樹季少年の憂鬱   作:丸焼きどらごん

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たまには譲れぬ意地もある(#54 人面瘡より)

 鳴介が姿を消した。

 

 

 

 話を聞いたその日は律子先生が代わりを務めてくれたが、俺は鳴介の失踪に思い当たることがあって一日中青い顔で過ごした。途中克也に「保健室行くか?」と聞かれたくらいだ。

 鳴介の失踪……真っ先に思い至るのは“あれ”だろう。

 

 ……人面瘡だ。

 

 覚えている限り、人面瘡は鳴介が自力で除霊できなかった相手の一つだ。たしか広たちが人面瘡に苦しむ鳴介を発見し、はたもんばの妖刀で彼の霊体から人面瘡を引きはがすという荒業で解決したはず。はたもんばに関しては俺が学校に行き出す前に起きた事件らしいから実際に見たことはないけど、かなり危険な奴だったと思う。そいつを解き放つ危険を秘めているのに使うんだから、相当なものだ。

 

 しかし確証はないため、放課後俺は震える足で校内を歩き回った。童守小の校内はいつどこで霊や妖怪の類に遭遇するか分からないので誰かについてきてほしかったのが本音だが、普段頼りになる担任の変わり果てた姿を見せてしまう可能性があると考えたらどうしても気が引けた。

 自分でも校内を一人で歩き回るだなんて出来ると思っていなかったけど……もし鳴介が一人で苦しんでるなら、力になりたい。普段世話になっている分、こんな時くらい力になれなきゃいくらなんでも情けないだろ。俺は生徒で鳴介は先生だが、中身だけなら同い年。一方的かもしれないが、けっこう友情じみたものも感じているのだ。俺に出来る事があるならしてやりたい。

 

 そして途中で「旧校舎で妙な人影を見た」と低学年の子たちが話しているのを聞いて、恐る恐る件の場所へとやってきた。すると何かに苦しむようなうめき声が聞こえ、俺は確信をもって社会科資料室と書かれた部屋のドアをあける。本物の妖怪である可能性もあったが、この時の俺に不安は無かった。……聞き間違えるもんか。これは、鳴介の声だ。

 

 

「! だ、誰だ!?」

「俺だよ。鳴介だろ?」

「樹季……何故、お前がここに……」

「あ~……っと。行方不明って聞いて……」

 

 あ、ヤバい。行方不明だっていうならなんで校内なんて探してるんだって話だよな。まあいいやごまかせ!

 

「それより、その体どうしたんだよ! ……! ……う、あ、…………どうし、たんだよ……」

 

 追及される前にと部屋の電気をつけて勢い任せに言うが、実際に“それ”を見て俺は血の気が失せるのを感じた。多分今、俺の顔は真っ青だ。

 

「見られてしまったか……。ははっ、情けないな」

 

 鳴介の体の左半身はゲッゲと鳴く無数の醜悪な顔に蝕まれており、思った以上に酷い有様に俺はしばらく声を失った。

 

「除霊に失敗して取り付かれてしまってな……。鬼の手を使わんと切り離せないんだが、この通り左半身を支配されていて使えない。なに、大丈夫だ! 何日かかるかわからんが、自力で除霊してみせるさ」

 

 顔面蒼白な俺に対して鳴介はあくまで明るく振る舞う。苦しいはずなのに、こんな時まで気を使ってくれる鳴介を見て心臓のあたりがぎゅっと締め付けられたような気分になった。

 俺はなんとか力が抜けそうになる膝に力を入れて、真剣な表情で鳴介を見つめる。

 

「……なあ、その除霊……俺にも手伝わせてくれ」

「……気持ちは嬉しいが、危険だ。気持ちだけ受け取っておくよ」

「嫌だ! なあ、前に俺の力は鳴介の先生だった美奈子先生に似てるって言ってたよな? で、霊障をヒーリングで癒して除霊したってのも聞いた。だから俺にもそれ出来ないか?」

「しかしな……樹季には才能はあるがまだ未熟だ。逆にお前を危険な目にあわせてしまう」

「わかってるよ。それでも嫌なんだ! いつも助けてもらってるのに、何も出来ないなんてさ……! 悔しいだろ……」

「樹季……」

「頼む。鳴介だっていつも危険なのに絶対に助けてくれるじゃないか。たまには俺だって恩返ししたい」

 

 絶対に引かないつもりで、思いっきり頭を下げた。鳴介がいいと言ってくれるまでここを動くつもりは無い。

 しばらく俺たちの間に沈黙が横たわったが、ふっと鳴介が息を吐き出した。

 

「お前、人一倍怖がりのくせにこういう時は絶対に引かない奴だな。Aの時も自分より他を助けに行けって言うし……」

「うっ、まあ……時と場合によるけどさ」

 

 俺は妖怪や霊が怖いし、全部が全部人を優先させられるほど人間できちゃいない。それこそ鳴介みたいにはなれないさ。だから鳴介の評価はちょっと買いかぶりだと思う。

 でも身近で格好いいヒーローの活躍を見ていたら、俺にだってちょっとした意気地くらい湧いてくる。逃げ出すこともあるかもしれない。でもたまには、怖がる心に鞭打って譲れない意地を通したっていいだろう。

 

「……それで、手伝わせてくれるか?」

 

 下げていた頭をわずかにあげて窺うように鳴介を見ると、鳴介はなんとも複雑な表情をしていた。困ったような、でも嬉しいような……そんな顔だ。

 

「……正直言うと、な。今回はもう駄目かもしれないって弱気になってたんだ。経文で除霊しようとすると激痛が走るし、右半身も乗っ取られてきている」

「鳴介……」

「こんなこと言って情けないよな。でも弱音を聞いてもらって少し心が軽くなったよ。ありがとう」

「! 弱音くらいいくらでも聞いてやるよ! でも俺は直接お前の助けになりたいんだ。なあ、俺はもうお前の事友達だって思ってるんだぜ? 力にならせてくれないか……?」

 

 俺が言うと、鳴介は面食らったような表情をした後照れくさそうに頬をかいた。

 

「と、友達かぁ……。ははっ、昔の友人とは忙しくて疎遠になってしまっているから、なんだか嬉しいな。お前が中身通り大人だったら一緒に酒でも飲みたい気分だよ」

「ああ、飲もうぜ。俺がこの体で大人になったら絶対」

「じゃあ、こんなところでは死ねんな」

「だろ!」

 

 苦しそうだけどさっきと違って心なしか声色が明るくなってきた鳴介に、俺も出来るだけ明るい声で返す。本当は人面瘡の鳴き声と何故か俺にねっちょり注がれているような視線が怖いけど、今は精一杯の虚勢を張った。こんな寄生お化けに怯えてたまるかってんだ!

 

 

 

 

 そして俺は半ば強引に鳴介の除霊の手伝いをする許しを得たのだが……やっぱり俺はまだまだ雑魚だった。

 

 ヒーリングで鳴介の体力をわずかに回復する程度なら出来たけど、とても除霊の手伝いとまでいかない。鳴介は「霊力で人面瘡を刺激せず、俺だけ回復するだけでも凄い事だ」と褒めてくれたけど、どうしたって歯がゆかった。

 しばらくそれを続けたけど、外が薄暗くなってきたので今日はもう帰れと促されてしまった。せめてこんな場所に居ないで家に来ないか? と申し出たけど、ご両親を驚かせるし危険だからと遠慮されてしまった。……助けたいのに力になれない自分が本当に情けない。

 

 そういうわけで俺は肩を落としながらも、とりあえず今日は帰ることにした。

 

(ちっくしょう情けない……! でも絶対になんとかしてやる!)

 

 そう決意を新たに明日も朝早く来て除霊の手伝いをしようとぐっと拳を握った俺だったのだが、校門を出たところでふいに首に腕をかけられてぐいっとひきよせられる。すわ妖怪か!? と戦慄したが、俺を引き寄せたのは広で……。見れば郷子、美樹、克也と、いつもの面々がそろって俺を迎えていた。その表情はいつものおちゃらけたものではなく真剣だ。

 

「お前ら帰ったんじゃ……」

「見てたぜ」

「えっ」

 

 広の言葉にたじろぐ俺に、腰に手を当てた美樹がふふんとばかりに続ける。

 

「ビビりのあんたが一人で放課後の校内をうろつくなんて変だと思うじゃない? この美樹様がこっそり後を追ってたってわけよ!」

「俺たちも気になってさ、一緒についてきたんだ。そしたらあんなぬ~べ~見ちゃっただろ?」

「ビックリしたわよ! 本当はすぐに部屋に入りたかったけどさ、あんたもぬ~べ~も真剣に何かしてるからタイミングなくしちゃって……」

「ねえ樹季、ぬ~べ~どうしちゃったの!? 部屋の外からじゃ会話が全部聞こえなかったけど、あの体を覆ってる顔……あれって、妖怪に取り付かれてるってことよね!?」

「く、苦しそうだったけど……どうにかなるんだよな? ぬ~べ~だしさ!」

 

 ば、ばれてーら……! 俺の気遣いが初っ端からブレイクしていた件。後つけられてたのか……全然気づかなかったぜ。

 俺はなんとか誤魔化そうとしたけど、でも広たちはそれぞれ表情に違いはあれど「誤魔化すなよ」と目で語っていた。その様子からは心底鳴介を心配する感情がうかがえる。

 俺は「あ~」だの「う~」だの言葉にならない唸り声をあげていたのだが、でも誤魔化す以前に本心ではこいつらの力を借りないと駄目かもしれないとも思っていた。はたもんばの妖刀……今の鳴介を助けるには、危険だけどこれが必要だろう。でも、俺だけじゃまず間違いなく失敗する。

 ヒーリングの効果じゃ大したことが出来ないと分かったばかりってのもあって、無力な自分を痛感して俺の心は揺れていた。

 

 

 鳴介を助けたい。こいつらを危険にさらしたくない。

 けど、俺一人じゃ何もできない。

 

 

 ……俺って中途半端だよな。かっこ悪ぃ……。

 力が全てじゃないけど、何かをするためにはどうしたってある程度の力はいるんだよな。鳴介だって俺に霊能力について教えてくれているけど、本人自身も研鑽を未だ続けている。体を鍛えたり、瞑想して霊力を高めたり、文献を読んで妖怪に対処するための知識を蓄えたり……。生徒を守るために日々の努力を怠っていないことは、霊能力の弟子として近くに居るようになってから様々な場面で目の当たりにした。

 一般人にとっては妖怪オタクにしか見えない鳴介の部屋に積まれた妖怪関係の資料も、彼の努力の表れなのだ。かなり貴重そうな品もあったし……見えないところで、あいつはどれだけ努力しているんだろう。

 

 俺は最低限自分を守る力が欲しい、霊とは関わらずに生きていけるようになりたい……そう思ってたけど、こんな時はふと考える。誰か大切な相手が妖怪や霊の脅威にさらされた時、助けられなかったらどうするのか? と。今まさにその状況だけど、自分の無力さに歯ぎしりするばかりだ。

 どうしたって妖怪は怖いし霊は恐ろしい。でもこんな気持ちを味わうのなら、俺は鳴介と過ごせるこの1年でもっと霊能力という力に向き合わなければならないかもしれない。

 ま、考えてるだけじゃ解決しないんだけどな。今すぐパワーアップできるわけでもなし……。

 

 俺はしばらく考え込んだけど、広に「なあ、俺たちってそんなに頼りないか?」と言われた事で心を決める。……結局俺は、広たちに助けを求めることにした。

 本当なら中身だけとはいえ大人の俺は、こいつらを危険にさらすべきじゃないんだろう。広も郷子も美樹も克也も……本来の俺より10歳以上年下の子供だ。だけどぬ~べ~クラスで、同じ視線で過ごしているとこいつらの頼もしさも分かってくる。

 広はリーダシップがあって頼りがいがあるし、郷子はしっかり者で友情に熱い。美樹はお調子者だがその度胸や図太さはある意味稀な才能だ。克也は不良ぶってるけど実は誰よりも真面目なんじゃねーかって思う時がある。そんなこいつらは、多分俺なんかよりもよっぽど強い。

 だから俺は鳴介の現状を説明し、克也が打開策としてかつて鳴介の鬼の手をも切り裂いた、はたもんばの妖刀を使おうと提案してきた時もこいつらを信用してその案に乗った。

 もし後で鳴介に怒られても、甘んじて受け入れよう。……広たちだって、いつも助けてくれる鳴介を助けたいって気持ちは俺と一緒なんだ。

 

 

 

 で、やって来ましたはたもんば跡。何百と罪人の首を切り落とし、妖怪と化した妖刀が眠る場所だ。

 初めて目にするはたもんばの首切り刀は、封印されているってのに凄まじい威圧感を放っていた。見ていると引き込まれてしまいそうで、思わず眩暈でよろつく。そんな俺を美樹と克也が「だらしないわね~」「しっかりしろよな!」と言いながらも、左右から支えてくれたのがありがたかった。

 

 そして広が妖刀をつかみ取り、俺たちはすぐに学校へ戻ったのだった。

 

 社会科資料室に入ると、鳴介はすぐに俺たちが持っている物に気づいたようだ。一瞬俺を見てから、焦ったように言う。

 

「!! お前ら……それははたもんばの首切り刀! そいつは鞘に護符を張って封印しているが、鞘から抜けば再び凶暴な妖怪と化してお前たちに襲いかかるんだぞ!」

「そんなことは分かってるよぬ~べ~。樹季に事情は聞いた……先生を助けるには、これしかないんだ!」

「そうよ、今までいつも助けてもらってきたんだもん!」

「今度は俺たちが助ける番だぜ!」

「恩を売りっぱなしで死のうったってそうはさせないんだからー!」

 

 広、郷子、克也、美樹の言葉に鳴介は「お前ら……」と、うっすらと目に涙を浮かべる。

 

「そういうこった。悪いな、危険だってのは分かってるんだけど……」

「樹季……」

「俺もこいつらも、ぬ~べ~を助けたいんだ。頼む、やらせてくれ。あの妖刀は絶対にすぐ封印するから」

 

 俺はさっきと同じように頭を下げ、鳴介の様子を窺った。広も郷子も克也も美樹も、絶対に引かない覚悟で鳴介を見る。

 そんな視線に根負けしたのか、鳴介は苦笑した後真剣な表情になって「すまん、だがチャンスは一瞬だぞ。俺が幽体離脱して体を離れた時……封印を解いて一瞬のうちに切れ! そしてすぐに刀を鞘に納めるんだ」と了承の意を示してくれた。これに俄然やる気になった俺たちは、互いに目配せして頷きあう。……失敗なんてするもんか。

 そして鳴介が経文を唱えながら幽体離脱を始めると、彼の霊体にがっちりと食い込んだ巨大な顔が現れた。……生身の時に鳴介の体を侵食していた無数の顔とは違い、人面瘡は醜悪な顔から複数の触手を伸ばし鳴介の霊体に根を張っているようだ。覚悟はしていたが、その様子に思わず吐き気が込み上げる。

 けど、今はそんな事思ってる場合じゃない!

 

「よし、今だ!」

 

 郷子が持つ鞘から広が刀を抜き、そのまま力強く鳴介の霊体から人面瘡を切りはなした! その太刀筋は見事で、やっぱり広は頼りになる奴だと思う。けど切り離された人面瘡、はたもんばの妖刀の封印がまだ残っている!

 はたもんばの方は郷子が持っていた鞘ですばやく刀身を封印しようとするが、徐々にシャリシャリと音をたてて妖怪化が始まっていた妖刀は歪んでおり鞘がうまくかぶさらない。そこで俺がなけなしの霊力をありったけ刀にそそいだ。玉藻を封じるミサンガを作った時の事を思い出しながらやったから上手く封印の効果が出たみたいで、一瞬歪んだ刀身が真っすぐに戻る。そこを今度こそ郷子が上手く鞘をかぶせて封印した。……迷いのない動作で「封印!」と気合が入った一言と共に鞘をかぶせた郷子、格好いいな。

 そして鳴介から切り離されて俺たちの背後へ回った人面瘡だが……それに関しては心配いらない。

 

 

「はっ!」

 

 

 気合い一閃。人面瘡から解き放たれた鳴介が、鬼の手で人面瘡を破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後「すまん、今回ばかりは本当に助かったよ。お前らは最高の生徒たちだ」と言った鳴介は俺たちにラーメンをおごってくれた。今回の事件は厄介だったけど、ぬ~べ~と生徒の間に確かに育まれていた絆って奴を見ることが出来た気がする。思わず涙ぐんだ。

 

 いやー、それにしても……。やっぱ俺、もうちょっと霊能力の訓練真面目にしようかな。今も真剣にやってるけど、どうしたって守り特化な感じだし。出来ればこの先霊と関わらずに生きていきたいが……今回みたいなことがあって、何も出来ないってのは嫌だなとも思う。

 

「よしっ! 今度、霊に対する攻撃法みたいなのも教わってみるか!」

 

 

 

 

 そんな新たな決意を芽生えさせた俺だったのだが、風呂に入ろうと勢いよく服を脱いだところでそんな気持ちは一瞬で瓦解した。

 

 

 

 

 

『ゲッゲッ』

 

 

 

 

 

 言葉を失う俺の腹を、小憎たらしい小さな人面瘡が我が物顔で陣取っていた。

 

 

 

「うびゃあああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 その後俺は泣き叫びながら鳴介に電話して家に来てもらい、人面瘡の残りかすを駆除してもらった。どうやら人面瘡の野郎、鳴介に切り裂かれた後しぶとくも生き残って俺にくっついてきていたらしい。どうりで腹が痛いと思ったよ! いらんど根性見せやがってからに……!

 もうほとんど力は残っていなかったみたいだけど、自分の腹にくっついた顔と目が合った恐怖といったらなかった。こんなぴょん吉嫌すぎる……!

 

 

 

 

 

 やっぱり妖怪怖い。

 

 立ち向かう勇気は、どうやらまだ俺には早いみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たまには主人公頑張る!みたいな話を書いてみようと思ったのですが、主に仕事したのは原作通り広と郷子な件。
原作では歪んだ刀でも郷子ががっちり封印してくれたので、今回の主人公居なくても平気なホントただの添え物。

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