見滝原の街の中心に近いお洒落なマンション。それが魔法少女巴マミの住居である。事故で両親を失ってからは一人で生活をしているものの、隣に住む百江一家との交流もあり彼女はそれなりに毎日を楽しく過ごしている。
「いらっしゃい暁美さん。あら、美樹さんは一緒じゃないの?」
「少し用があるらしいから、後で来るわ」
「そう、じゃあお茶でも飲んで待っていましょうか。佐倉さんはいつも遅刻だし、なぎさは夜までご両親とお出かけなのよ」
「そう」
「うふふ……二人きりの時は素を出していいのよ暁美さん」
「はっ、え…?」
「ずっと悪魔だなんて疲れるでしょう? そういうのはメリハリをつけなきゃね」
「…」
ガギリ、とほむらは歯ぎしりをして顔を歪める。このチーズ頭はどう説明すれば解ってくれるのだろうかと頭を悩まし、しかし結局何を話しても無駄だろうと早々に諦めた。先の世界――ほむらの体感時間でも大した経過はしていない――でも『ピュエラマギ・ホーリークインテット』に加入した際は似たような体験をしたものだ。
とにかくマミは勘違いすると突っ走り、認識が固まると覆しがたく、調子に乗ると油断する、ほむらにとってダメダメな先輩なのだ。とはいえ最初に魔法少女のなんたるかを――主に戦闘についての部分を教授してくれたのも彼女である。いわば師とも言えるマミに、ほむらはある程度の恩義と敬意は持っているのだ。
もちろんループにおいては常に障害となった邪魔な存在でもあり、混乱して暴走すると仲間まで撃ってしまうお困りガールでもあったので、プラスマイナスでいうと若干マイナスよりである。そこに自分が彼女を何度も見捨てた後ろめたさを加味してようやくとんとんくらいだろうか。
そんな関係性であるからこそ、ほむらはマミの手綱の取り方はある程度熟知している――というよりか、自分が創った世界でようやく理解したと言った方が正しいだろう。彼女とほむらが一番良い関係になれるのは、結局のところ『先輩』と『後輩』を明確にした時なのだ。
壁を作るという意味ではなく、マミにとって『自分を慕う後輩』という存在はとても受け入れやすいということだ。つまり『マミ先輩!』などとよいしょしておけば簡単に仲良くなれるのである。彼女はチョロインなのだ。めんどくさくなったほむらは仕方なく『そう』することに決めた。
「そう、ですよね。生意気な口を聞いてすいませんでした、巴先輩」
「うーん……そうかしこまられるのも悲しいわ。マミって呼んでいいのよ?」
「マミ先輩」
「くふんっ! ……んん! うん、いいんじゃないかしら! 私もほむらさんって呼ぶわね」
「はい、マミ先輩」
「ふふ、うふふ…」
チョロイ、とほむらは内心で少し呆れた。数々のループでもこうやっておけばスムーズにいったのかな、という少しの後悔も感じつつ相好を崩すマミを持ち上げるのであった。
「そういえばマンションに来る時迷わなかった? 少し解りにくいでしょう、この家。場所は美樹さんに聞いたのかしら」
「えっ、あ……はい。大丈夫でした」
「二人が仲良くなって嬉しいわ。同じ魔法少女なんだもの、一緒に戦った方が効率もいいでしょう?」
「そう、ですね」
「…ほむらさんはどんな紅茶が好きかしら? 好みがあったら遠慮なく言ってちょうだいね」
「特には」
「えーと…」
「…」
話題が尽きて慌てるマミ。とはいえこれに関しては話を振られても一切拡げないほむらのせいでもあるだろう。十数秒の無言の時間が続き、金髪の巻髪をへにょんとさせてしょぼくれる様子は捨てられた子犬を彷彿とさせている。
はあ、とため息をついてほむらは口を開く。
「…マミ先輩はフレーバーティーなんか好きそうです、ね」
「えっ? あ……ええ、そうね! 偶に贅沢したい時なんかはテイラーズを取り寄せたりなんかしちゃったり…!」
「私はアッサムが好きです」
「あら、もしかしてミルクティーが好きなのかしら?」
「はい。子供っぽいですか?」
「ううん、そんなことないわ。むしろ英国ではミルクティーの方が好んで飲まれるの……そうだ! そういうことなら…」
ほむらが話し出した途端元気を取り戻すマミ。尻尾があればぶんぶん振っているであろうハイテンションぶりにほむらは少し引き気味である。ミルクティーが好きだという彼女に新しく紅茶を淹れようと、いそいそ水屋の方に向かうマミであったが――その後姿を見てほむらは強い既視感に襲われた。
いつかの世界であったマミのおっちょこちょい。珍しく友好的な関係になれた世界線にて、先ほどと同じような会話をしたことを思い出したのだ。そして同じようにアッサムの葉を水屋の上の方から取り出そうとして転倒し、頭を打って気絶。
そんな光景が一瞬脳裏に蘇り、ほむらはリビングから見えるキッチンの中――椅子に乗って立ち上がり、上にある紅茶缶を下ろそうとしてぐらついているマミの姿を見止める。
「…」
別に命に別状は無かったし、静かになるなら別にいいか…
などと酷すぎる考えを一瞬過らせたが、流石にこけると解っていて放置するのも寝覚めが悪いかと立ち上がる。別段大した労力も必要ない。ごそごそと棚を漁っているマミの背中を少し抑えれば済む話だ。
とりとめのない悲劇はこんな簡単に防げるのに、と少し自嘲するほむら。小さな手を見つめ、しかし考えても詮無いことかと再び視線をマミの背中に戻した。
「んー……あった! そろそろ整理しないとごちゃごちゃねぇ……っ、とっ、きゃ――」
「…大丈夫ですかマミせんほむぎゅぅっ!?」
運命とは些細な一事で簡単に姿を変える。数グラム材料を入れすぎただけで大失敗につながるお菓子のように。誰かが手を加えたならば、結果的に被害者が入れ替わることも十分にあり得ることだ。
ほむらの最大の誤算、それはマミの体重が予想以上に半端では無かったことである。軽やかに舞い、鮮やかに魔獣を屠るその姿とは裏腹に、彼女の体重は中々のものなのだ。特に胸に二つ巨大なミサイルを搭載している都合上、同世代の平均体重を些か以上に上回っているのである。
華奢なほむらが片手を添えた程度でマミの体重は支えきれない。結果的に二人は揉みあうように倒れこみ、ドスンという音を響かせて縺れ合う。
「ご、ごめんなさい暁美さ――ほむらさん……ほむらさん!?」
「きゅぅ」
あと何回気絶すればいいのだろう。そんな事を考えながらほむらはまたもや意識を手放す。そもそも人間が気絶するということは結構な危険信号なのだが――まぁ悪魔なので大事には至らない。そういうことで、そういうことなのである。
「ほむらさーん!?」
温かい日差しが差し込む長閑な居間。モダンな雰囲気のその部屋には、一人の『魔法少女』が座り込んでいた。胸を強調するようなコルセット。白と黄色を基調とした可愛さも垣間見える魔法のコスチュームは、しかし部屋の雰囲気には釣り合っていない。
「う……ん…」
「ほむらさん、大丈夫?」
「あ、え…」
「ごめんなさい、それとありがとう。助けようとしてくれたんでしょう?」
「…はい」
「魔法で癒しはしたけれど、大丈夫かしら? あんまり回復魔法は得意じゃなくって…」
「…凄く、温かいです」
「そう? ふふ、良かった」
そんな魔法少女に膝枕をされているほむら。魔法を使える者にすれば、救急車を呼ぶよりも回復魔法を使用した方が手っ取り早い故に、このような状況になっているのだ。もちろん適正の無い者には回復魔法など使えはしないが、マミは『死にたくない』という願いを代価に魔法少女になった。
直接的に回復を願ったわけではないものの、回復魔法を使える素養程度なら十分にある。更に言えば彼女は現役の魔法少女の中ではトップクラスの経験値を持っているのだ。ベテランと言い換えてもいいそれは、その素養を現実に変えることに一役も二役もかっていた。
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
「だーめ。頭の怪我はちゃんと治療しておかないと危ないんだから」
「…」
「ふふ、こうしてるとなぎさに膝枕してるみたい……あの子も最近はせがんでこないのよね」
「…っ」
マミは気付かない。ほむらが能面のような表情になっていることに。
「…」
「…」
穏やかな沈黙と思っているのはマミだけだ。魔法をかけつつ頭を撫でていても、ほむらの表情は動かない。何故かと言うならば、それはほむらが『仰向け』になっているからとしか言いようがないだろう。
マミの柔らかいふとももに後頭部を乗せればどんな光景が見えるか想像してほしい。 …お解りいただけただろうか。ほむらの顔に影が差さる程に、圧倒的な質量が目の前に迫っているのだ。くすくすと笑うたびにふよんと震えるそれは、女性の象徴としか形容できない偉大さを彼女に見せ付けている。そして極めつけにほむらの事をなぎさ扱いまでし始めたのだ。
私の胸はあんな幼女と同じだとでも言いたいのか――そうほむらが怒りを覚えても仕方ないだろう。いや、仕方なくはない。穿ち過ぎである。
「…」
「んっ、あ、暁美さん? あ、いえ、ほむらさん?」
もう何も見たくない。絶望の表情で拳を握り締めたほむらは、自ら体の向きを変えてうつ伏せになった。ふとももに顔を埋め、全てから顔を背けたのだ。
女同士とはいえ流石にマミも少々恥ずかしい様子で、自分の腰にがっしりと手を回したほむらの背中を揺さぶっている。
「もう……甘えん坊さんね。ふふ、悪魔だなんて思えないわ」
我儘な子供のように動かないほむらに、マミは抵抗を諦めた。長く艶やかな黒髪を手で優しく梳いて、微笑んでいる。ほむらも離れたいのはやまやまなのだが、女の子として見せてはいけない般若顔になっているので顔を上げるに上げられないのである。
そしてそうこうしている内に、約束の時間にだいぶ遅れた二人の魔法少女が示し合わせたようにやってきた。
「こんちゃーす! 開いてたんで入ってきちゃいましたー……ぁああっ!?」
「勝手に入ってるぜマミー……おおっ?」
「いらっしゃい、二人とも」
「…っ!!」
声がした瞬間、がばりと起き上がって何事もなかったように座り込むほむら。いくらなんでもあの状況を人に見られるのは恥ずかしいということだろう。顔を赤くしてふぁさっと髪を後ろに流す。
「遅かったわね」
「ああ悪い悪い。テレビ見てたらつい……で、暁美は何してたんだ? まさかクールな、あ、悪魔が、膝枕なんてこたないよなあ…? ぶふっ」
「…っ」
からかう様に問いかけてくる杏子に、ほむらはぐっと言葉を詰まらせる。あの態勢をしていた言い訳など上手く浮かんでくる筈もなく、視線を彷徨わせる。そして隣のさやかに目をやれば、訝しむような眼で睨まれた。何故そんな眼で見られなければならないのだ、とほむらが俯くと彼女ははっとした顔でかぶりを振った。
「あら、別にいいじゃない。それにほむらさんは私が転びそうになったところを助けてくれて頭を打ったのよ。回復魔法を使うのにもこの方がやりやすいんだもの」
「ふーん……ま、んなこったろーとは思ったけどさ。にしても暁美って女好きなのか? 最近見ただけでも転校生に抱き着くわ、さやかに押し倒されるわ、マミの腰に抱き着いてるわ…」
「人聞きが悪いわね。そもそも二つ目は被害者じゃない」
「え…」
杏子の突っ込みに反論するほむらであったが、さやかの方からか細い震え声が聞こえ、驚きに目を見開く。目を向ければ、視線を右方向に泳がせて頭を掻いている彼女の姿。いやーあの時はごめんごめん、とあっけらかんに謝罪する様子は――
ほむらが何度も見た、嫌でも覚えてしまった、彼女の『動揺』のサイン。何でもないふりをして、なんでも『ある』彼女の強がりの表れだ。
「べ、別に嫌というわけじゃないけれど! そもそも服を直そうとして倒れこんだだけじゃない」
「…ん? お前あの時寝てたんじゃねーのか?」
「――っ!? あ、いえ、あやっ」
「…!」
慌てたほむらはすぐにフォローを入れるが、見事に狸寝入りの墓穴を掘られた。驚くほど狼狽するほむらの態度は、ベッドでの一事が記憶にあることを何よりも物語っている。それを見たさやかは、先程差した一瞬の影が気のせいであったかのようにぱっと微笑む。
「なによほむらー、そんなに慌てて。な・ん・で・起きなかったのかなー!」
「お、起きる気分じゃなかっただけよ」
「ほほーう……あっははは! もう、可愛いとこあるじゃんほむら! ほれほれ、ほむらは私の嫁になるのだ~」
「…はぁ。それはまどかに言うセリフでしょう? くっつかないで。うざったいわ」
「このツンデレめー! まどかはまどか、ほむらはほむらだよ。うーん、一夫多妻というやつも…」
「どこに『夫』があるのよ、どこに」
「お前らめちゃくちゃ仲悪くなかったっけ?」
旧知の親友のようにじゃれ合う二人を見て、杏子は呆れるようにため息をつく。いがみ合っていた――というよりさやかが一方的に嫌っていたという方が正しいが、とにかく『お前ら仲違いしてたんじゃねーのかよ』、と。
「仲が良いのは良い事じゃない。それよりケーキはどうかしら? 佐倉さんはミルクコーヒーでいいのよね」
「食べる! コーヒーの砂糖は多めでな!」
「はいはい」
マミがキッチンへ向かい、杏子がその後を追う。さやかがほむらを弄くりたおし、ほむらがさやかを引っぺがそうと悪戦苦闘している。
麗らかな魔法少女達の日常であった。
百合弓道に百合ビーチバレーに百合黒ひげ危機一髪に百合射的と、たとえギャンブルと言えど新しい妄想を提供してくれる姿勢には感服ですな。
-3万(*^-^*)