっぱり巻き込まれてんじゃねーか! ほら! ほらぁぁぁぁ! 俺の言うこと聞かないからー!」
「ご、ごめんなさ~い!! キャアアアア!? もういや~!」
数時間前、鳴介に息巻いて「霊能力に目覚めた!」と報告しに来た鮎川さん。放課後、気になって校門から出ていく彼女に声をかけようとしたんだが……。声をかけた途端、青ざめた鮎川さんに泣きつかれた。しかも何故かその直後に「待ってました!」とばかりに周りの浮遊霊が押し寄せてきやがった。勘弁しろよ!!
普段見ないふりしてスルーすんのには慣れたけど、こんな一挙に押し寄せられたらたまらんわアホか! リアルゾンビゲームとかいらねーよ! この世界まだバーチャルリアリティ的なものはもっと先だろ!? こんな先取りはいらねぇ!!
しかも鳴介に助けを求める前に、錯乱した鮎川さんが霊から逃げようと走り出し、腕を引かれて俺も一緒にダッシュするはめになった。この子意外と力強いな!? というか、待て待て鮎川さん! みすみす鳴介の近くという安全圏から遠ざかってどうする!
(つーか、なんでこんなにたくさん!? いくらなんでも多すぎる!)
そこでふと、思い当たる可能性。
多分だけど、霊能力に目覚めたばかりの鮎川さんに俺の力が引っ張られたんじゃ……? でもって、それにここいらの浮遊霊がみ~んな引っ張られてしまったとか……。
「ガッデム!!」
俺はむせび泣きながらも、とにかく走った。
そしてしばらく逃げ回っていたが、このままではらちが明かない。俺はべそをかく(おれもかいてる)鮎川さんの腕を今度は逆にぐいっとひっぱり、逃げる方向を示す。
「とにかく、ここまで来たらもう学校に戻るより俺の家に来た方が早い! あとちょっと、がんばれ先輩!」
「う、うん……」
強気な態度はどこへやら。しおらしく縋るような目で見てきた少女に、これは守らねばという男として、大人としての矜持が刺激される。
幸い今回の相手は力の弱い浮遊霊がほとんどだ。俺自前のお経部屋に逃げ込めば、多分どうにかなる。今も俺お手製のなんちゃってお札でちょいちょい回避できているし。……本当はあんまり数無いから使いたくないんだけどな。そうも言ってられんが。
「きゃああ!?」
「!? くそッ」
しかし周囲の霊が苛立ち始めたのか、数以上にこちらへ干渉しようという意思が強くなった。「何故助けてくれないの」「苦しい」「見えてるくせに」という意思の洪水がいくつもいくつも波のように押し寄せてきて、慣れているはずの俺でもちょっときつい。しかもこいつら、ついには物理的に来やがった!!
「危ねぇ!!」
霊に掴まれて歩道橋から車の通りが激しい道路に引きずり落とされそうな鮎川さんを、なんとか引き戻す。だけど勢いよく引っ張ったからかその反動で、一学年上だからか俺より大きい鮎川さんの体に押しつぶされて、とっさに動けなくなってしまった。小学生の頃って、基本的に女の子の方が大きかったりするよな……とか考えてる場合じゃない。
しまった!!
『薄情者~』
『死ね、死ねぇぇぇぇ!!』
『なんで助けてくれないの』
『見えてるくせに無視しないで』
『お前らも一緒に来いぃぃぃぃ~』
「あ、ぐ……ッ」
両手両足掴まれて、身動きがとれない。骨が見えたり爛れている腕に掴まれて、ずるずる向かう先は先ほどの鮎川さんと同じく歩道橋の縁。落とされれば行きかう車にゴム毬のように跳ね飛ばされるか、最悪ミンチだ。
幸いなことに今度は霊力が強い俺の方にだけ意識が向いたのか、鮎川さんは近くにいたにも関わらず霊たちに無視されている。それだけが救いっちゃ救いだが、このままだと俺が死ぬ! ど、どうしよう!?
「あ、あ……! 誰か、誰かーーーー! あの子を助けて、お願いよ!!」
鮎川さんの声に道を歩いていた大人たちが気付いてくれたが、彼らには霊が見えない。そうなると小学生が歩道橋から落ちかけているという事より、小学生が浮遊しているという珍事に目が行ってしまい、脳が混乱しているのか動けずにいるようだ。おおおおい頼むよ!! せめて何らかのアクションをくれ!!
しかしそうこうしている間に俺の体はいよいよ歩道橋の柵を超えそうで。鮎川さんがなんとか俺の体を掴もうとしてくれているが、霊が多すぎてそれも出来ないようで…………あれ、俺詰んだ……?
ここ最近強い妖怪ばかり目の当たりにしていたからか、俺は怖がるくせに浮遊霊を心のどこかで舐めていたのかもしれない。これじゃあいつかの広たちを笑えねぇな……ああくそ。これで終わりなのか? こんなんじゃ、先にあの世に行ったこの世界の俺に顔向けできねぇよ……!
「!」
もし落ちても、奇跡的に布団を積んだ軽トラの背中に落ちて助かるかも。そんな希望的観測だけを頼りに、俺は来るべき衝撃に備えて目を瞑った。
が。
「お前ら、そいつから離れな!」
聞き覚えのある声と共に一瞬で霊の気配が散り、引きずり落そうとしていた恨みがましい手が消える。そして今度は複数の小さな力が俺をひっぱり、安全な場所まで引き戻してくれた。
がくっと歩道橋に膝をついた俺は未だ治まらずバクバクとうるさい胸の鼓動を抱えて、震える体をぎゅっと抱きしめた。だらだらと冷や汗は凄いし多分顔は真っ青で、少しの間……俺は助けてくれた相手が誰なのか、確認することも出来なかった。
「樹季、大丈夫か!?」
「!」
助けてくれた相手とは別の聞きなれた、そして頼もしい声。それを聞いた途端安心感が押し寄せてきて、ぱっと顔を上げた俺はようやく周囲の存在に気付く。俺を囲んで心配そうに見てくるのはたくさんの管狐。俺を引っ張ってくれたのはこいつらか。ってことは。
「遅いよ、セ~ンセ! 樹季はあたしがきちっと助けたところ!」
ぐいっと俺をひっぱって立たせ肩を組んできたのは、イタコギャルのいずな。どうやら俺は今回、こいつに助けられたらしい。
いずなは得意げに胸をそらすと、ぽんぽんっと俺の頭を叩く。
「いや~、びっくりしたわ。豆太郎と遊びにこいつの家に行こうと思ったら、とり殺されそうになってるんだもん。まあこの天才美少女霊能力者いずな様が華麗に助けたわけだけど」
「お前また勝手に俺の部屋入る気で……いや、いいや。助かったよ」
「ははっ、まあ今回は正真正銘のお手柄だったしな。偉いぞ、いずな」
タッチの差で駆けつけてくれた鳴介も、苦笑しながらいずなを褒める。しかし“天才美少女霊能力者"などとのたまういずなを見て、俺と鳴介ははっとなって鮎川さんを見た。や、やばい。これだと懲りるどころか霊能力への憧れが強くなってしまうんじゃ……!?
しかし俺と鳴介の懸念とは裏腹に、べそをかいたままだった鮎川さんはそのまま鳴介に駆け寄ってきた。
「せ、先生。ごめん、ごめんなさい。もう、こんな力いらない。こわ、かったし、それに、わたしのせいでその子が、藤原くんが、死んじゃうところだ、った……! うう、ひぐっ」
「あ、ああ。分かった、安心しなさい。今から鬼の手で霊視の能力を封じるから」
どうやら霊以上に、自分のせいで俺が死んでしまいそうだったのがよっぽど怖かったらしい。気は強いけど、根は優しい良い子のようだ。そして普通だ。……これが美樹あたりなら反省した後に「さっすがイズナお姉さま! 素敵~!」とか言い出すんだろうな……。そして新しいトラブルの芽を生やす。やっぱりぬ~べ~クラスの肝の太さ尋常じゃねぇ……。
まあ、とりあえず一件落着ってやつかな! それにしても鮎川さん羨ましい。霊視に目覚めても封じられる程度の力だもんな……。俺もそれで済んでたら、どれだけ平穏に暮らせたことか。
「それにしても、今回はマジ助かった。サンキューな、いずな」
「感謝をするならもっとあたしを敬いなさいよ。ありがとうございましたいずなお姉さま、でしょ?」
「お前が俺の部屋で寝転がって菓子食べてマンガ読んでいくような奴じゃなければもっと敬えてた」
「あん? ……次は助けないわよ?」
「この度は矮小なわたくしめを助けていただき誠にありがとうございました超美少女天才霊能力者最強無敵ないずなお姉さま!! この藤原樹季、御恩は一生忘れません!!」
「ふふん、なんだちゃんと言えるじゃない。よろしい! よきにはからえ!」
「ははーっ!」
「お前らの力関係、どうなってるんだ?」
……とまあ、そんなやり取りがありつつもこの件は終わったわけだ。
そして数日後。
「おーい、樹季! この先輩がお前に用だってさ!」
「んー?」
教室でだらけていると、教室の入り口の方から克也に呼ばれる。何事かと見れば、そこにいたのは鮎川さんだった。
俺はクラスメイトの好奇の視線に晒されながら、なんだろうと思いながらそちらに向かう。そして鮎川さんに向かって軽く会釈をすると、少し照れたような顔で鮎川さんは可愛らしくラッピングされた紙袋を差し出してきた。
「その、この間のお礼よ。よかったら食べて」
「…………。え!? い、いいんスか?」
「もちろん、この間のお姉さんにも渡してよね! 中にふたつ入ってるから。それと先生にはもう渡したから。じゃ! またね!」
そう早口でまくしたてるように言うと、鮎川さんは素早く教室を出て行ってしまった。俺はぽかんとしながら手元に残された紙袋を見る。開けてみると、中身はケーキだった。……多分、手作り。
「おやおやおや~? 樹季氏も隅に置けませんな~」
「さ~て、詳しく話しもらおうか?」
「う、うっせ!」
にょきにょきっと両肩のあたりから顔を出した広と克也に、俺は慌ててそんなんじゃないと首を振りつつケーキを後ろに隠した。せっかくのお礼だし、食べられたらかなわねぇからな。
にしても、あれだな。年齢的に恋愛対象ではないけど、こうして学校で女子から手作りお菓子をもらえるシチュエーションは素晴らしい。怖い思いはしたが、たまにはおせっかいもしてみるもんだ。
ま、霊なんて結局は見えない方が幸せなんだけどな!!
<2019/9/7>追記↓
本作主人公の樹季と、そのペットの豆太郎のイラストを笹子さんより頂きました!
可愛いのに凛々しい表情が美少年(なお本編)してる樹季と豆太郎の表情がなんとも素敵でして……!というか豆太郎のまんまるい手、手がまた可愛い……!ぬ~べ~っぽさをだして頂いた瞳も好き。
笹子さん、この度は素敵なイラストをありがとうございました!
【挿絵表示】