樹季少年の憂鬱   作:丸焼きどらごん

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聞いたら来る系はヤメロ(#129 ブキミちゃんより)

「ブキミちゃんはとっても意地の悪い子でした……」

 

 5年3組のムードメーカーでありトラブルメーカーな巨乳小学生……もしくは人間スピーカーとも称される細川美樹は、今日も今日とて仕入れたばかりの話をクラスの中心で語っていた。振るわれる弁舌は聞く人間を引き込み、その高く通る声は否が応にも人の耳に入る。それは「今日はいい天気だなー」と気持ちよさそうに登校してきた藤原樹季も例外ではなく、彼の耳にもするりと美樹の声は飛び込んできた。そしてぎくりと体を強張らせた彼をよそに、美樹の話は進む。

 

 要約すれば過去に交通事故で死んだ「ブキミちゃん」と呼ばれていた少女の霊が話を聞いた人間の夢に出てきて、死んだときに無くしたハーモニカを探し出せと要求してくる。そして彼女が示す正しい道を覚えて夢の中の迷路を進み、ハーモニカを発見できなければ夢から出てこれなくなり死んでしまう……という話だ。

 

 ふと、その話を聞いていた克也が樹季に気づき「おはよう」と声をかけようとした。が、樹季はぴくりとも動かない。

 

 

「お~い、樹季の奴立ったまま気絶してるぞー」

 

 

 

 

 

 

 

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 み、美樹の奴……! せっかく天気の良さに気分よく登校してきたってのに、朝っぱらから不登校に戻りたくなる話聞かせやがって……! 思わず現実逃避するあまり気絶しちまったぜ。

 しかし悲しきかな。今回は学校に来ても来なくても寝たらやってくるというハードな相手である。逃げ場はない。

 

 あの後歴史のテストもまったく身が入らなくて、初めて0点というレア得点を叩き出し鳴介に憐れみの目で見られちまったし最悪だ。鳴介には俺の実年齢が割れているだけに余計に辛い……。「まあ、こんなこともあるさ!」と慰められていたたまれないったら……! 

 ま、まあ美樹のせいで今回のテストは全員どっこいどっこいみたいだったけどな。みんな夢から抜け出すための道順を覚えるためテスト用紙にまで書き出したらしい。

 

 ブキミちゃんか……。この「話を聞くとやってくる」系はぬ~べ~を初めて読んだ当時、全国紙でやめろよ! と涙ながらに幼い俺は叫んださ。いや、俺が読んだのは単行本だったけど……きっとぬ~べ~連載当時の全国のジャンプ読者は同じように叫んだに違いない。

 いや、分かってるよ? ガチで来たら困るし、作者たちがちゃんとそういうマジもん系は元ネタと設定とか変えて描いてるだろうってのは分かってるよ? でも怖いだろう。だって寝たら来るんだぞ! 逃げ場無ぇじゃねーか!

 しかも今の俺にとってこの話は作り物でなく現実である。そら気絶もしたくなるわ。やべぇちょっと泣きたい……。

 

 

 

 

 

 

 でもって、話を聞いた日の夜。俺は夢の中で90度の角度で腰を折り、深々と頭を下げていた。

 

 

 

 

 

「不肖藤原樹季、貴方様の無くされたハーモニカを慎んで探させていただきます!!」

『ちょっと、あたしはまだ何も言ってないよ』

「お、おおおおおおお言葉を遮ってしまいまことに申し訳ありません!!」

 

 早速俺の夢に現れるとかドウイウコトなの……! 美樹の話を聞いた日の夜に出て来てくれやがったよブキミちゃん。いや、ブキミ様と呼ぼう。ぬ~べ~抜きでサシで霊と接するとかおっそろしいわ! と、とりあえず今出来る最高の礼を尽くすんだ……! もし万が一怒らせたら迷路を抜ける前に殺されかねん。慎重に、慎重に接するんだ……!

 

『話はわかってるみたいだね。さっさとハーモニカとってきな!』

「は、はい! あ、あの~、でもその前に一応道順をお聞きしても……?」

『はあ? あたしの噂を聞いたんだろ。一緒に道順も広がってるはずだけどね。フンッ、あ~やだやだ。そのせいで間違える奴が少ないったら! こちとら話を聞いた奴ら全部んとこに行くのが忙しいってのに』

「で、でしたらもうこんなことおやめになってはどうかな~って……」

『あんた馬鹿ぁ!? んなことするわけないだろ!』

「ヒィィ!! ごめんなさいごめんなさい! 差し出がましい事を言いました! 大変申し訳ありませんでしたブキミ様!!」

『ぶ、ブキミ様? はじめてそんな風に呼ばれたよ……変な奴だね』

 

 某新世紀のヒロインが言えば萌えるセリフも、ブキミ様が口にされたら恐怖でしかない。なんで余計な事言ったんだ俺……!

 

 しかし俺の失態が呼び寄せたのはブキミ様の叱責だけではなかった。へへっ、……なんとその後ハーモニカを探しに行く前にブキミ様の愚痴に体感時間で1時間ほど付き合わされる破目になったんだぜ……?

 以前親に恥を忍んでオムツの購入を打診しておいてよかった。無事に愚痴から解放され、ハーモニカを道順を間違えることなく探し出す事には成功したんだ。が、翌日オムツの存在が無ければ俺の敷布団には立派な何処とも知れない国の地図が出現していたことだろう。

 ああ、そうとも! 打診の結果オムツ購入を受け入れてもらい、オムツを手に入れていた俺は「使うなら今だろ」と恥を捨てて着用して寝たさ!! 助かったことは素直に嬉しいが、同時に何か大切なものを失った気もする。……この秘密は墓までもっていこう。

 

 

 そして俺が25歳の尊厳とサヨナラした翌日、クラスはブキミ様の話題で持ちきりだった。

 

「出たのよ夕べ、本当に!」

「俺のところにも出たぜ!」

「僕も。でも道順を覚えてて助かったよ」

 

 こう証言したのはのろちゃん、金田、昌だ。他にも何人か「ブキミちゃんが出た!」と証言する奴らが居た。どうやら彼女の言葉通り、複数の場所に同時に現れていたらしい。なんてフットワークの軽い霊なんだ……! そんなアクティブさいらない。

 

「ま、みんな生きて帰れたのは私のおかげね! 感謝なさい」

 

 そんな風に鼻高々に言ってのける美樹には当然クラス中からブーイングが殺到した。そりゃこいつが話さなければ俺たちの夢にブキミ様が出てくることは無かったんだからな!

 が、そこでめげないのが美樹である。その図太さはある意味尊敬するが、たまにはちゃんと反省してほしい。

 

「あ、樹季のところには出た? あんたもしかしてチビってないでしょうね~」

「は、はあ!? チビってねぇし! なに馬鹿な事言ってんだよ! もう小5だぜ? 俺のとこにも出たけど俺は1ミリリットルもチビってないね!」

「ホントに~?」

「う、うううううう嘘ちゃうわ!」

「怪し~。あ、そうだ! チビってなくても、実は怖くて眠れなかったとか! ほほほっ、よければ美樹ちゃんが添い寝してあげましょっか? 安くないけど!」

「いらねぇから!」

 

 こ、この女……! 俺がビビりと知ってからというもの、時々こうしてしつこいぐらいに絡んでくる。やめろ、追及するのはヤメロ。俺はションべん小僧のあだ名なんか欲しくない。

 

 しかし道順を覚えていれば助かるとはいえ、それが出来ない者にとっては死活問題だ。出来ない者が誰かといえば、「寝なければブキミちゃんも来られない」という有効だけど無茶な理論で目を充血させて濃い隈をこさえた広である。

 みんなで鳴介に相談したところ、彼がブキミちゃんが事故にあった町に調査しに行ってくれることになった。しかし一晩寝ていない広は今にも眠りそうで、郷子がことさら心配している。でもグーパンはやめてやれ? せめて張り手にしてやってくれないか……。郷子の殴打の威力ってシャレにならないから、それが原因で逆に昏倒しやしないかと気が気じゃない。

 ともかく、俺も心配なので鳴介が解決するまで郷子と一緒に広が眠らないように見張ることにした。

 

 

 

 

 

 けど俺は何でもう一回ブキミ様と対面してるんですかね。

 

 

 

 

 

『なんだ、またあんた?』

「ど、どうも……」

「う、うわああ! ぶ、ブキミちゃん!?」

 

 後で郷子に聞いたところ、俺は上から落ちてきた看板に広と共にぶつかり気を失ったらしい。どんな確率だよそれ!? しかも一緒に気絶したからって何も夢まで共有しなくても……! 俺、一回クリアしたじゃん! 

 いや、でもこれは逆にラッキーなんじゃないか? とも考えた。だって広が道を覚えてなくても、俺は覚えている。だったら俺が出口まで広をナビゲートしてやればいいじゃないか!

 でもそんな俺の浅はかな考えは見透かされていたようで。

 

『あんたは道覚えてるだろ? 見逃してやるからここで待ってな! ケケケッ、そっちの奴は頭悪そうだからきっと帰れないよ』

「え!? いや、でも……!」

「へへっ、大丈夫さ樹季! ブキミちゃんめ、立野広様をバカにするなってんだ!」

 

 広はそう啖呵をきったが、笑っているけどその顔色は悪い。だ、大丈夫だろうな……!?

 けど夢の中がブキミ様のテリトリーだからか、動きたくても俺の足は地面に張り付いたようにくっついてびくともしない。どうやら後を追うことは出来ないようだ。

 

「ひ、広! 絶対に間違えるなよ!?」

「おう、まかせとけ!」

 

 やっべ、言っておいてなんだけど自分の台詞がフリというかフラグに聞こえる。あ、駄目だこれアカンやつや……!

 

「と、ところでブキミ様? もしよろしければ、僕とお話しません……?」

『うるさい奴だね! 今あいつを見るのにいそがしいんだ! 話しかけるんじゃないよ!』

「すみませんでした!」

 

 せめて話をして広から意識をそらせないかと思ったけど、俺には無理だったよゴメン広……!

 自分の無力さを痛感しつつ、俺は広が道を間違えないようにとひたすら祈った。が、無情にも隣に居たブキミ様から「あいつ間違えたよ、間違えた! ケケケケケケ!」というセリフがもたらされた。しかも「あんたも一蓮托生だよ!」とご無体なお言葉までセットだった。わ、わあブキミ様凄いや! 一蓮托生なんて言葉知ってるんだね! でもやめてぇぇぇぇ! 俺の頭ぐにゃんて伸ばすのやめてぇぇぇぇぇ!!

 

 

 

「やめてぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 が、どうやら俺と広は魂をどうにかされるまえに助かったらしい。叫びながら目を覚ました俺は、鳴介がブキミ様をどうにかしてくれたのだと悟った。目を覚ます前ブキミ様が悲鳴を上げて消えていったのを見たからな。

 

 でも助かったにも関わらず、俺の目からは一筋の水滴が零れ落ちた。それは生還できたことに対する喜びの涙ではない。広が起きた事で泣きながら喜んでいた郷子とは違うのだ。

 そんな俺の様子に気づいたのか、広と郷子は俺を見てしばらく言葉を失った後ぽんっと肩を叩いてくれた。

 

「ま、まあ樹季……そう落ち込むなよ」

「そ、そうよ……。しかたがないって……」

「…………秘密に、してくれるか……」

「う、うん」

「し、心配すんなよ。絶対に言わないから」

 

 

 暖かく湿るズボンに涙しつつ、俺はここに居たのが広と郷子で本当によかったと感謝した。看板にぶつかったことで周囲の注目を集める中、下半身を隠すのに上着を貸してくれた広には感謝してもしきれない。これが美樹だった日にゃ、明日には俺のあだ名はせっかく回避したはずのしょんべん小僧に確定していただろう。

 

 でも俺が墓までもっていこうとした秘密は、それ以上の恥をもって上書きされてしまった。正しく一生の恥である。

 う、うわあああああああ! あんまりだ、あんまりだああああああ!! み、美樹の馬鹿ぁぁぁぁぁ!!

 

 

 

 

 俺はその日の夜からしばらく、寝る前に枕を涙で濡らす事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりの更新がこんな話でまっこと申し訳なく……(90度の礼

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