さやかに生えてほむほむが頑張る話《完結》   作:ラゼ

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 展開上まどかが全然出せなくて辛い。

 今回1、2話くらいの生々しさがあるから注意してくださいね……っていっても割とソフトというお声をいただいてるので、案外みんなガチなやつでもいけるのかな…?

 良い塩梅ってのは難しいものです。


彼女が彼女であるために必要なもの

 

 魔法少女百江なぎさは小学生である。幼い頃から病気で学校に通えず、数年ほど前奇跡の様に病気が治って初めて学校というものを体験した。故に一般常識というものに少々欠けており、周囲から見れば結構な天然ぶりを発揮することも多々ある。

 

 そんな境遇にもかかわらず活発で明るい快活な少女に育ったのは、優しい両親と魔法少女の先輩巴マミによるところが大きいだろう。

 

 ――という設定で、ほむらはなぎさの周囲を形作った。魔法少女一人一人に設定などしていては時間がいくらあっても足りないが、自分が魔女になった際創った世界に居た魔法少女だけは少し特別扱いにしているのだ。それがどういった感情によるものかは、彼女自身把握していない。

 

 あるいは彼女の主観で何度も殺し、何度も見捨てた少女達への罪悪感もあるのかもしれない。少なくともこの世界において鹿目まどか、美樹さやか、巴マミ、佐倉杏子、百江なぎさの現状は間違いなく幸せと言っていいだろう。

 

 しかし人の記憶とは神の力をもってしても計れぬものである。世界の改変にあってなお記憶を保持したほむらのように。世界の再編にあってなお記憶を残しているさやかのように。マミも杏子も、なぎさもまどかも、ふとした拍子に朧げな記憶が脳裏を掠めることがある。

 

 次の瞬間には忘れているような儚い記憶だが、それでもその想いが感情に影響を及ぼすことは確かにあるのだ。例えばさやかとなぎさには設定上大した面識もなく、魔法少女になってからの関係でしかないというのに驚くほど仲が良い。それは円環の理での記憶が影響していると言えるだろう。

 

 つまりこのように、晩御飯の後のゆったりタイムでさやかの膝の上でなぎさがリラックスするぐらいには仲が良いのだ。

 

「…」

「どうしたです、さやか?」

「え!? な、なんでもないよ……あはは…」

「?」

 

 マミとさやかが三角机でお茶を飲み、なぎさはさやかの膝の上で一口チーズを美味しそうに頬張っていた。後ろのソファでは杏子が雑誌を読みながら寝そべっている。一人暮らし用の大きくはないソファであるため、一緒に座っているほむらの膝を枕にしている状態だ。

 

 彼女達は――特にほむらなどは設定上付き合いが非常に浅い事になっている。にもかかわらず、早々にこのような打ち砕けた関係になっているのもまた魂が記憶しているということなのだろう。

 

「杏子。食べかすが私の膝にぼろぼろ零れているのだけど」

「おー、悪い悪い」

「悪いと言いながらクッキーを食べないでくれるかしら」

「んー」

「…」

 

 少女御用達の雑誌を読み耽りながら菓子を口に運び続ける杏子。ほむらの指摘もどこ吹く風で、生返事を繰り返してページを捲り続ける。ほむらはクッキー缶の中身を口に全部突っ込んでやろうかと考えたが、食べ物を粗末にすると彼女が怒るのは知っているため、なんとか苛立ちを抑えた。

 

 食べかすが床に落ちないよう脇のティッシュを一枚取ってその上に集め、そのまま杏子の口元もついでに拭い、甲斐甲斐しく世話を焼くほむら。強く……そして寂しい野良猫のようだった杏子が、撫でると喉をゴロゴロ鳴らす家猫のようになっていることにほむらはなんともいえない感情を抱いた。

 

 環境が変われば性格も変わるとはいえ、野性味がなくなった彼女はやたらと人懐っこい。根幹は変わってはいないだろう。しかし一匹狼で尖ったナイフのようだったあの子はもう居ないのか、と少し寂しく感じたほむらであった。

 

「あんだよほむら。変な顔して」

「…呆れた顔と言ってほしいわね。そんなに食っちゃ寝していると太るわよ」

「食った分は魔獣で発散してるからいいんだよ。お前こそもう少し食わねーと倒れるんじゃねえか?」

「あっ、そうだよ! 聞いてくださいマミさん、こいつってば三食カロリーメイトで過ごしてるんですよ! いつか倒れちゃうんじゃないかって…」

「さ、三食カロリーメイト……駄目じゃないほむらさん。成長期なんだからしっかり食べないと、育つところも育たないわよ?」

 

 ――その瞬間、ピシリと空間に罅が入った。マミの言葉には他意など一切なく、全てはほむらを慮っての言動だ。しかしながら『持てる者』が『持たざる者』にそう言ってしまったなら、それはもう戦争だ。喧嘩を売っていると取られても仕方ないだろう。いや、仕方なくはない。穿ちすぎである。

 

「ふ、ふふ……そう……まさかこんなに堂々と喧嘩を売られるとは思わなかったわ」

「え?」

 

 ぶわりと風が舞い上がり、ほむらは悪魔の姿に変身した。もうこの姿にはなるまいと決めた彼女であったが、身の内から猛る憎しみの炎はその黒歴史を容易く凌駕したのだ。ちなみにこの姿で座ると太ももは完全に露出され、パンツはほぼ丸見えである。彼女に膝枕されていた状態の杏子は顔を朱に染めた。

 

「『あって』当然……そう思うのは持っている者だけ。だから、悪魔手ずから『無くして』あげるわ」

「ほ、ほむらさん?」

「心配しないで。脆い記憶のように両手を叩いただけで消せはしないけど、直接触れれば多少の操作はできるから」

「ちょ、ほむら!」

「あ、あのほむらさん…?」

「おま、馬鹿、動くな……むぎゅっ」

 

 生々しい太ももの感触に固まっていた杏子が、急に立ち上がったほむらの動きによって床に転がり落ちた。とはいえ文句を言おうにも修羅の形相でマミに向かうほむらはまさに悪魔。杏子をして後ずさりせしめる程のオーラに満ち満ちていた。

 

「き、消えっ…!?」

「マミ! 後ろだ!」

「しまっ、時間停止っ…」

「遅いわ」

 

 時間停止を使用してマミの背後に回り解除。そしてマミを掴んだ後、再び時間停止を発動させる。神と悪魔の力をもってすればマミの抵抗などさしたる問題にもならず、その絵面はまさに囚われのヒロインと悪の組織の女幹部のようであった。

 

「な、なにをするつもりなの?」

「聞いていなかったのかしら。貴女の、胸を、軽く、してあげるって言ってるの」

「そ、そんなことできるわけ――」

「今の貴女なら知っているでしょう? 魔法少女はソウルジェムが本体。肉体なんてイメージ次第でどうにでもなるわ。もちろん本来は赤の他人がどうこうできるようなものではないけれど…」

「い、いや! こないで!」

「私は『人』じゃないもの」

「ひゃ――んぅっ! ちょ、そこは……ひゃんっ」

「…こんなもの中学生が持っていていいものではないでしょう? 縮め……縮め…」

「ひ、んっ! そこ、あ……っ! そんな触り方っ、だめっ!」

 

 中学生らしいきめ細やかな肌、けれど中学生らしからぬ豊満な双丘が薄いワンピースの下でぐにぐにと形を変えて嬲られている。もちろん今のほむらにいやらしい気持ちや下卑た感情など無いが、やっていることは完全に変態のそれである。

 

「…終わりよ」

「は……んっ、はぁ、はぁ……もうダメェ…」

 

 へたり込むマミを見てほむらは『何やってんだ私』とふっと我に返った。本当に何をやっているのだろうか。しかし確かに彼女の目の前には『やってしまった』証が残されていた。そこに居るのは金髪巻き髪、おっとりした顔立ちで少しぽちゃめの女の子。スタイルはそう――十人並みといったところだろうか。

 

「はぁっ、は――胸が軽い……こんな気持ち初めて」

「そ、そう」

 

 頬を染めて息を乱すマミ。瞳孔が定まらず口の端からは少しばかり唾液が滴っている。そんな痴態からは、悪魔の指技がことのほか甘美であったことが窺える。その一種淫靡な、あられもない様子は女性のほむらであってもごくりと唾をのむほどだ。やった当人が何を言っているのかという話だが。

 

「…解除」

 

 指をパチンと鳴らして時間停止を解くほむら。そんなことをする必要はないし、そもそも本来ならば盾を起動する意味すら特にないのだ。魔法少女だった時の名残でそういった手順を踏んではいるが、現在の彼女が行使しているのは、自分の能力というより神の力の一端といった方が正しい。

 

「――逃げろマミ! …って、あれ…?」

「マミさ――あ、ん?」

「マミが居なくなったのです」

 

 時間停止の状態を認識できなかった者からすれば、行使する前と後で急に場面が切り替わったような違和感を受ける。彼女達からすればマミが急に消え、ほむらはいつの間にやら服装を元に戻してソファに腰かけていたという認識だ。

 

「マミさんが消えた!?」

「おいほむら! マミをどこにやりやがった!」

「マミー!」

「…そこに居るじゃない」

「な、なに言ってるのみんな?」

 

 確かにそこに居るというのに、認識されていないマミ。ようやく腰砕けの状態から復帰してふらふらと立ち上がったというのに、ほむらを除く三人はまるでマミが消えたかのように騒いでいるのだ。

 

「貴女は誰? ここは巴マミさんの家なんだけど…」

「み、美樹さん?」

「待て、よく見るとマミに似てないかこいつ」

「ちょ、ちょっと! 佐倉さん!」

「でもマミじゃないのです。マミはもっとおっぱいがおっきいのです!」

「な、なぎさまで!」

 

 巴マミと言えばおっぱい。おっぱいと言えば巴マミ。つまり彼女達は、巨乳ではなくなった巴マミを巴マミとして認識できていないのだろう。

 

「ほむら! いい加減にしないと怒るよ!」

「誰か知んないけど、こいつだっていきなり連れてこられて迷惑だろうが! さっさと帰してやれよ!」

「マミー! どこ行っちゃったのですかー!」

「あ、あなた達…」

 

 マミを返せとほむらににじり寄る三人。背後でぷるぷる震えているマミ。違う意味でぷるぷる震えているほむら。だが人の印象とは一番目立ちやすいところに表れる故に、巨乳ではないマミはもはや巴マミではないのだ。

 

「ティロ――」

「聞いてるのほむ……へ?」

「げっ…!」

「み、みんな逃げるのです!」

「――フィナーレ!!」 

 

 ついに怒りが限界に達したマミ。いくら温和な少女だと言えども、この扱いは流石に切れるのも仕方ない。家を破壊しない程度の、絶妙なティロ・フィナーレを四人に向けて打ち出した。とばっちりといえばとばっちりなほむらだが、最たる原因が誰かと言えば間違いなく彼女なのだ。同情には値しないだろう。

 

「…私の名前を言ってみて?」

「ジャ、ジャギ……じゃなかった、マミ様です」

「佐倉さん?」

「マ、マミ……うぇっ!? マ、マミ様で!」

「なぎさ?」

「で、でもマミのおっぱいは…」

「な・ぎ・さ?」

「うう、マミなのですぅ…」

 

 三者三様、ボンバーヘッドになって正座をさせられた……人によってはそれをアフロと言う。ほむらはというとちゃっかり時間停止で回避していた。マミの背後――三角机に乗っているお茶でのんびりと喉を潤し、自分には関係ないとでもいうように素知らぬ顔だ。

 

「…ほむらさん」

「何かしら」

「元に戻してくれるわよね?」

「戻りたいの?」

「当たり前でしょう!」

「ふう……仕方ないわね」

 

 やれやれと肩を竦めるほむら。まあこのままでは巴マミという存在が世界から消えることと同義なのだ。いくら悪魔とはいえ寝覚めが悪いということなのかもしれない。左手をぐっぱぐっぱと握って開いて関節を柔らげている。

 

「ちょ、ちょっと、もしかしてまた…」

「こうしないと戻せないもの」

「違うやり方ぐらいあるでしょう!?」

「無いわ」

「ち、近づかないで!」

「諦めなさい」

「きき、聞き分けが悪いのね! 見逃してくださいって言ってるの――ひやぁぁん!」

 

 冷めた紅茶を飲み切って、存外素直にほむらはその命令を聞き入れた。後ずさるマミにスタスタと近付いていき、当然のように先ほどの痴態が繰り返される。しかし決定的に違うのは時間停止を使用していないということだ。それはつまり――

 

「うわー……マミさん、すげー」

「何するですか杏子! 何が起きてるのです?」

「お、お子ちゃまが見るもんじゃねーよ。こら、おとなしくしろって!」

 

 さやかがよがるマミを見て頬を染める。杏子が教育に悪いとなぎさの両眼を手で塞いでいるが、その当人は顔どころか耳まで真っ赤だ。内心ではしっかりと尊敬している先輩と、最近までは冷たくて堅物そうな印象しかもっていなかったクラスメイトのえっちなワンシーン。おぼこな杏子にとっては少々刺激が強すぎる絵面だろう。

 

「――あ…っや、ば」

「お、おい、さやか?」

「な、なにっ!?」

「おい、どうしたんだよ?」

「あわ、な、なんでもないっ!」

 

 そしてさやかも正真正銘の乙女である。この状況に恥ずかしさと、そして思春期特有の興奮を覚えていた……が、しかし彼女が彼女であったならそれは単なる興奮で済んでいただろう。精々が少し内股気味に足を擦り合わせる程度のもので事が終わっていたかもしれない。

 

 けれど、今彼女は股ぐらの間に御立派様がいるのだ。この状況で彼が目覚めないなどということは天地がひっくり返ってもあり得ない。焦って正座から体操座りに態勢を変える彼女は怪しいことこの上ないが、まさか股間に剣が生えたなどとは誰も思わぬ故に、他二人は首を傾げる程度にとどまった。

 

 そしてそうこうしているうちに、ついに巴マミ(仮)が巴マミへと成長を果たす。

 

「うう、もうお嫁にいけない…」

「貴女なら男なんて選り取り見取りよ」

「そういう問題じゃないでしょう! もう! 私怒ってるのよ? 少しお灸をすえなきゃいけないかしら!」

 

 ぷんぷんと怒りを露にするマミ。頬を膨らまして(胸も元通り膨らんで)髪のドリルを鋭くする(イメージ)様子はさながら怒髪天といったところだろうか。こうなったマミは結構めんどくさい、とほむらは少し悪ノリしすぎたかと反省した。後悔はしていないが。

 

 とはいえ、そう。結局はほむらが伝家の宝刀を抜けば簡単に収まるのだ。少なくともその確信が彼女にはあった。ぷんすか両手をあげて叱りつけてくるマミの耳に、触れるほど口を寄せてほむらはそっと囁いた。

 

「(ごめんなさい、マミ先輩。私、マミ先輩と仲良くなりたくて…)」

「えっ? う、うーん…」

「(とっても魅力的で、綺麗で、格好良くて。そんなマミさんに、私憧れてるんです)」

「も……もう! 仕方ないわね! もうこんなことしちゃ駄目よ?」

「はい」

 

 マミがまどかを魔法少女に引き入れようとする理由の筆頭セリフをパクり、マミの怒りを治めたほむら。自分の経験、円環の記憶、そして魔法少女システムを統括していると言ってもいい彼女には、個人個人の琴線に触れる言葉を紡ぐことなど容易い。特にここにいる魔法少女についてはなぎさ以外を知り尽くしているといっても過言ではないだろう。

 

「なんだか疲れちゃった。お茶を淹れなおしてくるわ」

「なぎさも手伝うのです」

「ああっ! お菓子がなくなってるじゃねえか! もしかしてさっきの砲撃で……おいマミ!」

「…何かしら。さ・く・ら・さ・ん?」

「な、なんでもないです……コンビニ行ってくる」

「私、なんだかハーゲンダッツが食べたくなってきちゃった」

「う、うぐ……バニラでいいのかよ」

「あら、催促しちゃったみたいで悪いわね」

 

 場がひと段落し、それぞれが思い思いに動き出した。仲良く台所に向かうマミとなぎさ、財布の中身を涙目で確認して玄関に向かう杏子。居間に残ったのは膝を抱えて顔を埋めるさやかに、それを訝し気に見つめるほむらだけだ。

 

「…どうしたの?」

「いや、アレが、その」

「…?」

「あ、あの、おっきくなっちゃって…」

「だから何が?」

「察しろよぉ…」

 

 なんだか覚えのあるやりとりだなとほむらが思い返した瞬間、彼女はようやく察した。さやかの態勢の理由も、顔を赤くしている理由も、ついでに御立派になってしまった経緯も。自分にも責任の一端がある――どころか原因そのものであることも理解した。

 

「…変態」

「なっ…! 私だって好きでこんなことになってるんじゃ――」

「冗談よ」

「あんたの冗談は解りにくいんだってば!」

「それで、その……どうするの?」

「うう、どうしよう」

 

 両者ともに頬を染め、大きな問題(物理的に)に頭を悩ます。普通にソファに座っていれば解らないんじゃないかというほむらの提案に、さやかはその身をもって認識の甘さを正す。御立派様たるものが御立派であるというのに、座った程度でその立派さが隠れるわけもないということを。

 

「う、わぁ…」

「まじまじと見つめないでよ…」

 

 下手をすればスカートから飛び出るかと言う程に立派な剣が、下腹部の直径を大幅に増大させていた。ほむらは口元を両手で覆いながらもしっかりとそれを視界に収める。こんなものが収まる鞘など存在するのだろうかと無意識に下腹部を擦り、目を瞑って恥ずかしそうにしているさやかを見て次第におかしな気分になっていくことを自覚した。

 

「ただいまー」

「うわあぁぁ!?」

「きゃあぁぁ!?」

「な、なんだよ」

 

 そして居間の空気が桃色に変わりそうなタイミングで杏子が戻ってきた。手にはお菓子が詰まったビニール袋をぶら下げており、ソファの上に座るさやか――の膝の上に、ナニかを隠すかのように座ったほむらを見て首を傾げる。

 

「おいおい何やってんだ? なぎさじゃあるまいし…」

「あ、え、えーと……ほ、ほむらは私の嫁だから! はは…」

「ふーん…? ま、前みたいに険悪ってよりゃ全然いいけどさ。なんか食うか? ほむら」

「ん……ふぇ?」

「お、おい、大丈夫か?」

 

 さやかの膝の上に座ったほむらは、借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。下着越しに感じる硬い感触に耳どころか首まで真っ赤に染めて、時折熱い吐息を漏らす。心配して駆け寄った杏子は、潤んだ瞳で切なそうに見上げてくるほむらにドキリと動きを止めた。

 

 そして瞳を交わしたその一瞬――杏子の脳裏にある筈の無い記憶が浮かび上がる。

 

 瓦礫の街で、倒れて死にかけている自分を抱いて涙を溢すほむらの姿を杏子は幻視した。先程の戦いで初めて目にした筈の、けれど何度も見たことがある盾。それに手を添えてどこかに行こうとしている彼女を悲しそうに見つめる自分が――

 

「え、あ……気の、せいか…? っておい! ほむら!」

「だ、大丈夫……んっ」

「全然大丈夫に見えねえぞおい」

「ちょ、ちょっと持病の心臓病が再発しただけだから」

「それ大丈夫じゃねえよ!」

 

 わたわたと慌てる杏子をなんとか納得させて、ほむらは気を抜くと出そうになる嬌声を必死に嚙み殺す。体格差故に自分をすっぽりと抱き込んださやかの体温を感じ、それと同時に下腹部に感じる熱さも収まるどころか更に熱を増していることを確信した。

 

「(…おさまりそう?)」

「(無理)」

「(なら、と、とにかく動かないで)」

「(う、うん)」

 

 どう考えても怪しすぎる二人の状態に、しかし杏子は追及しなかった。というよりも先ほど脳裏に浮かんだ謎の情景が気になって、二人の事をそっちのけにしていたという言う方が正しいだろうか。

 

 杏子は考える。そもそも自分は、クラスメイトとはいえ極々最近少し仲良くなった程度の人間に膝枕してもらうような人間だっただろうか、と。ずっと前に仲間だったことがあるような気もする。ずっと前に仲違いしていたような気もする。どんな時でも貴女は変わらないのね、と悲しそうに嬉しそうに言われたことがある気がする。

 

 最近、ラーメンを食べに行く約束をした気が――いや、間違いなく、した。そういえば不安になりそうな夕焼けの街で、腕を組みながら歩いていた覚えがある。いったい『いつ』の記憶だ、と杏子は右手で頭をがりがりと掻く。

 

 ちらりと視線を横に向ける。息が整ってそれでもまだ顔を赤くしているほむらを見つめて、ようやく彼女にも合点がいった。

 

 確かなことは……まず一つ目、絶対にありえない筈なのにその記憶がある。二つ目、その記憶では奇妙な絆が確かにあった。『信頼』というよりかは『信用』の関係……けれどそれ以上の何かがあったのだ。三つ目、自分はその記憶が嫌じゃない、ということ。結果導き出された答えは――

 

「前世で恋人だったとかかなぁ…」

 

 とんだ勘違いであった。





映画でのほむほむと杏子の絡み、めっちゃ良いですよね。杏ほむからどんどんほむ杏になっていくとこが素晴らしかった(妄想含む)

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